NC15スタジオ
レイティング〈聴取率調査〉用「ラジオドラマ」の収録まぎわです。
通常オンエアしているブースではなく、
最新の音響設備が整った
「NC15スタジオ」へ移動しての録音となる。
ノーマルな収録とは異なり、
デリケートな音の操作を要求されるため、
スタッフたちには、
ワンボルテージ高い緊張が、のしかかる。
残念会いらいの 汐 との再会。
乙骨Pは録音・演出のプレッシャーに、
自身を 対峙 させ、平静を 装っていた。
例の缶ビール事件で、
汐が出て行ったあと、
会議室の雰囲気はしらけ、すこぶる盛り下がった。
出席者は 概ね 汐寄りで、
冷たい視線が、
屈折したややこしい経路をたどり、
間接的に乙骨Pを刺した。
面と向かって言える者は・・誰もいない。
━「おめでたくない名目の おめでたい席で、
缶ビールの一本くらい飲ませてやれよ、
あれだけ会を盛り上げてくれたじゃないか」
━「Pは自分の物マネに切れたんじゃね?」
━「法律的には正論。ただし、あのやり方はちょっと」
━「暴力はよろしくない」
━「大黒柱を大事にしなくちゃバチが当たる」
若いスタッフオンリーの、
二次会でこんな会話がなされた。
Pにも漏れ伝わってきた。
胆力 抜群だが、
同時に 繊細でもある乙骨は、
ラジオドラマのベテラン脚本家に、こう言われた。
「あの行為は正しいと、私は思った。
あれが通じなかったら汐坊の未来はない」
・・救われた気がした。
七尾マネージャーは、
いくぶん引きつった表情で、
タレントと一緒にスタジオ入り。
副調整室にいるPのもとを訪れた。
威圧感に満ちた うしろ姿に向かって、
「パワハラプロデューサー!」
「お前なんか死んじまえ!」
「単数暴力団!」
七尾の、絞りだすような声に、
バキュン!と振り向き、
サングラス越しに、睨めつけるP。
泣く子も黙らせる応力。
ななちゃんは汗だくになり、
違う 違うと、手のひらをパタつかせた。
Lサイズ的 ななちゃんの背後から、
いたずら笑顔の汐がスーッと現れた。
もちろん声マネ腹話術だ。
対面で改めて、
声マネをPにプレゼンする。
抗議するようなポーズを作り、別人格を表出させると、
「あいさつの時ぐらい、グラサンはずせ!」
「ギャラあげろ!」
「お骨になれ乙骨!」
七尾マネージャーのヴォイス(そのもの)で毒づいた。
卓越した なりきり力を発現。
ただし、ななちゃんが 罵る場面は、
未見だったので、
あくまで汐による想像の産物である。
乙骨はナチュラルな自分を取り戻し、ニヤリとした。
P と 汐 間の 透明な壁 は砕け散った。
どちらともなく握手をかわし、
汐は収録ブースへと入っていった。
二人のやり取りを見ていたスタッフたちは、
人間関係の修復をいとも簡単にやってのけた、
番組の若き大黒柱に敬意を表した。
社会人になってウエイトの大きな部分を、
占める最たるものが、
人間関係だからこそ・・余計感心した。
レイティング用の音声ドラマは、
<クランベリー 苺>という、
1967年に発表された、
イギリスのロックグループによるマスターピース♪
イノベーションを具現化したような曲の誕生物語である。
『哉カナ』初の試み、
ドキュメンタリードラマだ。
「ときには変化をつけるべきだ」
という乙骨Pの圧のもと、
脚本家・スタッフが、
あれこれ知恵を出しあい、
押しあい、へしあい、絞り込み、
議論百出の末に2候補が残った。
◇『幻視』という予知能力テーマのサスペンスドラマと、
◇『クランベリー苺』という曲の誕生を追ったドキュメンタリー風ドラマ。
後者が P のお眼鏡にかない、ようやっと企画成立。
・・・難産でした。




