あに図らんや
高校を休学したアスカにはマネージャーがついた。
名前は高木さん、43歳の男性である。
決断力があると(事務所内では)評判の人だ。
ちなみに所属芸能プロによる、大道アスカの㊙評価は以下の通り。
◇ルックス ⇒ 中の中の中。
◇歌 ⇒ B
◇踊り ⇒ Bマイナス
◇演技力 ⇒ Bマイナス
◇スタイル ⇒ B
◇愛嬌 ⇒ Bプラス
◇カンの良さ ⇒ Bプラス
◇セックスアピール ⇒ Bマイナス
輝ける長所を持たざる、新人ということになる。
本人がちょっぴり自信を持っているトーク力は、
まるで問題にされなかった。
アイドルは偶像であり、
清く正しく美しくの時代だ。
(よけいなおしゃべりは不要)
レコードを出してもサッパリ売れない。
ドラマの端役(セリフ有り)では
大根よりチョイまし演技。
CM契約はゼロ。
水着姿になってもアピール度は低かった。
仕事といえば、
先輩との抱き合わせばかり、
あとは、レコード店のあいさつ回り、
事務所のお茶くみの日々だった。
売れないアイドル大道アスカ(本名=芸名)は、
デビュー 二年目を迎えると同時に、
武者 修行 に出された。
民泊、旅館の相部屋(同ランクのB・C級アイドルと)、
たまに嬉しやビジネスホテルのシングル
を転々としながら巡業した。
同行のマネージャーも待遇は同じか、
それ以下(車中泊なんかもあった)。
B級アイドルや下積み芸人たちと、
地方で地道な営業の日々。
巡業では、小さな会場で持ち歌をうたい、
求められれば演者一同でサイン会もこなす。
アスカは裏方の仕事も、
進んで引き受けたので重宝された。
ありがちだが・・
まばらな観客の前で歌うのは、ひどく侘しい。
意気消沈とは、いま、この状態をさすのかと絶句した。
反応の薄い少人数を、
けん命に笑わせようとする若手芸人の姿には、
涙がこぼれた。
不遇な身の上にも楽しいことは、付いてくるもの。
巡業中の人間関係はすこぶる良好だった。
アスカは芸人たちに好感を持たれた。
なぜなら・・単純に芸事が好きだったから、
そして ・・ 妹スタンスで先輩たちに(ウマいこと)接した、
切り札 ・・ 相手を退屈させない社交性を授かっていた。
旅先でラーメンや定食類をよくご馳走になった。
その時に聴いた芸談、
才能の真贋、
スター性という魔性について、
「一流と二~三流の差は
努力だけでは・・99%・・埋まらない。
持つ者 と そうでない者は・・月とスッポン!
天性とは(センス・ルックスを含め)・・神の贈り物。
その土台に磨きをかけていくのが、
才能を競う実力主義の世界なのである。
土台なき者は1パーセントの可能性を掘り起こすしかない。
資料も地図もなく埋蔵金を探すようなもの」
その考察は鋭く、しんみりとさせられ、同時に勉強にもなった。
天性(華)とは何なのか考える 良い機会にもなった。
色物と呼ばれる芸人からは、
手品や腹話術、動物声帯模写を習ったりした。
再現するのは(当たり前だけど)とてもムズカしかった。
━ しかし、自らの引き出しを増やそうとして
アスカが芸事を苦心しながら 訓練する(見せ場になりうる)場面を、
汐はリハで易々とこなしてしまい、
コイシツに烈火のごとくダメ出しを喰らった。
下手っピーに演じるのは結構ムズカシイ
というのは建前で、
女優としてのプライド
ええカッコしいのなせるワザ。
(演出家の忌み嫌う自意識が顔をのぞかせた)
笹森 汐・・18歳・・まだまだ未熟なのデス ━
ただし、このNG場面はDVD・BOX発売のとき
特典映像として付され
強力なセールスポイントとなったのだから皮肉でアル。
そんな折・・
事務所の上層部では、
かような会話が囁かれていた。
アスカの見た目は(当然)素人より上玉である、
広告業界のお偉いさんに枕営業を・・といった案だ。
あえて名は秘すが、
それで成りあがったタレントもいる。
枕案件は、
マネージャーとスカウトの猛反対で立ち消えになった。
このエピソードはカットされた。
不適切という局の判断による。
盛夏の東京。
デパートの屋上でラジオ局がイベントを開催したときのエピソード。
あまりの暑さで人気男性アイドル(アスカの事務所のパイセン)が、
日射病 (熱中症)になり倒れた。
夏休みということもあり、
学生や、親子連れが大ぜい集まっていた。
「すわ、中止か!?」
主催者は慌てふためいた。
ロバに似た司会(局アナ)は時間稼ぎのために、
お天気トークや高校野球、
王選手の800号ホームランはいつ出るのか?
大ヒットしたアニメ『さらば宇宙戦艦ヤマト』について、
おまけとして、ラジオ業界の裏話をひとくさり、
出来うるかぎり引き伸ばしてから、
前座の歌手にバトンを渡した。
受けたアスカは、
司会者と 丁々発止 のやりとりのあと、
トークや物まね、右手を相棒に腹話術、
ときどき手品、プラス持ち歌で 50分超を埋めた。
トークの語尾には、
巧みにサスティーンをきかせた。
━ 汐はこの場面を舌なめずりして演じた。
結果は記すまでもあるまい ━
前座の名ピンチヒッターぶりで、
先輩アイドルの体力回復までを見事につないだ。
お客の拍手はマキシマム。
熱演は観客の息を呑ませ、
暑さを ものの見事に吹き飛ばした。
アスカは深く感謝のお辞儀をした。
マネージャーは思わずガッツポーズ。
司会者は腕組みしながら「ほーう」と目を見はった。
早速、ラジオ番組『DJロバ/本気で快進撃』のゲストに呼ばれ、
アスカは先日の司会者と再会、
楽しさあふれるトークを展開した。
司会者たっての希望で、
現アシスタント産休期間のピンチヒッターを、
10月から務めることに ピース嵌り で決まった。
初のレギュラー仕事ゲットである。
アシスタントとはいえ 歴 としたラジオDJ。
予期せぬ形で夢を引き寄せた。
(奇しくも、かつて、レモンちゃんのいたラジオ局だった)
偶然の裂け目からチャンスが顔をのぞかせることがある。
つかめるか否かは その人 しだい。
アスカはギュッとつかまえたのである。
喜んでいた矢先、
思いがけない仕事が舞いこんできた。
新番組『ブレインチャイルド』という
民放の15分枠だった。
レギュラー出演に決定していた、
超人気女優(非凡なコメディエンヌ)が、
突然のキャンセル。
急きょ代役 探しが始まった。
適当と思われるタレントは、
すべてスケジュールが塞がっていた。
話を聞きつけた高木マネージャーは、
デパート屋上での録音テープを入手。
民放の担当者に聞かせて、
アスカを売りこみ、押しこみ、
安いギャラで代役をさらった。
「・・・ ・・・ ・・・」
子供向けの
しかも教育番組ときいて、
アスカはためらった。
正直、柄じゃないと思った。
それと、
有能コメディエンヌは好感度が高く、
悪いうわさを聞かない。
その彼女がドタキャンしたとなると・・
番組に問題アリなのでは?
代理とはいえ、
せっかく 掴んだレギュラーポジションである。
ラジオに専念して、DJ技術を磨いておきたかった。
(目標の あの人 に近づくためにも!)