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哉カナⅡ/18歳  作者: カレーライスと福神漬
29/75

ミッション・イン・ななちゃん

ビジネス・スーツを着用した、

二代目マネージャー「ななちゃん」こと七尾ななおは、

キリリとした表情で、

社用のワンボックスカーを

スピード違反ギリギリでコロがし、

午前7時過ぎに、

ドル箱タレントの住むタワー・マンション

2□□2号室をおとずれた。


DJアイドルのルーティーンは、

熟知じゅくちしているという 自負じふがあった。

18歳の売れっ子は・・

ちょいと変わっており・・

仕事に全エネルギーを傾注けいちゅうするために、

規則正しい生活習慣をむねとしていたのだ。

(遊びたい盛りの年頃なのに)


休暇も四日目。

仕事モードから脱し、

いま時分じぶんは・・

朝風呂を終え、

マーメイド・カフェの豆をき、

コーヒーブレイク☕の最中さいちゅうであろう。

朝方あさがたしおりは、

フル充電され、

すこやかなオーラにあふれている。

・・狙い目はこの時間帯しかあるまい。


推測すいそくは、

憶測おくそくでしかなかった・・見事に空振からぶった。


リアル恍惚夢こうこつむから、

急転直下 現実に引き戻されたしおりは、

━「草!」━ と、

ひとこと吐き捨て、

二度寝の中域に辿たどりついたばかりなり


ベッドからどろ人形のように、

もそもそ(・・・・)起きあがり、

カメラに映った来客を、

朦朧もうろうとした意識で、モニター確認。

しんど(・・・)そうにベッドから降りて、

パジャマのうえに、

バラのつぼみをあしらったガウンを羽織はおると、

眠い目をこすこすり、

寝不足これ(きわ)まれりな顔で、

洗面所へ向かう。

次いで、鏡台きょうだいの前に移動。

身だしなみをととのえ、

ガウンにしっかりそでを通し、

ドアロックとガードを解除かいじょして扉を開けた。

そのかん ━ およそ20分。


早起きタイプの汐だが・・

昨晩は、

(ファンからプレゼントされた)

DVD映画『探偵物語』(1951)を見て 感電スパークした。

マジック発生場面のいくつかを、

熱に浮かされたようにリピートしまくり、

ノン・スキップで、

繰り返すこと計三回(6時間超)、

見切ってしまった。


『ローマの休日』の監督は、

ハードボイルド・サスペンスにおいても手練てだれであった。

<90テイクス>の異名をとるマエストロが、

役者たちから卓越たくえつしたアンサンブルを引き出し、

画面を生き生きと躍動させていた。

役者は(一人を(のぞ)き)全員が素晴らしい。

主人公刑事のヴァイタリティー、その存在感、みなぎる精力。

対置たいちする・・強盗役も、

想像力全開な役作りで十二分(じゅうにぶん)拮抗きっこうしていた。

シリアスでコミカルな 玉虫たまむし芝居、

両手の動きに工夫くふうらした優雅な所作しょさ

音楽的なセリフ回し、

暴力を包蔵ほうぞうしたハイパープレゼンスは、

ちょっとたぐいがない。


とりわけ・・

女優(刑事の妻役)が見せた入魂にゅうこんプレイ(芝居)

( その力量は、汐を初心者にリセットせしめた )

夫たる刑事への愛を放逐ほうちくして、

心の扉に「永遠の鍵」を掛けるシーンでは、

映画の流れを乱すことなく(コレ重要)、

目いっぱい掘り下げられた所からつむぎ出される、

━ 心・技・体・経験 ━ 女優の人生の結晶表現は、

誇張なしに 畢生ひっせいの演技 といえる。


これほどの演技を (チカラ)こぶ の入ったアートではなく、

職業としてこなしている(ように見える)ところに、

当時のハリウッドのすごみをしおりは感じてしまう。


令和の女優兼DJアイドルは

彼我ひがの差を測量そくりょう

結果・・自分は、

メジャーリーグには ほど遠い とさとった。

「FA宣言は当分とうぶんムリだな、こりゃ・・」


70年以上前の映画とは信じがたい。

そのレヴェルに愕然がくぜんとする。


原題を『Detective Story/刑事物語』という、

ほぼ分署内一室で展開されるモノクロ作品は、

そもそもがヒット舞台劇であり、

映画の主演をオファーされた男優が再上演権を獲得、

リハーサル代わりに舞台公演を行ったのちに、撮影に入ったらしい。

役者たちの管弦楽曲 ━ 強弱と息の合い方 ━は

監督の力量オンリーではない、

しっかりした根拠にもとづいていたのだ。

ずいぶんと念の入ったことである。

(日本では まず ありえないだろう)


そういった背景を知ると・・

・・驚きが増し増しになる。


冒頭から、

どの場面も舞台(くさ)さが感じられない、

映画になりきっているからだ。

 映像のインパクトとは?

 描写とは?

 力強さとは?

なんなのかを深く考えさせられてしまう。


たとえば中盤で、

タテの構図を駆使・・

┃刑事三人を手前・中間・奥へと配置┃

・・順番に電話をかけ、切る。

ただ、それだけの場面が、

くるめ(チカラ)を持つのだ!


そういえば・・

『ローマの休日』で新聞記者たちが、

狭い一室でポーカーをしている場面も、

紫煙しえん充満な密閉感)

さりげなく パンク していたっけ。



エンドマークが出るや(本日三度目である)、

ファン目線の汐は、ワレを忘れて拍手はくしゅし続けた。

世界最高峰のワザとパワーが、

二時間弱の画面に、みっしりまっていた。

興奮のあまり、なかなか寝つかれず、

眠りにいたのは夜が明けてからという、しだい。



「ななちゃん。

貴重きちょうなオフタイムなのよ。

いったい、どういう風の吹きまわし?」

いささかけんのある表情。


しおりさん、

そと無風むふうデス。

予報では、きょうも真夏日だとか」


二代目マネージャーの変テコなかえしに、

汐は ほんのちょっぴり顔をほころばせ、

室内へしょうじ入れた。


素敵にエアコンのきいたリビング内。

ソファーに座った七尾は、

差し出された高級タオルを丁重ていちょう辞退じたい

自身のショルダーバッグから、

スポーツタオルを引っぱり出し、つぶ汗をぬぐった。

DJアイドルが じきじきに給仕きゅうじしてくれた、

MUST飲料「冷えたレッドブル」と、

好物の「唐辛子とうがらしせんべい」を前にしても、

まったく手を付けようとしない。

飲食している ななちゃん の表情が好きなので、

いささか拍子ひょうし抜けした。


対面といめんに座っている汐は、

もくして、

相手が用件(ようけん)(or要件)を切り出すのを待っていた。

いつもと ようすが明らかにことなる。

吉報きっぽう以外の公算こうさん・・高し。

ドル箱タレントは、

内面に少しだけバリアをった。


七尾はシリアスな顔をこちらに向け、口を開いた。

「汐さん。

実は、新しい仕事のオファーが入ったんです。

左近さこんさん直轄ちょっかつのプロジェクトになります」


汐はハッと身体を起こした。

ひょっとして 正夢まさゆめ!?

「も、も、もしかして舞台劇。

しかもミュージカル・・とかいう展開??」


「はぁ?」

キョトンとして、タレントを見る七尾。

まばたきを数回してから、

無言でタブレットを起動させた。

「寝起きのところをスミマセン。

重要案件なのです。

まずは、

こちらをご覧になって下さい」

懇願こんがん表情MAXで、二代目マネ。

「某深夜番組のパイロット版です。

25分弱ですから、一気いっきできます。

Q&Aは そのあとで。

私はコーヒーをれてきますね」


汐は、

深呼吸をふたつ(・・・)ばかりして対象たいしょうに向かう。

モニターに映し出されているのは、

SF的な世界観を持つ、テンポの良いドラマだった。

5分に1回ぐらいの割合わりあいで、

異様なアングル(と照明)のショットが、

挿入(インサート)される。

演出家の意気込みは、

空回からまわりをギリ(・・)まぬがれていた。

一工夫ひとくふうあるセットのあつかい。

ロケ風景の切り取り方も平凡ではなく、

意表をつく音の使い方はフック効果アリ。

しかし・・

昨晩・・・感電したばかりなのだ。


タブレットに映し出されているドラマは、

線が細く、貧弱ひんじゃくな印象でしかない。

なにより役者が下手へたっPすぎるし、

演出家自身の書いた脚本はれていない。

(汐は、クレジットで、まず脚本家を確認する)


パイロット版は、

演技とドラマ性を度外視どがいしして進行していた。

ヴォーカルのてんで(・・・)冴えないバンドみたい。

装飾そうしょくのみった建築物。

はしら脆弱ぜいじゃくすぎる。

これはダメである。

さいはしった素人芸(アマチュア)だ。


「深夜帯のドラマとしては、

まずまずなんじゃないかなとは、思うけど」

汐は、

心動かされずの表情で、

七尾にタブレットを返却し、

れたてのコーヒーを飲んだ。


「画面の造形力ぞうけいりょくはいかがでした?」

顔をグイと寄せてたずねる七尾。


「センス有ると思うよ。

どんな経歴けいれきのヒト?」


南禅寺なんぜんじ 助麿すけまろ(26歳)。

芸大を卒業して某TV局の演出部に入社。

今秋放送予定・・

深夜のユル系SFドラマの演出を担当していましたが、

プロデューサーとの意見の相違で、

番組から降板こうばん・・辞表を提出。

わが、聖林ひいらぎプロと契約しました」


「ふーん。かなりの強い・・」


タレントの二の句をさえぎった七尾は、

含蓄がんちくワードを投げかける。

「もし・・南禅寺なんぜんじ氏が、

━ 優秀な演者と脚本家に恵まれたと仮定します ━

その土台どだいに立ち、

演出のみに専念せんねんしたとしたら・・どうでしょう?」


「うーん・・

仮定かていの質問には答えにくいけど、

ける可能性はあると思う。

パイロット版に欠けているのは・・

その二点だから」


「ありがとうございます!

期待していた通りの 福音ふくいん解答です」

七尾はLサイズの顔を隠すように、

タブレットを真っすぐに持ち、タップ&スクロール。

ツバをごくりとみ込んだ。

「えーっ・・

【左近さんキモりのプロジェクト】

すなわち・・

汐さんの新作は・・

今秋から、土曜日のプライム(わく)で、

ウイークリー(毎週)放送される予定であります」


「ちょっと待った!

今秋ってことは・・

夏休みは、どうなるワケ?

ロングバケーションは? 」


七尾はタブレットでシールドしたまま、

「予定の休暇は、新作の撮影が終了したのち、

必ずや、後追いジョイントさせると、

左近さこんが申しておりました!

・・汐さんも承知しょうちの通り、

TVドラマはしゅんの果実みたいなものでして、

スタッフ・キャストがそろった時にGOしないと、

時機じき(食べごろ)をいっしてしまうのデス」


「だからって、

休暇を返上してまでやりたくないよ!

行きがかりじょう・・

━ 答えは絶対NOだけど ━

とりあえず聞くよ。

で・・ドラマの内容は?」


七尾は、

身体をかたくして、

垂直すいちょくにした

タブレットを持つ指にありったけの力を込め・・

言葉をしぼり出した。


汐の癇癪玉かんしゃくだまが、

さく裂した!

ソファーのクッションを七尾に投げつける!

間一髪見切られた(腹立ち倍増ばいぞう


七尾はタレントの怒りをかいくぐり、

「汐さんの代表作にしてみせる。

左近が、そう申しており・・・」


立ち上がりざま、玄関口を指さす。

だまれ!

口の中に 手ェ 突っ込んで奥歯おくばガタガタいわせるゾ!

とっとと帰ンなよ。

一生、顔を見せないで、

不愉快ふゆかいだから。

GET OUT!」


別のクッションもブン投げる!

今度はダッキングされ不発(腹立ち3倍増!)。


左近さこんさんには、失望した。

見損みそこなった。

こんな侮辱ぶじょくを受けるなんて!

さっさっと帰って上司に伝えなよ。

┃ぜったいにお断りだから┃って。

ぜったいに(怒)」


ドル箱タレントの剣幕けんまくに、

たじろぎ、うろたえた七尾ななおは、

(これほど怒った汐を見たのは初めて)

スーツのポケットに 右手を突っ込んで、

スマホを引っぱり出しSOSを発信した。


同時に・・

2□□2号室のモニターフォンが鳴った。


怒り心頭の汐は、

チラと来客者をモニター確認した。

「!?」





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