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 新しいクラスにも慣れてきて、みんながそれなりにお互いのことがわかるようになったころ、国語で発表があった。


 出席番号順に一人ひとり教卓に立って、自分が読んできた本の感想と、それをおすすめしたい理由を述べていく。こういう発表の時、出席番号順だと「ハ行」と「マ行」は授業の終わりギリギリか、次回に回されることが多い。案の定、俺の順番が来たのは授業終了十分前だった。


 俺が選んだ本は、あの日図書館で宮本が読んでいた作品だ。俺と宮本が初めて会った時の本、そして俺が宮本に興味を惹かれたきっかけにもなった本。わざとその本を選んだことを宮本が知っているかどうかはわからないが、作者と作品の名前を言った瞬間に、俯いていた顔を少し上げていた。それが嬉しかった。


 原稿用紙一枚分を読めばいいから、発表はすんなり終わった。

 まだ授業終了まで七分はある。


 国語教師が自分の腕時計を見ながら「宮本くんまでやろっか」といった瞬間、後ろから椅子が鈍く鳴る音がした。


 恐る恐るといった感じで立ち上がった宮本にこちらの不安も募る。宮本はこういうことが苦手だ。それは班活動をしていくなかで十分に理解していた。グループ発表の時は大抵俺が発表者をするからいいが、一人ひとりの発表となると助けることができない。


 緊張と不安からかいつも以上に顔を下に向けて教卓に向かう宮本に俺は心の中でエールを送った。


 前に着く頃には、その顔が青白くなっていた。体調の悪そうな宮本に教師も声を掛けるが、催促だと思ったのか、小さく息を吸って、焦ったように返事を返していた。


 宮本の発表は決してうまいとは言えない。それでも頑張って原稿用紙一枚分を読んでいる宮本に、何人かはチラチラと時計に視線を向けていた。


 時間が刻一刻と過ぎていって、宮本の発表が終わったのはチャイムのなる三十秒前だ。そこから教師のまとめと次回の授業の予定の話が始まる。チャイムはとっくに鳴ってしまっていた。


 クラスメイトの中にはじれったそうに貧乏ゆすりをするのもいて、俺はそんな連中に怒りを覚えた。


 休み時間になって、みんなが嫌がらせのように一斉に立ち上がったり、弁当を出したりして「やっと昼休みだー」「長かったー」なんて言い出した。だが、俺の後ろの人物はまったく動く気配をみせなかった。相当応えているんだろう。


「宮本」


 励まそうと思って名前を呼んでも宮本はこっちを向いてくれなかった。


「コンコンコン」


どうしたものかと思っていると、現れた岩田が机をノックする。宮本はゆっくり顔を上げて岩田の誘いに乗って、購買へと行ってしまった。


教室を出るまで岩田が宮本の肩に腕を乗せたり、くすぐったり、今度は宮本から抱きついたりして戯れあっていた。宮本の顔には笑顔があった。

俺は用無しか……。


「はやとー、飯食おうぜ」


 俺の机に自分の弁当を置いて駿が声をかけてきた。廊下に向けていた注意を目の前の親友に向けて、俺も自分の弁当を取り出す。


 二人で一つの机を囲って食べていたら、こっちが何も言わなくても数人集まってきて、机と椅子を寄せてきた。それぞれ部活は違うが、クラスでは一緒に連んでいる。別にそいつらとは好んで一緒にいたいわけではないが、無駄に波風立てるよりは一緒にいたほうが楽だと俺も駿も思っていた。


「颯人ってほんと器用だよな。今日も自分で作ったんだろ?」

「まあ親はアメリカだしね」

「姉ちゃんの分も作ってるってすげえな」


 今日は弁当にアスパラのベーコン巻きだったり、しらすを入れた卵焼きだったりを入れている。美意識の高い姉さんの影響で、弁当の色彩にはこだわっているから、他の男子高校生に比べたら色鮮やかだろう。


「はあ……休み時間、あと三十分しかねえじゃん」


 教室の時計を見た奴が嘆いた。弁当はほとんど食べ終わっているからまだ十分休みが取れるだろうが、彼には少し不満があるらしく、口を曲げながら話を続けた。


「宮本ってほんとさ、いつも吃ってて、時間返せって感じだよな」


 は? 時間返せってなんだよ。


「まじで。声も小さくてなんて言ってっか聞こえないし」


 その横の奴も同調して、俺と駿以外はみんな首を縦に振っている。こいつらの声はでかいからクラス中に聞こえていて、こっちに顔を向けた連中の中には陰口を非難する視線もあったが、明らかに賛同しているような笑みもあった。


 宮本の吃音は、そんなに強く批判されることなのか?


 宮本への誹謗中傷は吃音から外見にまでいきそうだった。


「髪型も鬱陶しいし……」

俺の一番そばに座るやつが猫背気味にして、手を額に当てて、宮本のマネをしだす。


……まじで似てない。

普段は立てない波風を、今日はむしろ作ってみたいとすら思った。


「宮本はさ、すごい綺麗な声で話すよな」


 口が勝手に動いていた。そうと気づいて声はなるべく抑えるよう努めたが、俺の目はきっと馬鹿な奴らを冷たく睨んでいる。


「知ってる? 国語の音読させられるときとか、宮本、澄んだ綺麗な声で読んでるの? プロの声優かって思うくらいで、もうありがとうございますって感じでさ。音楽みたいで、俺宮本の声好きなんだよ。俺いつも宮本が音読の順番になるの今か今かと待ってるんだ」


 このクラスのカーストは所詮俺が最上位だ。俺が宮本を擁護していることに気づいた奴らはみんな下を向いて、気まずそうにしだした。


「ふふっ、宮本の紡ぐ言葉ってすっごく綺麗なんだ」


「……いや、宮本を馬鹿にしていったわけじゃなくて」

「は?」


 ほんとに小さな声で一人が弁解してきて、思わずヤンキーみたいな声が出てしまった。


 まあいい。この話はここで終わりだ。弁当も食べ終わったし、こいつらと一緒にいる必要はもうないだろう。風呂敷に弁当を包み片付けて、俺は席を立った。駿も立ち上がったが、その目は俺を見て笑っている。


 ……何がおもしろいんだよ。


 ガラッとドアが開く音がして、岩田が入ってきた。俺らの方に一瞥をくれると宮本の机に掛かっていた弁当を手に取って何も言わずに教室を出ていった。


「やべえな。宮本外にいたんじゃないの?」


 苦笑いを浮かべた駿がモノマネをした奴の肩をポンポン叩いた。俺たちは二人、教室の外に出た。


「颯人が誰かをあんなふうに庇うの初めてだね」


 ドアを閉めた瞬間、駿が耳元に顔を寄せてきてニッと笑った。


 その瞬間わかった。


 俺は誰かをあんなふうに庇ったことがない。宮本のために何かできることがないかとか、宮本にもっと尊敬されたいとか、岩田に抱きついているとモヤモヤするとか……。宮本のことが好きだからだとこのときはっきりと気がついた。


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