アンデッド・・その3
朝の連続ドラマ『サスティーン』最終回の収録は、
静謐な空気の中で・・滞 りなく終了した。
ヒロインの大道アスカは、現在57歳。
教育に情熱をそそぎ、
二兎を追うことを断念、独身を貫いていた。
特別支援学校の先生として数々の苦難を乗り越え、
学校改革にも注力した。
一時は・・
学校を追われる憂き目にあうも(定番)・・
大道先生の薫陶を受けた生徒たちの尽力により、
主幹教諭としてカムバック。
学校の講堂にて・・
在校生 + 集結した卒業生たちの前で、
感動的なスピーチを
手話 で披露する場面でフィナーレ。
演台の上には、
写真立てが置かれ、
若かりし「レモンちゃん」のブロマイドが収められている。
そして・・
DJ用の カフ が用意されていた。
(卒業生たちの粋な計らい)
カフを上げる場面で・・
┃ラジオDJ時代の┃
┃溌溂とした┃
┃大道アスカがインサートされる┃
・・しこたま、涙を誘うように構成されていた。
笹森 汐・・
初の五十路役に挑戦。
動作と発声に加齢の工夫を凝らし、
緻密で気合いの入った、
それでいて、
想像力の内圧光で、計算部分を覆いつくし、
自然で 快い 演技を顕現させた。
収録は文句なしに上手く行った。
最終回は九月末日に放送予定。
撮影現場へは、
お付きの人たちに囲まれ、
杖を突いた大御所脚本家が、
紬の和服姿で出席した。
(初めての、お目通りである)
・・主演の汐が代表で花束を渡した。
打ち上げは、
ホテルのパーティー会場へ、
所を移して行われた。
主役の座は・・大御所がさらった。
大老の彼は、
『サスティーン』の前半など
存在しない風情で、
(ダイヤモンドの
埋め込まれた杖を優美に動かして)
ドラマを語った。
汐は、
笑顔を絶やす事なく
相づちを打っていたが・・
大老の高慢ちき な口ぶりには、
まっこと カチン!ときていた。
「大御所ナンボのもんじゃい!
道徳の教師にでもなりやがれ。
古い革袋に古酒を盛りやがって。
真にグッとくる場面は、
ことごとく、
故・湯浅さんの いただきジャンか!」
コイシツやベレーさんは、
社交性を巧みに装いながら、
しっかり、汐坊 を監視していた。
暴走を食い止めるためである。
嫌味の一語でも発しそうになったら、
会場から連れ出す算段だった。
というのも・・
彼女の 心の内 が痛いほど理解できたからだ。
そして・・
ほぼ九割九分・・彼女に同感であった。
演出家二名はタッグを組んで、
リターンマッチを計画していた。
年末に放送予定の「総集編/最終話」に、
撮り下ろしの特典映像を付けるのだ。
「総集編の視聴率アップ、
DVDや配信の売り上げ増加にも繋がる」
と太鼓判を押し、
藤本Pを丸め込んでスケジュールを組んだ。
コイシツが台本を、
ベレーさんは演出を担当する。
そのアイディアを聞かされた汐は、
ふたつ返事でOKした。
『サスティーン /if( イフ)』
と題されたスピンオフは・・
最終回の感動的な場面を再現した形で始まる。
汐は・・
本編と同じくらい魂を込めて、
老け役を演じた。
特別支援学校の講堂にて・・
在校生と卒業生の前で
手話 を使いスピーチを行う。
演台の上には若かりし頃の、
「レモンちゃん」が微笑んでいる写真。
実物そっくりの〈カフ〉まで設置されている。
卒業生の粋な計らいに、
こみ上げてくるものを抑えきれず、
思わず・・大粒の涙をこぼす。
感動に打ち震える指で カフを上げていく。
カフを上げ切ったとたん・・
どーゆーわけか、
演台の上から
シャワー状の温水が極所的に放たれ!
アスカをお湯びたしにした♨
続いて・・どーゆーわけか、
脈絡もなく
大量のパイを乗せたラックが
各所に出現!
ファンファーレが鳴り響き♪
抜群ノリのBGMに乗っかって、
汐 VS 生徒たちとの、
ハチャメチャなパイ投げが火ぶたを切った。
さらに、さらに、どーゆーわけか、
スタッフ、エキストラまでもが雪崩込み、
しっちゃかめっちゃかなカオス状態、
狂騒的なパイ投げ合戦に突入。
ベレーさんの指示で用意された、
6台のカメラと各オペレーターたちが、
面白そうな場面を次々に切り取っていく。
汐も演技を忘れて、
本気モードになり、
ターゲットを定めてパイを投擲しまくる!
ベレーさんは、
女子プロ野球選手のトップクラスを
エキストラに 紛れ込ませていた。
彼女らは・・
抜群のコンビネーション&コントロールを発揮、
主演女優をまたたく間に囲み、
パイまみれにしてノックアウトした。
次なるターゲットは
コイシツ 一択!
万全のオフェンスシフトを敷いて、
(しぶとく、しぶとく)逃げ回るコイシツを、
袋のネズミ状態に追い込み、
にじり寄り、
パイ投げを執行。葬り去った。
ここまでくれば、
悪乗りあるのみ・・
演出の指示を出している
現場責任者のベレーさんにも、
パイの連弾を食らわせ、
クリームの沼に沈めた。
ベレーさんは・・
音楽の小節にピッタリ合わせて、
流石な転け方をして見せた。
言動一致・・演出家の鑑といえるだろう。
オーラスは・・
水洗トイレを流す爆音に合わせて、
ありったけの水を放出。
大洪水の奔流に、
キャスト・スタッフ・エキストラが、
(全員救命胴衣着用)
怒涛の勢いで、
・・落書き(悪口)が施された
ダイヤモンドを埋め込んだ杖もろとも・・
上手から下手へ流されていった。
上記の場面は、
スタジオ管理部からクレームがついた。
スタジオの扉をぶち破り、
各所に水害をもたらしたからだ。
・・撮影機材の損害額またしかり。
激流による負傷者は、
打撲症並び溺水・・計七名。
清掃会社からも、
正式な抗議書が届いた。
大浴場がパイのクリームでベタベタになってしまい、
二日ばかり使用不可になってしまったこと。
(洪水ですら
クリームの粘質を洗い流せなかった)
それと・・
水害の後始末に
緊急大量増員を余儀なくされたゆえ。
━〇━
スピンオフのエピローグは、
動から静へ・・一転、
┃溶暗の黒味 から、スポット小円が現れ┃
┃徐々に拡大していくアイリス・イン┃
現在の場面へと移行した。
ラジオブース内で・・
昭和の売れっ子DJ大道アスカ(57)と、
令和のDJ笹森汐(18)が、
マイクを挟んで
静かに向き合い、微笑んでいる、余韻を誘う場面。
・・サスティーンを引いた映像でピリオド。
この場面で・・
汐は・・
メイクに依存することなく・・
演技の底から余すことなく原油を汲み上げ・・
五十路アスカの表情に、
人生の年輪を
掘り深く
稠密に 浮かび上がらせて見せた。
━━主演女優のスゴ技演技 を、
目撃したスタッフは 深いため息をついた。
(直後、汐は、ガス欠により失神した)
┃エンドマーク┃
『サスティーン /if( イフ)』は・・
いかなる事情によるものか不明だが・・
日の目を見ることはなく、お蔵入りとなってしまった。




