ミッション・イン・ななちゃん
ビジネス・スーツを着用した、
二代目マネージャー「ななちゃん」こと七尾は、
キリリとした表情で、
社用のワンボックスカーを
スピード違反ギリギリで転がし、
午前7時過ぎに、
ドル箱タレントの住むタワー・マンション
2□□2号室を訪れた。
DJアイドルのルーティーンは、
熟知しているという 自負があった。
18歳の売れっ子は・・
ちょいと変わっており・・
仕事に全エネルギーを傾注するために、
規則正しい生活習慣を旨としていたのだ。
(遊びたい盛りの年頃なのに)
休暇も四日目。
仕事モードから脱し、
いま時分は・・
朝風呂を終え、
マーメイド・カフェの豆を挽き、
コーヒーブレイク☕の最中であろう。
朝方の汐は、
フル充電され、
健やかなオーラに溢れている。
・・狙い目はこの時間帯しかあるまい。
推測は、
憶測でしかなかった・・見事に空振った。
リアル恍惚夢から、
急転直下 現実に引き戻された汐は、
━「草!」━ と、
ひと言吐き捨て、
二度寝の中域に辿りついたばかり也。
ベッドから泥人形のように、
もそもそ起きあがり、
カメラに映った来客を、
朦朧とした意識で、モニター確認。
しんどそうにベッドから降りて、
パジャマの上に、
バラの蕾をあしらったガウンを羽織ると、
眠い目を擦り 擦り、
寝不足これ極まれりな顔で、
洗面所へ向かう。
次いで、鏡台の前に移動。
身だしなみを整え、
ガウンにしっかり袖を通し、
ドアロックとガードを解除して扉を開けた。
その間 ━ およそ20分。
早起きタイプの汐だが・・
昨晩は、
(ファンからプレゼントされた)
DVD映画『探偵物語』(1951)を見て 感電した。
マジック発生場面のいくつかを、
熱に浮かされたようにリピートしまくり、
ノン・スキップで、
繰り返すこと計三回(6時間超)、
見切ってしまった。
『ローマの休日』の監督は、
ハードボイルド・サスペンスにおいても手練れであった。
<90テイクス>の異名をとるマエストロが、
役者たちから卓越したアンサンブルを引き出し、
画面を生き生きと躍動させていた。
役者は(一人を除き)全員が素晴らしい。
主人公刑事のヴァイタリティー、その存在感、漲る精力。
対置する・・強盗役も、
想像力全開な役作りで十二分に拮抗していた。
シリアスでコミカルな 玉虫芝居、
両手の動きに工夫を凝らした優雅な所作、
音楽的なセリフ回し、
暴力を包蔵したハイパープレゼンスは、
ちょっと類がない。
とりわけ・・
女優(刑事の妻役)が見せた入魂の プレイ。
( その力量は、汐を初心者にリセットせしめた )
夫たる刑事への愛を放逐して、
心の扉に「永遠の鍵」を掛けるシーンでは、
映画の流れを乱すことなく(コレ重要)、
目いっぱい掘り下げられた所から紡ぎ出される、
━ 心・技・体・経験 ━ 女優の人生の結晶表現は、
誇張なしに 畢生の演技 といえる。
これほどの演技を 力こぶ の入ったアートではなく、
職業としてこなしている(ように見える)ところに、
当時のハリウッドのすごみを汐は感じてしまう。
令和の女優兼DJアイドルは
彼我の差を測量、
結果・・自分は、
メジャーリーグには ほど遠い と悟った。
「FA宣言は当分ムリだな、こりゃ・・」
70年以上前の映画とは信じがたい。
そのレヴェルに愕然とする。
原題を『Detective Story/刑事物語』という、
ほぼ分署内一室で展開されるモノクロ作品は、
そもそもがヒット舞台劇であり、
映画の主演をオファーされた男優が再上演権を獲得、
リハーサル代わりに舞台公演を行った後に、撮影に入ったらしい。
役者たちの管弦楽曲 ━ 強弱と息の合い方 ━は
監督の力量オンリーではない、
しっかりした根拠に基づいていたのだ。
ずいぶんと念の入ったことである。
(日本では まず ありえないだろう)
そういった背景を知ると・・
・・驚きが増し増しになる。
冒頭から、
どの場面も舞台臭さが感じられない、
映画になりきっているからだ。
映像のインパクトとは?
描写とは?
力強さとは?
なんなのかを深く考えさせられてしまう。
たとえば中盤で、
縦の構図を駆使・・
┃刑事三人を手前・中間・奥へと配置┃
・・順番に電話をかけ、切る。
ただ、それだけの場面が、
目眩く力を持つのだ!
そういえば・・
『ローマの休日』で新聞記者たちが、
狭い一室でポーカーをしている場面も、
(紫煙充満な密閉感)
さりげなく パンク していたっけ。
エンドマークが出るや(本日三度目である)、
ファン目線の汐は、ワレを忘れて拍手し続けた。
世界最高峰の技とパワーが、
二時間弱の画面に、みっしり詰まっていた。
興奮のあまり、なかなか寝つかれず、
眠りに就いたのは夜が明けてからという、しだい。
「ななちゃん。
貴重なオフタイムなのよ。
いったい、どういう風の吹きまわし?」
いささか険のある表情。
「汐さん、
外は無風デス。
予報では、きょうも真夏日だとか」
二代目マネージャーの変テコな返しに、
汐は ほんのちょっぴり顔を綻ばせ、
室内へ招じ入れた。
素敵にエアコンのきいたリビング内。
ソファーに座った七尾は、
差し出された高級タオルを丁重に辞退。
自身のショルダーバッグから、
スポーツタオルを引っぱり出し、粒汗をぬぐった。
DJアイドルが じきじきに給仕してくれた、
MUST飲料「冷えたレッドブル」と、
好物の「唐辛子せんべい」を前にしても、
まったく手を付けようとしない。
飲食している ななちゃん の表情が好きなので、
いささか拍子抜けした。
対面に座っている汐は、
黙して、
相手が用件(or要件)を切り出すのを待っていた。
いつもと ようすが明らかに異る。
吉報以外の公算・・高し。
ドル箱タレントは、
内面に少しだけバリアを張った。
七尾はシリアスな顔をこちらに向け、口を開いた。
「汐さん。
実は、新しい仕事のオファーが入ったんです。
左近さん直轄のプロジェクトになります」
汐はハッと身体を起こした。
ひょっとして 正夢!?
「も、も、もしかして舞台劇。
しかもミュージカル・・とかいう展開??」
「はぁ?」
キョトンとして、タレントを見る七尾。
まばたきを数回してから、
無言でタブレットを起動させた。
「寝起きのところをスミマセン。
重要案件なのです。
まずは、
こちらをご覧になって下さい」
懇願表情MAXで、二代目マネ。
「某深夜番組のパイロット版です。
25分弱ですから、一気見できます。
Q&Aは そのあとで。
私はコーヒーを淹れてきますね」
汐は、
深呼吸をふたつばかりして対象に向かう。
モニターに映し出されているのは、
SF的な世界観を持つ、テンポの良いドラマだった。
5分に1回ぐらいの割合で、
異様なアングル(と照明)のショットが、
挿入される。
演出家の意気込みは、
空回りをギリまぬがれていた。
一工夫あるセットのあつかい。
ロケ風景の切り取り方も平凡ではなく、
意表をつく音の使い方はフック効果アリ。
しかし・・
昨晩・・・感電したばかりなのだ。
タブレットに映し出されているドラマは、
線が細く、貧弱な印象でしかない。
なにより役者が下手っPすぎるし、
演出家自身の書いた脚本は練れていない。
(汐は、クレジットで、まず脚本家を確認する)
パイロット版は、
演技とドラマ性を度外視して進行していた。
ヴォーカルのてんで冴えないバンドみたい。
装飾のみ凝った建築物。
柱が脆弱すぎる。
これはダメである。
才走った素人芸だ。
「深夜帯のドラマとしては、
まずまずなんじゃないかなとは、思うけど」
汐は、
心動かされずの表情で、
七尾にタブレットを返却し、
淹れたてのコーヒーを飲んだ。
「画面の造形力はいかがでした?」
顔をグイと寄せて訊ねる七尾。
「センス有ると思うよ。
どんな経歴のヒト?」
「南禅寺 助麿(26歳)。
芸大を卒業して某TV局の演出部に入社。
今秋放送予定・・
深夜のユル系SFドラマの演出を担当していましたが、
プロデューサーとの意見の相違で、
番組から降板・・辞表を提出。
わが、聖林プロと契約しました」
「ふーん。かなり我の強い・・」
タレントの二の句をさえぎった七尾は、
含蓄ワードを投げかける。
「もし・・南禅寺氏が、
━ 優秀な演者と脚本家に恵まれたと仮定します ━
その土台に立ち、
演出のみに専念したとしたら・・どうでしょう?」
「うーん・・
仮定の質問には答えにくいけど、
化ける可能性はあると思う。
パイロット版に欠けているのは・・
その二点だから」
「ありがとうございます!
期待していた通りの 福音解答です」
七尾はLサイズの顔を隠すように、
タブレットを真っすぐに持ち、タップ&スクロール。
ツバをごくりと吞み込んだ。
「えーっ・・
【左近さん肝入りのプロジェクト】
即ち・・
汐さんの新作は・・
今秋から、土曜日のプライム枠で、
ウイークリー(毎週)放送される予定であります」
「ちょっと待った!
今秋ってことは・・
夏休みは、どうなるワケ?
ロングバケーションは? 」
七尾はタブレットでシールドしたまま、
「予定の休暇は、新作の撮影が終了したのち、
必ずや、後追いジョイントさせると、
左近が申しておりました!
・・汐さんも承知の通り、
TVドラマは旬の果実みたいなものでして、
スタッフ・キャストがそろった時にGOしないと、
時機(食べごろ)を逸してしまうのデス」
「だからって、
休暇を返上してまでやりたくないよ!
行きがかり上・・
━ 答えは絶対NOだけど ━
とりあえず聞くよ。
で・・ドラマの内容は?」
七尾は、
身体を固くして、
垂直にした
タブレットを持つ指にありったけの力を込め・・
言葉をしぼり出した。
汐の癇癪玉が、
さく裂した!
ソファーのクッションを七尾に投げつける!
間一髪見切られた(腹立ち倍増)
七尾はタレントの怒りをかいくぐり、
「汐さんの代表作にしてみせる。
左近が、そう申しており・・・」
立ち上がりざま、玄関口を指さす。
「黙れ!
口の中に 手ェ 突っ込んで奥歯ガタガタいわせるゾ!
とっとと帰ンなよ。
一生、顔を見せないで、
不愉快だから。
GET OUT!」
別のクッションもブン投げる!
今度はダッキングされ不発(腹立ち3倍増!)。
「左近さんには、失望した。
見損なった。
こんな侮辱を受けるなんて!
さっさっと帰って上司に伝えなよ。
┃ぜったいにお断りだから┃って。
ぜったいに(怒)」
ドル箱タレントの剣幕に、
たじろぎ、うろたえた七尾は、
(これほど怒った汐を見たのは初めて)
スーツのポケットに 右手を突っ込んで、
スマホを引っぱり出しSOSを発信した。
同時に・・
2□□2号室のモニターフォンが鳴った。
怒り心頭の汐は、
チラと来客者をモニター確認した。
「!?」




