071、死を待つだけだった存在
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荒野の風は、今日も乾いていた。
南から吹き抜ける熱を帯びた風が、砂をさらい、まばらな草を伏せさせる。
その中を、三つの影が進んでいた。
先頭を歩く黒衣の男――ヘルガイト。
その少し後ろを、少女の姿をしたスライム、ラジリー。
さらにその隣を、足元を霧にしながら漂う黒霧の少女、ピーゼン。
ピーゼンは、時折空を見上げていた。
「……きょうの、空気……軽い」
「風向きが安定してるからじゃない?」とラジリーが答える。
「毒ガスもないし、歩きやすいわ」
その時だった。
ラジリーが足を止める。
「……あれ」
荒野の中、ぽつんと立つ影があった。
一本の木。
だが葉はなく、枝は細く乾き、幹は白くひび割れている。
完全に水を失い、立ち枯れた木だった。
周囲には草もない。
まるでその木だけが、長い時間をそこに閉じ込められているようだった。
「完全に死んでるわね」ラジリーが言う。
「雷でも落ちたのかしら」
ピーゼンはじっと見つめている。
「……音、する」
「音?」
「風が通ると……中、鳴ってる」
ヘルガイトはすでにその木の前に立っていた。
手を伸ばし、幹に触れる。
乾いた感触。
だが――
「……いるな」
小さく呟いた。
ラジリーが首を傾げる。「なにが?」
「終わりきっていないものだ」
風が吹く。
枯れ枝が、かすかに震えた。
ギィ……と、細い音が鳴る。
それはただの軋みではなかった。
長い時間、ここに立ち続けた“気配”が滲んでいる。
ピーゼンが、ヘルガイトの影に寄る。
「……さびしい、音」
ヘルガイトは木を見上げた。
「水を失い、葉を失い、役目を終えた。だが形だけが残り、ここに留まっている」
ラジリーが腕を組む。
「自然の摂理ってやつでしょ。倒れるの待つだけよ」
「違う」
短い否定。
「これは“終わり”ではない。“途中で止まった”だけだ」
ヘルガイトの足元から、黒い霧が広がる。
闇は攻撃の形ではなかった。
ゆっくりと、枯れ木を包み込む。
ピーゼンが目を細める。
「……あたたかい、流れ」
木が軋む。
だがそれは崩壊ではない。
幹のひび割れから、淡い光が漏れた。
樹皮が崩れ落ちる。
中から現れたのは、乾いた繊維ではなく、細い光の糸。
糸はほどけ、絡まり、形を変えていく。
枝がほどけ、髪になる。
幹が細まり、肩と腕の輪郭になる。
足元の根が地面から抜け、ゆっくりと人の足へと変わった。
風が止む。
そこに立っていたのは、長い髪を揺らす女性だった。
肌は淡く、瞳は深い琥珀色。
年若すぎず、老いてもいない。時を重ねた静かな顔立ち。
女性はゆっくりと瞬きをした。
「……風」
第一声は、掠れていない。
だが、長い沈黙を越えたような響きがあった。
彼女は周囲を見渡す。
「まだ……ここに、立っているのですね」
ラジリーが小声で言う。「え、会話成立してない?」
ピーゼンは女性を見つめる。
「……あなた、長い」
女性の視線がピーゼンに向く。
「ええ。長い間、ここにいました」
ヘルガイトが前に出る。
「形を失いかけていたな」
女性は彼を見る。
「……あなたが、繋いだのですか」
「お前はまだ“存在の途中”だった。それだけだ」
女性は小さく息を吐いた。
「終わったと思っていました」
「終わりとは形を変えるだけのことだ」
しばし沈黙。
風が、四人の間を通る。
ヘルガイトが言う。
「名を持て」
女性は静かに首を傾げる。
「名……」
「世界が、お前を個として認識する枠だ」
彼はわずかに目を細めた。
「お前は――トスクだ」
風が枝を鳴らす音が、どこか遠くで響いた気がした。
女性は目を閉じる。
「……トスク」
その名を、確かめるように。
「ええ。悪くありません」
ピーゼンが少し近づく。
「トスク……あたたかい、音」
ラジリーが肩をすくめる。
「また増えたわね」
トスクは周囲の荒野を見る。
乾いた大地。砂。まばらな草。
「ここは……まだ、眠っていますね」
ヘルガイトが背を向ける。
「なら起こしていけばいい」
トスクは穏やかに頷いた。
ピーゼンの足元の霧が揺れ、ラジリーが先を歩き、ヘルガイトがその前を行く。
その後ろを、かつて枯れ木だった女性が静かに続いた。
荒野に、また一つ“終わらなかった存在”が加わった。
次は枯れ木から妙齢の女性の誕生です。名は「トスク」。
後々賢者となる彼女は、落ち着きともの悲しさを併せ持つキャラになっていきます。




