ゼアフォア|証明
拭いきれない一点の疑問と、
ざわつく不安を抱えながらも、
サユリと南平は、クライアントの話に、吸い込まれていった 。
天田翁の口ぶりに、確からしさを感じ、心奪われたのだ。
依頼人は慮るような微笑を浮かべ。
「正直な若い お二方よ、心配はご無用じゃ。
私が┃三度目の幻視┃をスキップしたのは耄碌のためではない。
例外事項と判断したからです。
順序を巻き戻し、改めて申し上げると、
ひとつ前にあたる・・
三度目の幻視・・
┃サード・インパクトは┃・・
━ カオス|混乱|のイメージが不協和音を従えてやって来た。
━ 細かい無数のライン<短直線・弧線・湾曲線>諸々が
秩序を失って絡まり合う、
機能を失ったスプリングの群れのごとし視覚像。
━ 耳ざわりな歪んだBGMと一対でね。
あまりに、
抽象像すぎる幻視(幻聴込み)は、解釈を試みようにも、
考察・分析の範疇を逸脱していて、歯が立たない。
ただし、こちらも、過去二回の危難信号を学習済みゆえ、
万全の体制を敷いて臨んだわけです。
有りていに言えば「引きもこり作戦」を取った。なりふり構わず。
当方の担当案件は一部延期させ、
急を要する業務に限り、所員弁護士に割り振った。
こうして私は、頭痛と随伴する幻視・幻聴が、
終息するまで、忸怩たる念いを抱え、自宅待機策を講じた。
・・卑怯な自分を内心で詰りつつ。
2011年の春のことでした~┣ 」
┫~サユリの頭の中に共時性フラッシュが焚かれた☆
「そうです!
やって来たのは/3・11/東日本大震災だった。
弁護士の一人は、私の代理で気仙沼へ出張に赴き、
津波に遭い、帰らぬ人となった。
午後2時46分に発生した震災は、頭痛のピークにある私をも、巻きこんだ。
庭で遊んでいた初孫を救うため(母親は外出中でした)、
室内を飛び出し、凄ざまじい震動に抗い、
螺旋イメージが圧縮 膨張する幻視空間と、
現実起きている振動の入り混じったカオスの中を、
掻き分けるようにして、全力で進んでいった。
パニック状態に陥った孫は、
三分ほど持続することになる激しい揺れに慄き、芝へ顔を埋め号泣していた。
幼児を抱き上げるべく、両の腕を差し伸べ、低く屈んだところ・・
石灯籠が強震度に耐え切れず倒れ込み、
その一部が空中帯でブロック分解 ━ イレギュラーを誘発。
玉ねぎ型の重量頭部 ━ 〈宝珠〉と呼ばれる
・・重石が私の左足を急襲直撃。結果、複雑骨折を負いました。
( 瞬後は・・案の定・・
頭痛もオミナス幻視も不協和音も霧散した )
不幸中の幸い、三歳の孫は無事でした。
私は、いまだに、季節の変わり目や寒い日などは杖を必要とします。
ただ、不特定多数が被害に遭っている、この大震災ケースを、
私固有の幻視と言い切ってよいかどうか?微妙なところでしょうな。
┇当初の予定通り、私が仙台出張していれば津波にやられて絶命していた。
なんせ依頼人の住居兼アトリエが丸ごと浚われ流されてしまった訳だから┇
顛末から解析すれば、
┇骨折程度で済んだ事に感謝すべきなのかもしれぬ┇
解釈は一様ではない・・」
弁護士は長い息をついたあと、両睛を爛じ、
「そして直近・・
いよいよ┃四度目の幻視┃が訪れたのです。
火炎〈Flame〉の支配的なイメージを伴って。
━ 目下のところ、幻聴はありません。
今回、頭痛の度合いは、
過去三回とは比較にならないほどだ。
間歇的にやって来る
頭への締め付け、軋みは、
日に日に その力 を増し、耐えがたくなりつつある。
━ 凶事は着実に接近してきている。遠からずピークを迎えるでしょう。
むろん・・大人の順序として病院。経由して脳ドッグでも精密検査を受けましたよ。
しかし・・異常は見られなかった。
処方された鎮痛薬など、まるで役に立たない。
こちらが診断書と検査データです」
クリアファイルに入った書類を里見に提示すると、
前のめり気味に身体を傾斜させて。
「━ 禍事は、近いうちにまちがいなく襲って来る。
経験則と照らし合わせても、そう断言できます! 」
端正な里見の顔が、もう一段、引き締まった。
提出された診断書他に疑いの余地はない。
保険会社も受理する正式なものだろう。
>戸板返し<
ホスト(探偵)の面差しの真裏には、
五割を前後する疑心が張り付いているのもまた事実。
元警部補は基本、
占いやスーパーナチュラルには懐疑を持つ者。
UFOや幽霊話などフィクション枠としては好みもする、
その手のドラマ『Ⅹファイル』等には愉しませてもらった。
しかし、現実カテゴリーでは、お呼びでないのだ。
他方・・
サユリ助手・南平ペアは魅せられたように、
興味深々津で聞き入っていた。
特に前者はキュリオシティーに加え、
高額依頼料のソロバンをちゃっかり弾いていたのである$
場の空気をすべて読み切った天田弁護士は、
得心がいったようにうなずいた。
この探偵・・予想通り・・
札束で横っ面を引っぱたいてみても効果は薄そうだ。
まあ、これくらいのポリシーを持った人物でなければ、
特殊案件を成功裏には導けんじゃろうて。
天田氏は、職業柄身についた熟練技・・
理詰めで相手を打ち負かす類の対決型交渉術や、
硬軟駆使して着地点を探ってゆき、
ソフトランディングをめざす型を放棄することに決めた。
この手の依頼には、親和性を必要とすると考えたからだ。
義務仕事に果報はやってこない。
先の先の先の先の事までを考えて行動するタイプである氏は、
いくつかの説得絵図を描いて来訪しており、
難航した場合にと用意してあった、切り札を使うことにした。
・・以上の決断を迅速に下すと、
駄菓子の小袋に指先を突っ込んで
〈おまけピーナッツ〉をつかまえ、
口に放り入れ咀嚼、残りのミルクを飲み干し、
顔を上げて、サユリと南平を見た。
「若いお二方よ。
里見さんの知的で冷静な対応をよーく見ておくことです。
なんとか詐欺に引っかからないためにもね」
そう言うと、依頼人は椅子の角度を90°ばかりずらし、
デスク向こうの探偵に正対した。
「簡潔に申せば、
私は里見さんに、
ボディーガードを依頼すべくやってきました。
あなたの元上司は、
〈先般、ビジネスホテルで起きた二件の難事件を鮮やかに解決した〉と、
たいそう褒めておられた。
失礼ながら、当時の裁判記録を精読させもらいましたよ。
あなたの元同僚、興梠警部にお会いして話を伺いもした。
畢竟、捜査手腕だけではなく、
エッシャー画を想起させる推理力に感じ入った次第です。
この方ならば お任せしても大丈夫と判断を下し、
正式にアポイントメントを取り、
本部長の紹介状をたずさえ、
こうしてお邪魔したわけなのです」
クライアントは黒革のバッグから紹介状入りの封書を抜き出し、
里見所長に差し出した。
事務所内には静寂が訪れた。
紹介状を読んでいる探偵は少々困惑気味であった。
好奇心旺盛なカップルは、
┇断るな、依頼を引き受けろ┇波動を無言照射しながら、
探偵の快諾を期待していた。
書面を読み終えた里見は顔を上げ、
依頼人にむかって、
「う ━━ む。
こういった案件は、
別のチャンネルへ相談するのが賢明ではないですか?
たとえば・・
評判を取っている占い師とか(紹介可能です)。
超常方面に修業を積んだ、
いわゆる修験道者や霊媒みたいな方に、です。
正直、現実から浮き上がった
当該ケースに、私の出る幕はないと考えます。
天田さんのお話には、
ある種の信ぴょう性を感じないではない。
しかし依頼案件(犯罪を含む)に対し、
科学ベースでもって向き合う私にとっては、
僭越ながら・・眉唾・・だと言わざるをえません。
Supernatural phenomenon《超常現象》は、
若輩の里見には専門外ということです」
「私の言説は戯言であると?
妄言であると、おっしゃるか?」
依頼人は穏やかな佇まいから急転、
不意打ち的に、顔を突き出し、目力を込め、
言葉を丹田射出、抉るように質した。
法廷で使う天田スキルの ひとつ。
氣を呑まれた里見は 平常バランスを崩して、狼狽えた。
(滅多にお目にかかれないリアクション)
「・・いいえ。
非科学分野は、
私の専門外であると考えるわけでして・・」
打って変わり天田氏は猫なで声を発し・・
「里見さんや、
私の申し立てが真実であると証明できれば、
依頼を引き受けていただけるのですな?」
対話は・・
押し問答の鉄板展開を裏切り、奇妙な方向へ捩れてきた。
里見には継ぐべき言葉が・・見つからない。
本部長の紹介というのも<枷>である。
そもそも・・
有望な将来を擲って退職した理由の〈半分〉は・・
しがらみを嫌い、フリーハンドを欲したからだ。
皮肉なことに、強制執行権のない自由な立場は、
事を起こす際にしんどい制約を受けてしまう。
━ かような背景を持つ探偵は、
気の染まない依頼は断る主義で、
浮気調査などは、まず引き受けない。
━ やる気スイッチを押してくれない案件には乗れないのだ。
年下のサユリに、社会人としてあるべき姿を注意されて、
まれに口論へ発展してしまうことがある。
経済性を重んじる助手に対して
趣味の範疇で実益を追求したいクリエイーター所長、
といった平行構図だ。
天田氏は大きくうなずいて、
「よろしい。
では、証明して進ぜましょう」
ポカン!と口を開けるサユリ。
(どうやって予知能力を証明するんだろう?)
(交霊会でも始める気だろうか、天田さん?)
依頼人は
不思議そうな表情をしているサユリに
穏やかな笑みを送信する。
「すまんがね・・お嬢さん・・
テーブルの上をかたずけていただけんかな」
(やっぱり交霊会を始めるんだ)
(ビロードのクロスや黒いローソク等は要るんだろうか?)
(令和のD・Dホーム〈Daniel Dunglas Home〉※現象に立ち会えるかも☆)
サユリの旺盛な好奇心は、
いまにも踊り出しそうであった。
※D・Dホーム=ダニエル・ダングラス・ホーム(またはヒューム)
1833年生まれ。
空中浮遊やポルターガイスト及びラップ現象etcを、
ダイナミックに操れた、史上最大レベルの物理霊媒師(と言われている)。
1886年没。




