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哉カナⅡ/18歳  作者: カレーライスと福神漬
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続・四刀流

南平とLINE♡をしていると、

事務所の扉を開錠かいじょうする音がした。

時刻は22時を回っていた。

所長しょちょうのご帰還である。


里見さとみ 恭平きょうへいだ。


「おかえりなさい」

ソファーから立ち上がるサユリ。


「ただいま。

どうしたんだね、こんな時間まで?」


コンビニ袋をげた、

作業服姿の彼は、

汗とホコリにまみれ、うすよごれていた。

洗面所へ入り、ゴシゴシ顔を洗う。


「今回の仕事は 手ごわい。

なかなか骨が折れるし、疲れもする。

きょうも空振りだった・・」


着替えを済ませた里見はデスクの向こうに回ると、

疲労息を「ふーっ」と吐いて、腰かけ、

コンビニ袋をガサゴソさせる。


「シャワーをびて来てくださいよ。

汗くさくてしょうがないじゃないですか」


「サユリくんこそ、

帰宅したらどうかね。もう夜も遅いし」


「お話があるので

お待ちしていました。

コレはしときます」

と、バイト嬢は言い、

百円玉二枚をデスクに置いた。


屋上に設置されたコインシャワー

(一回/8分/百円)で

汗を流してこいという

婉曲えんきょくダイレクトなサユリ伝心でんしんだ。

事務所内にシャワー設備はない。

・・逡巡しゅんじゅんした里見は、

コインを握り、

お風呂(バス)セットを持ち、屋上へ向かった。


湯気ゆげを浮かべて戻ると、

デスク上には調理された夕飯が乗っていた。

ウレしくなるような家庭料理である。

肉・野菜・魚とバランスも申しぶんナシ。

副菜ふくさいペアに、

大根おろし&ホウレン草のおひたし ときたもんだ!

・・黙礼もくれいサンクス。


サユリが注いでくれた冷えたビールをのみ、

ガツガツたべ進める。


「失礼するよ」とことわりを入れ、

食後の一服タイム。

オレンジブラウンの箱~紙巻エコーを、

私服のポケットから引きぬいた。

サユリは・・

ジャスト・タイミングで・・

昼間 買い求めたきざみタバコと、

(人格転移したように)使い込んだパイプを差しだす。

渇望かつぼうしていたモノを見るように、

しばし 凝視ぎょうしする所長。

「いや、かたじけない!」

両手を合わせ一礼(いちれい)後、

手慣てなれたようすで、

パイプをあつかい、

いくぶん せっかちモードで、

きざみをめはじめた。


上機嫌じょうきげんでプカプカと煙を吐き出す里見所長。


「今日、家賃保証会社の梵さんから

督促とくそく電話が入りましたよ。

期日までに必ず支払ってほしいむね

懇々(こんこん)と」


里見の顔が渋いものへとモーフィング。

「あの担当は本当にしつこい。

泣き落としをまじえて、

平気で一時間以上ねばるからね。

大変だったろう?」


「なんなく(いや違った)

なんとか、こなしときました。

帳簿を見る限り、

部屋代をねん出するのは困難ですね。

なにか手立てはあるんですか?

BMWを担保にしたマイカー・ローンの借り入れも、

限度額に達してます。

万事休すじゃないですか。

私のお給料も二か月ストップしてるし」


「ゴホ!ゴホ!

今の仕事しだいだな。

片づけば、まとまった報酬ほうしゅうがはいる」


「行方不明のペットを探すことが、

敏腕びんわん探偵の仕事なんですかねぇ?

ろう多くして、じつ少なし。

毎日朝早く、夜は遅い。

似合わない土木作業員みたいな恰好かっこうで、

(ホコリ)にまみれ。

部屋代や光熱費にも事欠ことかくありさま。

もっと実益じつえき本位で仕事を取らないと、

警察関係の伝手つてを利用するとか。

このままじゃ、ジリ貧ですよ。

なさけない・・

ダンディーな里見探偵の

なれのてをこの目で見ようとは・・」


「なれの果て、とは随分ずいぶんな矢をる。

歌にもあるじゃないか、

<そのうち、なんとかなるだろう♪>

軽快に、口ずさんでみせた。

ところで・・

南平なんぺいくんとの遠距離恋愛は順調かね?」


「ええ、なんとなくイイ感じで推移すいいしてます。

強い意志で関係をキープしているワケではないのに・・

(少なくとも私に関しては)

・・つまるところ相性あいしょうですかね」


「うむ。

人間関係とその維持いじは、

努力の範疇はんちゅうを越えている部分が間々(まま)ある。

話は変わるが・・

サユリくん、あずかりものを返却しとく」

デスクの引き出しを開き、

ダブルクリップで止められたA4用紙の束を、

机上へバサッと置いた。

サユリが執筆した二作目のミステリー原稿は、

マーカーの赤で埋まり、

付箋ふせんには細かい注意書きがされていた。


「作家志望は断念だんねんして、薬剤師を専業にすることだ。

三足のワラジをいてまで書く必要性を認めない。

きみの能力は現実適応型。その範疇はんちゅうでは優秀。

実務じつむをこなすのに適しているタイプといえる。

機転きてんくし、カン(・・)もいい。

ただし、想像力方面には、正直、疑問符が付く。

四刀流は、かのメジャーリーガーでも、不可能ごと。

ぼくの警察時代の話をしよう・・

同僚が、ミステリーを書いた。

入選を果たした。しかし、すぐに行きづまった。

次回作は話題にもならず、三作目で絶筆ぜっぴつ

いまでは警備員をしている。

きみは、彼のレベルにも達していない。

センスばかりは如何いかんともしがたい・・

人生は長くないのだよ」


サユリはメガネの奥の目をキッ!とさせ、

言葉を押し出した。

「言いわけはしません。

新作は、戦略せんりゃくをもってのぞむつもりです。

なんだろう・・

不確かな自信しかないのに、奇妙に寄りう幸福感。

背中を押すジグザグなちから。突き上げてくるなにか(・・・)

20代 ━ 今の時期にしか訪れないであろうエナジー(感覚)

この感じを大切にしたい。

新作の中に焼き付けてみたいんです。

私の存在証明にもなるでしょう?

完成したら、また添削てんさくしてください。

今度だめならキッパリあきらめますから」


真摯しんしなサユリの表情、

そして決意表明であった。

家賃保証会社以上の押し問答を覚悟していたので、

別方向へ拍子ひょうしけした。

未来を約束されたパスポートを所持する者は、

かないがたい夢を、

早くに捨て去ることだと・・思うのだが。


里見はうなずいてみせ、

「よし、引き受けた。

つつしんで、

精読せいどくさせてもらうよ」

と言って幕を引いた。



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