13 奏視点
奏からの視点に戻ります。
クラスのグループチャットは、みんなが僕を歓迎してくれた。予想外の反応に、正直戸惑ったけど、宮瀬くんがにっこり笑ってくれたので、これでいいのだと自分に言い聞かせる。そしたらだんだん嬉しさが込み上げてしまってつい笑ってしまった。
イメチェンをしたらどうなるのだろうと不安もあった。髪を切って数日経ったけど、正直まだ重い前髪が顔にかかっているみたいだ。
髪を切って、眼鏡をやめたからって吃音が治るわけでも緊張してしまう性格が変わるわけでもない。でも、こうしてクラスのみんなが褒めてくれたり、話しかけてくれたりしたら少しずつ自信も湧いてくるんじゃないかと、自分に期待してしまう。
お昼休みの後、何人かが個人のチャットで連絡してくれて、僕は休み時間のたびにそれに返事をした。新年度が始まってしばらく経つけど、僕だけが四月からやり直しているみたいだった。
先生たちは教室に入ってくるたびに僕を見て驚いて、それからすごく褒めてくれた。それはもう授業の時間が削れるくらいに……。
加藤先生なんて「宮本がこんなに美人だとは思わなかった」と言ってくれて、クラスの女子たちに「セクハラですよ」と野次られていた。
なんだかふわふわした気持ちになりながら、将吾と下校しているとピコッと聞き慣れない音が一つした。チャットが来たのだ。将吾が見てみれば? というからスマホを開いてみたら、宮瀬くんから連絡が届いていた。
「ど、どうしよっ、み、宮瀬くん、からだっ!」
慌てて将吾に縋れば口角をあげて「返信しなよ」と言われた。
僕は切った髪を最初に将吾に見せに行った。なんで切ったのか聞かれて、変わりたかったからって言ったら「宮瀬のため?」と聞かれた。
将吾は僕が宮瀬くんに憧れていたことを知っていたけど、それが恋に変わったことは知らなかったはずだ。でも、将吾にはバレていたようで、……応援すると言ってくれた。
僕は本当にいい友達を持っているんだ。
「……『今度、一緒に勉強しよう』って、かっ書いてある」
「えっよかったじゃん!」
「なっなんて返せばいい? お、お昼休みにっどう、とか……」
「いやいや。空いている日あるかって聞きなよ」
少し迷ってから将吾に言われたように送った。確か将吾は中学の時に彼女がいたことがあるから、こういうことは将吾の方が知っているだろうと思ったから。
数秒後に、宮瀬くんから返信があった。
「どっ土曜か日曜だって。……へっ平日は忙しいの、かな?」
「というより……まあいいじゃん。奏は土日空いてないの?」
「どっどっちも空いてるけど、べっ勉強一緒にしたら、迷惑じゃないっかな?」
「いやあっちが誘ってきたんだし迷惑なわけなくない?」
確かに宮瀬くんが誘ってきたのだから迷惑ということはないのかもしれない。
――どっちも空いてるよ。
――まじ? じゃあ土日両方一緒に勉強しない?
横でスマホを覗き込んでいた将吾が宮瀬くんのメッセージを読み上げてから「それはさすがに迷惑だろ」と呟いた。
確かに宮瀬くんを二日間拘束するのは迷惑かもしれない。宮瀬くんには宮瀬くんの勉強スタイルがあるだろうし……。
どう返信すればいいか考えているとまたメッセージが届いた。
――ごめん。やっぱり二日間はやめよっか。土曜日に勉強しよう。
宮瀬くんからの返信に思わず安堵のため息が漏れる。宮瀬くんもさすがに二日連続は自分の勉強に響くと気づいたのだろう。断りを彼の方から言ってくれてよかった。
――うん。じゃあ土曜日に勉強しよう。
――時間と場所は今度決めよっか。一緒に勉強してくれるって言ってくれてありがとう。これで中間はいい点数取れるかもしれない!
宮瀬くんはもともと成績がいいのに何を言ってるんだ、とつい笑みが溢れた。
――誘ってくれてありがとう。
「まるで高校生の勉強デートだな」
「えっ」
横でずっとやり取りを見ていた将吾が呆れたように笑う。
「初々しいカップルって感じ」
……僕と宮瀬くんがカップル?
それから土曜日まではあっという間だった。僕はもともと帰宅部だから普段と変わらないけど、部活に入っている生徒たちが同じ時間に門をくぐって帰っていくのはやっぱり新鮮だ。その中には当然宮瀬くんの姿もあって、江川駿と真剣に話し合っていた。
何やら考え込んでいる二人の歩くスピードは遅い。僕よりもずっと背が高いのに、もう抜かしてしまいそうだ。
髪を切ってからクラスメイトと話す機会は増えて、江川くんにも話しかけてもらったことがある。ずっと物静かな人だと思っていたけど、本当はよく喋る人だったようで、僕と宮瀬くんと江川くんの三人で話しているときは結構、口を開いていた。
追い越すときに声をかけた方がいいか悩んでいたら、二人の会話が少し聞こえてしまった。
「――に好きならちゃんと理性的に対応しないと嫌われるぞ」
好き? 嫌われる? 江川くんが言っていた話から予想できるのは、宮瀬くんに好きな人がいるってことだよね。好きな人……。
あれ、僕宮瀬くんに釣り合う人になりたくてイメチェンしたけど、もし同じ土俵に立てたとしてその後はどうなりたいんだろう?
「……奏?」
一緒に歩いていた将吾が横から声をかけてきた。咄嗟に顔をあげると心配そうな顔をこちらに向けている。俯いていたから心配をかけてしまったのかもしれない。
「あっ宮本、岩田、またなー」
将吾になんでもないと言おうとしたら後ろから大きな声で呼びかけられた。振り向いたら江川くんが手を振っている。その横で宮瀬くんもにっこり笑って、顔より少し下の位置から手を振ってくれた。
……宮瀬くんはいつだってかっこいいんだな。
「宮本、明日忘れないでね」
宮瀬くんの声は決して大きくないのにここまでしっかり届いて、僕の胸はギュッとなった。さっきまで考えていたことは知らない間に忘れてしまっていた。