冗談で付けた名前を生涯使うと確信した件
初めて会った日のことを、我はよく覚えている。
彼は日本人らしく真面目そうで、少し緊張していて、
そして――毛が多かった。
初夏だった。
半袖に短パン。
つまり、隠しようがない。
腕毛も臑毛も、元気いっぱい。
歩くたび、話すたび、視界に入ってくる。
「……毛虫みたい」
思っただけのはずなのに、
ある日、つい口に出してしまった。
「ねえ、マオチョン」
彼は一瞬止まり、首を傾げた。
意味を聞かれたので10秒ほど悩んでから
スマホに漢字を書いて見せる。
毛虫。
普通なら怒る。
少なくとも嫌な顔はする。
そう思っていた。
でも彼は画面を見て、少し考えてから、
真顔で言った。
「否定できない」
笑いも怒りもなく、
ただ受け入れた。
その瞬間、我は負けたと思った。
そして、決めた。
この人は、もうマオチョンだ。
それから我は、彼をそう呼ぶようになった。
家でも、外でも、自然に。
ちなみに我の愛称は「メイファ」。
梅花。
冬に咲く花で、強くて、凛としているから――らしい。
花と毛虫。
対比としては最悪だ。
でも不思議と、しっくりきていた。
甘えたいとき。
本気で怒ったとき。
感情が強くなると、我はこう呼ぶ。
「マオマオチョン」
毛毛虫。
中国語では、こっちが正式名称だ。
実家では、この呼び方は使わない。
さすがに両親の前で夫を「毛虫」と呼ぶ勇気はない。
そのときは、ちゃんと苗字で呼ぶ。
「チェンチャン」
ーー他人を呼んでるみたい。
でも二人になると、すぐ戻る。
マオチョン。
冗談でつけたはずの名前なのに、
いつの間にか、それが彼そのものになっていた。
梅花と毛虫。
対照的な二人。
それでも我は思う。
たぶん、この先も変わらない。
きっと我は、
死ぬまで彼をマオチョンと呼ぶだろう。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
次回はマオチョンとの結婚に向けたエピソードです。
ep3 ポンコツな挨拶になる未来が見えたので
根回しで帰省した件
ep4 緊張で噛んだ「お嬢さんをください」が
すんなりOKされた件
次回は 2026年2月11日 公開予定です。




