「ケン・ユミ」パック
物理的にも心理的にも暗い、
ラジオブースに入った 汐 は、
二人の正面に腰かけ、
松な笑顔をコンビへ向けた。
(竹も梅も自在にあやつれる)
疲弊の激しいサウンドステッカーは、
ゾンビのようなスマイルを浮かべた。
「お二方、
すこし、復習ってみませんか?」
提案した汐は、コンビの視線を引きつけた。
そうして結びつけると、
深呼吸をひとつして、自分のセリフを発した。
すると・・笹森汐は消滅し、
コンビの目の前には・・
大道アスカ が現出した。
時代は・・70年代末。
売り出し中の アシDJ大道アスカ(汐)が、
サウンドステッカーの演じる大人気DJコンビによる
深夜の解放区 『ケン・ユミ』パックの
ゲストに招かれて、
緊張しきり・・そんな場面である。
現実とは真逆のシチュエーションといえる。
※『ケン・ユミ』パックとは、
実在のDJ男女〈共に声優である〉による伝説のラジオ番組 。
汐のなりきり演技の揺るぎなさは、
渇いたサウンドステッカーに、
潤いを与え、蘇生をうながした。
瘦身の男性と、
ふくよかな相方女性の目に光が差す。
演出家 の合図で、ライトが全灯された。
静かにカメラが回り始める。
コンビの男性は、副調整室へ、
こまめに視線をやるしぐさをしてみせ、
神経質そうなケンちゃんの感じを醸しつつ、
トークを開始・・(嬉しくなるほど似ている)。
緊張しまくっているゲスト(汐)に向かって。
「アスカちゃん、あがらない、あがらない、
たかがラジオでござんしょう。
送りっぱなしの消えもの媒体。
コイシツな演出家もいない、気楽なもんよ。
アイドル様じゃあるまいし、気取っちゃダメ。
きみなんか、しょせんは、
おでんの屋台引きの娘なんだからさあ」
(アドリブ、ぶっこみ来た!)
寄り目リアクションする汐(ズームで切り取る2カメ)。
すかさずユミちゃん、「ウフフフフフフフ。
おでん屋さんじゃなく、
乾物屋さん(ドラマ設定上では)のお嬢さんだワよね
もーう、ケンちゃんたらゲストの資料を無視して、
マンガばっかり読んでるんだから」
本家の大仏さま的安定感が再現されている(絶妙)。
「(恐縮して)
うちの店先では、おでんも販売してますから。
ハンペンひとつ二十円です。
カラシもお味噌もつけられます」
おぼこい雰囲気を前面に出す、汐。
「ギャーハハハハハハハハハハハハハハハ。
こいつはいい。
ちなみに、ちくわぶは、おいくらかしら?」
とケンちゃん。
「十五円です。
あのー、言い忘れましたけど、
お味噌は二度漬け禁止です」
デスクをバンバン叩いて、
おおげさに、のけ反り、
キャスター椅子を左右に派手に滑らせ、
大喜びするケンちゃん。
ほとんど躁病患者である。
「きみには引き続き、
〈お題 戴 き〉のコーナーもやってもらおうかな」
「そうよね」とユミちゃん。
「ぜひ次代をになうアスカちゃんに協力してほしいワ」
「ええー?いいんですか、
あの人気コーナーに私なんかが・・」身を乗り出す。
「もちろんでゲス」と薄い胸をたたくケンちゃん。
「それではCM」落ち着いた声でユミちゃん。
CM明け。
難物・・
〈お題 戴 き〉のコーナーである。
汐はこの時のために、
本家〈ケン・ユミ〉パック、
70年代の音源を動画サイトで予習しておいた。
コンビのやり取りは、
阿吽の呼吸が生命線である。
ケンちゃん節 といわれる
独自の手紙の読み語りもさることながら、
ユミちゃんの 合いの手 が 管制塔 の役目を果たしていた。
リスナー(桶屋 四吉)からの ぶ厚い手紙を、
ユミちゃんから受け取るアスカ。
彼女は、
おぼこ娘からDJ大道アスカに変身を遂げる。
リスナーの投稿を、
落語調で演じ分けて 読みあげた。
(落語は汐のマイブーム)
サウンドステッカーの二人は、
うまいこと擦り合わせをしてくれた。
コーナーのトライアングルが成功したかはともかく、
赤点は取らなかったはずだ・・(手応えアリ)。
「はい、カット!OK、ごくろうさん」
コイシツのパワフルな声。
同時にスタジオ中から拍手がわき起こった。
サウンドステッカーと汐は、
熱いハグを交わす(ユミちゃん役は泣き崩れた)。
コイシツの頭の中は、
目まぐるしく回転していた。
台本から 逸脱した部分を
どう編集処理するかが問題だゾ。
ケンちゃん役は、
本家に比べると明らかにやりすぎだ。
(あの野郎、撮影の趣旨が
理解できていないんじゃないか?)
相方のアドリブに
吹き出してしまいそうになるのを、
ブルブル震えながらこらえて、
進行させたユミちゃん役は 及第点。
汐坊の おぼこ演技 は台本にはない、
お笑いコンビへの 脊椎反射、
即興的にデフォルメしたものだ。
しかし、三人のケミカルは、なんというか、
困ったことに、
台本や演出の意図を超えて、
面白いンである。
アドリブには、
まぎれもなく、生命が 宿っていた。
役者間の 化学反応 ってのは、
計算できないからこそエキサイティングなのだ。
産まれ出た鮮度は なにものにも 代えがたい。
丸ごと生かすべきだろう。