表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/23

第八話 第二の女帝④ 奴隷と偽りの女帝 その2

◇◇◇ 七竈戸(ななかまど)家の邸宅前


 やはり……ブルジョワ階級ではなく貴族階級だな。

 金曜日の放課後、学校に乗り付けられた黒塗り高級車に乗り込んで二十分。更に森の中を暫し走ってから降ろされた場所には前世で住んでいたような邸宅が建っていた。


 むむっ、前世の州都グロワールのお城よりは小さいけど、まずまずの大きさじゃない。なんか自尊心が傷つくわ。


「へー、広いお屋敷ね……」


 エリザベートは自らの貧乏生活で恥をかいた時などは、『どうせ前世の私よりは貧乏でしょ』という精神で乗り越えてきた。


「ここが私の私邸よ。本宅はあっちにあるの」

「あらあら……」


 平屋の大きな邸宅が奥に見えた。

 がっくし。

 エリザベートの敗北。土地を贅沢に使う方がお金持ちだ。城など上方向に延びても階段が面倒なだけだ。


「……」

「どうなさったの?」

「何でもないですわ。別に……」


 口を尖らせて悔しそうな顔は隠せていない。


「ふふふ、悔しそうな顔をする人は余り居ませんよ。今までお迎えした友人の中では叶笑くらいね」


 邸宅に入っていくと如何にもなメイドさんが出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、ミミ様、叶笑(かなえ)様」

「ただいま。部屋には入ってこないで良いわ」

「お世話になります」


 それだけ言うとミミの後をついて部屋に入っていった。


「貴女、やっぱりレイプされてから不思議な雰囲気になったわね」

「そうですか……侍従には……」

 思わず『慣れているので』と言いそうになる。

「見慣れないので……」そのまま極力反応しないように答える。

「ふふ、雰囲気も好きよ。でも見た目が好きだったの。貴女を襲うって那岐子(なぎこ)ちゃん達が言うから見学会を主催したの」

「何故だ……回答次第では許さんぞ」


 遠慮なく声色を変えて睨みつける。


「あら、私は犯される貴女が見たかったの。それ以上に酷い事されたら止めようと思ってね」

「……本当か? それだけか?」


 ニコニコするミミ。


「そうよ。私は貴女が(けが)されるのが観たかったの」

「何故見たかったんだ」


 一瞬だけ表情が曇った。が、それは刹那に消えてしまった。


「そんなのどうでも良いじゃない! さぁ、楽しみましょう」私の手を引いて奥の部屋に入るミミ。

「ちょっと、ムードも何もあったものじゃ……」

「ほら、これを準備していたの。エッチでしょ!」


 ベッドの上にはピンクや半透明の可愛らしい道具がずらっと並んでいた。


「健康器具……」


 叶笑の頭の中から検閲されて言い方を変えさせられる。

 ふむふむ、一部の()()()()()()ではそう言うのね?


「ははは、そうね、じゃあ早速二人で健康になりましょう!」


 ベッドに倒されミミが覆い被さってくる。これから起こるであろうことに期待でドキドキ。ミミの唇と私の唇が重なる寸前、インターホンが鳴り始めた。

 固まる二人。不機嫌そうにため息を吐いて起き上がると「興醒(きょうざ)めだわ……」と呟き隣の部屋に向かうミミ。


「やばかった……あのままされても良いかって思っちゃった……」


 ドキドキしながら小声で呟いているとミミの声が聞こえてきた。


「もしもし! あっ、お母様……えっ、夕飯の時間……はい、では今から……」


 扉から楽しそうな顔だけひょこっと出てきた。


「んふふ、続きは食事後にゆっくりと楽しみましょう」


◇◇


 ミミの私邸から出ると、既に表には車が止まっていた。本宅まで二百メートルくらいだが歩かせるような無粋な真似はしないと言うことか。改めて豪華な内装に感心しながら車に乗り込むが、乗り心地も分からない内に到着してしまった。

 車から降りてくる二人は色違い花柄シルクのミモザ丈ワンピースで双子コーデ気分らしい。ミミが今日のためだけに準備していた。しかし、背の高さが百五十そこそこの叶笑と百七十弱のミミでは双子というより姉妹という雰囲気だ。

 ミミの姿を眺めていると自然とため息が出る。

 前世だったら胸もウエストの細さも背の高さも私の勝ちなのに……どこか勝ってるパーツあるかしら。


「肌の白さは私の負けね。んふふ」


 ミミから心を読まれたような勝利宣言。

 カチンときたので相手にせず、さっさとダイニングに向かうことにした。どうせメイドが傅いている、あの扉でしょ?

 ミミを置いて勝手に廊下を進む。


「食堂はこちらです」はい、当たり。

「ありがとう……」


 この雰囲気は否応なしに前世の社交界を思い起こしてしまう。どうにもこの貧相な身体では女としての矜持が傷つくのよね。


「あれっ? 叶笑、怒ってるの?」


 珍しく少し慌てている。少しだけ愉快になるわね。


「同じ衣装では、この薄い身体を目立たせるだけだわ」

「あら、胸の小ささなら負けないわよ!」


 ご機嫌なミミは後ろ手に小首を傾げて私の前でニコニコしている。

 何となく負けた気がして、またため息を吐く。


「では、エスコートしてくださる?」


 微笑みもせずに片手を差し出す。


「光栄ですわ」


 すると、手を取って食堂にエスコートしてくれた。これにはメイドさん達もニヤニヤしっぱなしだ。

 まぁ、お揃いの可愛いドレス姿の女子高生がイチャイチャしながら喧嘩しているのは、さぞ眼福だろう。こちらも少し頬が火照るのを感じる。


 メイドに席を引かれてゆっくりと腰掛ける。おっと、あれがミミの母親か。


「ありがとうございます……奥様、お食事のお誘いありがとうございます」


 上座には妙齢の夫人と言っても遜色ない上品な女性が座っている。私の向かいに座るミミ。

 これは……アレだな。品定めか。では、本領発揮といくか。

 そっとナプキンを膝の上に置く。


「はじめまして。ミミさんのお友達をさせて頂いている南早田叶笑と言います。素敵な洋服も着せていただいて楽しくさせて貰っています。夕食にも招待頂きありがとうございます」

「叶笑は小説家なのよ。学生なのに賞も取ってるんだから」

「あら、叶笑さんは博識でいらっしゃるのかしら」

「いえ、青臭い稚拙な文章ですが偶々審査員の目に留まったのだと思います。幸運でした」

「あら、それでは未来の大作家に敬意を示して乾杯しましょうか」


 普通にシャンパンが注がれていく。

 ふふ、嫌いじゃないわよ! 前世では割と酒豪で通っていたんですから。


「乾杯!」


 という訳で楽しい夕食は進んだ。正直、テーブルマナーなどあまり気にしない。ホストはゲストが楽しそうなら嬉しいものだ。勿論、ホストを放っておいて仲間内で楽しくするのは良くない。

 奥様にも話題を振りながら、美味しく食事を頂くのが正解!

 それにしても美味しい。現世のコンビニカレーより美味しいけれど前世の宮廷を思い出す豪華な料理の数々。

 うわっ、鳩かよ! 難しいもの食うなよな! えーい、こういうのは手掴み、美味い!

 と思ったら、蕎麦が出てきたよ。和食なの? フレンチよね? 箸は苦手よ、美味い!


「叶笑さん、食べっぷりが良いわね」

「はい、もう二度と食べれないと思って食べてます!」

「ふふふ、楽しい子ね! ミミがいない時でもご飯食べにいらっしゃい」


 うはぁ、パトロンをゲーット!

 ではご期待に沿ってもりもり食べよう。


◇◇


「楽しい夕食でしたわ。叶笑ちゃんは前に来た騒がしい子達と違って落ち着いていらっしゃるのね」

「食事と奥様の楽しいお話に夢中になっただけですわ」

「あら、御世辞も上手いのね、ふふ」


 よしよし、ホストも楽しそうだぞ。合格かな?

 ふと前を見ると不機嫌そうなミミが居た。

 あれ、何か地雷踏んだかしら?


「ミミをよろしく。この子、良い子なんだけど……色々と後先考えないことが多いから」

「はい、これからも仲良くしてくださいね……って」


 すっごい不機嫌になってる!

 食事が終わると速攻で腕を絡めて確保してくるミミ。そのまま引っ張って車に押し込まれた。


◇◇


 ミミの私邸の自室に着くや否や壁ドンされて睨みつけられる私。

 あぁ、ワタシのファースト壁ドンが消費されちゃった、いやーん。


「私のお母様を取るなー! 人形のくせにー!」

「人形……とは?」


 瞳には涙が溜まっている。

 悔しさ、悲しみ、いや、裏切り……感情がごちゃ混ぜだ。


「貴女はメリッサの生まれ変わりでしょ? ほら、この人形よ。メリッサが壊れた時に貴女が現れたのよ!」


 箱の中にはボロボロのフランス人形がいた。

 御髪(おぐし)は乱れドレスは(はさみ)で乱雑に切られ無惨に剥ぎ取られている。足や腕が外れて胸や股の部分だけ塗料が剥がれていた。


「これが私の性奴隷一号のメリッサよ!」


 これがコイツの情念の根源か……。

 ふふふ、確かに髪の乱れ方が昔の叶笑に似ている。

 前世の宮中を思い出す。こんな子は沢山居た。両親からの羨望の眼差しと共に宮中に捨てられ、漂う蝶のように儚い子達。そんな子達は決まってお気に入りの人形に危害を加えつつ、宝物として扱っていた。

 愛され方も愛し方も知らない脆い存在(ゆえ)だな。大抵は精神を壊して去っていってしまった。


「取らないわよ」

「じゃあ良いわ、楽しく遊びましょう。叶笑、一緒にお着替えして!」


 クローゼットには『黒レザーのビスチェとショートパンツ』でSMの女王様ルック。私には『超ミニスカートとエロい下着の上下(フロントジッパー付き)』の白メイドルックが用意されていた。

 精神的に暴走しそうなミミを落ち着ける為に一旦指示通り着替えることにする。

 ふむ、この格好だと余計に興奮させないか? とりあえずサイズはピッタリで着心地は……思ったより良いわね。


 二人してエロいコスチュームに着替えて大きな鏡の前で女子高生らしく自撮りする。中々に背徳的だな……と考えていると早速迫ってきた。


「そろそろ良い? 気持ち良くさせてあげるから」


 言葉とは裏腹に、ミミはあまり興奮していないように見える。どちらかというと着替える前の方が興奮していた。恐らく……こんな格好に……トラウマがあるんだろう。焦っているというか、早くしないと嫌な記憶が戻ってくるとでも言いたげな態度。

 嫌な記憶を上書きしたいのかな?


「少しだけ待ってくれる?」

「どうしたの? 痛いことはしないわ」

「いえ。プレゼントがあるの」


 鞄からペアのピンキーリングを出す。ショッピングモールのファンシーショップに売っていた二つで三千三百円の格安リング。


「あら、これは?」

「貴女と私の秘密の誓いの証」

「あら、ロマンティック。どんな秘密の誓いなの?」


 じっと瞳を見つめる。


「貴女()幼い時に性的な虐待を受けてたでしょ?」

「なっ! 何を急に言い出すの!」


 ただ見つめる。哀れみではない。同情でもない。ただ、貴女も同じなのね、と見つめる。


「叶笑……貴女も……小さい時に……」

「叶笑ではないわ。叶笑はあの時が初めてよ」

「えっ? じゃあ……! 嘘なの? 嘘なのっ!」


 烈火の如く怒るミミ。『二人の秘密』などと言っておいて自分だけは綺麗なままなら、それは裏切り、真の裏切りだ。


「私の中のもう一人。ソイツは小さな時からクソ野郎の玩具(おもちゃ)にされてきた。穢されたし汚された。いつも行為の後は身体を全力で洗っていたよ」

「えっ?」少し混乱するミミ。

「私は運が良かった。戦い方を教わっていたから。純潔を奪われる前に……その男を殺すことが出来た」


 これじゃあ唯の独白だ。


「ある日、私に覆い被さってきたから魔導で首を落としてやったのよ。怖かったけど痛快だった。んふふ、それ以降は『悪魔の娘』とか『帝国の毒婦』とか散々な呼ばれ方だけどね」


 ギュッとミミを抱き締めて耳元で囁く。


「だから……だから教えて。貴女も小さな時に襲われたんでしょ?」

「何故、お前に教えなきゃいけないのよ!」


 言葉遣いが少し変わった。首に噛みついてきそうな迫力ね。これがホントのミミかな?


「私は傷を舐め合いたいの。同じ傷を持った女は、皆壊れてしまった。貴女のように強い人は居なかったわ」

「…………」

「だから教えて。貴女も襲われたことがあるの?」

「……いや。言わない……」

「じゃあ……」

「あっ……」


 そっと離れる素振りをするとミミから一瞬焦ったような声が漏れた。しかし、自分の手を握り締めみっともない叫びを上げないように耐えている。


 あらあら、ホント可愛い!

 養護院に捨てられた子達そのものじゃない。『生きるために身に付けた強さ』が他者からの愛情や優しさを拒否するのよ。(さと)い子ほど素直じゃなかったもの。

 まずニッコリ微笑むと涙を溜めた瞳から怯えた色が薄くなった。隣に座ってから右手をそっと持ってもう一回微笑んであげる。

 それから小指にリングをはめてあげた。


「いじめてゴメンね。ねぇ、右手の小指にリングをはめる意味を知ってる?」

「知らない……」


 不貞腐れてるけど安心した顔。ミミったら、優しくしてから突き放すだけで壊れそうよ。

 そういう子にはお守りが一番。


「それは『魅力』よ。私達二人は誰にも文句を言われないくらいの力をつけるの」

「なんの力よ……って魅力?」

「そうよ。ドレスという鎧を着て、ヒールという馬に乗り、メイクとアクセサリーで武装するの。私達は私達の世界で生き残る為に……というより戦い抜く為に武装するの」

「右手のピンキーリングは魅力……えっ、武装?」


 小指に収まる玩具の指輪を見つめるミミ。

 すっと私は空の指をミミの顔の前に出す。


「私、まだ丸腰よ。はめてくれないの?」


 今度はこちらをじっと見つめる。暫し見つめ合うといつものミミの表情に戻っていった。


「私がはめてあげるのなら、この指輪はダイヤより価値があるわ」と言いながら、ほんのり頬を赤くして指輪を小指にはめてくれた。

 んふふ、()いヤツよのう。


「武装した私達は誰にも負けないわ。さて、二人の記念に……人形の修理でもしましょうか」


 目を数回パチクリさせるミミ。


「えっ? 出来るの?」


 小説オタクの叶笑は変な知識の偏りがある。以前ビスクドールに興味を持ち、フランス人形、パンドラ人形と歴史を遡ったらしい。それぞれの人形の構造まで学習済みだ。


「そうね。肌の色は化粧品でいいかな。折れた腕と足は……木工用ボンドと木屑パテが欲しいわね……」


 インターホンを手にするミミ。


「木工用ボンドと木屑パテを購入してきて、急いで!」


 あら、メイドさん達には無理を言うことになったのかしら。まぁいいや、ミミの指示だし!


「では、ドレスを縫いましょう」

「どうやって……? ミシンも届けさせる?」


 針仕事はお手のものよ。私、『帝国の毒婦』なんて呼ばれてたけど、こういうチマチマした手仕事大好きなの。


「では、綺麗な布が二、三枚ないかしら」


 部屋から飛び出していくミミ。満面の笑みを浮かべて両手に山盛りのストールやらハンカチを持ってきてくれた。色違いの布二枚を組み合わせてからピンで留める。

 ほら、簡単にドレスが仕立てられた。


「今日は仮縫いね」

「きゃっ! すっご〜い! 可愛い!」

「ふふふ、褒めて良いわよ」


 すると、ドアがノックされた。


「お嬢様、お待たせしました」


 流石はプロフェッショナル。二人のコスプレ姿には一瞬視線を向けただけで無視してくれたわ。ところで、木工用ボンドと木屑パテ。こんな遅くにどうやって手に入れたんだろう? あっ、七竈戸化学工業製……これ以上考えるのはやめよう。


 関節を作るのは無理。だから真っ直ぐで固定しちゃう。木工用ボンドとパテで無理矢理に治してあげる。

 人形の髪の毛の手入れの知識も叶笑の頭の中にはある。雑学が凄いわ。リンスを薄めて髪に塗る。ドライヤーを低温で当てながら整えてあげる。

 さぁ、仕上げよ! メイクを小さな筆でしてあげる。


「叶笑! 手が震えてるわ」

「うぅっ、お顔が小さ過ぎよ! 難しい……」

「私にやらせて!」

「わっ、上手……」

「えへへっ、初めてやったけど、可愛くなってきた!」


 しかし、エロコスプレした女子高生二人が深夜に人形遊びよ。背徳的過ぎて震えるわ。


 はい、完成よ!

 綺麗になった人形を見つめるミミ。暫くすると突然スイッチが入ったかのようにテンションがおかしくなり人形のスカートを捲り股の辺りを指で突いている。


「ほーらっ、メリッサ、イタズラしちゃうわよー」


 こちらをチラチラ見ながら無理矢理楽しそうな声色を作っている。楽しそうな声の裏に震えるほどの嫌悪感を隠せていない。そうか、この人形はミミそのものなのか……。二人で苦労して治した人形を、また傷つけようとしている。


 やはり……同じ境遇の叶笑を助けたかった。そして傷つけたかった。泥の中に沈むなら、二人で沈みたかったということか。


「ダメよ」


 そんなこと、私が許すわけがない。


「何でよ! メチャクチャに壊して……あっ……」


 ただ見つめる。

 否定はしない。ただ見つめるだけ。


 ほら、貴女(ミミ)の中には恐怖が芽生える。


『私に呆れられてしまう。私から離れてしまう、私を嫌いになってしまう』


 それは、こういう子にとっては純然たる恐怖。時には自らの命よりも重い恐怖。


 目が虚に泳いでいる。

 その瞳には涙が溜まっていく。

 貴女の目には、今、何が映っているの?


「ミミ……」


 ミミに身体を寄せる。

 思わずギュッと目を瞑るミミ。身体はガタガタと震えていて瞳からは涙が漏れ出している。

 突然にミミが小さな女の子のように怯えだした。

 消え入りそうな声で「酷いことしないで」と呟いている。

 そんなミミをそっと抱きしめる。


「怯えなくてもいい。私はお前に酷いことはしない」

「叶笑……?」


 両頬に手をやり顔を近づける。


「エリザベート・ミシェル・ラ・ナイアリス。これが私の本当の名だ。真名(まな)を知ったからにはお前は私の家族だ。この命に換えてもお前を護る。だから安心するんだ」


 何を言われたか分からないかもしれない。

 ただ、私は本気でこのか弱い存在に伝える。


『私はお前の味方だ。掛け値なしにお前を守る』


 すると、目の前の少女に安らぎと安心の色が戻ってきた。私の真剣な言葉が伝わってくれた。

 嬉しい。


「お姉様と……お姉様と呼んでいいですか!」

「んふふ、二人だけの時なら良いわ。でも、まずは友達になるのが先でしょ」

「はい!」


 パッと顔を明るくするミミ。年頃の少女らしい希望に満ちた笑顔だ。私はあの子達の、こんな顔が好きだった……それを……えーい、今はマリアンヌ、お前の顔を浮かべるのはやめておこう。


「大事な友達だ。私が……この世界にいる間は生涯大事にする」

「ふふ、プロポーズみたい」


 妖しく腕を首に絡ませてきた。


「友達だって。もう性奴隷じゃなくていいんでしょ?」


 おもむろに抱きつき押し倒し唇を奪うミミ。

 ちょっと、ファースト女の子キスよ!

 いえ、殿方とのキスだって八歳の時に前世の幼馴染の子とチュッてしたっきりよ!


「じゃあ、友達としてなら良いでしょ? 抱いて……」


 えーーっ? こうなれば毒食わば皿まで……じゃないわよ! どうしよう……どうしよう?


「お願いよ、お姉様。今夜はミミを抱いて!」


 こうなれば……覚悟を決めるか!


「ミミ、勝負だ!」



◇◇◇


 朝日が眩しいわ……。

 絶対に私の顔、クマができてる。反対に隣のミミは肌ツヤツヤ。

 そりゃ襲い掛かるミミをマッサージで撃退して眠らせる。暫く寝るとまた襲い掛かるので必殺のヘッドマッサージも繰り出しまた寝させる。

 そんな事を朝まで繰り返してたら、二人とも寝不足よ。ただ、私の神の手マッサージの効果は本物。

 ミミの肌はプリプリよ!


「また来週ねー!」


 行きと同じハイヤーで家まで送ってくれるらしい。私邸のドアからミミが見送ってくれている。


「性奴隷の契約は解除ね。だから金銭的なやり取りは無しよ! お友達とのお金関係はクリーンにする主義なの!」


 ニコニコと手を振りながらミミに聞こえないように呟く。


「世間は厳しいわ……」


 ハイヤーに乗り込んだ瞬間に意識が無くなったの。次の瞬間にはいつものアパートに到着してたわ。



◆◆◆


 インターホンに出ないミミを心配して私邸には母親が様子を見にきていた。

 部屋にそっと入っていくとベッドの上にミミが寝ていた。ボンデージ風の衣装にギョッとしたが、ここ最近は見たこともない安心しきった笑顔を浮かべてベッドで眠っていた。


「叶笑ちゃんのお陰かな……」


 その横に置かれている綺麗になった人形を見て優しく微笑んでいた。



◇◇◇ 翌週の月曜日の校門


 ハイヤーから出てもミミはしつこく腕を組み離れてくれない。ミミは満面の笑みを浮かべてるけど、逆に私は絶対に不機嫌そうな顔が出てるわよね。

 あらあら、周りの生徒の戸惑う様は愉快だわ。

 特に騎士は困惑の極みよね。

 二人の前にヨロヨロ出てきた柏原(かしわばら)伊吹(いぶき)


「二人は復縁したのか?」

「今はラブラブよ!」

「うぇっ……」


 小さな反論の呻き声はミミからは無視された。


「そ、そうか……南早田にこんな事を続けるのはあまりに苦痛だった。まるでポアンカレ予想を解くためトポロジーに生涯を賭けたが微分幾何学(びぶんきかがく)を使った解説が理解できなかった数学者のように苦痛だったのだ。心底良かった……」

「あら、そう(全く分からん……)」


 でも、少しホッとした、この男を傷つけなくても済んだからな……あれ?

 一瞬の違和感が何かを考えようとした時、ミミが歩みを止めた。


「ん? どうしたの?」

「お姉様……少しご相談が……」


 ミミが不安そうにぎゅっと強く抱きついた。


「助けてください……」



――更に大きなトラブルの予感



――そしてその予感は当たっていた



――叶笑に安息は来るのか? いや多分来ない

第二の女帝編、完結!

偽りの女帝と騎士は叶笑エリザベートに降った。

しかし叶笑の財布は二ヶ月分の借金だけが残った。更に七竈戸の不審な告白。まだピンチは続く。


★一人称バージョン 2024/1/3★

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ