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第四話 Appendix:補給線を確保せよ②

「私に触れねば怪我はせん。そこを退け」


 (エリザベート)は前世で戦技訓練も受けていた。

 母国のナイアルス公国は帝国の主要国家の一つであり軍事大国でもあったわ。そこでは魔力を有する貴族階級は騎士団と呼ばれる軍事組織に属すのが(たしな)みで、それは女子でも同様だった。

 戦乱は百年以上も前に終わり、平和で濁った世界とはいえ、魔力を使った防御と攻撃は思春期の頃には集団で学ばされている。


「うるせー、ぶっ殺してから犯してやる!」


 だからこんな恫喝、何も感じない。魔導防御を学んだ騎士に一般の民草が何人集まっても傷一つ付けることは出来ない。

 そんなことも……そうか。分かるはずもないか。


「お前ら如きが……私を殺せると思っているのか?」


 呆れるような表情を浮かべると、流石に普通ではないことに気づき始めた。


「クソッ! スタンガンか何かかよ?」

「おい! なんかヤバくないか、この女……」

「はっ、ビビってんじゃねーよ! うっし、オレが!」


 細身だが凶暴そうな風貌の男が警棒を構えるや否や思いっきり上段から私の頭に振り下ろす。


「ぶっ殺してやるぜ!」


 仕方なく、右手を穏やかに上げて人差し指を一本立てる。唸りを上げて振り下ろされる警棒は指一本にピタッと受け止められた。

 その瞬間、男の腕も逆方向に弾け飛んだ。嫌な音と共に千切れる勢いであり得ない方向に曲がっている。


「ぎゃーー! 痛え、痛えよー」


 左手で右肩を抑えながら、しゃがみ込み泣き出してしまう。


「クソ野郎……おい、殺し(やっ)ちまうぞ!」

「あ、ああっ!」


 奥のロッカーからクロスボウ(石弓銃)を取り出し構える。

 もう一人は手斧を引き出しから出してきた。


 それらを見ても、私は恐怖は感じない。じっと見ながら最後通告を呟く。


「良いんだな? 貴様らは死ぬ覚悟があるのだな?」

「な、な、な何言ってるんだ! お前が死ぬんだよ!」

「死ぬ覚悟はある、ということか……」

「う、うるせーー! 死にやがれ!」


 鈍い音と共に矢が私を襲う。

 しかし、矢は私の顔の数センチ前の空中で停まっている。その矢をそっと手に取った。


「うわぁー、お前、何者なんだーー!」


 大慌てで矢をガチャガチャとセットし始める。

 ため息を吐きながら矢を捨てると、右手の人差し指、中指、親指の三本を男に向けた。


「炎よ融合しろ」


 エリザベート()の呟きと共に三本の指の間に小さな赤い光が集まり始める。


プチ(Puti) インビジブル(Invisivle) クリムゾン(Crimson) ナイフ(Knife)!」


 呪文を発すると集まっていた赤い光がレーザー光線のような三十センチほどの赤く短い光線となりクロスボウに向かって飛んでいく。弓を引こうと悪戦苦闘していると突然に銃身が真っ二つになってしまった。


「うわっ! お、お前……なんなんだよ……」


 切断された断面はまだ煙を上げている。


「次に邪魔したら、お前らの身体を真っ二つにする」


 大お婆ちゃんの発明した攻撃魔導。略して『ピック(P・I・C・K)』は全てを叩き斬るわ。ナイアリス家の女達は代々この魔導を受け継ぐの。

 ふふふ、自慢の大お婆ちゃんは『魔導の天才』と呼ばれた尊敬するご先祖様。勿論見たことはないけど、肖像画が沢山残ってるの。そういえば……叶笑みたいな()()()()が特徴ね。

 後は、庶民の皆様を大切にしていたと。決して安易に身分差で傷付けたり殺したりしなかったと。

 優しい大お婆ちゃん。


 難しいわね、攻撃してきた者を許すのは。

 男達を睨みつける。すると、戦意を完全に無くしているのがありありと見てとれた。


 しょうがないか……。私も甘くなったものだな。


「ふふ、じゃあ帰るわね……」


 扉を開けて出て行く私を咎める声は、もう掛からなかった。


◇◇


 駅前に戻ってきたので脈絡無くモデル立ちを決める。


「結局、成果無し? うら若き女子高生が勤労の機会を得ようと奔走して、成果無しですってー!」


 思わず駅前で一人叫んでしまう。

 すると、びっくりしたのか周りの人達は遠巻きに私をじっと見つめていた。それに気付いた私は下を向いて逃げるように帰り道を歩き始めた。


 うぅ、恥ずかしい。思わず演劇のように叫んでしまった。しかし……どうしましょう?


「これでは月五百円生活から脱却できませんわ……」


 歩みを止めず小声で呟く。

 さて、どうしましょう。こうなれば春でも売るか?


 いや、これはダメだ。約束したんだった。

 昨日の夜、お母さんとアルバイトについて議論したの。


◇◇ 昨晩のアパート


 昨日の夜、前世では文字通り死んでも守り切った純潔を失っていることに()()気付いてしまった。そこに業○スーパーで買った『お徳用チョコ』が品切れしてることで波子とマジ喧嘩。『欲しいならお小遣いで買いなさい!』ともっともなことを言われて反撃気分の私。


「お母さん……私ね、これといった取り柄が無いの」

「あら、それで?」


 パートに出かける前、波子は気合い入れる為に牛乳を一気飲み中。余裕綽々の様子にムカついたので、絶対に嫌がる事を言いたくなった。


「だから、身体売ろうと思うんだけど、どう?」

「ぶっ! ゲホッゲホッ、な、何アンタ言ってんの?」

「いえね、処女でもないし、なんか手っ取り早くお金貯まるらしいのよね」

「……本気(マジ)?」

「んー、どうかなーって……ダメ?」


 牛乳をまだ口から垂らしこちらをじっと見つめている。

 ははは、攻撃成功。それでは、もうひと押し!


「春を売れるのは女の特権――」

「――じゃあ私が売りをやるわ。良いかな?」


 予想外の反撃。夜の街で艶やかな衣装に身を包み、化粧濃く男に色気を振り撒くお母さんを思わず想像する。


「やめて、やめてよ! 勘弁してよー」

「同じだからね。アンタが売ってるとこ想像したら、とても耐えられなかったわ」

「あっ……あら、そう」

「アンタがダメ男と付き合って妊娠したって応援するわ。でも売りはヤメて! 分かった? 売りなんかしたら……」

「したら?」

「一家心中に一直線よ」


 あっ、マジだ。


 ニッコリ微笑んでる。

 でも涙目の上に瞳の奥は怒りの炎に燃えてるわ。


「ひぃ……」


 小さく悲鳴が出て、この議論は永久封印が決まった。


◇◇


 しかし……私、『経験済みのオトナな女性』なの。最悪な処女喪失で、とてもレディーって言えない未熟ボディーだけどね。あぁ、純潔だけは死んでも(まぁホントに死んだが)護り通して、それ以外のあらゆる手段を使って宮廷を駆け抜けていた。

 それが……それが!


「マリアンヌー!」


 思い出すと叫びたくなるのを抑えられない。

 震える腕が暫くすると、だらんと下がる。がっくし。思い出すだけで体温が一度ほど上がり、心の中にはマイナス二十度の風が吹く。


「はぁ、帰ろう。チ○ルチョコでも買おうかな……」


 突然に大きなエンジン音が背後から聞こえてきた。タイヤが唸りを上げて一台の大きな車が私に突進してくる。中に乗るのは先ほど痛めつけた男達の中で、怪我をしていない二人。薬でもやったのか目が血走っている。


「アイツらか……」


 もはや手加減など出来ん。

 また、右腕をゆっくり上げて三本の指を向ける。


「炎よ融合しろ、炎よ集束しろ」


 指の間に赤い光が集まる。左手を右手首に添えて衝撃に備える。


「炎よ永遠に伸びろ! マキシマム(MAximum) バージョン(VERsion) インビジブル(Invisivle) クリムゾン(Crimson) ナイフ(Knife)……」


 赤い光は眩しいほどに強くなりキーンと甲高い音がする。狙いを定めるように突進してくる車の少し上に腕を向ける。


「略します! マーベリーック(MAVERICK)!」


 右手から細く赤い線が延びる。

 それは全てを焼き切る射程距離無限の熱線。

 腕を振り下ろすと遠くの電線が火花と共に左右に両断される。暴走車には上から下まで真っ直ぐに赤い線が縦断した。

 直後に車体は徐々に左右に分かれていく。運転席と助手席で徐々に離れていくのを見つめ合う男達。私の左右を半分に分かれた大型車が通り過ぎていく。

 そのまま電柱と街路樹にぶつかって停まった。


 私は事故現場を淡々と歩いて通り過ぎる。傷だらけで頭から血を流した男達は私を見ると悲鳴を上げながら逃げていった。


 殺伐とした空気に泣けてくる。バイト探しにいって自動車真っ二つよ。


「はぁ、殺さなかったのよ? 『優しくなったな、エリザベート』とか殿方に褒めて欲しいわ……」


 うぅ、こんなの嫌だな。ぐすん。これでも華の女子高生よ。何かとても甘いものでも食べないと立ち直れないわ。こういう時はスイーツよね。

 チ○ルチョコじゃなくて、ちゃんとした奴。

 財布の中身を確認。辛うじて三百五十円が入っている。


「んふふ。ギリギリね」


 一人呟き意気揚々と目当てのパン屋さんへ大股で歩いて向かう。ドアを押し開くと『ちりりーん』とドアベルが甘美な音を鳴らした。


「いらっしゃいまっせー」


 気だるい店員の挨拶を無視してお目当ての品を確認。そこには『完璧で究極な柔らかクリームパン』が鎮座していた。三百四十円の高級クリームパン。

 んふふ、有金(はた)いてお釣りは十円よ!


 ふわふわトロトロのクリームパンを華麗にトレイへ載せるとステップを踏みながら颯爽とレジに向かう。


「会計します。『完璧クリーム』が一点で三百六十円となりまーす」

「えっ? あ、あの……三百四十円では?」


 何故? えーっ、お金足りなーい! きゃー、どうしましょう!

 ここで初めて店員さんと目が合う。

 あれ? 見たことある……よね。


「先日値上げしたんです……って南早田さんじゃない? お久しぶりね」

三隈(みくま)部長!」


 去年の文芸部部長で三隈(みくま)(しおり)さん。今は付属の短大一年生よね。


「十円くらいは奢らせて。貴女には色々とお世話にもなったし……」


 クリームパンを袋に手早く詰めてくれた。レジを操作し『三百六十円』のレシートを切ってくれている。


「ありがとうございます……部長」

「部長はやめてよ。まぁ、あなたとは文芸部の中だけだったものね」

「はい……」


 あの頃、四、五人は部員が居たってのもあるけど、部長と二人きりで話したことは数回しかなかった。気不味くなって辺りを見回していると、レジに貼ってある小さな『バイト急募』の貼り紙を発見した。


「あっ……このお店もバイト……募集してるんですか?」

「えぇ。私が後、一ヶ月ほどで辞めちゃうから」

「ふーん」


 パンを受け取りながら瞬時に脳をフル回転させる。

 ここで『バイト募集』を見つけるなんて正しく天啓じゃない?

 でも、華の女子高生が一日中頑張って面接で全滅なんて部長には知られたくないわ。

 よし、さりげなく情報収集しましょう!


「あの、時給は幾らくらいなんですか?」

「思ったより高いのよ。千二百円……あら、もしかして南早田さん、興味あるの?」


 うぐっ、昔から隠密行動は苦手だ……時給聞いたらバレるか。えーい、『聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥』だ。ここは正面突破!


「はい。バイト探してて、今日面接で全滅だったから……」

「あら大変、お金はいつも、大事よね……」

「……まだ五七五調で会話する奴やってたんですか?」

「うっ……」


 あれ? 何故か叶笑の記憶に任せると、無駄に張り合っちゃうし当たりが異常に強い。叶笑、もしかしてこの人(三隈部長)が嫌いだったのかな?


「南早田さん、厳しいのは昔からね。折角だから勇気出して私もあなたに聞きたいことがあるの」


 少しの沈黙。間を開けて部長が俯き加減で呟いた。


「私のこと……キライだった?」


 今度は此方が沈黙。叶笑の記憶を思い起こす。


「違うみたいです……」

()()()って……」


 少し不機嫌になる部長を無視して続ける。


「あなたに嫉妬していたみたいです」

「えっ?」

「私が入部した時、あなたは大した才能も無いのに人望だけはありました」

「うぐっ……」

「カッコいい彼氏……いえ、彼女さんもいらしたし……」

「うぅっ……バレてたの?」

「はい。皆さんしっかり教えてくれました。何度かお見かけしましたし」


 部長が挙動不審な程に狼狽えている。


「バカップルはやめてたからバレないはずだったのに……」

「私、お相手の石川先輩から『栞をヨロシク』って挨拶貰ってましたよ」

「文芸部の部員には秘密よって疾音(はやね)にも言ってたのに……」


 学生時代の黒歴史が色々とフラッシュバックし始めたらしい。一人悶えている。

 面白い。


「でも、いつも場の中心にいて、明るくて、凄く素敵だなって思ってました」

「えっ?」

「だから……これは嫉妬。貴女は私の目標の一人です」

「き、急にデレられると……嬉しいわ、私も貴女が、好きでした」


 五七五調の急な告白。

 流石に警戒するわよ。私は性的指向はノーマルなの。叶笑の記憶が『じぇんだー』的に今の考えは良くない、と訴えてるけど怖いものは怖いわ。

 両手で拒絶を表現しながら一歩後退ると、部長は慌て始めた。


「あっ、違うの。貴女の書く物語が好きだったの。それも……そう、激しく嫉妬するほどに……」

「そうなんですか?」

「そうよ。私が部長の代は仲良しグループで楽しかったけど、貴女が入部するまで何も実績が残せなかった」


 確かにそうだ。この部長は一年生の時に某お茶の俳句コンテストで佳作になったのが唯一の勲章だった。


「貴女は突然現れて、小さな賞だったけど小説のコンテストで結果を出したわ」

「はい……」

「それは悔しかったわ。呪いそうなくらいよ。でも、誇らしかったし嬉しかった。貴女が部に在籍してくれるだけで、死ぬほど嬉しかったの」


 急なデレ返しに狼狽える。


「えっ……あっ……死ぬほどは言い過ぎ……」

「いえ。貴女が私達を置いて部から巣立ってしまうことをいつも想像していたわ。それは胸が張り裂けそうなほどに怖かった。でも、貴女はずっと私達の同志でいてくれた。今でも、()()文芸部のエースは掛け値無しに貴女よ」


 ど直球の告白……そう。この部長、俳句は下手だけど突然の一言に心が動かされる。


「貴女はかけがえの無い存在なの。だから安心して。そういう意味の『好き』よ」


 だから、そうだ。私も好きだった。


「聞けば学園生活もプライベートも色々と大変らしいわね。困ったことがあれば助けになるわ。何でも相談して」


 びっくり顔の私の瞳から涙がそっと滑り落ちる。



 ほら、叶笑。

 貴女は逃げるだけで良かったのよ。

 そうすれば、救いの手は必ず伸ばされていた。

 ほら、叶笑。

 貴女は死ぬべきでは無かった。

 そうよ、貴女はかけがえの無い存在。

 叶笑、聞いてる、叶笑。

 ただ、逃げれば、違う未来が待っていたのよ。



「だから、明日からよろしくね。ちなみに見習い期間は時給七百円よ」


 微笑みながら手をぎゅっと握ってくれる。私は涙を流しながら辛うじて一言口に出した。


「世間は世知辛いわね」


◇◇


「ミャー子! バイト決まったわよ」


 寝ている老猫に声をかけるが一瞥するとまた目を瞑ってしまった。いつもの事なので気にせずアパートの階段を駆け上がり元気に扉を開けた。


「お母さん! バイト決まったのよー! 勿論普通のバイトよ!」


 夕方に帰って来ると、普通ならまだ寝てる筈の波子は缶ビール片手にグデングデンに酔っ払っていた。


「何酔っ払ってるのよ! パートはお休みなの?」


 少しの沈黙。波子の表情を伺う。飛び切りの悪い予感。


「ゴメン、クビになった……」

「えっ? まさか……」

「今のパート」

「オウッ! なんてことなの」


 少しの幸福の後に、中々の高さのハードルよ。


「アンタの先輩に挨拶したら……突然クビになったのよ。どう思う? 何なの、あの子!」

「えっ……誰なの、その子」

「えっと、変な名前だったわ。()()()()()……だったかな」



――我、補給線に奇襲を受け護り切れず



――敵の反撃の苛烈さに驚愕することしかできない



――その敵の名は第二の女帝、七竈戸(ななかまど) ミミ(みみ)

★一人称バージョン 2024/1/3★

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