サユリ´S フェイバリット
アルバイト三刀流を日々縫うようにこなし、
ワンルームのアパートへ帰り着くと、
晩ご飯やお風呂をすませたのち、
パソコンデスクの前に身を沈め、
深呼吸をして、気合いを入れる。
南平とのLINE♡をグッとこらえ、
YouTube&配信ドラマ&映画、ゲーム、SNS、
お酒のフワッと酔い(得も言われぬ離人感)など、
娯楽および休息ならび快楽への誘惑心を断ち切り、
三作目の〈長編〉ミステリー執筆にとりかかる、鈴木サユリ。
ちょっとした修行僧である。
夜の進行に比例するように、
集中の度合いは、しだいに嵩まってゆく。
真夜中の友は、ブラックコーヒー。
専心がほどけると、
ポットに入ったブレンドコーヒーを、
少量、口に含んでは自身を勇気づける。
文章ノリが出て、
上昇曲線を終え、
一段落した状態で飲むコーヒーは旨い、
けれども、
行き詰って中断したときのコーヒーは、なんとも苦い。
そういうときは・・スマホをON!
アイディアを綴った創作メモを呼び出し、
脳みそから汗が出るまで吟味する。
それでも気持ちが上向かないとき・・
決まって浮かぶのは┃才能┃というワードなのだ。
里見さんの言うように、
創作方面の才は薄いのかな?と真剣に考えてしまう。
探偵は、
「好きこそものの上手なれ・・は・・正しくない。
自分が上手にできるコト〈すなわち長所だ〉を好きになり、
努力を重ねていって、初めて上達する。
(スポーツ、数学力、芸術方面)
センス・才能は神の気まぐれのなせるワザ。
・・努力だけでは補いがたしさ」
メンタル低調のときに、
笹森 汐の演技を見ると、
なんというか・・劣等感を植えつけられる。
どーして、
苦もなく、
まるで呼吸をするように(としか見えない)、
視聴者を吸い寄せるようなアクトができるのか!?
不思議の感に打たれる。
私より年下なのに・・
18歳アイドルの演技は、
さながらヒラメキの仕掛け花火だ。
先日オンエアされたラジオドラマ
『1952年・夏/いただきマンモス』も、
彼女のアイディアを元に構築されたという。
・・悔しいけど、引き込まれてしまった。
・・笹森汐の持つキャッチーな旋律♪
対象を酔わせる右脳磁力が、
私の文章には欠けている。左脳優勢な情報伝達文でしかない。
・・プロとアマを隔てる視えない壁。
この手の才人が、
いざミステリー創作に没頭すると、
『白昼の悪魔(’41)』
『Yの悲劇(’32)』
『火刑法廷(’37)』
クラスの名作をモノにするのかもしれない・・
━『白昼~』で犯人を炙り出す着想は至芸といえるし、
『Yの~』におけるマンドリン(楽器)の使い方は、
憎らしいほど巧い、惚れ惚れしてしまう。
『火刑~』のアクロバット収斂は、もはや発明領域。 ━
次に出てくるワードは ┃それに引きかえ私は┃ なのだ。
いままでの人生で、コンプレックスを覚えたことは、
ほとんどない。
学校の成績はいつも上位だったし、
(特に理数系はお手のもの)
スポーツも、
(球技・器械体操・水泳など)
平均より下回ったことはない。
苦手科目というのは存在しなかった。
女性特有・・容姿に対する負い目もさほどなく。
まずまず見られるルックスだし、スタイルだって悪くない。
(主観と客観による総合判断にズレはなかった)
美は上を目指すとキリがない・・
そんな割り切りも潔く、
ないものねだり、
ムダな努力で遠回りすることもなかった。
━ 〇 ━
順風満帆ともいえる鈴木サユリを、
ミステリー執筆に向かわせることになったきっかけは・・
中学一年まで遡らなければならない。
スポーツより読書を好むタイプのサユリは、
中学校の図書室に入りびたっていた。
知的好奇心を満たすため、活字をむさぼるように読み、吸収していった。
図書室にはDVDコーナーが設けてあり、
受付で手続きをすると、個室ブースで視聴可能だった。
そこで出会ったのが・・
横溝正史原作/1977年の日本映画、
市川崑監督作品『悪魔の手毬唄』というミステリー映画である。
以降、ミステリージャンルに病膏肓まっしぐら、
現在にいたる。
━ 〇 ━
サユリは、日付変更線をまたいだところで、執筆を中断。
大きな伸びをしてから、
原点に返るべく、
DVDコレクションからフェイバリットを抜き出し、
『悪魔の手毬唄』をパソコンで再生する。
いままで何回見たことか・・
旧友に再会するような気分で画面に向かう。
石坂浩二の金田一耕助は嵌り役だし、
警部役の若山富三郎がまた素晴らしい、
名人芸といえる演技をみせてくれる。
舞台となる温泉宿<亀の湯>の、
いかにも薬効高そうな温泉の色あいもたまらない。
湯につかっているような心持ちになってくる映像なのだ。
━ 物語 ━
磯川警部(若山)が金田一(石坂)を、
岡山の鄙びた旅館へ呼び寄せ、
再会したところから、映画はスタートする。
現職の警部が探偵を雇うというユニークなつかみ。
かつて・・
この旅館<亀の湯>で殺人事件が発生。
被害者は、
旅館の女将の亭主・青池源治郎。
源次郎は、
「離れの間」で詐欺師・恩田と格闘となり、
頭を薪で強打され、
あげく囲炉裏で顔面を焼かれ、
判別がつかない状態で発見された。
事件は恩田による殺人で落着をみた。
しかし・・
事件以降、杳としてつかめない恩田の足取り。
磯川警部は、ひょっとしたら、
被害者と加害者がアベコベではないかと睨み、
長年こつこつ調査してきた。
その事件調べの総決算を金田一に依頼する。
警部の着眼が正しいと非常にマズイことになる。
旅館の女将リカは被害者の妻から一転、
加害者の未亡人になってしまう。
警部はリカ女将に仄かな恋心を抱いている。
そんな折り、
新たな、連続殺人事件の幕が切って落される。
さて、物語は、いかなる展開と着地をみせるのか。
サユリは初見のとき、
映画の離れ業的着地に、度肝を抜かれた。
啓かれたという言葉がぴったりきた。
大げさでなく、小悟といえた。
・・中坊少女をミステリーの虜にしたのだから。
以来、繰り返し鑑賞してきた。
はたちを過ぎた、現在の視点で見れば、
「犯行動機」や「見立て殺人」の粗など目に入るけれど、
やはり・・見事な達成だと思う。
トリック・プロット〈骨組み〉の上に構築された、
演技陣〈肉付け〉と演出は文句なし。
音楽までイイんだな、コレが。
ラストシーンの素晴らしさよ!
こういう作品を書いてみたい。
自身を奮いたたせ、
サユリはふたたび執筆にとりかかるのだった。




