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「本当にごめんねって言ってたよ」


「ゆ、ゆっくり、やっ休んでねって、つ、伝えてくれる?」


 朝から体調が悪そうだった村田さんは早退することになった。この時期は毎年熱を出すらしくて、明らかにぐったりしている村田さんを保健室に送ってきた彼女の友達が僕に声をかけてくれた。


 村田さんの鞄を手にして保健室に戻るその子を見送って、僕も席を立つ。


 昼休みになっていたから僕も急いで図書室に行かなければならない。自分の鞄を手に将吾に声をかけて図書室に向かった。





 今日の昼休みは一段と人が来なくて、お弁当を半分残した僕は窓辺に腰掛けて外をなんとなく眺めていた。


 お腹がいっぱいで少し気持ち悪かったから、窓を少し開けて新鮮な空気に当たっていると、外の喧騒に紛れて宮瀬くんの名前が呼ばれるのが聞こえた。


 ふと校庭に視線を向けると、グラウンドのバスケゴールを前にシュートをしている宮瀬くんと江川くんが見えた。


「おっ宮本~!」


 二階にある図書室と校庭との距離は結構近くて、江川くんが僕に気がついたみたいだった。こっちに手を振ってくれる。江川くんの視線を追って宮瀬くんも僕の方を見た。軽く手を振って微笑んでいる。


 僕も振り返さないわけにはいかなくて二人に向かって手を振った。胃の気持ち悪さがさっきより増しているのを誤魔化して笑顔を作る。


 宮瀬くんがこっちに走ってきて、僕を見上げた。


「委員会?」

「う、うん」


 僕は気まずくて目を逸らした。告白されてから僕はずっと返事を引き延ばしている。


「……頑張ってね」


 視線を戻して宮瀬くんを見たら一度微笑んで、ドリブルを二回して向こうに行ってしまった。その音は僕の胸を打つように響いた。





 昼休みが終わる直前、教室に戻ると宮瀬くんと目が合った。視界が揺れる感覚がして僕は曖昧に微笑んだ。廊下側の自席に腰を下ろすと宮瀬くんがすぐそばに立っていた。


「……宮瀬くん?」


 何も言わない宮瀬くんは長い腕をサッと伸ばすと、そのまま僕の額に触れた。


「やっぱり」


 苦笑いを浮かべた宮瀬くんは僕の机から鞄を取った。


「昼休みになんとなくそうかなって思ったけど、奏、熱出しているよ。確実に早退だからもう鞄持って、保健室行こ。……岩田、先生に言っといて」


「おう」


 返事をまだしてないのに、宮瀬くんは僕を立ち上がらせた。


「瞬きも重いし……、ふらふらだからおんぶするよ」


 屈み込んだ宮瀬くんが「ほら?」と肩越しに振り向いてきた。そんな姿もかっこいいな、なんて思っていたから、僕は宮瀬くんに甘えてしまったんだ。気づいたら宮瀬くんの首に抱きついていた。


 返事もしてないのに、こんな僕なのに、宮瀬くんに甘えるなんて……。


 宮瀬くんが歩くたびに感じる規則正しい振動が、朦朧とし始めた意識を深く沈めていった。


「……すき」





 気づいたら母さんの運転する車に乗っていて、家についていた。


 母さんは子どもの熱に心配と嬉しさを感じるようで、にこにこと笑って僕の看病をしてくれた。


 夕飯の時間になって少し楽になった体を起こすとタイミングよく母さんが部屋に入ってきた。


「お粥作ったから食べないとね」


 レンゲを持つ母さんの手が口元までやってきて、僕は小さく口を開けた。


「奏、この時期熱出すじゃない? 保健室で宮瀬くん? に聞いたけど、奏、無理してたんですって? 奏はもっと甘えなくちゃいけないのにねえ。頑張り屋さんだから」


 確かに昨日の夜から体調は悪くて寒気もしていたから、夏風邪ひくかも、と思っていた。でも委員会もあるし、学校を休むわけにはいかないから解熱剤を飲んだのに。結局、宮瀬くんにも迷惑をかけてしまった。


「それにしても宮瀬くんってすごくイケメンじゃない? ときめいちゃった! お母さんの予想だと宮瀬くん、奏のこと好きよ?」


「えっ?」


「お母さんが来た時すごく心配そうな顔しててね、車に奏を連れて行くのも手伝ってくれて、最後には『奏をお願いします』って言われたの。まるで奏の旦那か何かよね?」


 重たい頭を少し動かして母さんを見れば、嬉しそうに笑っていた。


「薫も楓も全然、恋愛に興味ないから困ったなあって思ってたから、もしかしたら我が家で最初に相手を見つけるのは奏かなって舞い上がっちゃった!」


 母さんが乙女のように頬を染めていると、小さくノックをする音がした。


「……佳奈。下まで声が聞こえたぞ。奏を寝かせてあげなさい」


 扉を少しだけ開けて体を忍び込ませてきた父さんが、母さんを諭した。


「私ったら一人で盛り上がっちゃった。ごめんね、奏。お粥ここに置いておくから食べてね。スポドリも薄めたの置いておくから飲むのよ」


 最後はちゃんと母親の顔になった母さんは父さんに連れられて出ていった。


「……慎ちゃんにも宮瀬くん見せたかったなあ」


 扉の向こうから母さんの声が聞こえた。


 僕はもう何を思えばいいのかわからなくて、体を横たえた。白い壁にある小さなシミを見つめながら、冷却シートが僕の熱を鈍く奪って代わりに生ぬるさを与えてくることだけに意識を集中された。


月内は、奏のお父さんが好きです。

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