里帰り
「それではリスナーの皆さん、
また来週 月替わり、
ブライド・・もとい 6月 にお会いしましょう。
バイバーイ!」
汐はゆっくりカフを下げた。
『笹森 汐 のラジオ 哉 カナ☆』
のオンエア終了。
ポッドキャストの録音は
番組開始前に済ませてあった。
ほんとうは、
生放送のテンションを引きずったままの、
放送後トークが望ましいけれど、
いかんせん事情が許さないのである。
◇この場をお借りして、
リスナーの皆様から寄せられた質問に回答しましょう。
Q.「なぜ、『哉カナ』には、
ネット配信用の、
スタジオ・ライブカメラが入らないのか?
汐坊ファンとして、
マイクに向かっている、
彼女のしぐさや表情を見てみたい。
他の番組では結構やっているではないか」
A.「それは、ラジオだからです」 以上。
お粗末さまでした◇
『哉カナ』はギャラクシー賞ラジオ部門で、
◆大賞=ラジオドラマ「めんちゃも屋」(〇〇放送)
◆個人DJ賞=「笹森汐」
の二部門にノミネートされている。
受賞すれば人気番組にさらに箔がつく。
乙骨Pをはじめ、番組関係者は、
大賞は、あるかもしれないと踏んでいた
(なんせ番組史上最高の反響だったのだから)。
ただし、例年 ドキュメンタリー特番 が強い。
DJ部門 はライバルが多いから、
手こずるだろうと予想していた。
「お疲れさまです!」
四方からスタッフの声がかかる。
テンション・エレベーターを下降させながら、
汐は、あいさつを返した。
DJアイドルに、
マーメイドカフェのあたたかいコーヒーと
フルーツケーキが差し出される。
乙骨プロデューサーからだ。
Pは
汐の正面に腰をおろし、
首を横に向け、
サングラスごしに・・二代目マネージャーを見る。
副調整室にいる彼女は、
スマホをひっきりなしにチェックし、
時計とにらめっこしていた。
「これから、朝ドラの撮影があるんだって?
売れっ子はツライな」
「そうなの。
台本の上がりが遅くてネ、現場はたいへん」
「中身の濃いホンじゃねえか。
プロが見ても感心するレベルだぜ」
「乙骨さんの名演技もあったしネ」
ふふッと笑い、フルーツケーキをかじる。
「バカ。年長者をからかうな」
Pは、
話題になった過去のドラマを二本、
例に挙げ、
双方のパート2は、
脚本が酷いと断じた。
「例外もあるが、
フィクションは詰まるところ脚本だ。
ラッキーだったな、 汐 坊 」
「うん (もぐもぐ)」
すっかり調子を取り戻しやがった。
ビジネスホテル「設楽」の一件。
その後の・・交際宣言・・から、
しばらくドン底状態だった。
見るも哀れな しょげ返り ようだったからな、
よくぞ、盛り返したもんだぜ。
運命を乗り越えたと解釈していいんだろうか?
なにせ、
この娘のパッションは ケタ外れ。
道を逸らしたりしたらエライことになる。
徳 が 備わってくれることを願わずにはいられない。
それにしても不可思議なのは、
ひどい状態なのにもかかわらず、
仕事とプライベートのスイッチを、
スパスパ切り替えられたところだ。
調子のいい時なら、まぁ可能だろうが・・
追い詰められたときは
視野狭窄に 陥り、
潤滑油が回らなくなる。
結果・・余裕を失い、バランスを崩す。
マイナスサイクルのカベを打ち破るのは容易ではない。
いわゆる突破力は・・
クセのある 個性 に与えられる、
毒キノコのようなアイテムである。
DJアイドルは、
一面 強情ではあるが、
とても素直だ。
この素直さが
柔軟性や吸収力に繋がっているといえる、
老若男女を問わない広範な人気にも。
彼女は、突破者タイプでは全然ない。
なのに・・難関を突破できてしまう。
集中力?
トランス力?
運?
わからん!
分析できん!
オレのような凡人には理解不能だ。
一般的な洞察のきかない稀なタイプ。
おそらく・・
特殊な回路の持ち主なのだろう。
ひょっとしたら汐坊は、
人間以外の・・
AI アンロイドなのかもしれん。




