楽日
「キ ━━━━━━━ ッ!」
「ク ━━━━━━━ ッ!」
「コ ━━━━━━━ ッ!」
━〇━
令和七年の秋・・
本日、スカイ劇場で楽日を迎える『ハリウッド大通り』は・・
今年度下半期<演劇界最大の収穫である>と各方面から絶賛を受けていた!
辛辣な批評眼を持つことで知られる
大学教授にして(演劇評論界の重鎮)松平も某新聞の劇評で高い評価を与えた。
彼に認めてもらうというのは、
演劇人にとって、言わば、
<お墨付き>をもらうと同義であり、この上ない栄誉であった。
「ハッキリ言うて・・」の口癖を
物まね芸人のネタにされるドン松平は、
学殖と見識をそなえ、
正確にして辛口、
(一言多いという欠点を持つものの)
劇団の内情・しがらみ・政治力等には、
一切忖度しない 外在批評 を貫き、
広範な影響力を保持していた。
功成り名を遂げたベテラン俳優及び
演出家であろうが遠慮せず、
容赦のない筆法でえぐりこむ、
御用評論家(蔓延る雑兵諸々)とは真逆の、純粋批評家として名高かった。
ある舞台女優など・・
ドンに声をかけられただけで失禁してしまった・・という伝説があるくらいだ。
松平の劇評本は良く売れ、
(アカデミック界隈限定ではなく)
一般大衆にもコミットしているという強みを持っていた。
行間にそこはかとなく 漂う、
ユーモア潤滑油で緩急を操作し、
読者の首根っこをむんずと捕まえ、文面に引きずり込んでしまう。
松平の劇評は〈深い掘り下げ〉と同時に、
〈めっぽう面白い〉という、前例の少ない境地に達していたのだ。
ドンの劇評効果にも預かり・・
『ハリウッド大通り』の主演女優|蓬莱ゆず季|には・・
TV・ラジオ・紙媒体・ネットメディアからインタビューや取材申し込みが殺到。
家内制手工業で切り盛りしている小さな事務所は、
対応に、てんてこ舞いの様相を呈していた。
劇のインパクトはSNSでも拡散されていった。
一般客を装ったダフ屋が出没。
一万円のS席に対し・・二十倍以上の値を付け、
それが、即座に捌けてしまうという珍事を引き起こし、
警察が出動する事態となり、メディアに話題を提供した。
「チケットを入手できない」「再演希望」「TV中継望む」
「アマプラかNetflixで有料配信はできないものか?」
「4Kdvd化を実現させるため、みんなで署名活動をしよう!」
といった書き込みは引きも切らなかった。
ドンの劇評を締めくくる、末尾の一行は、
物議を醸し出し、炎上騒ぎを引き起こした。
以下・・一字一句違わず引用してみよう。
┃『ハリウッド大通り』の主演女優に比べたら、
笹森 汐などというタレントは泡沫、紛い物に過ぎない。┃
━〇━
「キ ━━━━━━━ ッ!」
「ク ━━━━━━━ ッ!」
「コ ━━━━━━━ ッ!」
わなわな!
ガタガタ!ブルブル!
ぺったらポ! ぺったらポ!
新聞の切り抜きを持つ手は激しく震えた。
津波警報発令直前くらいのマグニチュードをしめしていた。
「 こ の う・ら・み は・ら・さ・で お・く・べ・き・ か 」
控え室のキャンピングカーで、
汐は・・
魔太郎なみの悲憤慷慨をさく裂させた。
内心、
舌打ちしながら見守る七尾マネ。
スタッフの誰かが、「劇評の切り抜き」をご注進したらしい。
まったく、余計なことをさらしてくれた。
七尾の知る限り・・汐は・・
痩せっぽちの外見からは想像もつかない強メンタルの持主だ。
うらやましいくらい、肝が据わっている。
反面・・繊細な部分を隠し持ち・・
予想外の場面から、モグラ表出してくるのだ。
禁句は・・涼兄ちゃんこと・・設楽 涼。
記者会見のときの、
狼狽えようは、
読者もご記憶のとおりである。
━ 演技面ではコンプレックスなど寄せ付けない実力を有しており、
━ 芸能神に溺愛されていて、
━ その道に進んだ者が、壮年期でようやく到達することのできる<完成>を、
━ 汐は僅か18歳で薬籠中にしていた。
無人の野を行く感のある汐だけれど・・
比較対象が・・蓬莱ゆず季となると・・話はややこしい。
本人は死んでも口にしないだろうが、
少なからず<畏怖の念>を抱いているのを感じ取れる。
スペシャルウイークのとき、
ゆず季が披露した、DJ笹森の物マネを、眼前にした瞬間の
汐のリアクト ━ 〈卒倒寸前〉の表情 ━ は、
いまだに『哉カナ』スタッフたちの語り草になっている。
・・私も、その場に立ち会いたかったなぁ。
『月刊ムー』の愛読者である七尾は考える。
超能力というモノは、
なにもスプーン曲げやテレパシーの類だけではなく、
汐さんや ゆず季さんのような高度な能力の持主が、
ときとして 磁き起こしてみせる、
閃きと集中を連動させた、
至芸のコトを差すのではなかろうか?
すぐれた技芸を持つ者は・・須くサイキックなのだ。
・・私たち凡人には・・
恋しているとき♡
そして、
ギリギリのピンチ場面⚡でしか発動してくれない ━ 隠された力。
「キ ━━━━━━━ ッ!」
「ク ━━━━━━━ ッ!」
「コ ━━━━━━━ ッ!」
「ぢッぐじょ━━━━━う!」
汐は・・
ハンカチを噛む仕種を、
ピカソの「泣く女」みたいに、
七億円大当たり級の〈MEGA BIG〉並に、キュビズム・デフォルメさせた。
(腹を立てても、野暮天には
決して落とさぬ女優芸人・・笹森屋・・ここに有り!)
実際・・表情崩壊ギャグは、
とことん崩し切るのが肝要だ。
汐を見ているとつくづく思う。
中途半端なデフォルメは、
見る側を白けさせてしまう。
ノーマルfaceを逸脱し倒せば、
別次元のファンタジー枠へと昇華できるのだ。
・・18歳女優の表情術は、
熟練技に非ず、
天性のカン働き=ヒラメキによるものなのだろう。
「こうなったら私の目で確認するっきゃない。
ちょっと旅を打つから、事後処理をよろしく頼もう・・七尾氏」
汐は、アウターに袖を通し、キャンピングカーのドアをスライドさせた。
七尾マネージャーは面食らい —「旅ってどこへ行くんです?」
「スカイ劇場に決まってるじゃん。
いまなら、午後の回に間に合うからさ。
楽日を逃したら、もう見れないもんね。
ゆず季の演技を、自分の目で確かめなくっちゃ、気が済まないのよ。
じゃーね、バイバーイ!」
「『凸レンジャー』の撮影はどうするんです?
かなり押し気味なのに?」
「・・〈笹森は腹痛を患った〉・・でいいんじゃないかな」
「詐病はダメです、絶対に。戻りなさい!いますぐに!」
「ヤなこった!一昨日おいで!ガム買っておいで!」
汐は・・スライドドアを瞬閉じ・・風のように駆け抜けていった。
同日・同時刻。
銭函 喜一は出社するや、
第一秘書を呼びつけて、
蓬莱ゆず季へオファーをかけるよう厳命を下した。
「『ハリウッド大通り』をたった今、見てきたところだ。
若くして大物の風格を持っている蓬莱をブッキングしろ!
ギャラはゲスト枠の最高額を支払う。
脚本を直す権利を与えてもよろしい。
笹森汐 との ┃一騎打ち┃を実現させたい!
ワシはいい返事しか聞かんからな。
・・なにがなんでもOKを貰ってこい!」と。
━ 『チャンバラ戦団/凸レンジャー』のゲストに迎え、
もう一発、話題花火を打ち上げようという、
歴戦のプロデューサーによる目論見であった ━
・・さらに同時刻・・
日比谷線内にはリュックを背負い腰かけ、
(路上仲間の協力を得て、スマホ予約のアクセスが叶い)
からくも立見席を入手できた親方が、
胸を高鳴らせ、二度目の観劇をするべく、『スカイ劇場』へと向かっていた。




