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哉カナⅡ/18歳  作者: カレーライスと福神漬
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本番前

顔の見えない読者様へ。

お久しぶりです。

汐坊が帰ってまいりました。

長ーイ話になりそうなので(多分)。

根気よーくお付き合いのほどを!

それと、規則正しくアップするのは難し━イことを、

あらかじめおことわりしておきます。

それでは、楽し━イひと時をお過ごしください。

笹森ささもり しおりは控室で待機していた。

 

ぼう公共放送局の個室。

一人きりだ。

本番前の精神統一タイム。

耳鳴りがきこえるくらい静かである。

引き締まったこの時間を邪魔じゃまする者はいない。

マネージャーも付き人も、

気をきかせて出(はら)っていた。


たたみ きの部屋で、

背すじをピンと伸ばし、

座布団の上に正座しているしおりは、

付き人がれてくれたお茶や、

うつわに入った菓子には目もくれず、

ひたすら台本を凝視ぎょうししている。

木製テーブルの上には、

朝の連続TVドラマ『サスティーン』の台本ホンが置かれ、

当該とうがいページが開かれていた。

本日は番組前半の山場となる重要な撮影をひかえており、

気力のヴォルテージを、

慎重にたかめている最中さいちゅうなのだ。


彼女の周囲の空気がきしみ始め、

内側にバンク、そして旋回ターン

集中力のアメーバがうごめきだし、

蠕動ぜんどう運動を始める。

雑念はしだいにせ、

遠近感があやふやになり、

視野は拡大されて、

直観のアンテナが研ぎ澄まされていった。

自分自身の軸足じくあしはまだこちら側。

ゾーンの扉がもう、すぐ、そこ、

目の前に感じられる。

キリキリと締め付けられてゆく心臓。

苦しいけど心地よい無呼吸症感覚。

断末魔の亀裂から、

否応いやおうなくき上げてくる法悦ほうえつ

言語を拒絶きょぜつする尖感。

生きているってコレだ!

ゾクゾクするようなタイムをしおりは、

脳髄のうずいの胃袋で満喫まんきつしていた。


波形は少しずつ下降し、引きしぼられた集中がゆるみ始める。


先ほどから控室前に待機しているコンビの男女。

45分以上経過していた。

ドアには『笹森汐 様』と印刷された上質紙が貼られている。

ふたりは、細心に控室の気配をうかがい、うなずき合うと、

意を決して、女性の方がノックした。

下積み生活の長かったお笑いコンビは、

空気を読むコトにかけてはびんだった。

格上の者のきげんをそこねないすべを身につけていた。

いや、生き抜くためには身につけざるをえなかった。


「どうぞ」という 声にしたがい、

粛々(しゅくしゅく)とドアを開ける。

主役の名前が入った特注の長暖簾ながのれんをくぐり抜けたとたん、

コンビは目をまるくした。

広くて清潔な控室には花や贈り物があふれんばかり。

豪華な専用化粧前(鏡台)、空気清浄機、加湿器2台、etc。

上がりかまちには、

洒落た小さめの赤い靴がかかとをそろえて置かれ、

その向こうに控えし畳部屋には、

次期CM女王といわる主役ときたもんだ。

自分たちのいる大部屋とは別世界である。


お笑いコンビは、しばし目をパチクリさせ、

自己紹介をすっ飛ばして、

90度を越える、

腰に負担のかかりそうな、長いお辞儀をした。

汐はクスっと笑みを浮かべながら、

立ち上がって丁寧にあいさつを返す。

コンビは三十代半ばの年長者である。

寄席よせを中心に活動しており、上昇気流に乗りつつあった。


座布団を二枚並べて敷き、畳部屋の方へ導く。

しかしコンビはかたくなに辞退した。

仕方なしに、専用冷蔵庫から、

お茶のミニペットボトル(汐のCMでおなじみ)を二本取り、

ふたりに進呈する。

受け取る際、コンビの手は、こころもち震えていた。


「はじめまして、サウンドステッカーさん。

笹森ささもり しおり です、ヨロシクね」

柔らかい笑顔を向け、

コンビをリラックスさせるやいなや、不意打ちをらわせた。

彼女は、お笑いコンビの持ちネタを、

得意の物まねでそっくり再現して見せたのだ。


「ううっ!」息をのむコンビ。


似ている・・表情・・

イントネーション・・間合い・・

一人二役の(鮮やかな)演じ分け・・

かてて加えて、

本家をもしのぐアドリブセンス・・

選ばれた人だけが持つ、見る者を吸い寄せる魔力オーラ


呆然ぼうぜんとしている芸人コンビの、

ネタ作り担当は「男性のほう」である。

その彼がどうしてもうまく書けなったところ、

相方とのネタ合わせでもうまくいかずに悩んでいた袋小路ふくろこうじを、

ブラッシュアップさせスマートに通過つうかしていた。


(そうか、この手があったか!)とネタ担当はホゾをんだ。


18歳のくせして、

驚くべきつかじゃないか。

世間がさわぐだけのことはある。









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