渦巻|ワールプール
三毛ツインズ♂を包み抱きした来客は、
南平の視線をとらえ、
「〈直近、迫りくる奇妙な何か〉の正体が判明したよ。
先ほどの恥ずかしい言動をどうかお許しくだされ」
小柄な老紳士は、いささかバツの悪そうな表情で言った。
来客を案内しながら、
三毛ツインズと事務所へ入る、里見たち。
入室するなり(探偵の目顔を読み取った)サユリと南平は、
要請を受ける前に、
応接室の配置替えに取りかかり、素早く終わらせた。
・・チーム里見の名残り 未だ健在。
所長のデスクを中心として円形に椅子を並べ、
里見から近い席へ、
チビねこ($金の玉子たち)を最終捕獲してくれた
依頼人に腰を落ち着けてもらった。
輪の中ほどに縦配置されたテーブル上に、
淹れたてのホットミルクとコーヒーが、
お茶うけの餅太郎6g小袋とともに、
ブラウンヘアの助手によって置かれていく。
「うーむ、PICTURESQUE(美しい)。
あなたの長い髪は、印象派の絵画のようだ!」
来客は、含意を内包させ、言葉を投げかけた ━
━ キャッチしたサユリは、
きょとん?<雲間>から、
まんざらでもない<晴れ顔>を覗かせた。
その表情は初々しく、また素敵だった。
傍観していた南平は、
「なるほど、当たり前すぎて今まで気が付かなかった。
ときには言葉に出して、褒めてあげるのも愛情なんだ。
テレパシストじゃないもんなぁ・・われわれは・・」
おのれの未熟を恥じた。
セイムタイム。
プライべートルームへ直行した里見所長は、
用意してあった二階建てのペットカーゴへ、
|出せ出せ抗議鳴き|するチビねこ♂二匹を
狭いキャリーケースから引っ越しさせると、
食事と水を与えて落ち着かせ、
ツインズの沈黙を恐るおそる勝ち取り、
二層カゴを提げて、応接室に姿を見せた。
沈黙は・・
・・俄かに破られた。
来客めがけて(ネコまっしぐらに)直声される
けたたましいミャアミャア二重唱♪
三毛♂ナヴィの命ずるまま、
生体貴重種の要望を叶えるべく、
客人の許可を貰うと、彼の足元にそそっと置いた。
安心したのだろうか?
鳴き声は、残響を引いて、程なく止んだ。
依頼人は、とても優しい目でチビたちを見つめている。
━ ロイロット法律事務所代表 ━
【天田・R・浬】
箔押しされ、
ローマ字フリガナの打たれた名刺を
受け取った里見は、
来客のスーツ 左えり に取り付けられた、
金メッキの禿げかけている
ひまわり模様のシルバー記章に瞬刻目を止め、
慇懃な態度で、
「ミドルネームから事務所名をつけられたのでしょうか?
なかなか洒落たセンスですね。
お見受けしたところ、天田さんには、
刑事事件や民事専門といった方々の持つ職掌は希薄です。
・・不思議とアートの香りが漂う・・
先ほど、チラと本部長の紹介と、伺いました。
さて、どういったご用件でお見えになったのでしょうか?
私でお役に立てればよいのですが」
「おっしゃる通り、私は絵画専門の弁護士です。
さすがは本部長推薦の探偵さんだ。的確な洞察に感服拝受。
依頼内容の核心に迫るには、
私の職業説明から入ることが、迅速 且つ スムースと思われる。
先に、前提として申し述べておきたいのは、
これは自慢でもなんでもなく、
私は二種のアイテム(才能)をギフトされて生まれ出た者。
・・天は二物を与えたもうたのです。
その一方は、すこぶる厄介な側面を持っとりましてな、」
━〇━
父親の仕事(銀行家)の関係で英国で生まれ、
日本で育った天田弁護士は、
幼少の頃、ゴッホの絵画『星月夜』により ☾ ユリイカ ☆
一生の仕事とすることに決めた。
(サユリにとっての『悪魔の手毬唄』
南禅寺にとっての『市民ケーン』みたいな邂逅であった)。
初志貫徹に向け力行。
学芸員を目指し、
知識の拡充を図るため大学院まで進み、
パシリ使いに耐え、博士号を目指していた。
バンカーだった父親のDNAを受け継ぎ、
確固たる経済観念を有していた天田少年は、
端から、絵描きになろうとは思わなかった。
芸術で身を立てるのは並大抵ではないし、
自分には、その才はないことを理解できている子供であり、リアリストでもあった。
・・憧れで、ご飯は食べていけない。
青年となった天田は、
惑星ではなく衛星ポジションに就くことを現実とするため、
具体的な目標を立て、邁進していく。
尊敬する両親のような家庭を築きたかったし、
同時に好きな絵画にも寄り添っていたい。
そのために、安定した収入が約束された、
美術館勤務の給与生活者になることに決め、
必須の学芸員認定資格と
博士号を取得するべく勉強に励んだ。
ところが・・論文指導を仰ぎに行った際・・
教授の話が横道に逸れたときに、ふと発せられた、
「何気ないつぶやき」にインスパイアされ、
日本では数少ない、
画家の利益を守るエージェント〈画商〉弁護士へと目標を転換。
20代も半ばで、法科大学院の門をたたいた。
絵画以外にはわき目もふらず、
熱き血潮の衝動を制御、勉強へと仕向け、
法律の知識を蓄えていき、司法試験をクリア。
修習生を経て弁護士資格を取得した。
三十代で社会へ出るハンデを背負いながらも、
知的財産権専門の法律事務所にイソ弁し※、基礎トレーニングを積んだ。
修業期間を終え、支援者(岳父)の助力を得て独立開業。
本格的に絵画の世界へと踏み入り、
着眼したアーティストたちを物心で支援し、信頼を取りつけていった。
一方、気鋭の絵画評論家連を接待、知遇を結び、味方に引き入れた。
メディア関係者への根回しも怠りなく並行させた。
☾ 天田アイテムその1 ━ 商才 ☽
分岐点となったは・・
これはイケると目を付けた若い画家で勝負に出たことだ。
佳い批評を良いタイミングで書いてもらい、
巧妙にメディアを連動させ、画家の名を広めていき、
ここぞという機会を捉え、個展を開いて、実りある好評を博した。
展示作のうち、二点は美術館買い上げの栄誉に浴すこととなる。
・・私財を投じた賭けに勝利したのである。
<成功者と言われる人はどこかでバクチを打ち、勝つ!>
天田氏は、
リ・チャレンジをブレることなく成し遂げ、
エージェント弁護士としての地歩を築き上げたうえに、
そうとうな成功を収めた。
現在、法律事務所は長男が継いでおり、
妻に先立たれた天田氏は、やもめ生活で不便はあるものの、
健康状態は、特技の水泳で鍛えているため、申し分なく、
悠々自適な半隠居状態にあった。
ここで・・
贅言をひとくさり(面倒な人はスキップして下さい)。
┃基本、クリエーターは経済(金銭)観念に欠けるもの。
創造物をビジネスに繋げるのがエージェントの役目。
作品を〈クライアントに有利な条件で〉取引してくれる
仲介者のニーズは今後高まっていくと思われる(又は願う)。
日本はエージェント後進国なので、
絵画に限らず、映像・音楽・コミック・小説・小演劇・etc、
多方面にその可能性を残しているのに、
残念、市場は開拓されておらず、代理人の数は本当に少ない。
若者よ、法律を学び、慧眼をみがき、
頑張って、知財を守る代理人業を、めざそう。
裏方も重要ピース。主役ばかりが人生ではないのデス。
うまくやれば儲かりまっせ(マジな話)┃
天田弁護士は絵画を通じて、
アート(&資産防衛)に造詣の深い、
里見のかつての上司である本部長と知り合った。
警察官からプライベートアイ<私立探偵>に
生業を転ずることになる青年もまた学生時代、
2年連続「二科展」入賞を果たしており、美術の匂いには聡い。
里見が本部長に目をかけられたのは、
捜査能力に秀でていたのはもちろんのこと、
そういった美術事情が介在していた。
青年は、
警視庁にキャリア採用されたのを機に、
けじめとして絵筆をピタリと置いた(二兎は追わない主義)。
━〇━
「皆さん、この絵画は無論ご存じでしょう?」
ショルダーバッグからタブレット端末を取り出し、
三人へ順繰りに回覧させていく天田弁護士。
「星月夜【The starry night】
ゴッホの \畢生作/ です!」とサユリ。
「そう。
糸杉と月夜と星とが、
渦巻状 ୨୧ 螺旋表現されていて
全宇宙を包括してしまうような圧倒的な絵だ。
余談を申せば・・
黒澤映画にも同質表現は見られます・・
ロシアの文豪の小説にも同系渦巻を感じる・・
三人は似た気質の持主と私は考えております。
突き上げてくるどうしょうもない狂気のごとき、
螺旋エネルギーが、激越表現を強いるのでしょう」
天田氏は言葉を切り、
餅太郎をポリポリ食べ、ホットミルクを飲んで、
二拍ほど置いた後、口を開いた。
「実は私にも 渦巻(whirl pool) が視えるのです」
扇並びに腰かけているサユリと南平は、
「えっ⁉」みたいな表情を浮かべた。
デスク向こうに着席した、
里見所長は、一定表情を保ち、傾聴している。
弁護士は若者二人の視線を吸収して、
「誤解なきよう申し上げれば、
〈 私、天田のケースは芸術とは無関係 〉
いわゆる幻視ですな。
☪︎ 天田アイテムその2━ 危難対応型予知能力 ☪︎
私には生来、危難予知本能が備わっていて、
生命の危機に瀕すると、
孫悟空のように頭がキリキリ締め付けられ、
周囲の情景が『星月夜』状螺旋に映じるのです。
そのときに限り、占い師みたいに、
否!
予言者のように悪しき未来=凶兆を、
在り在りと感じ取れる。
━━ 精度は怖ろしく高い ━━」
再び、依頼人は話を中断。
チビねこたちに視線を向け、KIND波動を交換させ、
昂ぶったテンションを平常値に戻してゆく。
「ところで・・
┃最初の幻視┃がやって来たのは、
遡ること少年時代。
・・私が日本へ戻って来て間もない頃です。
美しく晴れ上がった秋の日の午後。
友人と二人で狭い路地を歩いていたときに、
ひょんなことから、負けず嫌いの彼と〈駆けっこ〉をする事になった。
こちらも負けず嫌い・・
〈よーいドン!〉で始まった徒競争は、
通りにさしかかるまで、私が僅差でリードしていた。
夢中でダッシュしている /その瞬間/ ━ だしぬけに頭が締め付けられ ━
━ あり得ないほど情景が歪んだ ━ 渦巻状に ━
私は疾走に急ブレーキをかけた(かけざるをえなかった)。
友人は嬉しそうな声を張り上げ、私を抜き去り、通りへ飛び出した。
凶事勃発!
友人は速度オーバーで走行してきた車に/撥ねられ/即死しました。
飛び出した友人の方にも過失責任があるとはいえ、
卑劣なひき逃げ犯は、
その後、捕まることもなく、時効を迎えた。
偶然、ナンバーや車種までメモをしていた人がいて、
現着した警察官に知らせたにもかかわらず、です。
話を継続させましょう。
┃二度目の幻視┃が訪れたのは、
大学二年の時でした。
今度のケースは
<瞬時ではなく>
長いプロローグが付せられた形でやってきた。
/頭の締め付けは /
ときに緩まり、ときに強まりしながら、
断続して一週間以上も続いた。
ファーストタイムとの明らかな違いは
明瞭な 水(water) のイメージを伴っていたこと。
水イメージが、
不規則にインサートされてきた。
心痛込みでね。
現在ならば、そんなムチャは絶対にしないでしょうが、なにせ若かった。
普通免許を取得したばかりの私は、当時付き合っていた・・」
天田弁護士はノスタルジックな目をサユリに向けて、
「美しい髪を持つゼミの同期生、
ステディな彼女の、いささか強引なリクエストに応えて、
/頭への締め付けをやり過ごし/
週末にレンタカーを借り、
大磯へ二人きりで冬の海を見に行った。
富山の内川で育った彼女の口癖は、
「東京は息苦しい・・」
「卒業旅行はベニスへ行きたい」でした。
目的地に近づくにつれ、私の頭痛はひどくなり、
周囲の景色は圧縮され、歪み始めた ━ 例によって薄巻状に。
急きょ堤防に車を停めて休息をとった。
とりあえず、左右のサイドウインドウを半開させ、
潮風を入れて、気分を落ち着かせた。
彼女は心配そうに私を見つめ、
刺繍入りの白いハンカチで、
私の額に浮き出た汗を拭ってくれた。
潮風のいたずらで、ハンカチは、車外に飛ばされた。
取り戻そうと、彼女は車から降り、追いかけていった。
ハンカチは潮風に乗り、大きなモンシロチョウのように宙に舞う。
意外な瞬発力を示し、追いついた彼女は、空中ジャンプしてナイスキャッチ。
こちらに向き直り、笑顔でウイナー・ ポーズ!
♡ 脳裏に焼き付く天使の微笑 ♡
その微笑は・・永遠となった!
つぎの瞬間、信じがたい突風が彼女を浚い、海へ連れ去った。
彼女は海面に点のように浮かんでいた。
まだ携帯電話などない時代。
私は車を飛ばし、公衆ボックスを見つけ、
赤い小型の緊急呼び出し器で、もどかしく警察へ通報したが、あとの祭り。
彼女の救助は叶わなかった。
・・いまもって行方不明なのです」
天田弁護士はタブレット端末を手にして、
里見の近くへ、斜め向きに、身体を寄せ、
当時の新聞記事をモニター上に呼び出した。
「大磯で突発水難事故発生」
すっくと立ち上がり、
懸命にモニターをのぞき込むサユリと彼氏。
事故の記事に続いて、
キャンパスで撮った彼女との睦まじいアナログ写真と
個人情報(住所氏名)の入った彼女のパスポート画像をスクロールした。
新聞記事と行方不女性の氏名が一致。
話は客観事実と同定された。
・・さすがは実証主義の弁護士。
さらに、
五十年以上前の「ひき逃げ事件」のベタ記事に、
被害者となった少年と遠足時に撮った集合写真の
スクリーンショットを提示してみせた。
こちらは公的書類が添付されていないうえに、
記事には「被害者少年A」とあるだけで、氏名も写真も掲載されておらず、
被害者Aと天田氏との関連性について、厳密には辿れない。
依頼人は、端末を膝の上に置くと、深い息をついた。
「車に撥ねられた幼な友達の少年も、
突発的な水難事故に遭った彼女も、
私の身代わりになったと考えています。
なぜなら、その二名の不幸が起きた直後、
私の頭痛はピタリと治まり、
/幻視/ も /୧渦巻୨ /も
見事に消えて失くなったのだから。
くだくだ後悔の弁は述べますまい・・不毛ですからな。
肝心なのは、
現在、そして、地続きである未来だ。
ここに来た理由は・・もう・・お判りでしょう?
ついに┃四度目の幻視┃が訪れたのです。
火炎〈Flame〉のイメージを伴って」
思わず身を乗り出すサユリと南平!
拭いきれない疑問点・・|三度目の幻視の間違いでは⁉|・・と、
奇怪な不安を抱えながらも、
依頼人の話に心奪われてしまった様子だった。
※イソ弁とは・・
法律事務所に雇用されている、
経営者ではない弁護士のコトです。
☆5700文字読了お疲れさまでした。
また来週、お会いしましょう!




