三番目の坂
垂直に バネをきかせ ピョーンと跳ねる。
糸を引くように宙へ浮きあがっていく。
ふだんは見ることのできない迫りあがり 風景。
<鳥だ!>
<飛行機だ!>
<空中クラゲだ!>
しかして その正体は・・
<スーパーマン!>
ではなく・・
<笹森 汐でした>
宙空に浮く清々しさ、解放感は、
「囲いなきエレベーター」を
過リアル幻視 したとたんに、
爽快気分を不安が駆逐。
重力安定を 気化させてしまった。
高所は怖いのに、
フッと引き込まれてしまう、あの感じの、
増幅・拡大・三途の川渡り。
「一直線の美的ポーズを
保持して着地するゾ!」
そんな心づもりとは裏腹に・・
恐怖の上昇気流に囚われ、
平常心を失い、
身体がグラつき、
バランスを崩し、
手入れの行き届いたショートヘア(黒髪)を、
ヘアバンド越しに、
きのこ状へと膨らませ、
ヒップから落下した。
青色レオタード姿の汐は・・
競技用トランポリンのベッドにて、
「ヒャー」とか「ちょっとちょっと」
「ヤだ!ヤだ!」「あら あら あら あら!」なる奇声をあげ・・
素人丸出し、
並レベル体幹者特有の、
(悪いなりに形の決まらない)
へっぽこバウンドを繰り返した。
その様子をタブレットで
動画撮影していた七尾マネージャーは、
「汐さん、ちょっとビビり過ぎ。
でも まあ 初心者はそんなもんデス」
某体育館(貸し切り)にて・・
ワンセッションを終えた若葉マーク嬢は、
トランポリンの上から、
ななちゃんが差し出した手を握りしめ、
おぼつかない足取りでケガ防止マットに無事着陸。
平地のもたらす安定感によって・・
しだいに、
平衡感覚を回復していく。
「陸地サイコー」「重力バンザイだ」
(そもそも希薄な 鳥憧憬 は棄てた)
タオルで汗をぬぐいながら、
タブレットで自身の動画を確認(ダメだこりゃ!)。
柔軟な身体をつくるための、
特製・強ビネガー入りドリンクで水分補給。
ゲホゲホと咽かえる汐。
「ななちゃん。
どーせアクション場面は、
スタントの担当なんでしょう。
シャカリキに鍛えあげるのは、
押しどころを間違えているように思う」
「なにを言ってるんですか!
プロのスタントの動きと、
汐さんの動きを、
最低ラインで一致させなければ、
場面の繋ぎなどできやしませんよ。
ピンと張ったロープと、
弛んだロープを直結できますか?
CGや編集でゴマかせるなんてのは幻想です!
他のメンツは全員・・
(演技面はともかく)
体技にかけては結構なレベルですから。
チーム内で、あなた一人だけ、浮いてしまいます。
視聴者の目を あなどっちゃいけません。
SNSで餌食にされますよ。
それでなくとも・・
汐さんは注目の的なんですから」
七尾の真っすぐな視線を屈折反射させ、
「うーん・・
ダンスもそうだけど、
身体を使うのは 今イチ苦手なんだな。
脳内信号がうまく伝わらないのよ・・
演技みたいには」
前向き汐の腰引け発言。
「オールマイティーの人間なんて存在しません。
効率のいい努力をすれば 支障なしデス」
「どのように?」
「私の動きをマネればいい。
汐さん・・物マネは得意じゃないですか。
それを全身へ行き渡らせるまでデス」
「?・?・?
もっと具体的なワードにしてくれる」
うなずいてみせた七尾マネは、
Tシャツ・ジーンズ・スニーカーを脱ぎ捨て、
サイケ模様の派手なレオタード姿に変身。
トランポリンに歩み寄るや、
Lサイズの身体をクルっと半転させ、
横向きジャンプで軽やかにトランポリンへ身を移し、
リズムを切らずに すっくと 立ち上がると、
ジャンピングゾーンまで跳ねながら移動した。
垂直跳び数回のウオームアップあと、
空中回転・バック宙・側転・180度開脚ポーズ
をキレイに決めてみせた。
「ホエーッ!
ななちゃん すごいじゃん。
アンビリーバボー!」
汐は文字どおり仰天した。
「小・中時代はバレエ(踊りのネ)部。
高校と大学は新体操部に所属してましたから。
リズム感と運動神経には若干の自信アリです」
七尾は、
トランポリンベッドでバウンドを操り、
ぴょんぴょん横移動。
気合いを込め ━ ワンジャンプ!
前方宙返りして地上マットへぶれずに着地。
胸を張り・両手を広げ・ポーズを決めた。
「お見事!」
ヒトは見かけによらないを地でいく、
二代目マネに、拍手を贈る汐。
七尾はタオルで汗をぬぐい、
自分用の強ビネガー入りドリンク500mlを
事も無げに飲み干した。
・・酸っぱそうな顔で見つめるDJアイドル。
「肝要なのはですねェ。
汐さんの場合・・
体を動かす際、
分解した外形から入るのでなく、
内面から入っていくべき。
あなたの持つ 共感能力(Empathy Capacity)、
トランス(trance)力、
そして 集中力(Concentration)は頭抜けており、
演技表現に 屈折することなく リンクしています。
アイドルなんてカテゴリーを逸脱した、
まさしく、芸術家レベルだと私個人は惟う。
ゆえに・・
基礎を無視して、
イマジネーションを信じ、
特殊ラインから核心に迫りましょう。
その方が手っ取り早い」
「つまり、
ななちゃん になりきって身体を動かす」
「ええ。
その前にまずは柔軟体操いってみよーう!」
ななちゃんは、
マネージャーから メンターにメタモルフォーゼ。
しかも、昭和成分含有の体育会系。
汐をエクササイズマットにいざない、
強ビネガー入り飲料を鬼形相で全飲みさせる。
続いて・・
未成熟な18歳の両脚を・・
160度まで限界開脚させた状態で、
閉じさせないよう 固定にかかる。
ななちゃんは、
肉付きの良い たおやかな両足を、
汐の後方から
カニばさみ状に絡ませ
自身の左右のかかとで
18歳の開脚扇ラインに楔を打つ。
(わかりにくければ、SMプレイを想像してください)
そのうえで、
両手に力を込め、
ためらうことなく、
DJアイドルの華奢な背中をガシッと押し込んだ。
・・さらにもう一押し。
ワンセット10回ノルマである!
「ウギャーッ!
痛い、苦しいー、グルじいーッ!」
「そうそう。
苦痛はガマンしないで吐き出す。
コレが大事。
そら もう一丁 ・出前一丁 ・ごまラー油! 」
「うキーッ!
ぎょエーッ!
あビて!ばブし!ボべた!」
ぺったらぽ!ぺったらぽ!」




