161、月詠の労いと苦心
AI作成、セリフ筆者
農村地帯を抜けた瞬間、空気が変わった。
北部の素朴な田園風景とは打って変わり、石畳の商店街は人で溢れ返っている。
そろばんを弾きながら駆け回る商人、野菜を手に取り値を吟味する女性、軒先で浮世絵や美人画を広げる絵師。
祭りでもあるのかと錯覚するほどの賑わいだった。
チェルシーは、一軒の美人画屋の前で足を止める。
「お、そこのお嬢ちゃん。どうだい、私の美人画は?」
振り向いた絵師は筆を耳に挟み、にやりと笑った。
「上手に描かれていますね」
「そうだろう! これは一番人気、ヒサメ様の美人画だ。見返り美人を描くにはうってつけさ」
広げられた紙には、涼やかな横顔のヒサメが描かれている。
静かな眼差し。揺れる長い髪。
確かに、美しい。
「はあ……」
興味を示しきれないチェルシーに、絵師は別の一枚を差し出した。
「おや、他の子を希望かい? じゃあこれはどうだ。自警団長・月詠さんの美男画だ。これは貴重だぞ」
「この方は?」
「おや知らないのかい。災いが起きたとき率先して避難誘導の指揮を執る切れ者さ。ほら、ちょうど今こちらに向かってきてらっしゃる」
人波がすっと割れる。
そこに立っていたのは、凛とした空気を纏う侍だった。
きりりと整った表情。
そして――可愛らしいリスの耳と、大きなふさふさの尾。
「そこな絵師さん。私の絵は恥ずかしいから描かないでくれとお願いしたではないですか」
声音は落ち着いているが、どこか困り顔だ。
「へいらっしゃい! 月詠団長、今回も良い絵を取り揃えてまっせ!」
絵師は絶妙に話題を逸らす。
月詠は小さく溜息をつき、別の絵に目を向けた。
「では、お狐様の美人画を二枚。それとヒサメ殿の……そうだな、この見返り美人を一枚くれ」
「あいよ。なんだい、今日もエンジちゃんの分かい?」
「あれがないと仕事ができないと駄々をこねるのでな。仕方なくだ」
「そう言いながら毎回買ってあげる団長は本当に団員思いだねぇ、コノコノー!」
「やめてくださいよぉ……」
ほんの一瞬、団長の顔が年相応に崩れた。
そして視線がチェルシーに向く。
「ん? そこにいるのは、旅の方か?」
「あ、はい。チェルシーと言います」
「私はこの街の自警団長を務めている月詠だ。どうだ、この国は?」
チェルシーは商店街を見渡した。
笑い声。呼び込み。行き交う人々の穏やかな表情。
「とても賑やかで、活気があると思います」
「そうだな。人々は笑顔が絶えない。貧困にあえぐこともない。外から見れば楽園にしか映らんだろう」
月詠の声が、わずかに低くなる。
「だが、災いは必ず起こる。そのたびに神経を尖らせて守る者たちもいる。特にヒサメ殿は人一倍だ。兆候を察知し、周辺を封鎖し、我らに避難誘導の触れを出す」
ほんの一瞬、月詠の目が柔らかくなる。
「私としては、ヒサメ殿にはもう少し休んでもらいたいぐらいだ」
「そうなんですね」
「では、職務の時間なので失礼する。……絵師さん、私の美男画は描かなくていいからな」
「毎度あり~!」
月詠は人波の中へと溶けていった。
残されたチェルシーは、静かに思案する。
農民からは豊穣の神と呼ばれ、
自警団からは誰よりも警戒心の強い守護者と評される。
そして、そのヒサメは――
(外部から来た私を、警戒している?)
商店街の喧騒の中で、ほんのわずかな緊張だけが、チェルシーの胸に残った。
この国は、あまりにも平和すぎる。
だからこそ、その裏で張り詰めている者たちの存在が、より鮮明に見えるのだった。
ヒサメさんはここでも国を思う気持ちが出ています。それは、みる人にとっては痛々しいほどに。
月詠はそんな彼女の身を案じる一人です。頼れる反面、もう少し気を抜いても良いのだぞ、と。




