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哉カナⅡ/18歳  作者: カレーライスと福神漬
3/63

コイシツ

スタジオの重いドアが開く。

「ただいまより、大道おおみち アスカ役の、

笹森ささもり しおりさん、入ります!」

ADの声が響きわたった。


お笑いコンビの退室後から、

二時間四〇分ばかり 経過していた。

メイクを済ませた主演女優がスタジオ入りすると、

スタジオ内の空気は、一瞬だけ静止した。

胸をはり、ゆっくり歩き出し、集中を高めていく。


中央にデンと据えられた、

ラジオブースの精巧せいこうなセットに、

ちらっと目をくれる。

(ドラマでもっともお金のかかったセット)

ライトの落とされたブース内で、

肩を落とし 憔悴しょうすいしきっている

サウンドステッカーの姿がズームアップされた。


「あちゃー、

お笑いライブとドラマでは勝手が違ったかー!」


どんより沈んだ空気がスタジオ内に立ちこめていた。


演出家に近づいて一礼すると、

彼は、あいさつ抜きで開口一番。

しおり ぼう よ、

やっこさんたちは ×(ペケ) (両方の指を交差させて)だな。

木偶デクボウに違いない。

懇切こんせつ 丁寧ていねい に指導して、

47テイクやってもサッパリたましいが入らんのだ。

キャスティング部の責任問題だぞ、こりゃ」

小柄だがパワフルな彼は、

首を左右に数度ふった。


汐はこみ上げる笑いを必死でこらえた。

朝の連続ドラマ 『サスティーン』 は

四人の演出家でローテーションを組んでいる。

目の前の、井箟いのうさんは、

チーフ・ディレクターで一番エラい。

別名を コイシツ(しつこいの引っくり返し)

と呼ばれていた。

納得いくまで粘り強くテイクを重ねていく。

怒鳴ったりなど決してしない。

ふだんはラフな口調だが、

ダメ出しの時は、

おそろしく丁重ていちょうなトーンになる。

役者の弱点を正確に穿うがつような物言いを、

鋭くしてのける。

開いた傷口に塩を り込むように、

ヤリのような言葉を、論理的に順を追って、つらねる。

(役者には、これがツライ。いたたまれない。ぺしゃんこになる)

ほかの演出家は、

めったに日付変更線をまたがないのに、

30時上がりなどザラだ。

30時上がり ━ 6時入りなんて日もあった(いつ寝るのだ?)。

より良く、さらに良く、

といった不屈のメソッドをモットーとしている。

明確なミスでなくても、

感覚的にNGをだしてくるケースがある。

これが厄介やっかいなのだ。

汐も、トチった覚えはないのにもかかわらず、

13テイク喰らったことがあった。

ひらめき型の汐は5テイクを超えると

芝居が薄くなる傾向にあり、

欲ばり演出家の理解をえるまで議論の火花を散らした。

元舞台演出家の彼は、

てにをは(・・・・)から・アルファベット・

活舌かつぜつ口跡こうせき

自意識芝居(特に嫌った)に至るまですべてに厳格、

アドリブは禁止きんし

そのくせアドリブを求めてくることがある。

演技のタイミングをちょっとでもハズすと、

即座に「カット!」「リテイク!」と相成あいなる。

わけても (鉄は熱いうちに打て) 、

新人には容赦ようしゃなく指導する方針ときている。

ドラマの賞を(海外を含め)多数得ているので、

実績の威光いこうは凄まじかった。

その執拗しつようさ、厳しさから、

役者界隈(かいわい)では、恐れおののかれていた。

コイシツの顔なんか見たくないけれど、

彼のドラマには出たいというジレンマ。


懇切こんせつ丁寧ていねいな指導を受けた、

サウンドステッカーは沈没寸前だった。


今日は重要なエピソードの撮影だから、

演出ローテをくずして、チーフ参上さんじょうってわけデスか。

お笑いコンビには不幸なめぐり合わせというよりない。

コイシツはタイプこそ違え、

乙骨おっこつプロデューサーと

一脈(いちみゃく) 通ずるところがあり、

汐にとって、やりにくい演出家では、今はなかった。


井箟さん(コイシツ) は、

ヘルプサインを出していると、

汐は直覚ちょっかくした。

彼は、即興そっきょう 演出 嫌いで有名である。

残念だけど、

今回はそれが裏目に出てしまった・・のだろう。

たしかに、脚本じたい詳細しょうさいに書かれてはいる。

しかし、DJトークのドライブ感を、

セリフ書きするのは不可能に近いと思う。

汐には交渉を重ねて、

ようやくアドリブを認めさせた経緯けいいがあった。


では、なぜ、

準備も整わないこの状況で、汐が呼ばれたのか?

答えはシンプル・・

主役のお前がこの場をおさめろというコトである。

演出家コイシツは表立って、

自分のメソッドを変えたくなかったのだ。

プライドというやつだ。

実績を持つ大人はややこしい。


《完璧な人間はいない》

有名な映画のセリフが頭をよぎった。





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