第15解 愛情にも限度というものがあるらしい
はじめに、この物語はフィクションである。実際の実名や地名とは、一切関係がないが、安全のため、この物語に出てくる依頼者の名前は全て依頼者○のような形になっていることをご容赦いただきたい。
食事中の方は十分に注意してお読みください。
今から10年ほど前のある日、高校生だった大平は、小山から、放課後に体育館裏に来るよう言われていた。
「なかなか来ないな……。」
一人ポツンと体育館裏に突っ立っていた大平は、そうつぶやいていると、手を振りながら走ってくる小山の姿が見えた。
「ごめん、呼び出しておいて、遅くなった!」
小山は、大平の前で急ブレーキをかけると、息切れしながら言った。
「これ、あげる!」
小山はそう言うと、大平に赤い袋に入った安い市販品のチョコレートを差し出した。
「そういえば、今日は、バレンタインデーでしたね。」
大平は思い出したが如く言った。
「だから、チョコレートを渡すのよ。」
小山はいまだ息切れしている。しかし、大平は疑問に思った。
「小山さん、この間、私を振りましたよね。なのに、チョコレートを渡すとはどういうことですか?気が変わったんですか?」
「違うわよ、義理チョコ!いつも楽しい話させてもらってるから。」
「ああ、そういうことですか。あ、一応聞きますけど、変なもの入れてませんよね?」
「どう見たって市販品でしょ。呪いが込められてるとしても、あなたならすぐにわかるでしょうに。」
「まあ、それもそうですね。では、喜んでいただきます。」
大平は笑顔で受け取った。その後、大平はそのまま学校の門を出たのだが、同級生たちのとある会話が耳に入った。
「大平の持ってるあれ、チョコレートだよな。」
「あんな奴を好きになる物好きもいたもんだな。」
「絶対、からかって渡してるだけよ。」
「そういえば、あいつ、町子様に放課後呼ばれてたって噂があるらしいぞ。」
「あの人が町子様からチョコレートを貰えるわけないじゃない。義理チョコを貰えた人も片手で数えれる人数しかいなかったって話よ。」
「確かに。それに、あの町子様が安いチョコレートを渡すわけがない。渡すとしたら、手作りか高級チョコだろう。」
「それもそうね。帰りましょう。」
しかし、いつもの陰口だろうと大平が気にすることはなかった。
時は令和に戻る。
「いらっしゃいませ、まず、お名前と本日のご用件をお話しください。」
大平は笑顔で言った。
「あの、うち、<依頼者L>って言います。ここって、呪物の解呪ってやってます?」
メガネをかけたミステリアスな雰囲気の男子学生、<依頼者L>は心配そうに言った。
「呪物ですか?」
「はい……。」
「具体的には、どのようなもので?」
大平がそう言うと、<依頼者L>は紙袋に入った細長い箱を取り出した。
「これです。」
<依頼者L>は、こう言った。明らかに汚物を触るような動きを見せている。しかし、大平はこれが一体どのようなものなのかわからなかった。一見すると呪いがかかっているようには見えない。
「これ、何ですか?ただの箱のように見えますけど。」
「開けてみてください、うちは離れるんで。」
そういうと、<依頼者L>はその場から離れた。どれほど恐ろしい品物なのだろうと思いながら、大平は恐る恐る箱を開けた。
「……これは、チョコレートですか?」
箱の中には恐らく手作りであろうチョコレートが入っていた。
「なんだ、ただのチョコレ……。」
大平はそう言いかけると、唐突に冷や汗が流れ始め、何事もなかったが如く、急いで箱を閉じた。
「何!?今の!?ここまで霊気が漂ってきたんだけど!!」
小山がそう言いながら、大平の横に現れた。
「こーれはやばい品物ですわ。」
大平は笑って恐怖を誤魔化しつつも言った。
「でしょう。」
<依頼者L>は、某シェーのポーズをしていた。
「これは……一体何ですか?チョコレートのように見えましたけど、ただのチョコレートじゃないですよね。」
大平は恐る恐る聞いた。
「血入りチョコレートです。」
<依頼者L>は静かに言った。
「は!?」
大平と小山は驚きの声をあげた。
「血って、あの血ですか?」
大平は言った。<依頼者L>は苦笑いをした。
「ええ、食べた瞬間、口の中を切っ……。」
「これ以上言わなくていいです。食べたんですか?」
小山は恐ろしそうに言った。
「はい、最初は気づかなくて、触ったときの触感も柔らかかったといえばそれまでですけど、まあ、そういうのもあるかと……。」
<依頼者L>がそう言うと、大平と小山はその場を離れた。
「仕方ないじゃないですか!うちだって、食べたくて食べたわけじゃありません!」
<依頼者L>は、必死に訴えた。
「一応、食べた後の変化は……。」
大平は聞いた。
「腹を壊しました。でも、それくらいです。」
「でも、それだけじゃ、すまなそうですけど……。」
小山は言った。<依頼者L>には、紫色の歪んだ想いが呪いとなって張り付いていた。要するに、手遅れである。
「え、どうして、この呪物を持ってるんですか?」
大平は言った。
「……お恥ずかしい話なんですが、バレンタインデーでとある女子から貰ったんですよ。普段は手作り嫌いで断ってるんですけど、『愛情込めて作った本命です』って強く言われたので、貰うことにしたんですよ。」
「そうですか……手作り、いいですね。私は市販品しか貰ったことないですよ。それも義理です。」
大平は笑いながら、小山の方を見た。
「だって、料理下手なんだもん……。」
小山は小さく呟いた。
「まあ……そうですよね。なかなか本命って貰えることないですから……。でも、血入りって……。」
<依頼者L>は、頭を抱えた。
「チョコレートを作った方との関係は?」
大平は聞いた。
「ただ大学で同じ授業を受けてるだけの人ですよ。たまに、少し話すくらいで、接点も少ないですし。本当にうちのどこを好きになったんだろうって思うんですよ。」
「ということは、あなた自身、その方と別に付き合うことは考えてないと。」
大平は分かりきった様子でそう聞いたが、帰ってきた返答は予想と違っていた。
「いやぁ、食べて腹を壊しているときに思ったんですよ。わざわざ血を入れてくるということは、それだけうちを愛してるってことじゃないですか。だったら、付き合ってみるのも悪くないかもって。案外普通の子かもしれないし。」
<依頼者L>は顔を赤らめた。
「え!?血入りチョコレートを人にあげるなんて、普通の人じゃないですよ!」
「甘い気持ちで付き合ったら、絶対に後悔しますって。」
小山と大平は必死で説得しようとした。
「え、でも……なんというか、可愛げがあるっていうか……。よくよく考えたら、あの子結構うちのタイプかも……。」
<依頼者L>はどんどん身体をうねらせていく。こうしている間にも、<依頼者L>にかけられた呪いは、徐々に広がりを見せていた。
「これは……呪いの効果で間違いなさそうね。」
小山は言った。
「そうだと思います。恐らく、この呪いは誘惑の類ですね。早急に対処しないとこの人が破滅の方向に進みかねない。」
大平は、唾液を飲み込みながら言った。そして、一呼吸置いた後、
「<依頼者L>さん、あなたは今、危険な状態です。しかし、対処しなければ死ぬというわけではありません。」
「というと……。」
「あなたは、今、誘惑の類の呪いにかかっています。要するに、あなたは、このチョコレートを作った方から、自分自身が好きになるよう精神を操られているということです。」
「いや、でも、あの人はそんなことを……。」
<依頼者L>はそう言いかけると、大平がそれを止めた。
「そうです。このチョコレートを作った方は、恐らく呪いをかけようと思って、かけたわけではないと思います。血というのは、生きるのに必要なものを運搬するために、身体中を循環していますね。そして、その生きるのに必要なものというのは、酸素や栄養などの物理的なものだけではなく、霊力なども含まれているのです。つまり、血というのは、運搬のために霊力が多く含まれているものなのです。そのため、儀式や呪術を使用する際には、血を使って五芒星を書いたり、像の前に供えたりするわけなのです。そして、人は誰もが、微量ながら、霊力を持っています。このチョコレートを作った方が、もしあなたに強い恋愛感情を持っているのであれば、その血が入ったチョコレートにこうした誘惑の呪いが無意識にかかってしまったとしても不思議ではないのです。」
<依頼者L>は、下を向きながら、
「でも……。」
と反論するための内容を考えている。
「<依頼者L>さん!」
大平は大きな声で言った。
「はい!」
<依頼者L>も大きな声で返した。大平は言った。
「では、聞きます。あなたは、このまま放置すれば、このチョコレートを作った女性と結ばれてしまうでしょう。確かに、それはそれで幸せなのかもしれません。しかし、将来的に破局に陥ってしまった場合、あなたは、その人のことを忘れられなくなるかもしれませんし、あの時、解呪していれば別の人と結ばれていたのかもしれないと後悔するときが来るかもしれません。それでも、解呪しませんか?」
<依頼者L>は少し考えた。
「……解呪……しま……。」
<依頼者L>は言葉に詰まっていた。
「今回、解呪せずにそのままご帰宅いただくのも可能です。確かに、今後理想の相手に出会えるとは限りませんから。解呪しないことを選択するのであれば、料金はいただきません。よくお考え下さい。私自身の意見としては、解呪したほうがいいとは思います。」
大平は言った。
「解呪……。し、し、し、し……。」
<依頼者L>から滝のように汗が出始めた。大平と小山は、呪いがさらに広がっていることはわかっていたが、静かにその判断を待った。
「すみません。水を……。いただけますか?」
<依頼者L>は言った。これを聞いて、小山はコップに水道水をくみに行き、急いで<依頼者L>に渡した。
「……ありがとうございます。」
「いいですよ。真剣に考えてください。」
小山は言った。
それから、1時間は経っただろうか。流石に、解呪するかの選択だけで、これ以上の時間を使っていられないと思った大平は、
「すみません。これ以上時間がかかるようなら、また後日……。」
と言った。その時だった。<依頼者L>は、手元のコップの水を勢いよく飲み干し、
「解呪します!」
と言った。
「わかりました。ご決断、お疲れ様でした。それでは、解呪を始めます。」
大平は少し安心した口調で言った。
大平は、深く深呼吸した後、静かに手を合わせ、かっと目を見開いた。すると、<依頼者L>の身体は光りはじめた。そして、爽やかな風が通り抜けた。<依頼者L>の呪いは解呪された。
「これで、解呪されました。」
大平は言った。解呪された直後、<依頼者L>は強烈な脱力感に襲われていた。
「なんというか……どうでもよくなりました。」
「というと?」
大平は聞いた。
「何で、あんなことで1時間近く悩んでたんだろうっていうのもそうですけど、そもそも血入りチョコレートを渡してくる女になんで、想いを抱いていたんだろうって思いました。」
「それは、呪いの……。」
大平がそう言いかけると、遮るように<依頼者L>は言った。
「わかってます。でも、なんというか、馬鹿馬鹿しいな。そう思ったんです。」
「そうですか……わかりました。さて、いろいろ道がずれてしまったような気もしますが、本題は、このチョコレートの解呪ですよね。」
大平は言った。
「ああ、そうでしたね。でも、いいです。このチョコレート要りません。どこかで処分しますよ。」
<依頼者L>は言った。
「あ、なら私たちが引き取ります。あなたも、もし何かの事故でまたこのチョコレートが口に入ったら、大変でしょうに。」
大平は言った。
「あ、そうですか。ありがとうございます。引き取り料は……。」
「大丈夫です。不要ですよ。ただ、解呪料金だけ払ってもらえれば。」
「あ、はい。3000円ですね。」
<依頼者L>は、財布から3000円を取り出し、大平に手渡した。その後、<依頼者L>は頭を下げて言った。
「本当にありがとうございました。あと、すみませんでした。長居までして、水までいただいてしまって……。あっ、水代は。」
「大丈夫です。サービスです。では、ありがとうございました。次回もどうぞごひいきに。」
大平は笑顔で言った。
こうして、<依頼者L>は帰っていった。その後ろ姿は、来た時よりも、自分の意思で進もうとする力が強くなっているように見えた。
「そういえば、何でこのチョコレートを引き取ったの?」
小山は大平に聞いた。
「だって、小山さん、こうした呪物の収集、大好きでしょう。」
「え、血入りとか不気味なんでいらないんですけど。」
「まあ、私からの逆義理チョコだと思って、受け取ってくださいよ。」
「人から貰ったものを他の人に渡すってどうなのよ。そういうなら、あなたが何とかしなさいよ。」
「いやいやいや、私より小山さんの方が有効活用できると思いますから。」
「はぁ!?有効活用って何よ!私なんかほとんど集めるだけよ。あなたの方が、研究とかいろいろ役立つんじゃないの?」
「いや、そう言わずに……。」
小山と大平のチョコレートの押し付け合いは、この日の閉店まで続いた。最終的に、このチョコレートは小山の手に渡ることになったが、それが、どのように有効活用されたのかは、知る由もない。
次回 第16解 神様の言うとおりらしい 現在公開中
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こんにちは、明日 透です。
霊能力者 大平、格安で解呪しますの第15解を読んでいただき、ありがとうございます。今回は、とんでもない呪物の話でした。気持ち悪くなる表現は極力避けたので、大丈夫だと信じたいです。でも、実際にいるらしいですね、バレンタインデーにこうした呪物を渡す人たちが。私は絶対にもらいたくはないですね。あ、でも、普通のチョコレートなら、知ってる人から貰うという条件付きではありますが、私、大歓迎ですよ。できれば、本命とか来ないかななんて思うことも多々ありますが、最近まで「特定菓子贈与禁止法が……」とか何とか友達にほざいていた時点で終わりなんですよね。……とりあえず、私は仲良くしてもらっている友達に徳用のひとくちチョコレートでも配ろうかと思います。
さて、次回は、「神様の言うとおりらしい」。とうとう神様にまで手を出しましたか。一体どのような話になるのか。次回もお楽しみに。