コミニュケーション|伝心
◆凸ピンク/桃のケース◆
ピンクレンジャーの役名は桃(もも〉なので、
撮影所では「モモ」という愛称で呼ばれていた。
日本の治安を守るため、
世界規模の(警察組織とは異なる)、
特殊ORG日本支部に所属する
精鋭隊員凸レンジャー/ピンクは、
非常に大人びたルックスにもかかわらず、
意外や意外、
妹キャラなのであった。
・・役柄ではなく本人の話だ。
当初の設定では自立した女性であった。
けれども、二歳も年長のくせして、
金魚の何とかみたいに、
凸イエロー(汐)のあとに、くっついてばかりいた。
最初のころは警戒し、
(SNS投稿のためのネタ集めが目的なんでは?)と、
距離を置いていた汐も、
モモ当人と接するにつれ、
ピュアで嫌味のないパーソンだと理解した。
外見との落差も面白く、
なんといっても、
18歳アイドルの心性にフィットしてくる、
(歯車がピタっと合う)
近縁シグナルを感得したのだ。
二話目収録 半ばには、
控室であるところの、
キャンピングカーへ(一定時間内)出入りすることを許可した。
そのときの喜びようときたら、まるで、子供みたいだった。
モモは地声がまた可愛らしく、
(緊張すると、
どーゆーわけか、
大人声に変わる玉虫スペック)
ルックスとの落差をもう一段深く感じた。
キャンピング控室で、
七尾マネの淹れてくれたコーヒーを、
さし向かいで飲んだ時に、
モモから発せられた質問がふるってる。
「汐さんて、
オナラするんですか?」
コーヒーを 「プーっ!」と吹いた汐レンジャーは、
ハンカチで顔を拭ったあと・・
「まあ、三年に一回ぐらいはネ」
何食わぬ顔で応えた。
南禅寺監督は、
ふたりの関係を注意深く観察。
脚本家と相談した上、キャラ設定を変えさせた。
プロデューサーも理解を示してくれた。
結果、
イエロー汐は姉御キャラに変更。
ヴィジュアルとしても、
長身・アスリート体形・おすまし顔の大人びた妹(モモ〉と、
スリムで華奢な姉御(汐〉という対比はユニークだし、
ストーリーとしても、
幅と意外性を齎すものだった。
脚本のウイングは広がった。
南禅寺監督は、
凸ピンクの演技指導には、
他レンジャーとは差別化、細心の注意を払った。
何回NGを出しても辛抱強く耐え、待った。
ピンクの緊張を解こうと、
「よーい、シュート!」を発した直後、
カメラの横で変顔を連発してみせた。
虚を突かれたオペレーターは、
南禅寺の顔をまじまじ見つめ、撮影NGを出してしまった。
「バカもん!
注意を向ける方向が違うだろう!」
監督から大目玉を喰らった。
NG25連発を数えると、現場は焦燥感を濃くした。
緊張ベクトルがとぐろを巻き出した。
しかし・・南禅寺は動じなかった。
日本支部内にて、
モダーンな楕円テーブルを囲み、
腰かけ姿勢でレッドやブルーと日常会話をかわす、
なんの変哲もないシーンの撮影に、
かれこれ四時間近くもかかっており・・
ピンクは無難に演じてはいたけれど、
監督は気に入らない。
望んだイメージに到達してこない!
南禅寺はカメラをストップさせ、
オペレーターに耳打ちすると、
早足に演者の方へ近づいていく。
レッド、ブルー、ピンクの顔色が変わり、
緊張は極限に達した。
レッドはビンタに備えて歯を食いしばり、
ブルーはガッチガチに巻いたコルセットの上から腰をさすり、
ピンクはコンクリートのように白く堅くなった。
三つ揃いをパリッと着こなした南禅寺は、
立ち止まると、
金縛り状態の三人を見回し、
珍しくスマイルを浮かべた。
深呼吸するように と、演者たちへ 優しく指示する。
指示に したがい深呼吸をする三名。
監督は演者たちをゆるやかに見回してゆく。
笑顔を浮かべたまま、
ポケットからアイフォンを取り出し操作。
テーブル上に置くと、
レンジャーたちの視線を捕獲した。
スマホから・・
キャッチ―なイントロ♪に続き、
『帰って来たヨッパライ』が流れ出した。
日本のコミックソング史に残る 出色曲 である。
唄に合わせて南禅寺は
ふだんの鎧をすべて脱ぎ捨て、
端正な顔を、思いっきり崩したおし、
両手人さし指をダイナミックに上げたり下げたりして、
けったい極まるパントマイムを繰り出した。
そこには常態化した、
スタイリッシュで怖い監督の姿はみじんもなく、
スコーンとカッ飛んだあんちゃんの、
熱を帯びた宴会芸があるのみ。
間然とするところのないサウンド、
ユニークすぎる歌詞、
早回しテープを駆使したヴォーカルに共鳴するよう・・
メーターを振り切る監督のパフォーマンス。
(南禅寺は大学時代パントマイムを学んでおり、
一応基礎は踏んでいた)
白日夢のような光景に、
呆気に取られていたレンジャー’Sも、
変マイムと曲の波状攻撃に呑み込まれ、
緊張感は砕け散り、
笑いの間欠泉をぶちまけた。
ほとんど痴呆と化した南禅寺の熱演に、
笑いに笑った。
それはスタッフにも高速伝播し、
哄笑最上級にまで到達した。
南禅寺パワーは、重だるい空気を一掃。
・・こうなれば占めたモノ。
小休憩を取り、
メイクを直したレンジャー’Sに向かって、
穏やかな声で
・・「よーい、シュート!」
ピンクの緊張は消え去り、
そこへ素敵な笑みが上書きされ、
平常心にアルファ波のプラスされた、
好もしいマインド状態に たどり着いた。
監督の狙い通り、
演者三名の会話は、
なめらかに運び、
ピンクのヴォイスは、
(余所行きの大人声から)
可愛らしい地声に位相を変えていた。
オペレーターはカメラを回しながら、
ラブリーな落差に、ため息をついた。
タブレットで撮済み映像を確認した南禅寺は、
得心顔で大きくうなずいた。
「ピンクレンジャーは、意外な人気を博すかもしれんな。
コントラスト〈ルックスと声〉にオリジナル要素がみられる。
まんべんない平均点より、抜きん出ている一点。
・・ポップな個性とはそういうものだ」




