VISITOR|来訪者
「笹森には
見事にちゃぶ台を引っくり返されましたよ。
新番組<スーパー戦団シリーズ>へ出演オファーの際・・
渋るタレントから承諾を貰うため、
交換条件として
異例のオプション権利を与えた張本人である
私への風当たりは、
もう、警報発令クラスの勢いです。参りましたな」
タレントの近況をたずねられた
聖林プロの左近は、
そう言うと笑った。
手土産を携え
アポの時間きっちりに訪ねてきた係長の表情は、
ハプニングを愉しんでいるように見えなくもない。
週末土曜⏱午前11時。
こじんまりとした探偵事務所の応接室にて、
差し向かいで腰かけている、
里見 恭平所長と
DJアイドルの元マネ左近。
ちょいと珍しい組み合わせではある。
他に誰もいない
・・アルバイト助手は調剤薬局店で勤務中。
「お気に召すかどうかは分かりません」
お窺い語尾をバッサリ省略した来客は、
艶加工されたA4サイズのアートバッグから・・
made by Fressko の保温タンブラー
(ブラック&イエローの各カラー)二個を取り出し、
テーブル上に置くと、
個分けされたハイシュガー、有機ミルクなどを添え、
探偵に勧めた。
「では遠慮なく」
黒色タンブラーを持ちあげた里見は、
飲み口をワンタッチで開き、
ブラックのまま、ひと口すすった。
とたん、味蕾にオアシスが現出した。
「・・コピルアクか!?」
里見が年に一度か二度、
贅沢をしたいときに、
特定店へ赴き、
のどにくぐらせる逸品だった。
偶然の手土産ではあるまい
・・どこで調べたのだ?
訪問者は、イエロー容器の蓋を回し開き、
ブラウンの湯気立つ液体に
琥珀色の宝石5gと有機ミルクを入れると、
スプーンで無造作に かき混ぜ、
開蓋したままグビリと飲んだ。
「コンビニ珈琲より、ちとマシな程度ですかな。
やはり、和菓子好きな自分は緑茶に一票を投じたい」
来客の感想言を受けた里見は、
微かな警戒を瞳の奥に宿し・・
硬質な笑みを浮かべた。
「それから、里見さん。
私、紫煙は気にならないタイプなので、
気遣いせずに 一服なさってください」
タレ目に親しみを込めて元マネ。
「(プカプカ)
詳細な依頼伺いメールをありがとうございました。
近過去である平成時代・・
警察職にあった私が苦杯をなめた未解決事件を、
今一度掘り起こして、解明に尽力して欲しい。
その結果を 調査報道として
ラジオの特別週間でオンエアしたい旨、理解しました。
まあ、ひと言で申し上げて
たいへん難題ですな。
解決できる可能性は5パーセントにも満たない。
その上、費用も時間もかかる
━ 〆切は一年縛り ━
酷なレベルのミッションです」
深い息をつき
視線を落とした里見は、
コピをすすり
一拍置いて語りかけた。
「左近さん、
事件調査というものは、
サスペンスドラマのように、
過不足なくは進まないものです
ラストに崖も出てきません。
現実の刑事たちは、
当たり玉を得るために、
累々たるムダ足の骨折り損を踏む・・」
経験者特有の感慨を表情に刻む 元刑事。
「捜査班が一致団結して、
頭脳と忍耐と体力を振り絞り、
不撓不抜の情熱を投入しても、
なお、限界にぶち当たってしまう迷宮入り事件。
敗北に至る主な理由は、
政治絡みの案件は論外として省き、
例外はあれど、
ミステリー小説のような大トリックを実は必要としません。
〈ホテル『設楽』で起きた、
一方の密室事件は、
トリックを弄していたからこそ解明できたともいえる。
目の前にある設問を解けばいいわけですから〉
設問の見当すらつかない
難事件は、
理外の理に該当。
すなわち・・
┃偶然の織りなす絶妙なThreads =綾が、
(しかも、犯人側に有利に働く方向性で)
編まれてしまった鬼巧に因って起こります┃
したがって、
神風でも吹かぬ限り
コールドケースの解決は困難というのが私見です。
左近さん、このプロジェクトは、諦めた方がよろしい。
あなたの提示してくださった
過分な申し出には深く感謝しております。
もし、
かの事件に、
どうしても、
突っ込んでいきたいのならば、
警察OBを多く抱えた、
大手の探偵事務所を当たるべきでしょう。
正直、私には荷が重い」
引き取るようにしてうなずいた来客は、
ゆっくりと黄色いタンブラーを持ち、
口へ運び、
☕珈琲を味わいつつ、
事務所内を自然な感じで見やり、情報を呼吸する。
高価とは言えない家具類は、
工夫を凝らした組み合わせがなされ、
洒落 渋なレイアウト感を醸していた。
壁に掛けられた唯一の絵画は、
抽象 幾何表現というべき、
パズル構成を持ち、
Muted colorが派手を圧縮、内奥に封じ込め、
それでいて破綻なき自然調和を保っており、
素人目にも才華を感じさせる作品だった。
はて?
事務所内のところどころに
異なるトーンが見てとれる。
インテリア類のセレクトセンスに、女性の息吹が感じられた。
探偵は未婚~独身である。
簡単消去法~助手の鈴木サユリという結論にリーチした。
アルバイト助手は
ブラウンのロングヘアがたいそう似合うメガネっ娘。
大卒で薬剤師資格を持ち、
三か所の異なる職場でアルバイト勤務をしており、
月収は20万前後。
血液型Bタイプの作家志望者。
交際相手有り、但し遠距離。
ビジネスホテル『設楽』で起こった
殺人事件をきっかけとして、里見と知り合う。
総体的に賢い女性であると・・調査報告書に記されていた。
遊ばせていた視線を
探偵へ戻した左近係長は、
里見の逡巡を払底すべく、
登録商標ともいうべきタレ目をグイと水平に持ち上げ、
ディールに臨んだ。
・・果たして・・
━ 詰むや、詰まざるや ━
次回に、ご期待くだされ。




