夏のスペシャルウイーク/その2
汐は・・
ゆず季と話をするうちに、
(ときとして発動される)
・・「先天性共感力」が増幅されてゆき、
他人事でない不安に捕われていった。
「えーっ!?
『ハリウッド大通り』は、
十月丸々ひと月公演の予定だったのに、
なんで九月後半の二週間に短縮されたわけ?」
「それがさ、
大手事務所が強引に割りこんできて、
はじき出されちゃったんだ。
なんせ、うちら、弱小個人事務所だし、
バックアップ・スポンサーは零細企業連合、
協賛はアニメ系雑誌のみ・・
(一応、声優としての需要はあるんでね)。
プラス面と言えば、
新進のやり手プロモーターとタッグを組めたこと。
彼の尽力もあり、
資金はクラウドファンディングで八割以上集められた。
足りない資金の調達も請け負ってくれてるし、
伝手をたどり、
<妖刀>とかつて称された、
舞台演出家を見つけ出し、くどき落としてもくれた。
ただし・・妖刀さん・・過去に麻薬所持で逮捕され、
以後、演劇界から追放されたいわく付きの人物なんだ。
現時点で、
演出家の腕前を判断する術はない。
霊感重視の特異な指導で、おまけに癇癪持ちとくる。
よりどころは、
土台となる脚本につきる、
ハリウッド映画のクラッシックだからピカイチの完成度。
名作の翻案だもの、
(誰が演じても)それなりの舞台にはなる」
「腹立つなァ・・
はじき出されたうえ、公演短縮だなんて。
初耳づくしよ!
偉そうに言うようだけど・・
上演作品のパブリシティー・・薄すぎやしないかな?
知りもしない舞台劇に観客は足を運ばないよ!
まずは、内容を浸透させなくちゃ。
マネージャーや宣伝担当は、なにしてるわけ」
「うちの旦那が兼務してるんだけど
いま・・発熱した子どもに付きっきりなんだワ」
「なんだワ・・って!
大事な初主演舞台を前にして・・
で、肝心のチケットの売れ行きは、どうなのさ?」
「捌け具合は・・七割弱くらいかな
(うちみたいな者にもコアなファンっているのよ)。
チラシ撒いて、
関係者による口コミや、SNSを使っての発信。
あとは、ネット・マガジンなんかに載っけてもらってる。
もち、アニメ誌による頼もしいバックアップもあり。
プラス・・ラジオで宣伝すれば、上乗せもできるでしょう。
持つべきものは、人気DJの汐坊ってわけ。
だから、以前 直電したんだ」
「そんなことは、お安い御用よ。
オンエアタイムは(一曲サンドで)30分しかないから、
リスナーに伝えるべき要点を整理をしておこうか・・」
汐は、スマホのメモ機能を使い、
矢継ぎ早に質問を浴びせ、
詳細なデータを作成していく。
「V・C のお芝居は
なんでもないんだけれど、
素のトークは苦手なんだワ・・うち。
おまかせしまーす、リードよろしく」
━ ゲストコーナー開始! ━
乙骨Pのキューサインで、汐はカフを上げた。
案の定・・
台本なし、素のゆず季は、
本人の申告どおり、
要領を得た的確なトーク をこなせなかった。
舞台劇のパブリシティに来たのに、
押し黙ったまま、
ときおり強いブレスで一言・二言、挟むだけ。
乙骨Pのインカムから、
DJアイドルのイヤフォンへ
びしびしとキツイ指示が送られる。
(久々、耳をエグるおっかないPの怒声)
汐はゲストに対し、
無言ジェスチャーを駆使して、
「もっとしゃべって」とか、
「その話題、もっと掘り下げよう」
「視線を逸らさないで、こっち見なさい」
「黙りこむと放送事故になるだろうが!」
など、怖い顔してニラみつけたり、
ネコなで顔に敏変させ、勇気づけたりしながら、
気の利いた相づちフレーズを織り交ぜ、
間延びを未然に防いでいく。
しかし物事には おのずと限界あり・・
そろそろDJの燃料切れ近し。
汐は、
カラータイマーを点滅させ、
ハンドボールのG・Kみたいな
ド派手な(声無し)ジェスチャーを繰り出し、
強引にゲストを誘導しようと
汗を噴き、最終モードへ突入していった。
しかし・・
・・ゆず季は、
DJのそんな悪戦苦闘を斟酌することなく、
まったく焦りもせず、悪びれもせず、
自分のペースを保ち続けていた。
というより・・屹立したマインドの持主なのだ。
┃動かぬこと山のごとし┃
ゆず季の持つ重量級存在感は、
超達者な汐とは対極に位置していた。
SNSは、
けたたましく盛り上がっていた。
《DJアイドルの天敵降臨!》
《汐坊でもリードできないユッP様の貫禄!》
《放送事故待ってまっせー!》
《汐坊のあせり ↓ ユッPの余裕 ↑ 》
《ぶっ壊せ!番組をぶっ壊してくれ!》
乙骨Pは曲を飛ばし、急きょCMを入れた。
DJは、ゆず季をガン見した。
「ゴメン!
マイクを前に、
役の仮面を脱ぎ捨てた、
素のトークはホント苦手なんだ」
ゲストは申し訳なさそうな顔で、手を合わせる。
ゆず季に他意のないことを確認した汐は、
ブースを飛び出し、
刺々した乙骨・海栗・Pに直談判した。
話を聞き終えたPのサングラス越しから、
驚愕光線が放たれた。
DJアイドルは、
スタジオの時計を指さし 毅然と煽る。
「このヤロー!
心臓に悪い提案しやがって。
むむ・・一丁やってみるか。
ヤバそうだったら、
即行CM入り!
ゲストコーナーはカット。
次いで『ラジオドラマ/前編』のさわりを流すゾ。
いいな!」
鋭利な早口で乙骨P。
「OK!」
汐はクルっと背を向け、
一目散にブースへ駆け込んだ。
ディレクターは、
Pから指示が出る以前に、
頭脳をフル回転させて、
ラジオドラマ/前編から、
(Xの反響を参考に)
目玉部分をセレクトしていた。




