第18解 和菓子屋では奇跡が起こるらしい 後変
はじめに、この物語はフィクションである。実際の実名や地名、店名とは、一切関係がないが、安全のため、この物語に出てくる依頼者の名前は全て依頼者○のような形になっていることをご容赦いただきたい。なお、この話は前後編である。まだ、「第17解 和菓子屋では奇跡が起こるらしい 前変」をお読みでないならば、それをお読みいただくと、より詳細に理解できると思われる。
――老舗和菓子屋である『福鶴堂』。大平と小山にとって高校時代、ここは行きつけの店だった。店からの依頼で出張に出た2人は、店に入った瞬間、強烈な違和感を感じることとなる。3代目主人の<依頼者N>曰く、どうやら、ここには、不幸の呪いがかけられているらしいのだ。女将や3代目主人と共にその呪いの元となるものを探していたのだが、大平と小山は、先代の2代目主人が明らかにそれらしきものに狙われているのを目撃する。その後、2人は2代目主人と会話をすることとなるのだが、実はそれは霊体であり、2代目主人は既に亡くなっていることが女将の言葉により判明する。レシピのノートが呪いによる火災で失われてしまったことや3代目にうまく技術を継承できずに亡くなったことを聞いた大平は、霊体である2代目主人から大平を経由することで技術を継承できるのではないか考えたが、2代目主人は呪いの影響で和菓子に関連する記憶を全て失っていた。その後、呪いに2代目主人は見つかってしまい、2代目主人は何処かへ行ってしまった。とはいえ、結果として呪いの元が分かったため、次に誰が何の目的で呪いをかけたのかを調査することになった一同は、防犯カメラを確認した。映像には、水曜の深夜に店の前で怪しげな男が不審な動きをする様子が。これを見た大平は女将にある協力を求める。――
それからしばらくして、夕刻、大平と小山、女将、3代目主人の4人は店の前にいた。
「今日はありがとうございました。」
女将と3代目主人は頭を下げた。
「残念ですが、呪いのようなものは確認されませんでした。ご期待に沿えず申し訳ございません。」
大平と小山も頭を下げた。
「いえいえ、いいんですよ。たまたま不幸が重なっただけです。呪いなんてもので逃げようとした私が馬鹿だったんですよ。」
3代目主人は言った。
「いえ、馬鹿なんて……あなたは先代の意思を受け継いで、一生懸命美味しい和菓子を作ってくださっています。ここまでの不幸が続けば、呪いにすがりたくなる気持ちもわからなくもないです。」
大平は言った。
「主人も女将さんもどうかお店が末永く続くように頑張ってください。また、買いに来ますね。」
小山は言った。
「ええ、お待ちしております。」
3代目主人は言った。
「ありがとうございました!」
女将と3代目主人は再度頭を下げた。大平と小山は去っていった。そして、その姿を道路を挟んで反対側の店の窓から見ていた男がいた。
「霊能力者、大平道夫とその助手の小山町子。資格試験をほぼ満点で合格したエリートと聞いて少しビビったが、所詮私の呪いも見つけられないようなクソ野郎だったということか。ああ、ビビって損した。そしたら、今日も食わせに行きますか。」
男は店に飾ってあるカレンダーを見つめた。
深夜、男は福鶴堂の前にいた。
「じゃ、始めますか。」
そう言うと、男は手を2回叩いた。すると、店から、黒い靄が現れた。
「よしよしよし、頑張ってるようだな。今日もご飯あげるからな。」
男は靄をペットのようになでると、ハンドパワーを送るが如く、手を手前から奥へと動かした。靄は喜ぶように1回転した後、徐々に大きさが増していった。
「ふふふ、いいぞ。」
男は不敵な笑みを見せた。その時だった。
「すみません。道を教えていただきたいのですが。」
後ろから声がした。こんな夜中に人が来るはずがない。しかし、道を聞くということはここらに詳しくない人間なのだろう。そう男は思った。
「へい、何でしょう。」
男は振り返った。そして、息を呑んだ。
「なんて嘘だよ。馬鹿が。」
声の主は大平だった。
「大平……道夫……!?」
「おっと、あなたに名前を知ってもらえているとは、光栄ですね。いや、不名誉ですね。今、何をしていたんですか?」
「そんなの関係ないだろ!」
男は叫んだ。そして、その場から逃げようとした。
「恐らく、この店にかけられた呪いに霊力を与えようとしていた。」
女の人影が男の行方を阻んだ。声の主は……。
「小山……町子……だと!?」
「ご名答。助手の小山町子です。」
男は今にも腰を抜かしそうだった。
「おや、この反応からすると、図星ですか?」
「うぐっ……。」
男は反対方向へ逃げようとした。
「逃げようたって無駄だよ。」
さらに別の人影が男の行方を阻んだ。
「お前は……福鶴堂の……女将!」
「そうだよ。」
左には小山、右には女将、後ろには大平、前には店。男は動くことができなかった。
「何でこんなことするんだい。」
女将は男に聞いた。
「悔しかったんだよ。」
「は?」
「2年前、近くの高校で福鶴堂のあんみつが話題になったんだ。それで、その噂は町中に広がり、大勢の客が来た。」
「確かに、そんなこともあったね。でも、1ヵ月にも満たない一時のブームに過ぎなかったけどね。」
「その時、うちの店は閑古鳥だった。福鶴堂よりも値段の高いうちの店は高校生にとって手の出しづらいものだったんだ。一時のブームだとはわかっていたが、それでも俺は耐えきれなかった。そこで思ったんだ。俺は昔から呪いをかけるのが得意だった。もし、福鶴堂に呪いをかければ、うちの商売がうまくいくんじゃないかってな!そしたら、どうだ!素晴らしいほどうまくいった!店は燃え、話によれば、レシピを失い、従業員は消えたらしいとな!俺の目的通りになったってわけだ、わはははは!」
男は高らかに笑った。女将は片手を力強く握った。大平はこれを見て、女将は相当ご立腹であること、そしてそれを表に出さないよう努めていることが理解できた。大平と小山、女将はゆっくりと男に近づいた。
「3人で取り押さえようってか?ははは、無理だよ。」
男は言った。
「何!?」
大平がそう反応したとき、男はポケットから折り畳み式のナイフを取り出した。そして、それを振り回した。
「うわっ!」
「小山さん!!!!」
「町子ちゃん!!!!」
その刃は、小山の右手を傷つけた。そして、右手は赤い涙を垂らした。
「大丈夫!大したことないから。」
小山は急いでポケットからハンカチを取り出し、右手に巻いた。
「そいや!ほれ!」
男の暴走は止まらない。
「くっ、どうしたら……。」
大平はわざとらしく言った。その時、
「そこまでだ!」
と声が聞こえた。そして、途端にその場が明るくなった。懐中電灯の光だった。そして、その懐中電灯を持っていたのは……。
「警察です。」
複数人の警察官だった。1人が警察手帳を男の方に向けた。
「へ、は?」
男はこの状況を飲み込めていないようだった。男は深夜の暗さで認知できていないようだったが、実は、男と4人の周りを複数人の警察官が囲んでいたのである。
「午前2時12分、銃刀法違反、解呪法違反、傷害の容疑で現行犯逮捕。」
男はあっさり取り押さえられた。
実際、何があったのか、それは、数時間前に遡る。
「恐らく、今日の深夜、あいつはやってきます。そこで、あいつが作業をしているときに、私は道を尋ねる一般人と偽って話しかけます。」
大平は女将に話した後、メモ帳を取り出し、図を書いた。
「その後、私と小山さん、女将さんの順にこのように配置につきます。」
メモ帳には、店と犯人、その左には小山、右には女将、後ろには大平と書かれていた。
「そして、逃げられない状態で問い詰めます。」
「でも……。」
小山は何かを言おうとしたが、大平が制止させた。
「わかってます。所詮非力な男1人と女2人です。3人で取り押さえることができないでしょう。そこで、警察を周りに配置します。」
「警察って……そう簡単には動かないでしょう。」
女将は心配そうに言う。
「大丈夫です。コネがあります。」
大平は拳を胸に当てた。過去に<依頼者G>や<依頼者J>の件などで警察沙汰になっていた大平は、警察の中で顔見知りを作っていた。後にわかった話だが、警察も毎週水曜日の深夜に不審者情報が入るため、うんざりしていたのだという。丁度良く利害が一致したのもあって、今回協力する手筈になったようだ。
「まあ、それでもし警察を呼ぶことができたとして、バレたらおしまいじゃないの。」
小山は言った。
「ええ、だから、皆様には逮捕するまでは懐中電灯などのライト類は一切使わないようにしてもらいます。あそこの道は、街頭が少なく見通しが悪いです。それに、今日の夜は曇りらしいですね。本当に真っ暗ですよ。周りに人がいてもあの状況では、相当近くに行かないとわからないと思いますよ。あ、あと、女将さん。」
「何ですか?」
女将は聞いた。
「あとで主人にも話してほしいんですけど、今日は呪いが見つからなかったという風にしてください。」
「え、何でですか?」
「あいつが向かいの店の人なら、どこから見ているかわかりません。いざ、呪いが見つかって解呪されましたなんて言ったら、呪いをかけなおそうと思って、準備のために今日現れないなんてことになりかねません。」
「なるほど。」
「協力してもらえますか?」
「ええ、勿論。」
時は深夜に戻る。
「いや、すみません。茶番に付き合ってもらってしまい。」
大平は警官の1人と女将に話した。
「いえ、大丈夫です。こうしていただくことで実際に現行犯で逮捕することができましたし。」
警官の1人はそう話した。
「それにしても、町子ちゃん大丈夫?」
女将は言った。
「まあ、右手をやられるのは想定外でしたけど、慣れてるので大丈夫です。」
小山は右手をさすりながら言った。
「慣れてる……?」
「ああ、それは、過去に自分で顔に……。」
「ああ、えーと、彼女は呪物コレクターでもあるので、結構、そう言ったものから攻撃されるんですよ。だから、結構慣れているんです。」
大平は小山のとんでも発言をさせないよう、割り込んだ。
「あら、そうなの……一通り終わったら、病院で見てもらってね。」
「はい。」
小山はそう返事した後、大平の方を睨んだ。
「おい!なんだよ!おい!」
男は暴れているが警官に抑え込まれている。
「暴れるな!」
警官の声も響く。
「あいつがどうなっても知らねーぞ!」
男は叫んだ。
「あいつ?あいつってどういうことだ?」
大平は聞いた。男はこれを聞いてニヤリと笑った。
「俺はあの呪いに少し細工をしている。もし既定の時間までに既定量の霊力がなければ、あいつを食うようにな……。残念だったな。もうレシピは永遠に戻らない。」
もうレシピは永遠に戻らない?その時、大平は思い出した。大平は急いで店の中へ向かおうとした。
「大平君!どうしたの?」
小山の質問に大平はこう答えた。
「先代が危ない。」
大平と小山、女将、そして、事情聴取のため起きていた3代目主人は、急いで店の中へ入った。そして、大平と小山は2代目主人の行方を捜した。
「主人ー!先代主人!」
小山のその声に反応するが如く、唸り声が小さく聞こえた。2階のとある部屋からだった。
「みんな、こっち!」
小山は皆を呼び寄せた。
「ここは、夫の部屋です。」
女将は言った。そして、大平はドアノブを回した。しかし、開く気配がない。
「女将さん、突き破ってもいいですか?」
「いいわ。」
女将の許可を得た大平は扉を突き破った。そして、その状況に皆が息を呑んだ。
2代目主人がひも状の呪いの靄によって天井に括り付けられていた。
「先代!」
「主人!」
「あなた!」
「親父!」
皆はそれぞれに叫んだ。女将と3代目主人は涙を流している。
「え、"見える"んですか?」
大平は言った。
「ええ、ええ、でも会えるのなら、こんな姿のあなたに会いたくなかった。」
女将はそう言うと、膝から崩れ落ちた。
「どういうことだ?」
大平は疑問を感じた。
「わからない?この部屋の中、霊力が異常なまでに強いわ。神社や心霊スポット、事故物件の比じゃないほどね。さすがにどんなに霊感のない人でもこの量の霊力を浴びれば、一時的にでも幽霊の1人や2人、"見える"ようになるわよ。」
小山は言った。
「うぐっ……助けてくれ。」
2代目主人が苦しそうにしている。
「こりゃあ、やばいな。今日の朝の時点で実は手遅れだったかもしれない。呪いが意思を持ってます。呪いの悪霊化とでもいうんでしょうか。かなり危険な状況ですね。」
大平は言った。
「早く!早く親父を助けてくれ!」
3代目主人は叫んだ。
「それでは、解呪を始めます。」
大平は、深く深呼吸をした後、静かに手を合わせ……とその時、
「あんた馬鹿!?」
と小山が叫んだ。
「はぁ!?馬鹿とは何ですか!?こっちは解呪しようとしてるんですけど。」
大平は術式の発動を中断した。
「冷静に考えてみなさいよ。あなたがやろうとしているのは、この前の会議で提唱された改良型の万能解呪術式。まず、そんな簡単な奴であいつが解呪できるわけがない。というか、その前に主人が浄化されて消えちゃう可能性もあるのに!馬鹿なの!?」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
「まず、主人に守られる呪いをかけなさい!」
大平は急いで主人に守られる呪いをかけた。2代目主人が少し楽になったような反応を見せた。
「束縛系の呪いなら、束縛系の呪いで断ち切ってやる!」
小山はそう言うと、ポケットから見覚えのある箱を取り出した。
「こ、これは!呪いの血入りチョコレート!」
小山は箱からチョコレートを1粒取り出すと、主人を束縛している呪いに向かって投げた。
「この強烈な霊力なら、愛情の皮被った呪いも悪霊になるはず!」
「愛じで!愛じで!」
チョコレートはたちまち悪霊のような怪物となり、呪いを襲った。
「あいづだれ!私以外愛ざないで!」
チョコレートの愛情は主人から呪いを引きはがそうと必死だ。
「なんだごいづ!」
呪いが初めて反応を示した。そして、次の瞬間、呪いが主人から引きはがされた。
「悪霊もどきにはこいつだ!大平君!主人が浄化されないよう気合い入れてよ!」
「当然です!」
大平は小山が今から何をするのかを瞬時に理解し、女将らと協力して近くにあった大きめの布を天井の主人を隠すように広げた。小山は、霊を弱める道具を取り出した。そして、その道具は強烈な光を放った。
「うわあああああ!」
悪霊と化した呪い2体は小さく弱まっていく。
「今だ!」
小山はそう叫ぶと、幾何学模様の描かれた紙とお札をポケットから取り出し、呪文を唱えながら、紙にお札を貼り付けた。すると、巨大な竜巻が巻き起こった。
「室内であれやっていいのか?」
大平は小山を尻目に少し疑問に思った。悪霊は竜巻に巻き込まれ、紙に吸い取られていく。その時、
「うわあ!」
2代目主人が竜巻に巻き込まれた。まずい。非常にまずい。その時、
「!!」
3代目主人が2代目主人の腕をつかんだ。
「親父いいいいいいいいいいい!!!!!!!!!」
しかし、竜巻の威力は強い。3代目主人が徐々に紙を持った小山の方向へと移動していく。
「あなた!!!!!!」
女将が持っていた布をほっぽり出して2代目主人の腕をつかんだ。
「もうどっかに逝くなんてさせないわよ!」
2人がかりで2代目主人を抑えているがそれでも必死そうだ。
「主人!!!!!!」
大平もそれに乗じて2代目主人の腕をつかんだ。
「常連の私のことも忘れないでください!!!!」
3人は必死に2代目主人の腕をつかんだ。小山は一生懸命に悪霊を吸い取っている。竜巻の強さは増していく。2体の悪霊はしぶとく現世に残り続ける。
「まだだあ!まだだあ!」
「いい加減にしろよ!!!!!!」
大平は叫んだ。その時、思い出した。先ほど、改良型万能解呪術式の発動を小山に中断させられていたことに。普段なら2重で発動させた状態でピンポイントで解呪するのは至難の業だ。しかし、中途半端に発動が止まっている今なら……大平は、目先の悪霊に精神を集中させた。絶対に、絶対に2代目主人に当たらないように。そして、大平は、かっと目を見開いた。すると、この2体の悪霊が光り始めた。
「そうか!あいつは、幽霊もどきだけど元は呪い。除霊の術式だけでは対処できない。でも、万能解呪術式で呪い部分を消し去れば……!」
小山は言った。その時、幽霊は叫び声を上げながら、完全に紙に吸い込まれた。
「はぁはぁ、はい、除霊完了!大平君ナイス!」
小山は紙をポケットにしまい、そう言って、手をはたいた後、ハンカチが巻いてある右手で大平にサムズアップをした。
「私だって……はぁ、伊達に解呪業者やってないんですよ……。」
大平は言った。ここにいた皆、疲れ切っていた。
「はぁはぁ、これで一件落着……ああ、空気が綺麗……。」
大平と小山は倒れこむと深呼吸した。3代目主人と女将もその場に座り込んだ。
「ありがとうな。おらのために。」
2代目主人は言った。その時、小山のポケットが金色に光りだした。
「はぁ、小山さん……ポケット……。」
大平が指をさした。
「はぁ……なにこれ……はぁ。」
小山はポケットから金色に光る何かを取り出した。それは、先ほどまで除霊に使っていた紙だった。
「なんで……光ってるの……?」
小山が紙を覗き込んだその時、紙から大量の紙が飛び出てきた。
「うわっ!!!!」
そして、空中にその紙が舞い上がったかと思うと、その紙が2代目主人に向かって突進してきた。
「うわっ!!」
「主人!」
「あなた!」
「親父!」
皆それぞれに反応した。そして、紙は2代目主人に吸い込まれていき、2代目主人の霊体は金色に光りだした。
「思い出した……すべて思い出した。」
そして、3代目主人にゆっくりと歩み寄った。
「疲れてるところで悪いが、<依頼者N>。ちょっといいか?」
「え?」
すると、2代目主人は3代目主人に吸い込まれた。いや、入り込んだというべきだろうか。3代目主人は2代目主人のように金色に光り始めた。そして、3代目主人は何かを思い立ったように、立ち上がり、棚から新品のノート数冊と鉛筆を取り出した。そして、床にノートを広げた次の瞬間、目にもとまらぬ速さでメモを取り始めた。それはもうとんでもない速さだった。到底人間が真似できる速さではなかった。
「あなた……?」
女将はノートを取り続ける3代目主人を見て、そう言った。その時、3代目主人は2冊目のノートに取り掛かった。大平は出来上がった1冊のノートを読んで完全理解した。そのノートには、和菓子の作り方が丁寧に書かれていた。そう、2代目主人は3代目主人の身体を借りて、失われたレシピのノートを復活させようとしていたのである。ノートは分かりやすく丁寧でかつ情熱の入った文字で埋め尽くされていた。それからしばらく書き続け、8冊目のノートの終盤に差し掛かった時、3代目主人、もとい2代目主人は一瞬動きを止めた。その後、一粒の涙を流し、急いで何かを書き留めた。そして、ノートを閉じた。3代目主人は倒れ、2代目主人がそこからランプの魔人の如く現れた。
「ふぅ、疲れた。」
「あなた……。」
「<女将の名>、<依頼者N>とここまで店を守り継いでくれて、ありがとう。」
「もう、逝ってしまうの……?」
「そうだな、未練もなくなったしな。」
「未練?」
「そりゃあ、息子に技術を教えることよ。」
「でも、ノートだけじゃ……。」
「分かってる。だから、息子にちょっと細工させてもらったよ。」
2代目主人は笑っている。
「細工って……?」
「そりゃあ、あいつが起きてからのお楽しみよ。ははは。」
「親父!!!」
3代目主人が起き上がった。
「おっと、目が覚めるの早かったな。<依頼者N>。おらはもう逝くから。」
「親父逝っちまうのかよ!そんなの嫌だ!それに、俺は未熟者で……。」
「お前いくつだよ。それにお前はもう一人前だ。大丈夫。」
2代目主人は微笑んだ。
「あと、道夫!町子ちゃん!」
「は、はい!」
大平と小山は同時に返事をした。
「色々迷惑かけてすまなかった。けど、学生のときからこの福鶴堂に来てくれて、本当にありがとう。また、あんみつ食いに来てくれるか?」
「はい!」
「勿論です!」
小山と大平は次々に返事をした。
「そうか、それはよかった。」
その時、2代目主人を包んでいた光は金色から青白く変わった。
「もうそろそろ時間みてーだな。<女将の名>、<依頼者N>、2人ともこっちに来てくれるか?」
2代目主人がそう言うと、女将と3代目主人は2代目主人に近づいた。そして、2代目主人は2人を優しく抱きしめた。
「<女将の名>、<依頼者N>……3人で店を続けることができて……本当に良かった。」
2代目主人は涙もろくなったのか、声が震えている。
「ありがとう。愛してる。」
「ありがとう、あなた、愛してる。」
「親父、俺も愛してるぜ。」
3人は涙を流し抱きしめ合った。大平と小山は家族の絆というものを深く感じた。そして、2代目主人は徐々に光の粒子となり……消えた。成仏したのだ。
「あなた!!!!」
女将は泣いた。そして、3代目主人は、2代目主人の遺したノートをぺらぺらとめくった。それから順番に確認を続け、8冊目の最終ページを見たとき、3代目主人は号泣した。
「どうか……したんですか?」
大平は聞いた。
「親父の……親父の記憶を見たんです。私にどう技術を伝えようか必死に考えてた。閉店後に紙に書いたり、実際に腕を動かしたりしながら……そして、死ぬ直前……病床でも考えてた。親父は、常に俺のために……考えてくれていた!でも、そんな親父が……親父が……。」
大平と小山は3代目主人の開いていたノートのページを覗いた。これを見て2人は息を呑んだ。
「完全に全てを教えきる前に旅立ってしまったおらを許しておくれ。しかし、これからは、お前の時代だ。こんなノートにとらわれず、お前なりの色を出して、この和菓子屋『福鶴堂』を受け継いでいってくれ。2代目店主から3代目店主へ。」
これが、ノートに書かれた最後の言葉だった。
数日後、大平と小山の2人は、福鶴堂に足を運んだ。
「あら、道夫君、町子ちゃん。この間はありがとうね。」
女将が大平と小山の元へやってきた。
「いえいえ、この後どうですか?」
大平は聞いた。
「従業員の不調も治ったし、メニューも増えて、変な音もしなくなって、お客さんもたくさん来るようになって、本当に夫とあなたたちに感謝しないと。」
「よかったです。先代も天国で喜んでるんじゃないかですかね。」
「そうね……そうだといいけど。」
大平と小山、女将は上を向いた。そして、すぐに女将は小山の方を見た。
「それにしても、町子ちゃん大丈夫だった?右手。」
「大丈夫ですよ。病院でも異常なしとのことでした。なんか包帯巻いていると中二病みたいですね。」
小山は腕が魔法でうずくようなポーズをした。女将は笑った。
「そういえば、解呪料金払っていなかったわよね。」
女将は思い出したかのように言った。
「いえいえ、今回は料金はいただきません。大好きなこの店を守ることができたので。」
「そう?じゃあ、代わりに、あんみつ食べてってよ。お代はいらないから。おまけで最中もつけるよ。」
「え!いいんですか!?」
大平は言った。小山も嬉しそうな表情をしている。
「せめて、これくらいはさせて。」
女将は言った。それから、しばらく席で待っていると、
「はい、あんみつと最中2人分、おまちどうさまです。」
と3代目主人が直々に持ってきてくれた。主人は隈が薄くなり、とても健康そうだった。
「うわぁ。ありがとうございます。」
小山はあんみつを見て喜んでいる。
「大平さん、小山さん、本当にありがとうございました。親父の比べたら劣るかもしれませんけど、ぜひお召し上がりください。」
「ありがとうございます。」
大平は言った。
「いただきます。」
大平と小山は言った。そして、2人はゆっくりとあんみつを口に運んだ。
「おぉ!美味しいですよ!先代と同じです!完全再現!劣ってなんていませんよ!」
大平は言った。
「美味しいです!あの頃の幸せだけを思い出します!」
小山は言った。
「そう言っていただけると嬉しいです。それではごゆっくりどうぞ。」
主人は奥へと帰っていった。その時、店内に置かれたラジオから、ニュースの音声が聞こえた。
「今週、老舗菓子店『福鶴堂』前で起きた傷害事件で逮捕された<犯人X>容疑者について、近辺で発生していた複数の呪霊事件への関与が明らかとなったことが警察関係者の取材で分かりました。警察は……。」
やはり、あの男、他にも何かやっているのではないかと大平は疑っていたが、実際いろいろやらかしていたようだった。
「あんな奴どうにかなっちゃえばいいのよ。」
小山はつぶやいた。
「まあ、そうだな。こんだけ、美味しい和菓子を作ってる店をつぶそうとしたんだから、それ相応の処罰は受けてほしいもんだな。」
大平は言った。そして、2人はあんみつをもう1度口に入れ、
「うまいな。」
「美味しいー。」
と同時に幸せそうな声を上げた。
「2人とも美味しそうに食べるねぇ。」
女将は2人を見て言った。
「だって、美味しいですから。」
大平と小山の声が重なった。そして、2人とも赤くなった。
「うふふ、やっぱり、2人とも同じ店に来て、同じことを言う。なんというか、お似合いね。」
「そんなことないですから!!」
女将の言葉に大平と小山は同時に否定の言葉を言った。
次回 第19解 変な声が聞こえるらしい 公開予定未定
-----------------------------------------------------------
こんにちは、明日 透です。
霊能力者 大平、格安で解呪しますの第18解を読んでいただき、ありがとうございます。今回も、前回に引き続き、和菓子屋をめぐって起こった事件の話でしたが、最後は家族の思いや温かさを感じることができました。2代目主人は無事に自分の未練を果たすことができ、家族は最後のお別れをすることができました。前回の内容を読めばわかると思いますが、2代目主人の死因は新型コロナ肺炎です。当時隔離されて、家族の誰からも看取られずに亡くなってしまったことを考えると、最後にお別れをすることができたのはとても幸せなことだったのかもしれません。人はいつどこでどのような最期を迎えるのか知る由もありません。いつか、最期が来るまで、大切な人を愛し続けてあげてください。
さて次回は、「変な声が聞こえるらしい」。急にシンプルになりました。変な声が聞こえる……普通に呪いでもありそうな気がしますけどね。一体どうなのでしょう。なお、今回の話でまたストックが消えたので、次回の公開は随分と先になりそうです。気長にお待ちいただけると幸いです。
次回もお楽しみに。