コンビクション|信念
◆再び イエローレンジャー/ 汐のケース◆
奥懐から紡ぎ出した演技を、
死産エンドさせられた、
汐の怒りは燃え盛った!
七尾マネは
スマホ連絡してアポをとり・・
控室も兼ねたキャンピングカーで移動。
演出家の伊能さんのところへ行き、
女優をなだめてもらった。
そのあと・・
ラジオ局へも車を走らせた。
乙骨Pは、
汐に・・
・・ありったけの不平不満を吐き出させ、
ふむふむと聞き、
うなずきながら、
甘菓子をすすめ
(甘系はストレス脳に優しく作用する)
心のツボをマッサージして、
うまいこと癒してくれた。
・・さすがはDJアイドルの生みの親である。
南禅寺監督には、
左近係長から直電が入り・・
諭すような口調で・・
演技者の繊細な過程を説かれ、
現場統括者としての自覚を持つよう、窘められた。
プライドの塊である南禅寺にとって、
数少ない、頭の上がらない相手であった。
嘗て・・
TV局内で厳しい立場に置かれていた南禅寺を、
有利な条件で引き抜いてくれた恩人なのだ。
ローリングストーンした末・・
翌日、笹森 汐はスタジオに元気な姿を見せた。
スタッフ一同、温かい拍手で女優を迎えた。
南禅寺監督も
その中心となり、ウエルカムポーズ。
汐は監督に形式的な詫びを入れ、
新品の高級革靴をプレゼント。
南禅寺は慇懃無礼に受け取った。
スタッフ連中から・・
陰称=マロと呼ばれている、
南禅寺 助麿 監督は、
ちょっとやそっとで信念を曲げるタマではなかった。
凸イエローのウルトラ・アップを撮影するため、
カメラを ローアングル気味にして、
汐の顔ギリギリまで接近させた。
鼻を中心とした(トップまで含む)女優の小顔を、
ミリ単位指定の揺るぎない構図で、
画面いっぱいにポジショニングしたあと、
┃ホラー映画でも、
めったにお目にかかれない
異様なアングルだ┃
おそろしく細かいライティングの調整に入った。
マロ監督の方針で、
ボディダブルは立てずに、汐本人を被写体にした。
(女優もべつだん意義は唱えなかった)
すぐ目と鼻の先 下方にカメラが設置され、
ちょっとでも動いたら、ぶつかりそうな塩梅である。
ライティングには90分以上かかった。
少しでも顔を揺らそうものなら、
「動くな!
女優なら辛抱なさい!」
監督のRipヴォイスが鼓膜を刺突する。
ガマの油のような時間は終了し、
演技リハーサル・スタート。
リハと言えどもマロの場合、
つねに・・
ベスト・アクト+アルファを要求してくる。
その代わり、
リハ=本番= 一発OK で、
終了となるケースなんかもある。
「こんな顔スレスレに、
カメラを寄せられたら、
演技に集中できないじゃん!」
演じる側のストレスはハンパない。
ベテラン俳優でも怖気づくような接近戦だ。
汐は・・
窮屈きわまりない十字架に嵌めこまれたような状態で、
憤懣やるかたない気分のまま、集中し、アクトする。
しかし・・
さすがはプロ女優、
鮮やかな芝居をやってのけた。
「ふふん、
どんなもんだい。
ざまぁマロ!」
監督から「カット」の声がかかる。
ひょっとして一発OKかな?
と、半信安堵していると・・
「NG!」が出た。
汐の頭は\?マーク/であふれかえる。
「なんでだ?
演技はOKのはずだから、
技術的な問題が発生したかな?」
間を置かず、
スタイリストが真っ青な顔して、スッ飛んできた。
女優の髪の毛が一本逆立っていたのだ。
懸命にクシで梳かし、
ブラシで寝かせても髪の毛は言うことをきいてくれない。
妖怪アンテナみたく、ピン!と立ったままである。
オロオロしまくるスタイリスト。
つかつかとせっかちかな足音を立て、
やってきたマロ監督は、
「ヘアスプレーを取って来ます!」
という、
スタイリストの言葉を遮り、
汐の髪の毛を、
細長い人さし指にクルクル巻き付け、
ピッ!と引っこ抜いた。
瞬間、痛みで、
顔を歪めた女優に、
「礼は、
結構です!」と言い放ち、
クルっと背を向け、
強引にスタイリストの腕を引き、
「シュート!GO!」
撮影をスタートさせ、
カメラの画角からスピーディーに消え去った。
「ク━━━━━ッ!
あのヤロー!
女の命たる髪の毛を
引っこ抜きやがって!
ク━━━━━ッ!ク━━━━━ッ!ク━━━━━ッ!」
怒り心頭、
溶岩グツグツ、
ルース台風級のヘクトパスカル!
怒りの爆発力を、
女優の性でもって強引にベクトル転換、
演技へと転化させ、
圧倒的な表現力で┃OK!┃を勝ち取った。
「エクセレント!」
マロ監督は珍しく絶賛した。
このエピソードにはオマケがあり・・
女優の髪の毛は、
即日ネットオークションに、
(引っこ抜きの決定的瞬間を収めた)
粒子のひどく粗い画像付きで出品され、
なんと・・五万円の値で落札された。
出品者の犯人捜しは、
聖林プロ主導で念入りに行われたものの、
(容疑者はスタッフ若干名に絞られた)
結局、うやむやのまま終わってしまった。
この一件は・・
汐の、
南禅寺監督に対する不信感を、
より強固に塗り固めた。
<戦団もの>に乗り気でなかった、
拒絶感をも鮮烈に甦らせた。
そして・・
後日・・
セットの組んである
(クツ踏み事件のいわくつき)
別スタジオにて、
前回、中断した撮影を再開することになった。
フェノメノンの正体を見きわめようと、
骨董椅子に腰かけたイエロー汐が、
不穏な物音で振り返り、
異界生物モルグと遭遇。
(本編では)ブーン♪という痺れる効果音と共に
颯爽と【レーザー光剣】を振りかざし、
応戦体勢を取る凸イエロー。
敵にフェイント・トラップをかけられ、
不覚にもモルグの吐き出した、
未知の液体を浴びてしまう・・
・・バトル・シーン序曲。
今回の撮影は、
完遂させたいので・・
助監督まかせにせずに、
南禅寺みずから段取り説明を、
丁寧な口調で女優に行った。
◇液体はまったく無害であること。
とはいえ、
顔にかかる懸念がゼロとは言えない・・
◇スティディカム撮影をするので、
不自然にならないていどの、
動きを絡めた派手なリアクトをして欲しい。
※スティディカムとは・・
振動吸収装置付きカメラで、
激しい移動撮影をしても画面ブレしない。
◇もし、不安であればボディダブル (代役)の用意あり。
マロ監督は、
本番さながら、張りつめた空気を作り出し・・
件のシーンを(汐を模造した)人形を使って、
リハーサル&レクチャーを開始。
━モルグから吐き出された未知の液体を浴びる・・汐人形。
(助監督が操演する)人形はオーバーアクト気味に動き回り、
それをスティディカムで機動力豊かに前後左右から撮影する ━
チェアに腰かけた汐は、
改めて・・
撮済み映像をタブレットで確認する。
女優の頭は高速回転、
動きを伴った、
斬新なリアクト演技プランが、
パタパタ組み立てられてゆく。
南禅寺は、
女優を包含する微細な変化を・・
空気のざわめきを、
そして温度を、
さらに奇妙な色彩を、
・・犀利眼でキャッチした。
のぞき込むように、
汐の返答を待っている監督。
彼に視線を向けずに・・
(目を合わせたら嫌悪感が噴出してしまう!)
「代役は不必要。
私流でやれると思います」
・・確信をもってこたえた。
南禅寺は黙ってうなずいた。




