レゾリューション|決断
束の間の蜜月は・・
残念・・長くは続かないのである。
その後・・
━ 片や自己の映像イメージを絶対視する監督、
━ 対してナチュラルな女優は、
事あるごとに 無言の衝突 を繰りかえした。
南禅寺は、
汐の単独出演場面を狙い済ましたように、
理解不能な実験?を試みてくる。
アフレコの際に・・
監督から、
セリフを 反対から読め指令 が下された。
録音スタジオ内で・・
アフレコ画面に合わせて、
イメージを固め、自己コントロールしたのち、
┃こんにちは┃
を
┃はちにんこ┃
といった具合に、
脚本を(文字通り)逆から、
「ハロー感情」を込めて読む、女優。
最終的に、
録音したセリフを
ミキシング処理で逆回転させ、ノーマルにもどす。
\なんのことはない /
┃こんにちは┃の元ゼリフ(台詞)そのまんま。
・・変てこイントネーションのへその緒付き。
後日、関係者限定試写を見た女優は、
その効果のほどを理解できず、
「マロの狙いはどこにあったのか?
ふつうにセリフを読むべきじゃん。
奇妙なイントネーションに違和感 有り×2。
AI技術を使ってやれよ!」
首をかしげるばかりだった。
それに・・
凸イエローは異星人ではなく、
歴とした戦団の一員であり、
日本人の役である。
セリフのおかしな音処理は、かえって邪魔では?
結局P判断で・・逆回転台詞はカットされた。
また、別の日には、
脚本には書かれていない
即興シークエンス(場面)に放り込まれた。
単なる長回しではない、カメラ移動を駆使する、
複雑怪奇なワンシーン・ワンカット撮影を強行。
監督から、
いきなり、
手書きされた(克明な)台詞メモを渡され、
不十分な事前説明を受け、
リハ・本番に入っていく汐。
彼女の気分は不完全燃焼~燻る炭。
同録撮影開始。
歩きながら長ゼリフをこなしている最中に、
/急滑りでレンジャー汐へアップ寄りするカメラ/
/そのタイミングを捕え、スタッフ連が突貫する!/
集中している女優のスレスレ背後へ、
吸音シューズを履いたスタッフ数名が忍者の如く進入、
目まぐるしいセット転換・背景移動をして、
演技集中力を削ぎまくってくれる。
・・カメラが引かれ、
芝居を接続させたまま、女優が背後を振り返ると
(同一場面にもかかわらず)
まるで別の場所へと様変わりしていた。
もはや・・トリックアートの世界である。
汐は、
自分が如何なる状況のもとに、
一体どこで、
なにをやっているのか?
皆目わからず混乱した。
ステディカムでもないのに、縦横無尽に移動し、
演者の前後左右を平気で通過していく、超うざカメラ。
移動撮影のために敷かれた線路を避けて歩きつつ、
芝居をしなければならない苦痛。
常軌を逸した照明数、サウナのようなスタジオ内。
南禅寺の手により、刻々と書き換えられていくセリフ。
カット割り放棄の縛りゆえ・・
独り芝居のリアクションを画にする解決策として鏡が多用され、
段取りやバミ(立ち)位置をほんの少しでも失敗れば、
容赦なく「カット!リテイク!」の鞭。
特異な記憶力を有する汐は、
セリフをトチることはさすがになかった。
しかし、余りにめんどくさい撮影方法の手かせ足かせに、
不平不満が容量超過、重加圧され、気化を始めていた。
とうとう・・
負のトリガー条項をクリアするダメ押しがやって来た。
┃6テイク目のNG出し┃のさい、
監督のかすかな冷笑とスタッフのため息を、
追い詰められた汐の視聴覚がキャッチしたのだ。
些細な出来事だけれど、
女優のストレスを無限∞増幅していった。
制御不能 ━ 病的な興奮状態に陥り、
マイナス感情が結集され、
集合体と化し、
爆縮レンズを通過、
核分裂を引き起こした!
キノコ雲を頂いた18歳女優は、
ショートカットを逆立たせ、
形相を変え、
監督・スタッフ連中に向かい、
意味不明な言語で喚き散らし始めた!
連鎖して、
S型〈外向性〉反応リミッターが解除され、
オーバーキルへ突き進んでゆく ━ 原子力笹森。
スタジオの隅に置かれていた角材を手に取るや、
にっくき南禅寺のディレクターズチェアを木っ端みじんにした。
返す刀= 角材で、
ムカつく(ロープ付き・キャスター付き)セットを
片っ端から叩っ壊し、
カメラを横転させ、
不快極まるクソ熱い照明機材群をブン薙ぎ倒していった。
それでも腹の虫は治まらず・・
三時間以上にわたって喚き罵り続け、
角材をブンブン振り回し、
床をドカンドカン叩き続けるストレス発散大雷雨。
かつての全学連なら・・
必ずやドラフト一位で指名するだろう、
角材使いの逸材出現で それはあった!
南禅寺監督とスタッフたちは、
ほうほうの体で大部屋へ避難、
内側から鍵を掛け、ストッパーを使い厳重固定した。
局のチーフプロデューサーから、
七尾マネに対し
「なんとか収めるように」と至上命令。
意外にも、
七尾は厳命を決然と拒否・・
「自分はその任にあらず」
「現時点で、なす術はなし」
「コレは現場側の不手際である」
「聖林プロは、
南禅寺監督を査問にかける用意有り」
・・第29話の 二の舞い はゴメンだ!・・
ババ抜きスキルを高めた七尾は
はったりをかまし、ジョーカーを忌避した。
というワケで・・
荒れ狂う女優の首に 鈴をつける者 は誰一人現れなかった。
(セキュリティーを呼んで、
トップ・ビリングの稼ぎ頭を、
力任せに押さえ込むワケにもいかない)
笹森汐をあるていど、
知悉している七尾マネの提案により・・
「女優は理性を完全に喪失してはいない。
その証拠に攻撃の鉾先は、
人ではなく、あくまで物品限定である」
・・興奮状態が鎮まるまで
静観する穏便策を取ることになった。
━ 新番組放送開始前 ━
視聴者の期待が昂るフォアプレイ (前戯)期間に、
醜聞をメディアに嗅ぎつけられることは、
絶対あってはならないこと。
スキャンダルは番組に悪影響をもたらすからだ。
増してや、
春公開の映画も控えている特待番組である。
メディア対策は細心であらねばならない。
そして・・
当日の夜遅く、
エネルギー切れした汐は、
角材をほっぽり投げるや、
幼子みたくコテン落ちし、
スタジオ内の床に倒れこむと、
泥のような眠りへ、フォーリングしていった。
七尾マネは、
逞しい腕で18歳女優を抱きかかえ、
キャンピングカーへ運び、帰路に就いた。
━ 翌日 ━
笹森汐は事務所に一報を入れた。
撮休を取ると、
ハイヤーをチャーターして、
聖林プロへ単独で出向いた。
事務所の特別室にて・・
法務責任者(老辯護士)と社長を
まじえての三者会談が行われた。
女優は・・
「契約書に盛り込まれている、
キラー・オプションを施行する」
・・旨を宣言した。
特捜検事上がりの、
老辯護士は、
そのとき・・杖を落としたと伝えられる。




