第七話 第二の女帝③ 奴隷と偽りの女帝 その1
「南早田さん、私の性奴隷になりなさい」
性奴隷? 女の子同士で何するのよ! えっ、ナニするの? いやーん!
「し、し就労条件は?」
照れ隠しに最初に飛び出たセリフがこれって……思わず聞いちゃった。
少し困惑する七竈戸。
「えっ? んーと、土日どちらか一緒に遊んで欲しいな。月一でお泊まり会ね。あっ……週末がアノ日だったら……どうしましょう?」
「部屋でお茶会はどう? 何ならお腹さすったりしたげようか?」
「あっ、嬉しい。私ね、割と重いのよ。お給料は私のお小遣いから出すから……毎月これくらいが精一杯かな」
スマホに金額をメモして見せてくれる。
ぐはっ! 今のバイト代の二倍以上よ!
結構心が揺れ動く。
実はこれで万事オッケーなのでは?
「…………」
「どう?」
「保留よ!」グレーゾーンだから一旦保留!
急にいそいそと腕を組み、ふふん、とイジワル顔を決める七竈戸。
「ならば、苛烈な攻撃が続くこと覚悟しなさい! ほほほ、また会いましょう」
カッコつけて教室から出て行った。
すると女子生徒がパタパタと四、五人集まってきた。
「南早田さん、七竈戸さんとお知り合いなの? 羨ましいわー」
「そうよね。演劇でもやってるの?」
「あんな楽しそうな七竈戸さん、初めて見たわ」
「ところで『せーどれ』とは何でしょう?」
んー、何なんだ。
突然の性奴隷だぞ?
女子が和気藹々と語るには不穏当過ぎるだろ。
「さぁ、私も詳しくは分からなくて……」
おお、三人はポカンとしてるが一人だけ顔を赤らめているぞ。ふふ、お前は耳年増だな。
顔が真っ赤になった女子生徒は目が合うと恥ずかしそうに俯いてしまった。
「んふふっ、七竈戸さんは気難しい方ですけど、今日は機嫌が良いようで幸いでした」
無意識に真っ赤な顔の女子生徒の手をそっと握る。
相手が接触してくれた。この攻撃の意図が見えてきた。これで突破口を開けるぞ!
微笑みを浮かべながら思わず手の甲にキスをする。
「あっ、南早田さん……」
「ふはは、僥倖だ。正しく天から降り注ぐ一条の光。暗愚な自分にほとほと呆れていたが、辛うじて戦えるかもしれん」
「あ、あらっ……」
握ったままの手を引いてダンスを始める。戸惑いながら私のリードでダンスに付き合う女子生徒。
「南早田さん、小説を書くとお聞きしていたけど……ダンスや演劇もお得意なのね……」
「そうですわね……」
クルクルと廻る二人を眺めて周りの女子が少しうっとりしていた。
◇◇
さて、どうするべきか。
お気に入りのシャーペンを鼻の下に挟んで頬杖をついてぼーっと教師の言葉を聞いている。
しかし……この数学や英語は何を喋ってるかも分からん。また保健室で惰眠を貪るか? ふふ、まぁ叶笑に悪いか。エリザベート、気合いを入れろ!
シャーペンをカチカチと芯を出す……つもりがペン先から芯がするすると落ちてしまった。少しだけじっと机の上に落ちた芯を眺める。
突如戦慄が走る!
「まさか……」
小声で呟くと震える手でシャーペンから芯をノートの上にバラバラと取り出す。
何とっ! 0.3ミリ、0.5ミリ、0.7ミリの替芯がバラバラに混ぜられている。お気に入りのシャーペンからも芯を抜くが、そこも混沌としている。
柏原っ! パン屋では中立を誓ったとはいえ、手は抜かないということか!
えーい、冷静になれ! 先ずはこの惨事への対処だ。
脂汗をかきながら机の上で芯の太さを揃える選別作業を始める叶笑。
「うぅぅっ……あぁぁっ……くぅっ!」
プルプル震えながら変な声が上がる。
ノートの一枚が汚れるのはこの際尊い犠牲と思うしかない。
しかし……ダメだ、既に二本折れてしまった。あぁ、また一本、それも自らの手で!
叶笑の記憶に感情を揺さぶられマジ泣きしてしまう。
こんな厄災にいつまでも付き合っていては叶笑の精神がもたん。えーい、こうなれば玉砕覚悟だ。直接対決しかない!
涙ながらに折れたシャー芯を握り締め反撃を誓った。
◇◇
ちょっとぐったりよ。疲労困憊よ。気を取り直してボッチ飯のランチを楽しむことにするわ。
ふふふ、今日はヤマシマ製パンのナイ○スティックよ。全長三十センチの破壊力のあるフォルム、天使の羽を毟って詰めたような軽いクリーム。正しく天界の食べ物!
絶妙な食レポよ、と満足しながら七竈戸、柏原を追い詰める作戦を一人考え中。口惜しいけど第二の女帝と騎士の攻撃は的確に叶笑の心と財布を削っている。
ここは短期決戦しかない……か。
しかし『女帝と騎士』か。突然に始まった学校非公認の組織。コイツらの権力が強過ぎるせいで、どれだけの善良な生徒がこの学校を去っていったか。
生徒会とは独立している生徒主体の組織だけど、もはやこの学校を完全に支配していると言っても良い。定員十名……まぁ、誰かさんのお陰で今、その任に就いているのは八名だがな。
ふふふ、名を連ねるには既存メンバーの推薦が必要で、世襲に近くそれぞれに縁が深い人員が選ばれることになるだろう、なんて話だ。そうそう増員はあるまい。
ちなみに現生徒会は正しく傀儡で女帝達のスポークスマンと化している。
叶笑の記憶では、前生徒会長は清廉潔白がモットーだったので組織構築に猛反対したらしい。生徒会全体で女帝達と全面対決となったが、その過程も結果も惨憺たるものだったと噂されていた。
あっさりと生徒会メンバー全員が退学してしまった。親が職を失ったり、会社を潰されたり、クビになったりと、悲劇的な結末を迎えたとのこと。
中でも前生徒会長は性被害に遭ったと実しやかに噂された。叶笑も耳にしたことがある。
そして……それは恐らく事実なのだろう。
私のように第一の女帝の騎士の慰み者にでもなったのか。全く、虫酸が走る話だ。
こんな感情になると、どうしても一人の女を思い出す。
「マリアンヌ……こうもお前のことばかり考えてしまうというのは、まるで恋焦がれる乙女のようだな」
苦笑しながらナイ○スティックの入っていたビニール袋を無駄に丁寧に畳んで縛って小さくする。自分で言うのも何だが……こんな小市民に非道な暴力とは女帝などと大層な名前の割に小物だ、そう判断していた。
しかし……ここ最近の違和感。
七竈戸と柏原の二人には悪意が見えない……いや、シャー芯と消しゴムの角の仇は必ず討つがな!
あの女からは無邪気さ……柏原からは慈悲、憐憫、いや、同情すら感じる。
「柏原は知らんが七竈戸は脅されるような女ではあるまい。やはり、膝を突き合わせて話を聞いてみるしかないか……」
さて、考えていても仕方あるまい。
◇◇
七竈戸を文芸部の部室に呼ぶことにした。
古風にも手紙に面会の誘いを認めて彼女のクラスまで届けに出向いた。知らない女子生徒に手紙を渡すとこちらに気づいたのか無邪気な笑顔を向けて手を振ってくれた。そこに会釈だけして戻ってきたのが四時間目の授業終わり。
「まぁ、来るとは思うが……」
放課後となり部室のソファーで一人待っていると扉が勢いよく開けられた。
「お誘いありがとう! 今朝の返事?」
見るからに楽しそうだ。遠足前の幼稚園児のような笑顔が見える。
敵対している筈なのに悪意が全く見えない。
前世でもこんな無邪気で可愛らしい人は居た。不機嫌になっても喧嘩しても悪気なくて、何事にも全力で、私より二回りも上だったのに可愛らしい人だったなぁ。シャーリー様……またお会いできること、お祈りしますわ。
いけない、いけない。現実逃避はやめましょう。
「はい、お返事しようかと思いまして」
「あら嬉しい。それで、どちら?」
またいそいそと腕を組んで仁王立ちするが、「今は違うか」と小声で呟き片腕を腰に持ってきてモデル立ちでポーズを取っている。顔はワクワク顔だ。
「返事をする前に幾つか質問してよろしいかしら?」
「勿論! 喜んでお答えするわよ」
まず悪意から聞く。
「何故お母さんのパートをクビにしたの?」
「あなたのお母様のこと? 私のことを知って欲しかったから。その日、お母様から私の名前を聞いた?」
「そりゃ聞いたけど……」
七竈戸の自慢げな表情には悪気がない。浮世離れしているということか?
「そのお陰で、ウチの家計はボロボロよ! 遊ぶ暇もないくらい。働かなきゃいけないのよ!」
「えーっ? 私だけの性奴隷になれないの?」
本気の悲しそうな顔。
これは……アレだな。分かってきた。
「しょうがないじゃない。お金が無かったらご飯も食べられないのよ!」
「ご飯食べられないって、柏原もいってたけど月八万よ? お母さんのお小遣いが減ったってご飯は関係ないでしょ? もー、ぷんぷんよ!」
両手に腰で頬を膨らませている。
やっぱりアレだ。
「月八万で二人がご飯食べてるのよ! 年収百三万円の壁を超えないように働いてるの!」
「壁? えーっ? ホントに百三万円で二人が一年暮らしてるの? うっそだー!」
「ホントよ。貧困シンママ家庭よ。ヤバいでしょ?」
「えーーっ……ご、ごめん。私、知らないことばっかり……」
そう。七竈戸ミミ、お前、正真正銘のガキだな。浮世離れも甚だしい。
ならば、『トモダチ作戦』だ!
「許してあげる。だから『性奴隷』でも何でもなってあげる。だから、変なことやめて! 柏原にもやめるよう伝えて。お願い……」
少しだけ悲しい演技をしてみる。
どうかな?
「南早田さん……」
泣きそうな顔をしてる。
よし、追撃だ!こちらも目を潤ませじっと見つめる。
「分かったわ、攻撃は全てやめる! だから、あなたは私の性奴隷になりなさい!」
次は動機を聞こうと思っていた……が面倒だ。虎穴に入らずんば虎子を得ず、か。
んふふ、もし本当に性奴隷をご所望なら……私の指テクでぐっちょんぐっちょんに……あっ、すみません。ウソつきました。そういうの良く分かりません。
うぅ、襲われたら……どうしよう? 禁断の百合な世界に突入なの?
それはダメよ。殿方ならまだしも同じ女の子って何したら良いのよ。えっ、ナニすれば良いの?
きゃーーっ!
えーい! 女は度胸。やるしか無い!
そっと立ち上がりスカートの埃を払う。
改めてじっと見つめてから両手でスカートをちょこんと持ち片足を下げて膝を曲げた。
カーテーシーよ。
「貴女の奴隷になることを誓うわ」
七竈戸の顔がパッと華やいだ。
「これからはミミと呼びなさい、叶笑! 全ての攻撃をやめることを誓うわ」
ミミもカーテーシーを返す。
薄暗い部室の中、淫靡な契約を結ぶ二人。
少しの間、見つめ合う。
「じゃあ、週末を楽しみにしてるわ。よろしくね」
ミミはスカートを翻すと部室から出ていった。
「反撃の狼煙か、敗北の白旗か、どちらに転ぶか……」
状況の不明確さに少し鳥肌が立つ。しかし、それを無視して一人微笑むことにした。
「なるようにしかならないわ」
◇◇◇ 学校の帰り道
歩きながら携帯でメッセージ交換する。
今週の金曜日はミミの家にお泊まり会と決まった。
正真正銘の女子高生のお泊まり会だが目的は不穏当極まりない。
まぁいいや。最悪(尋常じゃ無いくらいの)仲良しになるだけよ! 特に問題は無いわ。
「ミャー子、ただいまっ!」
無駄に明るく老猫に声を掛ける、がコチラに視線もくれない。少しイラッとするが気分だけでも明るくしようと階段をカンカンとリズムよく上がる。
「ただいまー……って、またーっ!」
アルコール臭い。ドスドスと威圧しながら部屋に入るが波子は缶ビール片手にメソメソ泣いていた。
「仕事決まらないのー」
話を聞いてみると、どうやら名前を出すだけで面談に落ちるらしい。七竈戸財閥の関連企業ばかりのこの街では暮らせなくなるということか。
それにしても商店街でビールがまた二箱当たったらしい。えーっ、これも七竈戸財閥のおかげなの?
辟易してると私のスマホが着信を告げる為に鳴動していた。
「もしもし、叶笑です。七竈戸さん、何です……えっ? あっ、そうでした。えっと、み、ミミさん……えっ、み、ミミ。はい、叶笑でいいですよ。呼び捨てて下さい。ご用件は?」
少し話して電話を切る。波子に伝えようと声をかけたところで、今度は波子のガラケーが鳴った。
「ぐすん。はい、もしもし。あっ……えっ! あっ、はい! ありがとうございます」
凄く嬉しそうだ。
「叶笑、私ね、パート戻ってきて良いって!」
ここでピンと来た叶笑。
「ちょっと電話代わって!」と慌てて波子のガラケーを奪い取る。
「何、なによー?」
「もしもし、私、波子の娘の叶笑と言います。えっと七竈戸ミミさんの親友です! だから時給を倍にしなさい」
「ちょっと叶笑! 無茶言っちゃいけないわよ……」
叶笑の肩を揺すりながら心配そう。
「あっ、はい! あら、そこにいらっしゃるの? あら、はい。ホントでしょ。あ、波子に変わります」
「もしもし、えっ? 事務派遣ですか! がんばります!」
こうして波子はパートから時給が倍の事務派遣にレベルアップ。南早田家の景気動向は爆上がりした。
「やったわ、週末の夜はすき焼きでも食べましょう。鶏肉じゃなくて牛肉よ!」
「ごめん、週末は外泊なの。今の七竈戸さんと遊ぶのよ」
「あら残念。じゃあ、お小遣い奮発してあげる」
波子は財布からなけなしの二千円を出してきた。
うひゃー、札よ、紙のお金よ!
でもね、私はお金の使い方を知る女。浮かれて文房具を買い漁らないわよ!
「お母さん、お小遣いをもう少し前借りして良い?」
流石に渋る波子から二ヶ月分のお小遣いを前借りして三千円をゲットした。
さぁ、これで最後の切札を調達するわよ!
女帝・七竈戸と騎士・柏原からの攻撃に精神と財布へ致命的なダメージを受ける叶笑。
逆転の為に自らの貞操を賭金にして反撃する。
★一人称バージョン 2024/1/3★