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第16解 神様の言うとおりらしい

はじめに、この物語はフィクションである。実際の実名や地名とは、一切関係がないが、安全のため、この物語に出てくる依頼者の名前は全て依頼者○のような形になっていることをご容赦いただきたい。

 今から10年ほど前の元旦、高校生だった大平と小山は、学校の近くにある神社に来ていた。

「あけましておめでとうございます。小山さん。」

「おめでとう、大平君。」

2人は互いに挨拶をした。

「小山さんの浴衣に会ってますね。寒そうですけど。」

大平は言った。こう言うと、小山は、淡い赤の浴衣を見せびらかすように動かした。

「新年だもの。でも、中は結構暖かいのよ。あなたは……。」

小山はそう言うと、大平をじろじろと見た。

「何も言わないでください。」

大平は言った。大平は、ジャンパーを着て、いかにも冬らしい服装をしていた。

「それにしても、混んでますね。」

大平は周りを見渡して言った。

「新年だもの。初詣で人が多いんでしょう。」

「さっきから、『新年だもの』ばかり言ってませんか?」

「だって、その一言しかないじゃない。」

「そうですね。」

大平と小山は参拝の列に並んだ。そして、ふと大平は何かに思うように言った。

「それにしても、神様っているんですかね……?」

「いるんじゃない?」

「なぜ、そう思うんです?」

「だって、一般的にいるかいないか科学的に証明されていない幽霊だって、私たちには見えてるわけじゃない?だから、いるかいないか科学的に証明されていない神様という存在もいるんじゃないかな。それにさ、」

小山は身体ごと大平の方を向いた。

「幽霊だって、皆言ってるじゃん。神様はいるんだって。」

「そうなんですか!?」

大平は驚いた。それに応えるように小山は言った。

「5丁目の鈴木さんに聞いてみれば?結構話してくれるよ。」

「そうなんですか……。」

大平は下を向いた。

 しばらくして、参拝も無事に終わり、帰ろうとしたその時、

「大平君!おみくじ引こうよ!」

と小山が大平の袖を引っ張りながら言った。

「え……まあ、いいですけど。」

大平は了承した。そして、2人は互いにおみくじを引いた。

「おっ!大吉だ!願望、『強く願えば叶う』、学業、『一番早く結果が出る』、恋愛、『想いは正直に伝えると吉』……どれもいい結果!」

小山は飛び跳ねながら喜んだ。

「私は……末吉ですね。願望、『辛抱強く戦えば叶う』、学業は、『何事も限界はある』、恋愛は、『近くに好意を持つ者がいるかも』……まあまあですね。」

大平は言った。

「でも、凶じゃないだけいいじゃん。」

小山は大平を元気づけようとした。

「そうですね。」

大平は前を向いた。小山はその後、どうなったかは大平にとっては知る由もないが、大平は、大抵そのおみくじ通りになっていた。しかし、恋愛の「近くに好意を持つ者がいるかも」については、当時近くにいたのは小山のみであり、その小山には振られているので、違うのではないかと大平は疑問に思っていた。とはいえ、こうした冬の澄んだ青空のような出来事も、時が経てば、窓のそばに置いてあるメモのように曖昧なものになっていくものである。

 時は令和に戻る。

「いらっしゃいませ、まず、お名前と本日のご用件をお話しください。」

大平は笑顔で言った。

「私、<依頼者M>と言います。呪いを解呪してくれると聞きました。」

背の高い清楚な女、<依頼者M>は小さく言った。

「<依頼者M>さん。では、率直にですが、どのような呪いにかかっているのか、お教えいただけますか?」

「私、最近、不運に襲われているのです。理不尽なことで怒られたり、泥はねに巻き込まれたり、些細なことで転んだり、物を失くしたり……まあ、散々です。」

「それって、ただ運が悪いだけではありませんか?」

「まあ、そう言われればそうなんですけど……。」

<依頼者M>は頭を掻いた。

「そう簡単にはいかないんですよね?」

大平は言った。

「そうなんですよ。」

<依頼者M>はそう言うと、一呼吸を置いた。

「運が悪いにしては、明らかに多すぎるんですよ。そして、いきなりぱたりとこうしたことが増えたので、何かあるんじゃないかと思ったんですよ。」

<依頼者M>は必死に訴えた。

「まあ、確かに不自然ではありますが……。呪いかどうかと言われると……。」

大平は困惑した。しかし、それも無理はなかった。実は、<依頼者M>には一切、呪いがかけられていないのである。きわめて健全なのだ。

「そうですよね。やはり運が悪いだけですよね。」

大平の顔を見て察したのか、<依頼者M>はそう言った。どうやら、自分なりに納得をしたようだった。

「すみません、いきなり、変な依頼をしてしまって……。」

<依頼者M>は申し訳なさそうに言った。

「大丈夫ですよ。また、何か違和感がありましたらお越しください。」

こう大平が言うと、<依頼者M>は席を立ちあがり、帰ろうとした。その時、大平はあることに気づいた。

「ちょっと待って!」

大平は叫んだ。<依頼者M>は立ち止まり、大平の方を見た。よく見ないと気づかないが、<依頼者M>は全身に紫色の光をまとっていたのだ。しかし、それは、呪いの類ではない。まるで、<依頼者C>の”死”のような何か別のものであった。とはいえ、過去に”死”の依頼者を見たことがある経験上、彼が”死”を一発で見抜かないはずがなかった。しかし、今回はそれに気づかなかった。ということは、”死”とは違う別の何かなのではないかと考えた。

「やはり、少し怪しいところがあります。」

大平は言った。

「へ?」

<依頼者M>は言った。

「あなたに、何か、呪いとは違う何かがあるように見えます。」

「え、そう言って、私を騙すんですか?私は今、納得したばっかりですよ。」

「いや、まあ、私たちは資格持ちですので、詐欺みたいなことはしませんよ。」

「でも、そう言って……。確かに、依頼したのは私ですけど、途中でやめたじゃないですか。それで、やはりあなたには何かあると言われても……。」

<依頼者M>は何かを疑っているようだった。大平は頭を抱えたが、これが原因で問題になってもいけないので、こう言った。

「わかりました……。解呪料金は今回、いただきません。これなら、あなたにデメリットはありませんよね?」

「え、本当ですか?あとで、追加料金とか……。」

「ないです。絶対に。なんなら、書面にしても構いません。」

「わかりました。なら、解呪をお願いします。」

<依頼者M>と大平は、今回の解呪に関しては料金の支払いは発生しない旨の同意書を交わした。

「さて、これで大丈夫ですね?」

「はい。お願いします。」

<依頼者M>は言った。

「それでは、解呪を始めます。」

 大平は、深く深呼吸した後、静かに手を合わせ、かっと目を見開いた。すると、<依頼者M>の身体は光りはじめた。そして、爽やかな風が通り抜けた。<依頼者M>の紫色の光は……消えることはなかった。

「まあ……ですよね……。」

大平は言った。このような簡易的な解呪術式で解決できないことは、大平自身想定の範囲内だった。しかし、正直なところ、今から様々な解呪方法を試したところで、現状何も変わらないのではないかとも感じていた。とはいえ、大平自身、このまま手放しで、「はい、さようなら」という訳にはいかなかった。このまま帰らせてしまえば、<依頼者C>のときのように、取り返しのつかない後悔をしてしまうのではないか。そう感じていたからだ。何か解決策はないかと考えていたその時、大平はとあることを思い出した。

「そういえば、<依頼者M>さん。状況説明の際に、『いきなりぱたりとこうしたことが増えた』と語っていらっしゃいましたよね?どのタイミングで不幸が増えたのか説明いただけますか?」

「あ、確かに、そのことを話していませんでしたね。神社に行ったんです。」

「神社……?」

「ええ、たまたま通りがかったので。そこで、お参りをして、おみくじを引いて帰りました。その直後から、物を失くしたり、些細なことで転んだりすることが増えて……。」

「一応、お聞きしますが、神社で不敬を働いたとかは……。」

「ないですよ!ないに決まってるじゃないですか!」

「そうですよね……。」

大平は考えた。<依頼者M>の話から、神社が不幸のトリガーになっているのは確かだ。しかし、神社などの礼拝所で不敬を働いた場合、真っ当な呪いがかけられているのがほとんどである。また、当人は神社で不敬を働いた自覚はないらしい。となると、何か別の原因なのだろうか。そもそも、この紫色の光は不幸を呼び寄せている根本的な原因なのだろうか。大平は考えれば考えるほど、頭がこんがらがっていった。

「あ、そういえば!これがあります!」

<依頼者M>は何かを思い出したかのようにそう言うと、鞄から細長い紙を取り出した。

「これは……。」

大平は紙に顔をのぞかせた。

「おみくじです。」

<依頼者M>は言った。

「拝見しても?」

「はい。」

大平はおみくじに書かれたことを確認した。第44番……運勢……大凶。

「大凶!?」

大平は驚きのあまり声を上げた。大平はその後の項目も確認した。順天応人(じゅんてんおうじん)……天命に従い、人に応ずる。天に逆らわず道理に従うこと……。願望、願いが叶うことはない、仕事、理不尽なこともやり抜け、恋愛、誰からも愛されない、健康、足元に注意、学業、何一つとして成果は現れない、金運、穴埋めのために消費する、失物、捜すと別の物も失う、旅行、必ず事故に遭う、出産、死産。

「こ、これは……。」

大平はあまりの内容のひどさに絶句した。しかし、同時に原因が何かもなんとなくわかったような気がした。

「小山さん、これ見てください。」

大平は店の奥にいた小山にもおみくじを見せた。

「うわっ!なにこれ、とんでもないわね。」

「恐らくこれ原因ですよね。」

「うん……神様、だろうね。これは私たちで何とか出来るような代物じゃないよ。」

「何か対処法とか心当たりあります?」

これを聞いて、小山は急いで首を横に振った。

「いや、無理でしょう。神様って霊や呪いを超えた超上位存在だよ。この世界の環境や理、運命、さらには私たちの思考さえもすべて決めているようなとんでもない存在だよ。流石にそこに反旗を翻すのは無理があるでしょう。」

「やけに詳しいですね。」

「まあ、友達の幽霊に結構話は聞いてたし、あれ、この話前にもしなかった?」

「されたような気もしますけど。覚えてないですよ。まあ、何とかやってみます。」

大平はそう言うと、<依頼者M>の方を向いた。小山は店の奥へと戻っていった。

「恐らく原因はこれでしょう。」

大平は言った。

「そうなんですか?」

<依頼者M>は想定外だったかのように言った。

「いや、そうだと思いますよ。仕事の『理不尽なこともやり抜け』は、理不尽なことで怒られた話でしょうし、健康の『足元に注意』はよく転ぶことと関係がありそうです。失物の『捜すと別の物も失う』も物を最近よく無くすことと一致します。」

「確かに……言われてみれば。」

<依頼者M>は拳で口を押えながら言った。

「あと、これ、テレビでやってたことなんですけど、こうした悪い結果のおみくじって、持ち帰っちゃいけないらしいですよ。」

「そうなんですか!?」

「はい、大吉などの良い結果のくじは持ち帰っても問題ないんですけど、悪い結果のくじは境内の『おみくじ結び所』や『おみくじかけ』に結んで帰るのがいいらしいです。」

「そうだったんですか……知らなかったです。」

「なので、一旦結びに行った方がよろしいかと、あとは……もう一度引き直してみてください。もしかしたら、よいおみくじで上書きされるかもしれませんし。」

「そうですね。行ってみようと思います。」

「もし、これで解決したようでしたらもう来店しないで構いません。一応、同意書もありますし。しかし、もしもそれでも何かあるようであれば、またご来店ください。そしたら、また一緒に考えましょう。」

「はい、ありがとうございます。」

そして、<依頼者M>は帰っていった。

 次の日、オープン直後に<依頼者M>は、やってきた。

「おはようございます。これはまた随分とお早いご来店で。何かあったんですか?」

大平は驚きながらも聞いた。

「駄目でした!」

<依頼者M>は叫んだ。大平は1文字言葉を漏らした。

「え?」

昨日の一件の後、<依頼者M>は急いでおみくじを引いた神社へ向かい、例の大凶のおみくじを結んだ。そして、<依頼者M>は再度おみくじを引きなおしたのだが、結果は……。

「大凶だったんです。」

<依頼者M>は今にも泣きそうだった。

「そうなんですか?」

「その後も何度も何度も引きました。しかし、何度やっても、44番の大凶!内容も全く一緒です。もう、それしか入っていないんじゃないかとも思いました。でも……。」

「でも?」

「他の参拝者さんが引いていたおみくじは大吉や吉などのいいものばかりだったんです!おかしくないですか!?」

<依頼者M>は大平に詰め寄った。

「うーん。」

大平は悩んだ。ここまで来たらもはや定めと言われても仕方がないほどである。外部から手を入れて何か変わるものでもない。運命……その時、大平は思い出した。

「順天応人……。」

「はい?」

大平のつぶやきに<依頼者M>は反応した。

「『順天応人』ですよ。『天命に従い、人に応ずる。天に逆らわず道理に従うこと。』……確か、おみくじの最初にそう書いてありましたよね?」

「はい……確か……。」

これを聞いて、大平は立ち上がった。

「小山さん、店番お願いできますか?」

「え?いきなりどうしたの?」

小山が奥から顔を出した。

「<依頼者M>さんの件で一旦留守にします。」

「……何かいいアイデアでも浮かんだの?」

「ええ。」

大平は小山の方を見た。そして、すぐに<依頼者M>の方を向き、

「神社へ向かいましょう。」

と言った。

 大平と<依頼者M>は神社へと向かった。その道中も、転んだり、人とぶつかったり、トラックに泥はねに遭ったりと散々な目に遭っていた。どうやら、大平も多少ながら近くにいる影響を受けているようで、トラックの通行で泥がはねたときには、少し大平にもかかった。

「あ!すみません!」

「いえいえ、いいんですよ!」

大平は言った。

 その後、神社に到着した。大平と<依頼者M>はお参りをした。そして、大平は<依頼者M>に対し、再度おみくじを引くよう指示した。結果は……。

「44番、大凶。」

大平は言った。

「で、ここから何をするんですか?」

<依頼者M>は聞いた。

「今から、あなたには、ここに書いてあるすべての不幸を経験していただきます。」

大平は言った。

「へ?」

<依頼者M>は目が点になった。

「まあ、出産とかは無理があるかもしれませんけど、男に対しても出産とか書いてあったりするんで、そこは無視しても問題ないでしょう。」

「え、全ての不幸を経験……?どういうことですか?」

「あなたのおみくじには、『順天応人』と書かれていますね。意味は書かれている通り、『天命に従い、人に応ずる。天に逆らわず道理に従うこと。』です。要するに、運命は変えられないから、それに従え的な意味です。こうなったら、受け入れるしか方法はありません。今回の場合は、願望、仕事、恋愛、健康、学業、金運、失物、旅行の8つ観点すべての不幸を体験してもらいます。」

「なるほど……ってえ!?今から全部やるんですか?日が暮れますよ。」

<依頼者M>は心配そうに言った。

「大丈夫です。あなたはこの結果が出てからいくつかの不幸を経験しているはずです。それは、無視してもいいと私は考えています。」

「なるほど。」

「では、まず、経験済みの不幸を確認しましょう。まず、昨日話した、仕事の『理不尽なこともやり抜け』と、健康の『足元に注意』、失物の『捜すと別の物も失う』は、既に経験済みですね?」

「はい。」

「他には何かありますか?」

「あとは……金運の『穴埋めのために消費する』もあると思います。今見ればわかりますけど、泥はねで決行洋服が駄目になってしまって。クリーニングでも無理なものは買い替えを……。」

「なるほど。あとは、願望、恋愛、学業、旅行の4つですね。まずは、ここでいろいろするのもなんですから、おみくじ持って、事務所へ戻りましょう。」

大平がそう言うと、2人は店へと戻っていった。

 「おかえりなさい……服、いや何でもない。」

店の普段大平がいる席に座っていた小山は、大平にそう言った。

「只今戻りました。店番、ありがとうございます。」

大平は笑顔で言った。大平の服が汚れていることに対しての小山の反応には、一切の応答を示さなかった。

「あ、うん……で、どうなの?<依頼者M>さん……。」

小山は大平に耳打ちした。

「現時点では効果があるのかはわかりません。とりあえずやってみないとわからないので。」

大平は返事をした。

「まあ、そうなの?わかった。」

小山は奥へと戻っていった。なお、この時点で小山は、その解決法が何であるのかは一切理解していない。

「さて、はじめましょうか。」

大平は席に座ってそう言った。

「はい。」

「まずは、『時間よ止まれ』と祈ってください。」

「へ?」

「とにかくやってみてください。」

大平は笑顔で言った。しかし、その笑顔はどこか狂気じみていた。謎の大平のプレッシャーに圧倒された<依頼者M>は、

「時間よ止まれ……時間よ止まれ……。」

とつぶやきながら、祈り始めた。そしてしばらくして、

「ありがとうございます。もう大丈夫です。」

と大平は言った。

「これは、一体……。」

<依頼者M>は困惑した様子だった。

「これは、願望の『願いが叶うことはない』の経験です。実際あなたは『時間よ止まれ』と願いましたが、それは叶いませんでした。」

「はぁ。」

<依頼者M>は説明を受けてもよくわかっていないようだった。

「次に……恋愛ですが……<依頼者M>さん。私に愛の告白をしてください。」

「はあああああああ!!!!!!!!??????」

大平のその言葉にいち早く反応したのは小山だった。

「どうしたんですか?小山さん。奥から飛び出してきて。」

大平はいつも通りの表情をしている。

「な、な、な、なによ、今の!告白!?愛の告白!?どうして、依頼者にそんなことさせる必要があるのよ!え?そういうことなんですか!?そうなんですか!?」

小山が混乱している様子だったので、大平はどうしてこのようなことになったのかを伝えた。

「あ、なるほど、ふーん。そういうことね。つまり、<依頼者M>さんに失恋を経験させればいいわけか。びっくりしちゃったじゃないの。急に大平君がおかしくなったのかと……。」

小山は恥ずかしそうに顔を掻いている。

「すみません、説明不足で。」

大平は言った。

「それで、<依頼者M>さん、どうですか?」

大平の<依頼者M>にそう質問したが、顔が赤い状態でフリーズしていた。

「うーん、やっぱ後回しにするか、別の方法を考えるか……。」

大平がそうつぶやくと、唐突に、

「大平さん!私と付き合ってください!!」

と<依頼者M>は叫んだ。大平は、この言葉を聞いた後、ニヤリと微笑み、

「無理です。あなたなんか、誰も愛しません。」

と言った。<依頼者M>自身、これが演技であることはよくわかっていたが、そのような言い方は少し傷ついた。<依頼者M>が涙を流しそうになった瞬間、小山が大平を睨んだ。

「あ!すみません。言い方が悪かったですね。」

大平は必死に慰めた。

「大丈夫です。演技だってわかっているので。これで、恋愛の『誰からも愛されない』は大丈夫ですか?」

<依頼者M>は涙を拭きながら、笑顔で言った。

「ええ、大丈夫です。すみませんでした。」

次に学業の不幸の経験となった。大平は唐突にとある英単語が書かれた紙と数枚のルーズリーフ、シャープペンシル1本を差し出した。

「この英単語を10回くらい書き写してください。」

大平は言った。<依頼者M>はその英単語を必死に書き写していく。そして、10回書き写した後、<依頼者M>はこう言った。

「終わりました。」

大平は英単語の書かれた紙と文字が書かれたルーズリーフだけを回収した。そして、とある紙を差し出した。

「これは……?」

「この問題に答えてください。」

大平は言った。<依頼者M>はその紙に書かれた問題を読んだ。そこには、

「次の日本語を英語にしてルーズリーフに書きなさい。(100点)『超微視的珪質火山塵肺疾患』」

と書かれていた。

「こんなの分かるわけ……。」

<依頼者M>がそう言いかけると、大平が、

「最後まで問題を読んでください。」

と言った。その通り、<依頼者M>が問題を読み進めると、

「ヒント:先ほどまであなたが書いていたものです。」

と書かれていた。<依頼者M>は全てを理解したような表情を見せ、必死に悩んだ。しかし、ルーズリーフには「P」しか書くことができなかった。

「すみません。わかりません。」

<依頼者M>は、そう言うと、大平は問題用紙に赤いペンで「0」と書き込んだ。

「ちなみに正解はこちらです。」

大平は先ほどまで<依頼者M>に見せていた紙を渡した。そこには、

「Pneumonoultramicroscopicsilicovolcanoconiosis」

と書かれていた。

「世界一長い英単語です。ギネス記録にもなっているんですよ。」

大平は言った。

「そうなんですか。」

<依頼者M>は言った。

「これで、学業の『何一つとして成果は現れない』が経験出来ましたね。」

大平は笑顔で言った。

「はい。」

「最後に旅行ですが……。」

大平はそう言いかけると、机の下から何かを取り出し、机の上に置いた。

「これは……?」

<依頼者M>が聞いた。

「これは、友人からいただいた超低スペックPC(パソコン)です。」

大平はパソコンの電源をつけてそう言った。

「そうなんですか。それで、これが旅行とどう関係が……?」

<依頼者M>は不思議そうな顔をした。

「オンラインツアーって知ってますか?」

「オンラインツアー?」

「コロナ禍の際に流行ったリモート環境でのツアーや旅行のことです。流石に今から予約からというのは難しいので、あなたには、今からマップのストリートビュー機能を使って、世界各地を旅行していただきます。」

「はぁ。」

<依頼者M>はよくわかっていなさそうだったが、大平のいわれるがまま、世界各地の観光施設を巡った。そして、地球半周程度ところで、異変が起き始めた。

「あれ、なんかノイズが。」

パソコンの至るところにノイズが発生し始めたのである。

「そのまま、続けて。」

大平は笑顔のままそう言った。しかし、パソコンのノイズは徐々に増えていき、不審なダイアログや挙動、挙句の果てに爆音を鳴らしながら、マウスの矢印(カーソル)が暴走し始めた。

「え!?え!?」

<依頼者M>は混乱している。

「大丈夫です。大丈夫ですから。」

大平は言った。そして、パソコンの画面は暗転し、うんともすんとも言わなくなってしまった。

「え、何が起きたんですか!?」

<依頼者M>は聞いた。

「このパソコンはコンピュータウイルスに感染して壊れました。」

大平は言った。

「え?大丈夫なんですか?」

<依頼者M>は心配そうにしている。

「大丈夫ですよ。友人からいただいた超低スペックPC(パソコン)ですから、壊れても問題ありません。」

大平は笑っている。

「そうですか……。」

<依頼者M>は苦笑いした。大平は手を叩いた後、立ち上がった。

「さて、これで、全項目の経験が終わりましたね。それでは、神社へ行きましょう。」

そして、大平は小山の方を振り返った。

「はいはい、店番でしょう?」

小山は見透かしたように言った。

 その後、大平と<依頼者M>は神社へと向かい、到着した。参拝を済ませたあと、先ほどのおみくじを指定の場所で結び、再度おみくじを引いた。

「お!」

大平は言った。結果は……。

「大吉です!!」

<依頼者M>は飛び跳ねて喜んだ。

「読み通りですね。よかった。」

大平は言った。その後も内容を確認したが特に不幸を示唆するものはなかった。そして、おみくじを持った状態で事務所へと戻ってきた。

 返ってきた大平と<依頼者M>を見て、小山は立ち上がった。

「おかえりなさい。この調子だと……大丈夫そうね。」

「ええ。何とかなりました。」

大平は言った。この時点で、<依頼者M>をまとっていた紫色の光は完全に消え失せていた。

「本当にこれで治ったんですかね?」

<依頼者M>は心配そうに聞いた。

「ええ、大丈夫ですよ。現に先ほど神社に向かってから帰ってくるまで、一度も転んでいなければ、人とぶつかってもいないし、泥はねもありませんでしたよね?」

大平は言った。

「言われてみれば確かにそうです。」

<依頼者M>は言った。

「恐らく、これまでに失くした物もすぐ見つかると思いますよ。だって、おみくじを見せてください。」

大平はそう言うと、<依頼者M>はおみくじを見せた。

「ここに、失物、『すべてすぐ見つかる』とありますからね。」

大平はニコリと笑うと、<依頼者M>は嬉しそうに笑い返した。

「それにしても、何とかなって本当に良かったです。事前の同意書通り、今回は、お代はいただきませんので、どうぞそのままおかえりになって結構です。本当に良かった。」

大平は言った。

「本当に最後までいろいろご迷惑をおかけしましたが、本当にありがとうございました。」

<依頼者M>は深々と頭を下げた。

「結構、結構。では、ありがとうございました。次回もどうぞごひいきに。」

大平は笑顔で言った。

 こうして、<依頼者M>は帰っていった。その後ろ姿は、未来に対しての希望に満ち溢れた姿に見えた。この姿を見て、ふと大平は言った。

「小山さん、ここ閉めた後、おみくじを引きに行きませんか?」

すると、小山は呆れたように、

「あんなことがあったあとにのうのうと行けるとでも?あと、それ以前に服をなんとかしなさいよ。」

と言った。大平は、服が先ほどの泥はねの影響で少し汚れていたことを思い出した。

「それもそうですね。」

大平がそう言いながら笑うと、小山もそれつられて笑った。その時、大平は思い出した。昔、引いたおみくじで、恋愛の欄に「近くに好意を持つ者がいるかも」とあった。そして、その近くには自分を振った小山しかいなかった。しかし、小山は先ほどの恋愛の不幸の経験をさせる中で、あそこまでの焦った挙動を見せた。まさか……小山は……。いや、あれを引いたのは10年ほど前。実際彼女は大平を振っている。そんなことはあり得ない。大平は、店の奥へ行き、替えの服を探しに行った。

次回 第17解 和菓子屋では奇跡が起こるらしい 前変 現在公開中

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お久しぶりです、明日あす とおるです。

霊能力者れいのうりょくしゃ 大平おおだいら格安かくやす解呪かいじゅしますの第16解を読んでいただき、ありがとうございます。今回は、おみくじにまつわる話でした。皆さんは神社に行った際、おみくじを引きますか?私はよく引きます。結果は末吉が多いですが、この前は前回も話した通り、大吉でした。とはいえ、実際のところ、悪い結果が出たとき、そういうのを信じないから関係ない、引く意味なんかないという方もいらっしゃると思いますが、信じる信じないはさておき、その結果を楽しむことができるのなら、引いた意味はあるのではないかと思います。

さて、気づいたら、夏休みを通り越して、もう9月になっていました。作品ページを覗いたところ、「この連載作品は未完結のまま約半年以上の間、更新されていません。」と……。もう前回からそこまで経っていたのですね。公式企画に参加すると表明したのだから、有言実行!と、夏のホラー企画も書いていましたが、結局間に合わせることができず……。本当に最近の私は生産性がないなとつくづく実感します。一応、1週間くらい、PC(パソコン)に貼りついて頑張って執筆したので、何とかストックを次回を含めて2回分溜めました。そして、久々だったのもあってか妙に筆が乗って相当な文字数になりました。1エピソード1万字超えたのは、本作では初めてだと思います。今後も時間があれば……時間があれば……()()()()()()(大事なことなので3回言いました)頑張って書き進めますので、どうぞよろしくお願いいたします。

次回の話は、超絶長くなってしまったので、前後編です。「和菓子屋では奇跡が起こるらしい 前変ぜんぺん」。これまでとは、少し違ったテイストの話になると思います。それにしても、和菓子屋……奇跡……一体呪いとどのような関係があるのでしょうか。

次回もお楽しみに。

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