090、自警団の役割
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東の城下町は、昼の陽に包まれていた。
商人の呼び声、子どもたちの笑い声、鍛冶場の金属音。
どれもが混ざり合い、この国の平穏を形作っている。
「異常なし。南門、問題ありません」
低く落ち着いた声が通りに響く。
門前に立つ侍――月詠は、町を見渡していた。
袴姿に帯刀。背後では大きなリスの尻尾が、陽光を受けてゆったりと揺れている。
その姿は、この国ではすでに“安心の象徴”だった。
「団長ー!」
遠くから駆けてくる足音。
石畳を全力疾走してくるのは、同じく侍姿の魔族の女性、エンジ。
「報告書、持ってきました!」
勢いよく止まろうとして――
ずるっ。
「うわっ」
見事に足を滑らせ、前方へ転ぶ。
紙束が空中に散った。
月詠は無言のまま数歩進み、舞う書類を正確に受け止める。
「……怪我は」
「ありません!! 心が少しだけ折れました!!」
きりりとした顔立ちに似合わぬ台詞だった。
「北通り、屋台の火の扱いが雑。後で注意を」
「はい!」
「西の山道で光を見たという報告が二件」
エンジの表情が引き締まる。
「裂け目関係の可能性は?」
「不明。だが急を要する気配はない。巡回を増やす」
判断は早く、迷いがない。
月詠は不安を広げず、しかし見逃さない。
二人は通りを歩く。
「お侍さん、団子いるかい?」
屋台の主人が声をかける。
「勤務中だ」
月詠が静かに断る横で、
「一本だけならバレませんって!」
「エンジ」
「はい」
団長の尻尾がわずかに膨らんだ。緊張の合図だ。
そのとき。
空気が、ほんの少し揺れた。
「……団長」
「ああ」
人通りの少ない路地の奥。
陽炎のような歪みが一瞬だけ現れ、すぐに消えた。
静寂。
「報告は?」
「まだ上げるほどじゃない。でも」
「記録だけ残す」
月詠は短くうなずく。
「九尾様の領域に近い。向こうが気づいている可能性が高い」
エンジは小さく息を吐いた。
「ほんと、この国って不思議ですよね」
「?」
「危ないこと、起きそうで起きないっていうか」
月詠は少しだけ空を見上げた。
「起きる前に、止まっているのだろう」
それ以上は言わない。
背後から、やけに元気な声が降ってきた。
「ニンニン!! 忍者参上!!」
屋根の上でポーズを決めるカナミ。
「また来たか」
「自警団の巡回に同行するニン!」
「任務は」
「ありません!」
「帰れ」
夕暮れ。
町はいつものように穏やかだった。
エンジは夕日を見ながら呟く。
「今日も何もなくて良かったですね」
月詠の尻尾が、ゆったりと揺れる。
「ああ」
その“何もない一日”が、
どれほどの監視と判断と備えの上に成り立っているのかを、
町の人々は知らない。
だが、それでいいと――彼は思っていた。
神域とはちがう、その地に暮らす住人側の人たち。
彼ら自警団は今日も国の平和のために見回りを欠かさない。




