ICON
「汐さ━ん、汐さ━ん、
一大事です。
天変地異です。
緊急 案件です!」
二代目マネージャーの
ななちゃん こと 七尾は、
ラフなTシャツ姿で、
社用のワンボックスカーを
スピード違反ギリギリで転がし、
深夜に、
汐の住むタワー・マンション
2□□2号室を急襲した。
ベッドから起きあがった汐は、
パジャマの上に、
バラの蕾をあしらったガウンを羽織ると、
眠い目を擦り擦り、
鏡台の前で身だしなみを整え、
しっかり袖を通し、
ドアロックとガードを解除して扉を開けた。
「ななちゃん。
こんな時間に、
いったい、どういう風の吹きまわし?」
「汐さん、
外は無風です。
ひどい熱帯夜ですよ」
二代目マネージャーの頓珍漢な返しに、
汐は思わず顔を綻ばせ、
室内へ招じ入れた。
素敵にエアコンのきいたリビング内。
ソファーに座った七尾は、
差し出された高級タオルで汗を吹き、
DJアイドルがじきじきに給仕してくれた、
冷えたレッドブル(MUST飲料)をゴブゴブ飲み、
老舗の唐辛子せんべい(好物)をパリポリ齧る。
ななちゃんが食べたり飲んだりしているときの表情は、
見る者をホッコリさせる。
対面に座っている汐は、
黙して、
相手が話を切り出すのを待っていた。
この時間帯だ・・
吉報以外ありえないだろう。
じゃなかったら・・
文句を言ってやる。
タレントのなかには、年がら年中、
マネージャーを叱りつけている種もいるのだ。
稀に 〇力 を振うヒトも・・
スタジオ内で、
周囲をはばかることなく、
丸めた台本で、マネージャーの頭を、
フルボッコに打擲する大物もいた。
爾来・・彼への尊敬の念は消し飛んでしまった。
「緊急案件っていうのはデスね。
なんだと思います?」
モナリザもどきの七尾。
「さあ?
想像もつかないけど」
「ついに待望の舞台のオファーが来たんです!
しかも・・
ミュージカルの古典『マイ・フェア・ハイネス』。
言うまでもなく主演です。
花売り娘から、高貴なる淑女へ。
汐さんがリスペクトする方の代表作。
しかも帝国劇場。
ハイシーズン・・秋の一か月公演デス!」
「ギャ━━━━━━━ッ!
ウソォ!
スゴイじゃない!
あの豪華な衣装の数々を 私が━━━ッ!
夢なら 一生 覚めないで!」
汐はソファーから跳び上がった。
「オファー受けてOKです、よね」
七尾はいつになく真剣な面持ちで、
言葉を紡いだ。
「YES or NO?
ファイナル・アンサー!」
「もちろんYESよ。
YES! YES! YES! 」
エキサイトを抑えきれず、
汐は立ち上がったまま、絶叫した。
「汐さんは、
朝ドラの『ブレインチャイルド』内で、
歌とダンスの訓練を積んでいるとはいえ、
〇歌唱スキル
〇ダンス
〇歌とダンスのコンビネーション を、
舞台仕様にもう 2 ランク、
ブラッシュアップする必要があります!
それと、英語の歌詞のマスターは不可欠。
厳しいレッスンを、
やりきるガッツはありますか?
この際ですから率直に申し上げますと、
あなたのダンスは、
素人目にも、難があります。
まやかしは通用しません。
そこを徹底的に絞られますよ!
演出家は、
灰皿投げで有名な韮川さんです。
たとえ、笹森 汐 だろうと容赦はしない!
最低5リットルの涙を搾り取って見せると、
豪語しているそうです」
「望むところよ!
絶対に音を上げたりしないから!
話を進めてちょうだい!
なにがなんでも演じたいの!
ICONに、近づくためにも!」
「ちなみに・・
教授役はダブルキャストで、
○○〇〇と〇〇〇です。
両者とも・・
笹森 汐 との共演に、
やる気を漲らせています」
「(双眸にハートマーク♡)
ふたりとも、超人気者じゃん!
私より5個ぐらい上じゃない。
若すぎやしないカナ、教授役としては?」
乙女顔の汐。心拍数バリ高し。
「おっしゃる通り。
演出家の要望で、年相応の役者よりも、
若さが生み出す爆発力でもって、
既成の舞台枠を突き破りたいそうです。
┃予定調和など犬に食われろ!┃
・・韮川さんの座右の銘デス」
「契約を締結したら、
降板は許されません。
本当に大丈夫ですネ?」
「イエス。
DANCE♪ DANCE♪ DANCE♪ 今夜♪」
汐は映画の名場面を、
マルっと
━ 歌い♪ 踊り♪ ━
演じてみせた。
その、再現力は、
二代目マネージャーを瞠目させた。
特A体験。
投げ銭したくなるくらいの、
出来栄えであった。
「承知しました。
明日、午前十時に、お迎えに上がりますから。
聖林プロの社長室で、
正式な契約に向けた打ち合わせをしましょう。
プロジェクトの責任者は左近さんになります。
(汐は安堵顔で大きくうなずいた)
スポンサーは、
汐さんが出演されているCM企業の5社。
それに映画会社の大宝と、
『哉カナ』のラテ局(ラジオ・テレビ兼営局)が、
協賛します。
詳しい内容は明日、左近さんが話されます。
その前に、私の口から、大まかな説明を・・
まず、保険に入るために、
人間ドッグでの検査(二泊三日)は必須。
ここをクリアした後、正式な契約へと進むという手順です。
(汐さんは若いから問題ないでしょう)
第一関門を突破、契約を済ませたら、
スタッフ・キャストの顔合わせ。
台本読みからリハーサルへ。
公演期間中は、
徹底したセルフ・コントロールの遂行。
(体重の増減は1kg以内を目安とする)
健康維持のために、専属のトレーナーと管理栄養士が付きます。
医師によるバイタルチェックは、
毎日決まった時間に必ず受けてもらいます。
それと・・メンタル・トレーナーを、
劇場内に常駐させます。
舞台の一か月公演というのは、
尋常ではないプレッシャーらしいので、
万全を期すためです。
かなり窮屈な営為にはなると思いますが、
ここは耐えて乗り越えてくださいネ。
あと・・当然ですが・・
法に触れるような、
スキャンダルは絶対に御法度!
もし舞台に穴を開けたら、
莫大な違約金が発生しますので・・」
七尾はスマホから、
電卓機能を呼び出し、賠償額を示した。
汐は・・
その天文学的な数列に 目を円くした。
二代目マネージャーは意味ありげに、付け加える。
「恋愛関連のゴシップは
集客にプラスになるケースもありますけどネ」
教授役のダブル・キャスト・・
そのどちらかと、
ケミカルが発生しても不思議ではないという・・含みだ。
汐は、
七尾マネの話を「遠い耳」で聞きながら、
雲の上を浮遊していた。
申しぶんのない作品、演出家、共演者、大劇場。
18歳・・
さらなる飛躍の年になりそうだ!
充実の大波が押し寄せてくる。
全身を【熊なく】包みこむ充実感。
「え!?
【隈なく】でしょう?
変換ミス めっけ!」
汐が・・
誤変換を指摘した・・
その瞬間・・
精密すぎる夢から、
スイと現実へと引き戻された。
ミュージカルのオファーは霧散した。
汐、寝起きの一言・・「 草! 」




