VISITOR Ⅱ|示唆
遊ばせていた視線を
対面者へ戻した左近係長は、
探偵の逡巡を払底すべく、
登録商標ともいうべきタレ目をグイと水平に持ち上げ、
ディールに臨んだ。
「里見さん、
ラジオ放送を目的とした
『(仮)未解決事件を追え』プロジェクトは、
人気番組への言わば刺激注射なのです。
DJ笹森の番組は、
音声ドラマを中心に据えて大成功を収め、
聴取率もradikoを含めて断トツ、
スポンサーも順番待ちで、
現時点において、向かうところ敵なしだ。
その優良枠に、
ノンフィクションという
酸化剤を投下して
さらなる拡張をもたらしたい」
左近は、咳払いをして、話を続ける。
「業界話をすれば・・
ラジオ放送に授与される賞というのは、
ノンフィクションには寛大で、
それ以外には冷たいという歴史と現実があります。
この度の提案は、
端的に申せば
番組に箔をつけたいが為の、
ギャラクシー賞狙いに他ならない。
ただし・・
どうせやるなら・・
<桶川ストーカー事件>や<足利事件>の真相に
肉薄してのけたジャーナリストS氏を範とし、
本物の調査報道を狙ってみたい 。
(HBCラジオ開局60周年記念
『インターが聴こえない~』という達成例もある)
そのライン上に浮かんだキーパーソンが、
わが笹森も間接的にかかわった、
ビジネスホテル『設楽』で起きた
二件の事件を解明した里見所長なのです。
当該プロジェクトを
幸運にも推進できたと仮定して話をすれば・・
調査の結果、
里見さんにも関わりの深い、
平成の迷宮入り事件を解決できたら、
それこそ相互利益ではありましょう。
しかるに、失敗裡に終わった場合でも、
風化しそうな凶悪犯罪を現在の視点と足で洗い直し、
リスナーに提出することには意義があると私は信ずる。
YouTubeでも未解決事件考察動画は、
(二次情報ベースとはいえ)人気プログラムです。
ラジオ放送は資本投入できる分、
一次情報で勝負をかけられて、
なおかつ敏腕探偵の力添えも得られる鬼金 好手※
エネルギー盛注の法則にしたがえば ━
不成功に終わったケースでも、
流通基準を満たさない
規格外農作物、
曲がり果くらいは、収穫できるはず。
━ 信念を持った燃焼行動は、
結果方向性はともかく、
現実を突き動かしてしまうもの。
里見所長、腰を上げていただけませんかね?」
探偵は表情をスッと消し、
内面世界へ没入していった。
やるせない間が開く。
左近は慎重にタイミングをはかり、
タレ目をユーモラスに上下動させながら、
空気をやわらげ、再び説得にかかる。
「私にはなんのとりえもありません、
血筋も平凡、
学歴もお粗末、
賞も罰もなし、
見てくれもよいとは言えない、
マイナス要素の集積人間です。
唯一の長所は、
人を見る目かな。
笹森汐を発掘した
神眼を持つ男という強力な肩書もありますゾ!
業界内では水戸黄門の印籠並みの威力です。
┃まあ、正直な話・・
汐坊なら・・
例外色彩を持つ彼女なら、
いかなる環境下にあっても
ブレイクしたとは思いますけどねェ┃
私の目には、
里見さんにも、
(笹森とは別種の)
例外色彩が視え、匂い、聴こえます。
並の者には持ち得ない・・
桂馬の動きを想起させる推裡力をお持ちだ。
賞狙いの生臭い目的のために
ダンディズムを曲げて、
尽力したくないのはごもっとも、
理念は崩しがたいでしょうな。
諸々承知の上で、
憚りながら申し上げますけれど、
かの事件に
あなたが深い、
・・基い・・
抜きがたい
拘りを持っているのも
私は存じ上げております。
いますぐとは申しません、
良い返事をお待ちしています」
黙考から帰還した里見は、
苦い思い出を振り切るべく、
頭を左右に小さく振ると、
改めて、
依頼主からの申し出を丁重に辞退し、
パイプに火を入れ、コピを飲みきった。
「ところで、
里見さんの趣味はなんでしょう?」
「チェスを少々たしなみます(プカプカ)」
「私は将棋です、
ハハ・・どうも噛み合いませんな。
それではこの辺で失礼します、お邪魔しました」
「ちょっと左近さん、
お持ちになったFresskoの保温容器をお忘れです。
すぐに洗浄しますので、お待ちください」
「ああそれね、面倒でしょうが、
手提げ袋ともども、
ゴミの日にでも棄てちゃってください。
・・よしなに」
そう言い残し
事務所のドアへ歩いていき、ノブに手をかけた。
そのとき、
刑事コロンボよろしく振り返ると・・
「そうそう、
ひとつだけ言い忘れてました。
小耳にはさんだ情報なのですが、
お探しの仔猫たち《雄♂三毛のツインズ》は、
さる 個人宅で保護されているようですよ。
私はネコには疎いのですけど、
なんでも、三毛の雄というのは
三万分の一匹の割合でしか生まれない
超希少種だそうですな」
相手の言葉に
里見は目を剥きググっと身を乗り出した。
捜一時代の上司にあたる
本部長から紹介された老未亡人。
彼女から正式依頼を受けて以降・・
月日をかけ、
情報収集して、
汗と埃にまみれ、
くたくたになるまで捜索し尽くしても、
杳として行方をつかめなかった、
里見探偵事務所の最重要案件である。
「保護主の住所と連絡先電話番号です」
来訪者はメモ書きを探偵に渡しながら、
「厄介ごとを付せば・・
どーも、保護主さんの内面には、
人懐っこい双子猫ちゃんへ、
深い愛情が芽吹いてしまっているようで、
(三毛ツインズの方も同じく)
相思相愛という近状です。
きわめてデリケートな
猫シエイト=交渉術を必要とします。
ご留意ください。
では御機嫌よう・・
・・よい週末を!」
鬼金とは、
鬼に金棒の略でござんす。
・・蛇足のおそ松さん。




