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 小学生までは「普通」だったと思う。元気の良い姉二人を見て育ったから、僕もそれなりに積極的で、小学校三年生では学級委員もしていた。


 僕が、こうなったのは中学三年からだ。


 中学生になった時から僕は人より勉強ができる分、人よりいい高校に入りたいと思うようになった。だから内申が重要だということを知ってからはより精力的に授業にもテストにも取り組むようにしていた。


 三年生になって仲の良かった友達とクラスが分かれてしまった。寂しかったけど、勉強に集中していれば苦ではないはずだと、今まで以上に学業に力を入れた。


 志望校にと考えていた学校の特進は、内申点にもテストの点数にも厳しいと聞いていたから、勉強だけに集中できるのは、ちょうどいいとすら思っていた。


 クラスメイトは運動部が多くて、夏の教室は制汗剤の匂いが混ざって、こもって、少し気持ち悪かったのを覚えている。


 その日はちょうど英語の発表があって、頭上で動く扇風機を見つめながら順番が来るのを待っていた。


 成績に関係すると聞いていた発表だった。暗記をして話さなくてはいけなかったから、家で何度も練習して、僕の頭も口もしっかり文章を覚えていた。


 だけど間違えないか、忘れないか、すごく不安だった。


 なんとか発表が終わって、発表中もなんとなく眺め続けていた扇風機から顔を落とすと、クラスメイト中の視線が、不安そうに僕を見ていた。

 何かミスをしてしまっただろうかと一瞬不安になったけど、僕は完璧にこなしたはずだ。


 不思議に思いながら自席に戻ると、前の席の生徒が声をかけてきた。


「宮本、すっごい緊張してたね」


 そうなのかなと思った。


「ほら、顔真っ赤だぞ」


 頬に触れるとすごくほてっていた。本当だ、僕はすごく緊張していたんだと思った。そしてそのことを自覚してより一層、頬が熱くなった。


 自分ってこんなに発表苦手だったんだと自覚した。今思うと、成績に囚われすぎていて失敗が怖かっただけなのだと思うけれど、それ以降、僕は少しずつ人前で話すことが苦手になっていった。


 前の子が下敷きを仰ぐ度に、暑い空気に制汗剤が混ざって届いた。


 それ以降、簡単な発表であっても緊張するようになった。教卓の前に立つたびに、みんなの視線を感じるたびに、頭はあの日の英語の発表のことを思い出しているようだった。段々と周りが向けてくる視線にも気づいてきて、僕が何かを言うたびに向けられる少し眉の下がった顔が僕を責めているように見えた。


 クラスメイトの大半が勉強より部活に精を出していたから、授業のグループ課題なんかは僕が主体で調べたり、資料を作ったりすることが多かった。


 適材適所というものだろうと思って、僕はそれでも構わなかった。作った制作物は大抵、クラスメイトが発表した。


「宮本は発表下手だし、苦手だろ?」


 同じグループになった一人に言われて、僕はまた自覚を余儀なくされた。


 体育祭が近づいたころクラスのサッカー部でいざこざがあった。それで部員の一人だけ仲間外れにされていた。

 ちょうど二人三脚のペアを決めなくてはいけない時期で、渦中の彼は余り者の僕とペアになることを余儀なくされた。


「最悪。俺がこんなやつとペアかよ」


 ペアが決まったとき、席が近かった彼が小さく吐き捨てるのが聞こえた。


 そんなふうにして僕は自信をなくしていったんだと思う。視線を遮るために前髪を伸ばしたり、目が悪いわけでもないのに母さんに頼んで度の入ってない眼鏡を買ってもらったりした。


 少しずつ言葉が出にくくなった。詰まって不思議な音階を踏むようになった僕の話し方にクラスメイトたちは顔を顰めていた。


 他のクラスになった友達は見た目の変わった僕に苦笑いを浮かべていた。彼とは一緒にいる時間も減っていつしか疎遠になっていた。


 入試が終わって特進に受かっても、僕の手元にあるのはもどかしい勉強ができるだけの自分の姿だった。





 まるまる二日間熱にうなされて、学校に復帰できたのは金曜日のことだった。病み上がりだからと母さんが車で送ってくれたから、今日はいつもよりも少し遅い登校になった。


 教室に入ると村田さんの姿もあって、彼女は元気よく僕に手を振ってくれた。村田さんもすっかり元気になったみたいで安心した。

 笑うと少しズレるマスクを直して、席に着くと周りにいたクラスメイトが話しかけてくれた。


「宮本くん、熱だったんでしょ? 大丈夫だった?」

「う、うん。こっこの時期は、ね熱になることが、多く、て……」


「季節の変わり目だしねえ。無理しないでね」

「あっありがとう」


 イメチェンをしてからこうして話しかけてもらえる機会が増えて、むず痒い。最近少し仲良くなれた子たちも僕のそばに来て、回復を祝ってくれた。


 教室の隅から視線を感じてそっちを見る。あの日、僕が宮瀬くんに恋をした日、僕のことを話していた男子たちだった。みんな気まずそうに窓際から僕を見ている。


「あいつらさ、奏のこと悪く言って以来、宮瀬にろくに構ってもらえなくなって居心地悪いんだよ」

「えっ?」


 いつの間にか登場していた将吾が僕の視線の先を追って教えてくれた。


「だから奏に謝る機会を伺ってんだな」


 もう一度、男子たちに視線を向けようとしたら、将吾が前に立って視界を塞いでしまった。男子たちの様子を見ることは叶わなかった。


 別に謝らなくていいのに……。僕が吃ってクラスメイトの時間を奪っていることは事実だし、あれから随分時間が経っている。


「奏、おはよう」


 振り返ると宮瀬くんが江川くんと一緒に教室に入ってきた。僕に真っ先に挨拶をしてくれる。


「おっおはよう」


 返事をすれば嬉しそうに笑って、それから周りにいたみんなにも朝の挨拶をし出した。僕だけが特別なのだと感じてしまう。


 宮瀬くんは挨拶だけで終わらなくて、こっちに来ると僕の額に手を置いた。


「うん。熱は下がったね」


 目を細める宮瀬くんを見ていたら、一昨日、母さんが話していたことを思い出してしまった。

 母さんは宮瀬くんが僕のことを好きだと言っていた。


 宮瀬くんは僕なんかに告白をしてくれたし、それは多分……間違っていないと思う。ただ僕が好かれていることをすごく喜んでいた母さんと同じ気持ちにはなれない。僕はただただ申し訳ないのだ。


 宮瀬くんが僕の何を気に入ってくれたのかはわからないけど、僕の宮瀬くんへの気持ちを伝えてしまえば、……それは正解じゃない気がする。均衡を崩してしまう。


 僕の額から離れた宮瀬くんの手はそのまま僕の頬を流れた。マスク越しに感じる手の温もりが暖かくて、途端に耳まで赤くなってしまう。


「もうホームルーム始まりそうだし、席に戻るよ」


 宮瀬くんの背中が遠ざかっていくのをぼんやりと見つめていたら、将吾が横でクスクス笑い出した。


「どうしたの?」

「なんでもない」


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