続・四刀流
南平とLINE♡をしていると、
事務所の扉を開錠する音がした。
時刻は22時を回っていた。
所長のご帰還である。
里見 恭平だ。
「おかえりなさい」
ソファーから立ち上がるサユリ。
「ただいま。
どうしたんだね、こんな時間まで?」
コンビニ袋を提げた、
作業服姿の彼は、
汗とホコリにまみれ、うす汚れていた。
洗面所へ入り、ゴシゴシ顔を洗う。
「今回の仕事は 手ごわい。
なかなか骨が折れるし、疲れもする。
きょうも空振りだった・・」
着替えを済ませた里見はデスクの向こうに回ると、
疲労息を「ふーっ」と吐いて、腰かけ、
コンビニ袋をガサゴソさせる。
「シャワーを浴びて来てくださいよ。
汗くさくてしょうがないじゃないですか」
「サユリくんこそ、
帰宅したらどうかね。もう夜も遅いし」
「お話があるので
お待ちしていました。
コレは貸しときます」
と、バイト嬢は言い、
百円玉二枚をデスクに置いた。
屋上に設置されたコインシャワー
(一回/8分/百円)で
汗を流してこいという
婉曲ダイレクトなサユリ伝心だ。
事務所内にシャワー設備はない。
・・逡巡した里見は、
コインを握り、
お風呂セットを持ち、屋上へ向かった。
湯気を浮かべて戻ると、
デスク上には調理された夕飯が乗っていた。
ウレしくなるような家庭料理である。
肉・野菜・魚とバランスも申しぶんナシ。
副菜ペアに、
大根おろし&ホウレン草のお浸し ときたもんだ!
・・黙礼サンクス。
サユリが注いでくれた冷えたビールをのみ、
ガツガツたべ進める。
「失礼するよ」と断りを入れ、
食後の一服タイム。
オレンジブラウンの箱~紙巻エコーを、
私服のポケットから引きぬいた。
サユリは・・
ジャスト・タイミングで・・
昼間 買い求めた刻みタバコと、
(人格転移したように)使い込んだパイプを差しだす。
渇望していたモノを見るように、
しばし 凝視する所長。
「いや、かたじけない!」
両手を合わせ一礼後、
手慣れたようすで、
パイプをあつかい、
いくぶん せっかちモードで、
刻みを詰めはじめた。
上機嫌でプカプカと煙を吐き出す里見所長。
「今日、家賃保証会社の梵さんから
督促電話が入りましたよ。
期日までに必ず支払ってほしい旨、
懇々と」
里見の顔が渋いものへとモーフィング。
「あの担当は本当にしつこい。
泣き落としをまじえて、
平気で一時間以上ねばるからね。
大変だったろう?」
「なんなく(いや違った)
なんとか、こなしときました。
帳簿を見る限り、
部屋代をねん出するのは困難ですね。
なにか手立てはあるんですか?
BMWを担保にしたマイカー・ローンの借り入れも、
限度額に達してます。
万事休すじゃないですか。
私のお給料も二か月ストップしてるし」
「ゴホ!ゴホ!
今の仕事しだいだな。
片づけば、まとまった報酬がはいる」
「行方不明のペットを探すことが、
敏腕探偵の仕事なんですかねぇ?
労多くして、実少なし。
毎日朝早く、夜は遅い。
似合わない土木作業員みたいな恰好で、
汗埃にまみれ。
部屋代や光熱費にも事欠くありさま。
もっと実益本位で仕事を取らないと、
警察関係の伝手を利用するとか。
このままじゃ、ジリ貧ですよ。
情ない・・
ダンディーな里見探偵の
なれの果てをこの目で見ようとは・・」
「なれの果て、とは随分な矢を射る。
歌にもあるじゃないか、
<そのうち、なんとかなるだろう♪>
軽快に、口ずさんでみせた。
ところで・・
南平くんとの遠距離恋愛は順調かね?」
「ええ、なんとなくイイ感じで推移してます。
強い意志で関係をキープしているワケではないのに・・
(少なくとも私に関しては)
・・つまるところ相性ですかね」
「うむ。
人間関係とその維持は、
努力の範疇を越えている部分が間々ある。
話は変わるが・・
サユリくん、預かりものを返却しとく」
デスクの引き出しを開き、
ダブルクリップで止められたA4用紙の束を、
机上へバサッと置いた。
サユリが執筆した二作目のミステリー原稿は、
マーカーの赤で埋まり、
付箋には細かい注意書きがされていた。
「作家志望は断念して、薬剤師を専業にすることだ。
三足のワラジを履いてまで書く必要性を認めない。
きみの能力は現実適応型。その範疇では優秀。
実務をこなすのに適しているタイプといえる。
機転も利くし、カンもいい。
ただし、想像力方面には、正直、疑問符が付く。
四刀流は、かのメジャーリーガーでも、不可能ごと。
ぼくの警察時代の話をしよう・・
同僚が、ミステリーを書いた。
入選を果たした。しかし、すぐに行き詰った。
次回作は話題にもならず、三作目で絶筆。
いまでは警備員をしている。
きみは、彼のレベルにも達していない。
センスばかりは如何ともしがたい・・
人生は長くないのだよ」
サユリはメガネの奥の目をキッ!とさせ、
言葉を押し出した。
「言いわけはしません。
新作は、戦略をもって臨むつもりです。
なんだろう・・
不確かな自信しかないのに、奇妙に寄り添う幸福感。
背中を押すジグザグな力。突き上げてくるなにか。
20代 ━ 今の時期にしか訪れないであろうエナジー。
この感じを大切にしたい。
新作の中に焼き付けてみたいんです。
私の存在証明にもなるでしょう?
完成したら、また添削してください。
今度だめならキッパリ諦めますから」
真摯なサユリの表情、
そして決意表明であった。
家賃保証会社以上の押し問答を覚悟していたので、
別方向へ拍子抜けした。
未来を約束されたパスポートを所持する者は、
叶いがたい夢を、
早くに捨て去ることだと・・思うのだが。
里見はうなずいてみせ、
「よし、引き受けた。
つつしんで、
精読させてもらうよ」
と言って幕を引いた。




