第7解 楽しいらしい
はじめに、この物語はフィクションである。実際の実名や地名とは、一切関係がないが、安全のため、この物語に出てくる依頼者の名前は全て依頼者○のような形になっていることをご容赦いただきたい。
「いらっしゃいませ、まず、お名前と本日のご用件をお話しください。」
大平は笑顔で言った。
「俺、<依頼者G>って言うんだけど、俺に呪いをかけてほしいんですわ。」
金髪のチャラ男、<依頼者G>は楽しそうに言った。
「呪いをかける……?」
大平は困惑した。
「命にかかわらない程度の呪いを俺にかけてほしいんですよ。」
<依頼者G>は言った。確かに、「解呪法」では、人に呪いをかけることは合法とされている。しかし、それは、本人が不利益を被ったとき、その原因となった人にかけることができるもので、不利益を被っていない、ましてや自分にかけるなんてことは認められていないのである。
「なぜ、そんなことを求めるのですか?」
大平は聞いた。<依頼者G>は言った。
「いやー、呪いってゾクゾクするじゃん。楽しいじゃん。だから。」
大平は半分納得した。確かに、怖いもの好きでそういうのを楽しむ人であったら、そういう考え方もできるかもしれないと。本人が望んでいるし、周りに迷惑がかかるわけでもないため、かけてあげてもいいとは思うが、呪いの本来の目的と違い、法律にも記載されていない理由でかけてもよいのかどうか。大平は迷っていた。
「うーむ、これは非常に問題なんですよねー。」
「何が問題だって?」
<依頼者G>は半分キレて大平に顔を近づけて言った。
「い、いやー、本人に呪いをかけるのが合法かが法律に記載されていませんので。」
「法律なんて堅苦しいもんにとらわれないで自由に生きようぜ。」
「えーと、こっちも命かけてるので、法に触れたら一瞬で終わりなんですよ。」
「うーん、じゃあ、具体的な証拠は?データは?」
<依頼者G>はどこかで聞いたことのある口調で言った。
「ないから困ってるんですよね……。」
やはり、大平は迷っていた。正直、無意識とはいえ、過去に<依頼者D>の母親に呪いのかけ方に関するアドバイスまでしてしまっている。もしも、今回のことがやってはいけないことなのだとしたら、この時に大平は幇助という意味合いでは大きな罪を犯してしまっていることになる。大平は悩んだ末、
「うーん、仕方がありません……断る理由もありませんし……。」
と彼に呪いをかけることにしたのだが、大平の脳裏に、突如として、女性の声が響いた。
「大平君は、あいつらみたいに汚い仕事に手を出したりはしないでね。」
大平はそれを聞いて、はっとした。そして、<依頼者G>が求めている呪いとやらの意味がわかったような気がした。大平はきっぱりと言った。
「いや、やはり、あなたに呪いをかけることができません。」
「え、何で?」
<依頼者G>の眉間のしわが増えた。
「別に、大きな理由はないんですよ。まあ、あるとするならば、とある人と少し約束をしまして……。こうしたことには手を出さないって。」
「約束?別にそんなのどうだっていいだろ。」
「それが……私もそう思ったんですがね。なんというか……私の何かがそれを許さないんでしょうね。」
「はぁ?ふざけるのも大概にしろ!」
<依頼者G>は怒りが有頂天に達し、大平に拳を突き付けようとした。しかし、それは大平の手のひらに阻まれ止められた。
「暴行は良くありませんね。この時点で、私はあなたに不利益を被っているわけですから、違う意味であなたに呪いをかけてもいいんですよ。<依頼者G>さん。」
大平はただじっと<依頼者G>を見つめた。<依頼者G>の瞳孔が少し開いた。少しの間、静寂に包まれた。確かに、身体が徐々に蝕まれ、それなしでは生きられなくなってしまうという意味合いでは、ある意味呪いに近いのかもしれない。もし、本当の呪いにしろ、<依頼者G>が求めている呪いにしろ、大平にとってはできるはずのないものだった。
「糞が!なんだよ!どいつもこいつも!もう一生お前の店には来ないからな!」
<依頼者G>は大平の必死の目の訴えかけに耐えきらなくなってしまったのか。それとも別の理由があったのか。キレながら、その場を後にした。
「ありがとうございました。」
大平は静かに言った。
それから、しばらくは、客も来なかったので、大平は先ほど来た<依頼者G>について考えていた。
「変なやつだったな……。それにしても、どっかであの顔見たことあるんだよな……。」
実は、大平にはあの<依頼者G>の顔に見覚えがあった。しかし、どこで見たのかが思い出せないのだ。しばらく思い出そうと努力をしていたが、碌な答えは出ず、また、少し喉が渇いてきた。大平は、水を飲みに行こうと椅子から立ち上がったその時、引き出しから少しはみ出ているビラを見つけた。大平は、ふと気になったので、そのビラを引き出しから無理やり取り出した。そして、ビラに目を通したとき、<依頼者G>をどこで見たのかを思い出した。大平は、水を飲むことも忘れて、電話に直行した。
次の日の朝、大平は朝ごはんのパンを口に入れ、テレビをつけた。
「昨日未明、連続殺人犯として、指名手配されていた<依頼者G>容疑者が逮捕されました。<依頼者G>容疑者は、今から3年前に発生した連続強盗殺人事件において、男女3名を殺害した容疑に問われ、指名手配されていました。警察は……。」
テレビに映し出されたのは、フードを被り、警察に連行されてゆく<依頼者G>の姿だった。最近巷では、とある危険ドラッグが流行っているらしく、それには気分がよくなる呪いがかけられているとかいないとかいう噂が流れていることは、大平自身耳にしていた。そして、どうやら、<依頼者G>はその呪いのかかった危険ドラッグに手を染めていたらしく、それを買う金の欲しさに、強盗殺人を繰り返していたようだった。警察は、この事件を機に、呪いを使った危険ドラッグを、「解呪法違反」で摘発することに決めたらしい。
あの時は、殴られそうになっただけで済んだが、もし、あの時、一歩でも間違えていたら……、<依頼者G>が刃物を持っていたのだとしたら……。大平はゾッとしながら、テレビのチャンネルを変えた。
次回 第8解 時間がないらしい 現在公開中
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こんにちは、明日 透です。
霊能力者 大平、格安で解呪しますの第7解を読んでいただき、ありがとうございます。今回は、とある犯罪者の話でした。犯罪というものは案外近くに潜んでいるものなのかもしれません。最近は闇バイトとかも多いと聞きますから、皆さまもどうぞお気を付けて。そして、途中、大平の脳裏に響いた女性の声。その正体は、一体何なのでしょうか……。次回は、「時間がないらしい」……時間がないとは、それほど深刻な呪いなのでしょうか?
次回もお楽しみに。