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哉カナⅡ/18歳  作者: カレーライスと福神漬
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筐体

U駅にほど近い 不忍しのばずの池。

群生ぐんせいしているハスの葉。

夏前なので、そのいきおいを爆発させていく、まだ途上とじょうだ。

暮れ落ちていく景色は、心をシンとさせる。

自我エゴのバリがけずられて、

まろやかになっていくよう。


「自然は、

薬効やっこうの高い精神安定剤(トランキライザー)なんだなぁ」

ひとりごちる。


意識のニュートラルエリアにとどまり、

ハス観察専用ゾーンの欄干らんかんにもたれていると、

やさしく肩をたたかれた。


振り返るやいなや、

ブラウンのロングヘアを揺らしながら、

両うでを広げた相手の胸の中へ、

盲目自然に吸い寄せられていく。


強く抱擁ハグし合う・・

・・南平とサユリ。


「ごめんなさい。

わたし、わたし・・南平なんぺいさんに」


「もういいよ」


「でも・・でも・・」


南平はサユリのクチビルを、

自身の それで ふさいだ。

たがいの想いが交感こうかんされる。

あたたかくて、

心地よくて、

分かりあえて、

適度てきどに刺激しあえる、

かけがいのない存在。


ふたりは、

かつて常連じょうれんだった、

居酒屋に腰を落ち着けた。

中生ビールでカンパイする。

余談よだんになるが、この店の「お通し」はウマい。


「そうなんだ。

てっきり薬剤師専業で、

やっているんだと思ってたよ。

むずかしい国家試験も通ったことだし。

まさか{薬局}と{設楽しがらき}、

二足にそく草鞋わらじとはね。

ミステリー作家の夢・・あきらめきれずか・・」


「エヘヘ。

南平さんに、心配かけたくなくって。

でも、そういういびつ(・・・)配慮はいりょが、

かえって自分をしばり、

二人の関係をも

ギクシャクさせてしまうのよね」


「正解!」

人さし指をピッと立てるカレシ。

「でも、あの応募小説は悪くなかった。

なんか、こう、サユリの情熱パッションが出ていた」


佳作かさくにもならなかったしィ。

里見さとみさんに言わせると、

構成こうせいも描写も

わきの人物造形(ぞうけい)も甘いって。

めてくれたのはセリフ(・・・)だけ」


「専門的なことは分からないけど、

要は、

読み手に、

サムシングが伝わるかどうかでは?」


「同感よ。異議なし。

ただし・・

ミステリーというのは、

文学の中でも特異とくいなジャンルだから、

本格もの(・・・・) に限定すると)

技巧ぎこうともなったオリジナリティーが求められるワケ。

早い話が・・┃発明┃

しょうねらうなら、

断然だんぜん・・┃前例ぜんれいのないトリック┃

コレを思いついたら、

一瀉いっしゃ千里せんり

そこそこの文才ぶんさいさえあれば、

おおむねイケる(かも・・しれない)。


たとえば、そうね、

◆ 密室トリックのアップデートとか・・

 (黄色い部屋やJDカーの高いカベ)。

誘拐ゆうかい事件における

  身代金を受け取る際の斬新ざんしんなアイディア。

 (この分野ぶんやでは

  黒澤明の『天国と地獄』がそびっているのよ)

◆ ダイイング・メッセージの、

 (E・クイーンとはことなる)新機軸(きじく)

◆ ミスディレクションを、たくみにあつかう。

 (C・ロースンから延長線を引く形) 

  これは小説技術のカテゴリーになるかな。

◆ 対・読者に仕掛ける叙述じょじゅつトリック。

◆ 過去のトリックの効果的なサンプリング(組み合わせ)

今風いまふうのIT技術を駆使くししたもの・・などなど。


しかし、

今日きょう、あらかた出尽でつくしているし。

目をくような題材だいざい

なかなか・・見つからないのが・・

わたくし・・サユリの・・

いつわらざる現状げんじょう・・なのデス」

と言い、

こうべをれた。

彼女の、

滅多めったに見せない

なんのてらいもない、

ピュアな表情 ━ 仕草しぐさであった。


目の前には・・はだかの・・鈴木サユリがいた。


南平は

よろいいた彼女を、

とっても、

いとぉしく思った。


そんな純粋じゅんすいな気持ちが

南平の中に磁力じりょく発生はっせいさせ、

種苗しゅびょうラインをみちびき寄せた。


「ねえ、こんなアイディアはどうだろう?

きょうさ、U駅の交番前を通ったとき、

掲示板で指名手配犯のポスター並びを見たんだ。

そのとき、ふと、考えたんだよ・・」


サユリはスイと顔を上げた

彼女の目が輝いている☆

「いいよ、南平さん!

おもしろい!

ハードボイルド系の文章と、

相応そうおうの描写力は要求されるけど、

<そのアイディアはイケる!>

私の中の創作そうさくチャイルドが

ムンクの絵のように叫んでる!

たしかにそうよね・・

シチュエーションの面白さに

ツイストをまじえ、

キャラクターの魅力で引っぱっていければ

独創どくそう的なトリックはいらない!

効果的な()トリックでことりる」


「よかった。

提案した甲斐かいがあったワケだ」


「ありがとう!

 私からのお礼よ♡」

 サユリは

 カレシの頬にキスをした。


カウンター席から「ヒュー♪」口笛が鳴らされた。


顔をちょっぴりあかくした南平は、

刺激されたリビドーを鎮静ちんせい化させるべく、

パトスの方向転換をはかる。

彼女の興味を引くであろう話題を投げかけた。

「久しぶりに

里見さんに会いたいなぁ。

敏腕探偵の近況きんきょうは、どんなもん?」

言い終えると南平は、

唐揚からあげをほおばった。

肉汁にくじゅうをたっぷり味わい、

残りのビールを流しこむ(もぐゴク)。


「もちろん元気にしてる。

現在、専門外の依頼にかりっきり。

多忙たぼうなりってとこネ」

あいまいに答えると、

サユリはおしぼりで、

カレシのビールひげいてあげる。


「こうしてダイレクトに会うってイイよね。

ラインや電話じゃ情趣がないもん」


「そりゃそうよbyアレ」とカレシ。


会社に適当な口実こうじつをもうけて

南平は日帰り予定を変更していた。

一夜の宿やどは駅前サウナで、

安くあげるつもりだった(経費では落とせない)。


設楽したら主任の行方ゆくえは?」と南平。


サユリは首を左右に振った。

「報道以来、音信不通」


「汐坊さんとの 一線越え を、

写真週刊誌にスッパ抜かれたからな。

エゲツない記事の書き方されたし。

ふたりが泊まったホテルの、

使用済みシーツの写真を見開きでせるなんて、

インパクトありすぎ。

(デジタルタトゥーとなり拡散した)

狂気の沙汰さただ。

敗訴はいそして当然だよ」


しおりさんてメンタル、鬼強いよね。

報道の真っ只中ただなかでも、

ラジオ番組を 当たり前に こなしてたし。

動揺(どうよう) も見せずに

ふつうに出廷しゅってい証言しょうげんしてた」


「彼女の内面までは知るよしはないけど・・

交際宣言した相手とうのに、

罪悪感はいらないさ。

幸い、

人気は落ちなかったし。

今や、

朝ドラで時の人(・・・)だ」


「常識はずれ な強運の持ち主よね。

ひるがえって、

不可解ふかかいなのは・・主任の行動。

くもがくれ はナゾすぎるでしょう。

いくらなんでも、

女性の立つがないじゃない。

とんだ梯子はしごはずし、

ガッカリしちゃったな」

クチビルとがらせてサユリ。


「センシティブなひとなのさ、設楽したら主任は。

それに・・

有名人と付き合うのは、

想像以上に大変だと思う。

いわれなき

誹謗ひぼう 中傷ちゅうしょうも受けるだろうし。


話は変わるけど・・

(しおり) (ぼう) さん、

たまにラインをくれるよ」


「わたしにも来る。

気まぐれ律儀りちぎなヒトって感じ」


ストライクなたとえに、カレシはクスクス笑う。


南平なんぺいさん、お酒弱くなった?

あんまり進まないね」

顔をしゅめたサユリは、

お代わりしたチューハイをグビっとむ。


「いや、これから ひと仕事あるんだよ」


「ウソォー!

てっきり今夜は、

一緒に過ごせるのかと思ってたのに」


「ゴメン、ゴメン、

気がかりなことがあるんだ」


「明日に先送りできないの?」


「バイト(じょう)とは立場が違うんでね」

 社会人の顔になって答えた。


「がっかり」

 サユリはチューハイを一気にあおった。

 彼女の鼻の頭に引っ付いた半切りレモンを、

 つまんで食べる南平。


「ビタミンC補充完了!」


南平はサユリを賃貸住宅まで送り、

その足で、

ビジネスホテル「設楽しがらき」に向かった。

麺類めんるい自販機を点検するためである。

調べた結果、

致命的な故障ではなかったので、

一晩かけて修理した。


オーナーからの謝礼しゃれい固辞こじして、

朝方、東京をった。




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