本番前その2
お笑いコンビ サウンドステッカー と、
初顔合わせをすませた 汐 は、
座布団ゴールへ向かってヒョイとジャンプ、
正座スタイルでストンと着地。
すぐさま膝をくずし、
胡座姿勢へと早変わりした。
コンセントレーション(正座)からリラックス(あぐら)へ。
読者諸君よ、
緊張と緩和こそ長持ちの秘けつなのですゾ。
行儀なんぞは二の次、三の次、
ただし他人様の目の届かない所でヨロシク。
本番を待ちくたびれて、
横になり、眠ってしまった。
二時間ちかく経過していた。
スッと寝は気持ちよい。
起き上がり、クリアな意識になると、
先ほどのやり取りを思い出した。
お笑いコンビは、
汐発の 十八番 を見て、フリーズしてしまった。
やりすぎたかな?と思ったが・・
帰りぎわ、二人の目の奥から発せられる、
熱き信号を受け取った。
信号を解読すると 果たし状 という、
世にも素敵な 言葉 が現れた。
撮影本番は白熱しそうである。
コンビのお手並み拝見といきませう。
「ふーっ」軽く息を吐くと、
冷めたお茶を口にふくんで、グビりと飲みこんだ。
コンビが置いていってくれた、
所属事務所のロゴ入り小型手さげから、
宣伝用ポケットティシュやチラシの束をかき分け、
DVDをぬき出して、眺める。
『サウンドステッカー 笑激LIVE/VOL4』(最新盤)。
大判な正方形の付箋が貼りつけてあり、
《日本一のDJアイドル汐坊こと笹森 汐様へ》
と手書きされていた。
付録として添えられている、
『笹森さん』 という題名の四コマ漫画 は、
簡潔な 絵がら でわかりやすく、
落ちがキレイに決まっているのには、
妙に感心させられた。
どうやら サザエさん のバリエーションらしい。
さらに、プリクラ仕様の写真が貼られており、
それに目をやると、
トロけそうなほどニンマリした。
『 王女姿の高貴なあのお方と、
汐が握手している 』場面であった。
かの映画でラスト・・
王女が、報道関係者一人ひとりと会見する、
長い有名なシーンの中に、
モノクロームの汐の姿が在った。
この凝りよう、気づかいには、感心させらされた。
瞬時に・・心が・・冬のココアに早変わり。
コンビを応援したくなってしまうではないか、
いち個人として。
さてライブのDVDについて述べれば、
汐はすでにVOL1~3まで、
(スキップしないで)視聴済みであった。
演出部からマネージャー経由で、
参考資料用にと、渡されていた。
コンビのネタはいささかマニアック。
タブレット純と同じカテゴリーに属する スキマ芸 であった。
万人向きとは言えないけれど、
汐にはビンビン響いた。
「こーゆーの好きだな!」
ドラマの重要な場面に
サウンドステッカー の起用は英断といえる。
キャスティング部に 目利き がいるらしい。
コンビのネタを初めて見たときは、
お笑い というのはどんなニッチにも入っていける、
たいしたアイテムなんだなぁだと思った。
どこか理系研究者と似た資質が感じられる、
自身のアンテナを駆使して、
独自の分野を見つけ、育て上げてゆく。
まあ、言うは易し、
行うのは・・そうとうむずかしい。
コンビは一流大卒で、
商社勤めを擲ち、アルバイト重ねながら、
プチブレイクまで10年以上を費やした。
ずいぶんと険しい道を選択したことになる。
なんだか気が遠くなりそう・・思いをはせる汐であった。
十代でブレイクした主役嬢は発作的に立ち上がり、
「どりゃ!」という掛け声と共に、
カベに向かって逆立ちした。
視点がクルリと反転。
「世界大逆転。いい眺めじゃ。
絶景 哉カナ」
引力の法則により、
スカートがはらりと落ちて、
汐の視界をふさいだ。
その時・・
ノックの音がした。
「笹森さん、本番です。
よろしくお願いします」とADの声。
「あら、あら、あら、あら」
ズッコケ横転する汐。