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君の紡ぐ言葉が聴きたい  作者: 月内結芽斗
番外編

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番外編4.修学旅行-4


 高校の体育館を使って、アメリカの現役ティーンエージャーたちと交流する。このイベントに積極的な生徒以外、ほとんどみんな日本人同士で固まっていた。

 僕はこういう場が苦手だから、当日はどうしたらいいかずっと悩んでいた。日程表が配られて詳細を読んだ時には、胃がぐるぐる回って酔ってしまったくらいだ。


 交流会という名前の通り、簡単なお菓子まで用意されて、それぞれコミュニケーションを取る地獄のような時間が用意されていた。

 先生たちは翻訳機を使って交流していて、正直羨ましい。でも僕の場合は緊張してしまって、翻訳機も僕の日本語を解してくれないだろうと思うと、悲しくなる。


 怖かったし、トイレに行きたかったから、僕は抜け出すことにした。颯人にそう伝えると、自分もいかなくて平気かと聞いてくれる。でも颯人はここでもやっぱり人気者で、英語が話せるイケメンだからか、アメリカ人たちも交流を図りたいのだろう。今はバスケの話で盛り上がっている。ここで僕が邪魔をしてはいけないと思った。


「だ、大丈夫だよ」


 トイレに少しのあいだ篭ることにした。よくないのは分かっているし、せっかくの機会だからアメリカ人と生の英語でやりとりしたほうがいい。だけど、日本語以上に日本人以上に緊張してしまうのは目に見えていた。もうすぐステイ先の人と会う時間になる。スマホで時刻を確認すればため息が漏れた。トイレのドアをそっと開けた。


『あっ、やっと出てきた』

 手洗い場のところから、僕を見つめる人物が一言こう言った。アメリカ人だ。


『さぼりたくてトイレに来てみたらずっと閉まってるドアあったから、イタズラでもされてるんじゃないかって思って待ってたんだ』


 相手の青い瞳と目を合わせると、ニッと笑って手を差し出してくる。握手を求めていることはわかったから、僕は急いで手を洗った。ペーパータオルで手を拭いてから握手に応えた。


『ハーイ、俺はケビンだ』

『……ぼっ僕は、か、奏』

『ん? カナデ? K-A-N-A-D-E?』

「いっイエス」


 人好きのする雰囲気が颯人に少し似ていると思って見上げたら、相手はくすんだ金髪をかき上げてウィンクをしてきた。

 どういう心理でやってるんだろう?

 首を傾げた僕にケビンも首を傾げる。


『交流会の日本人だよね?』


 頷けばケビンが一緒に戻ろうと言う。僕に合わせてゆっくりと簡単な言い回しで話してくれているようで、ありがたい。

 体育館に戻ると、すでにホームステイ先ごとのグループ分けがされていた。


「奏!」


 ずっと入り口の方を見ていてくれたのだろう。颯人がすぐに駆け寄ってくる。


「全然戻らないから心配した」

「ごっごめん」

「もうグループ別れてるから一緒に行こう」


 ケビンをちらりと見てから、颯人が僕の手を握って引っ張った。


『……君も自分のメンバー探したほうがいいんじゃない?』


 遠回しになんでついてくるの? と言っているのだろうことは僕にもわかった。ケビンは肩を竦める。


『ああ、俺も自分のメンバーのとこに向かってるんだよ』


 結局ケビンは僕たちと同じグループというオチだった。ホームステイ先の息子で、この高校に通っているらしい。

 グループ分けが済んで、交流会も終わり解散になった。体育館の隅に並んでいた自分たちのスーツケースを回収して、ケビンのお父さんの車に積んだ。


『うちは毎年ホームステイを受け入れていてね、今年も楽しみにしていたんだよ』


 到着したコリンズ家は、白い外観が街に似合う大きい家だった。四人までの受け入れをしている数少ないホストファミリーで、丘の方に車で十分走らせればよかった。家の前には女性と大きな犬が待っていて、僕たちを歓迎してくれた。


 外も中も「ザ・アメリカ」の生活を想像したら出来上がるような家で、窓の向こうにプールがあるのがわかった。玄関の壁には、五人と犬一匹の家族写真と、それを取り囲むようにして飾られた歴代のホームステイの子たちの写真があった。上の二人は大学に入って、もう家にはいないそうだ。


『あなたたちの写真もここら辺に飾る予定なの』


 写真を眺めていた僕に、お母さんが笑う。彼女も慣れているのか、ゆっくりと簡単な言葉とジェスチャーで教えてくれる。でも僕はなんて答えるのが正解かわからなくて、できるだけ嬉しそうに微笑むにとどめたら、「ドント・ビー・シャイ!」と言われてやっぱり僕は微笑んだ。


 ゲストルームは二部屋で、どちらの部屋にも大きなベッドが横並びで二つ並んでいた。颯人は有無を言わせず、僕を片方の部屋に引っ張って、二人に「当然この組み分けだよね」と言い残してドアを軽く閉めた。僕には、せめて今日だけでも、といって眉を下げる。その姿に思ったことがつい漏れてしまった。


「ベ、ベイリーみたい」

「さっきの餌もらってる時の顔?」

「……うん」

「……わんっ!」


 ずいっと寄ってきて僕の脇腹をくすぐり出した颯人に、僕は笑いながら必死にその胸を押し退けようとした。でも、颯人の方が体格もしつこさを勝っているから、僕は後ろに仰け反ってそのままベッドにダイブしてしまう。慌てて目の前のシャツを掴んだから、颯人も驚いた顔をしながら、倒れてきた。


 顔と顔はほんの数センチの距離。僕は息を呑んで、颯人の喉仏も動いた。目を合わせると彼の瞳が揺れているのがわかる。もうすぐ……。


「ヘイ!」


 ドアの方からよく通る声がして、僕たちは同時にそっちに顔を向けた。腕を組んでドア枠に寄りかかった状態でケビンが立っている。


『ゲイなのはいいけど、我が家では一緒に寝ないでくれよ』


 一緒に寝るってどういう意味だろう? 僕たちは同じ部屋で寝るから、寝ないでと言われてもじゃあどこで寝ればいいのって話になってしまう。


『別にするつもりないよ』


 颯人は緩慢な態度でベッドから降りた。ついでとばかりに髪を掻き上げる姿が様になっていた。颯人は少し苛ついているみたいだ。何か気に触ることがあったのだろうか。僕も立ちあがろうとしたら、ケビンの足の隙間から入ってきたベイリーに押し倒されて、顔中を舐められた。

 ケビンの楽しそうな笑い声が聞こえた。


『ハハハ、それならいい。今日はベイリーも一緒に寝たらいいさ』

『冗談』

『……母さんがスーパー行くけど一緒に行くかってさ。カナデ、お土産とか買えるよ』

『いきっ、行きたい!』

『オッケー、下で待ってるよ』


 ケビンが去るとベイリーも彼についていく。僕はベイリーの尻尾から颯人に視線を移して、不機嫌になった理由を聞こうと口を開いた。それと、颯人が僕にキスをしてきたのは同時だった。彼の唇が僕の下唇に触れて、そのままリップ音を小さく立てて離れた。


「邪魔されたからやり直し」


 颯人が柔らかく笑って、僕は赤くなって、それを見て颯人がまた笑う。


「奏、さっきケビンが言ってた意味わかった?」


 ケビンが言ってた意味? 首を横に振れば「気にしなくていいよ」と言い残して、颯人は将吾たちのところに行ってしまった。廊下からスーパーに行くのかどうかのやり取りが聞こえてくる。僕はそれを耳にしながらスマホを手に取って、検索をかけた。


 ずっとゆっくり話してくれていたケビンがなんであの瞬間だけ早口だったのかなんとなくわかった。なんとか聞き取った「sleep together」の意味を知って、慌てて検索履歴を消した。


「奏、出かける支度できたって……なんでそんなに赤くなってるの?」


 部屋を覗きにきた将吾が、訝しげに廊下に顔を向けた。




 夕食はスーパーで買った肉をお父さんが焼いてくれて、それを食べながらおしゃべりを楽しんだ。


「翻訳機颯人、通訳して!」


 駿くんがふざけるたびに颯人が目を細めるのは、アメリカにいても日本にいても変わらないみたいだ。駿くんに将吾にと度々通訳を頼まれていた颯人は、部屋に引き上げる頃には流石に疲れた顔をしていた。


 先にシャワーを使うようにいうから、なるべく早くあがった。今は颯人がお風呂から帰ってくるのを待っている。

 窓側のベッドでしばらくどうするか悩んで、寝たふりをする。ドアが開いて颯人が入ってくる音がして、僕の名前を呼ぶ。狸寝入りがバレないように、意識した。


「寝ちゃったのか……奏」


 ベッドが軋む音がして、颯人の顔が近づいてくるのがわかった。


「寝たふりするのに、口をギュッと結んでたら不自然だよ」


 うっすら目を開ければ、微笑む颯人が眩しかった。


「……ケビンも言っていたけど、ここは他人の家だよ。不安にならなくていいよ」

「う、うん」

「もう寝る?」


 頷けば、颯人が腕を広げた。


「じゃあハグしよ」


 言われて僕は起き上がった。腕を広げて颯人とぴったり重なる。


「……はっ颯人」

「ん?」


 僕からするなんて多分初めてだ。目を閉じる直前に狙った場所に唇を押し当てた。

「おっおやすみ!」

 勢いよく布団をかぶって、体を窓の方に向けた。

 しばらく沈黙が続いて、やがてベッドに掛かっていた圧が弱くなる。

 それからまた数秒おいて電気が消えた。





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