第三話 Appendix:補給線を確保せよ①
「お金ない……」
女子高生の一般的な悩み。南早田叶笑も異世界で名を馳せた『悪役令嬢エリザベート』が転生したといえども、無いものは無いのである。
数日前に策謀が結実して『第一の女帝と傅く騎士』を纏めて葬り去ることができた。これは、戦力差を考えれば大勝利と言って良いと思う。この勝利で得られたものは沢山ある。
――安穏とした学生生活の日々
――クラスメイトからの会話
――教師達からの憐憫の情
――『女帝』を葬り去ったステータス
そして、『女帝達からの明確な敵意』を手に入れた。次は騙し討ちも効かないだろう。そこまで低脳ならどんな組織でもトップにはなれないものだ。
「はぁ、お腹空いた……」
一人考えるにもカロリーは必要よ。
で、カロリーを入手するには資本金が必要よ。
叶笑はバイトをしない子だったの。というか、一人でスマホに書き物をするのが好きな子だったの。
だから、月々のお小遣いが五百円でも難なく過ごせる子だったのよ! そこから三百円とか貯金してるの! 訳わかんないわ。それで、その貯金を崩して下着買ったのよ。
貯金箱を割るのは流石に心が痛かったわ。
だから、お金を稼ぐのよ。この安定した時期を利用して国力を上げるの。
「では、補給線を確保しましょう」
独り言が叶笑風に言うと『オタク臭い』らしいの。
だって、前世では皇太子妃、つまりは後の皇帝妃を目指していたの。だから、これでも軍事や領地経営に聡いのよ。普通の女子高生とは考え方も違うのよ!
「さて、街に出かけましょう。華麗な女子高生ライフのために!」
小綺麗な格好をタンスから引っ張り出す。
うぅ、可愛い服少ない……。
やはり……何にせよ、私にはお小遣いが足りないわ。
そうそう、松田蹴呉からは賠償金を手にしたわ。弁護士がいの一番に示談を提示しに来たの。社会的制裁が云々とか言って四百万で落ち着いたって話らしいわ。えっ、そのお金はどこに行ったかって?
ふふふ、お母さんの借金返済に全額消えたって。
「もう借金が殆ど無いなんて幸せよ」
お母さん、小躍りしてたもの。
私からすると、『まだ残ってるのかよ!』だったけどね。はぁ、貧困は絶対悪ね。
膝丈のスカートと上品そうなカットソーを合わせる。髪が艶やかになっただけでも年頃の女の子はそれなりの見栄えになるモノよ!
軽めに化粧をして、黒のパンプスを履く。
扉を開けてしっかりと鍵を閉める。
これ以上のトラブルはゴメンよ!
「ミャー子、いってくるわよ!」
少し大声で気合を入れると、ミャー子は薄情にもアパートの裏の方に去っていってしまった。
「今日も冷淡ね……」
いつもの事なので気にせず歩き始めた。
バス停を通り過ぎ、駅に続く道を歩きながら身の上の不幸について考える。
大体からしておかしいじゃない!
叶笑は俗に言う『異世界転生モノ』も沢山読んでたから色々比較もしたくなるわ。
叶笑が読んだことある物語のパターンは大抵がこんな感じ。
高校生が死ぬと『チート』とか言う凄い能力をゲットして貴族の赤ちゃんに転生する。そして努力も欠かさず世界でも稀な力を手にして大活躍。
他のパターンだと、大貴族の令嬢に生まれ変わるけど生来の性格の悪さで悪役令嬢と呼ばれているの。でも転生前の素朴な性格が幸いして王子のハートを射止めてハッピーエンド。
あと気になるのが、どの主役の皆さん『パン酵母』か『石鹸』か『香辛料』で大儲けするのよ⁈
何それ?
異世界バカにするな。そんなモノ普通に存在するか、世界中のどこを探しても存在しないモノなのよ! まぁ、腐った豆や毒魚を食べ始めれば、何か商売は出来そうだけど、人の食に対する探究心を舐めちゃいけないわ。
「ぐぬぬっ……」
思わず変な声が漏れる。
私の場合はどうなってるの。『大貴族の令嬢』から『貧困シンママ家庭のいじめられっ子』よ。ちょっと酷くない? 魔力は持ってきたけど、この世界の一般的な魔法使いは『可愛いフリルのついた服を着て五人でポーズ決めるチーム』しか居ないらしいじゃない?
無理よ!
流石に十七歳にはあのコスチュームは厳しいわ!
ロリペタだからお似合い? 五月蝿いっ!
魔法は封印よ!
「はぁはぁ……バス代ケチって歩いたから疲れたわ。世間への恨みつらみを考えながら歩いたから思ったより早く着いたけどね……」
街の中心部の駅前よ。
ブツブツと独り言を呟きながら腰に手をやりモデル立ちをして周りを見回す。
今日は土曜日。学校はお休み。だから、バイト面接を幾つか受けることになってる。
「さてと……エンパイアパレスタワー十七階のロイヤル・ファンド・アセットって、ここね」
颯爽と駅前で一際目立つオシャレビルの外資系企業の事務所に入っていった。
◇◇
「ん……受付さんが居ないわね?」
受付嬢がいるだろう場所でモデル立ちしていると、奥からスーツ姿の若い男が出てきた。
「インターホンか、何ならメッセージをスマホで入れてくれれば良かったのに。えっと、南早田さん? 経営コンサルタントのエージェントに募集……だよね?」
数秒の沈黙。
私は紳士達との会話などお手のもの。でもこの世界の常識、特に『あいてぃー』については全く手が出ない。
だから叶笑の記憶を思い起こす必要があるの。それで硬直することが増えたのよ。
「あっ、はい。エリ……南早田叶笑です。こういった場に慣れていないもので。失礼しました」
「ははは、高校生? 若いのに凄いよ。では面接会場はこちらです。他の二名と同時に面接させて貰うよ」
ほほう、他の候補者と同席で選ばれているということか。前世でも似たようなことは沢山あった。複数の候補が夜会に呼ばれ、お眼鏡に適った者だけが主役のホストからそっと呼ばれてクソ密会に……やめろ!
頭を数回振って前を向く。
「大丈夫?」
「はい。精一杯がんばります」
こうしてバイト面接が始まった。
◇◇ 数時間後
「勉強頑張って、またチャレンジしてねー」
一人そそくさとビルを後にする。
な、な、な何ということだ。
私の領地経営術が全く役に立たなかった!
金銀の鉱物資源と小麦や海産物を多角的に生産して安定した財源を作るという私の理論、『エリザベート式財源確保術』も一蹴された。
「南早田さんのアイデアは、まるで国家経営のようですね。もう少し現実的な案は出せますか?」
そりゃそうだろ! 国家経営を学んでいたのだから。
大体からして意味の分からない暗号ばかり使いよって……いべんと・どりぶん? てーぱりんぐ? ぽーとふぉりお? 何だそれは? 叶笑の頭の中にもそんな言葉は無い!
まぁ、聞けば他の二人は大学院生と聞く。これは負けても仕方ない!
あぁ時給六千円……無理だった!
◇◇
では、次! 時給三千円を狙うわ。
もう一人の人格に指の動きを任してポチポチとスマホを操作する。
なになに……『ふろあれでぃ』とは何じゃ? 時給六千円は何らかの専門家では無いと求人は見つからなかったが、時給三千円は『ふろあれでぃ』という職種ばかりだ。しかも、未経験を優遇しておる。
叶笑の記憶を探っても、イマイチ分からぬ。何やら『エッチなのはダメです』という意志を感じるがな……。
「怪しい感じはするが、行ってみるか……」
◇◇ 三十分後
「経験はありますか?」
「いえ、無いです」
「はい、未経験ね。初々しくて良いね。いつから勤務できる?」
おおっ、話が早いぞ!
「今日からでも出来ますよ」
「ははは、分かりましたよ。では身分証明書になるモノある?」
ふふふ、抜かりは無いわ!
「どうぞ」
「……」
このエリザベート様が直々に下々の庶民に酒を注いでやろうかと思ったが、身分証で学生証を見せたらあっさりお断りになったぞ。
たかが酒場の給仕、子供でもやるだろ!
そう反論したが、未成年を雇うと警察に捕まるらしい。子供達の幸せを願う良い世界だが……うん、良い世界だが……チクショウ!
時給三千円も断念!
◇◇
ええーい、次じゃ!
時給二千円!
スタパでフラペチーノを飲みながら……ではなく、公園のベンチで家から持ってきた水道水を飲みながら スマホをポチポチする。
まぁ『ふらぺちーの』とかいう飲み物は叶笑も飲んだこと無いけどな!
あれ? 何故か涙が出てくる。ぐすん。
しかし……二千円にすると、途端に学生や免許無しの求人が無くなる。『真っ当な高給は奪い合い』ということなのか? 一介の高校生では手が出ないものばかりだ。
んーむ……あっ! 何だこれ? 探し方次第では高い時給のバイトがあるではないか!
しかし、叶笑も知らん言葉ばかりだな。受け子、口座売買、運び屋……これは分かる。ダメだな。出会い系のサクラ? 花でも運ぶのか? で、密売に強盗、これは……犯罪ですよねー。
がっくし。ダメかー。
「はぁ、お金稼ぐの難しい……」
独り言が漏れる。ここで気分転換にスイーツタイムと洒落込むことにした。ハンドバッグから小さなチョコレートを取り出す。
「あぁ、この世界の甘味の美味しさには狂おしいほどの魅力があるわね……」
滑らかな光沢、芳しい香り。徐々に叶笑の表情が艶っぽくなる。小さなチョコレートを両手で持ってチロチロと舐め始める。直ぐにチョコレートが溶けて両手をベタベタにするが、それを私は嬉しそうに舐め取る。
「んはぁ、美味しいー!」
変な声を上げながら指を舐めていると、怪しげな若い男の三人組がベンチの周りを取り囲んでいた。
あれ? 気づかなかった。変な人だったら魔導で燃やしちゃおうかな?
「何ですか?」
できる限り冷たく問いかけ。
「つれないなぁ。家出? 住むとこある?」
なんだコイツ。
「仕事欲しいだけよ。歩いて帰れるわ」
「そういうことか! ははは、モデルに興味あるかい? 可愛いから稼げると思うよ?」
どう考えても怪しいわ。身体目当てのクソ野郎どもだろ?
「興味ない。去れ――」
「――チョコレートなら事務所にあるからあげるよ」
ホントは好漢なのではないか? もしかしたら、本当に高給のバイトを紹介してもらえるかもしれないし……これも縁だな。
「……どんなバイトなの?」
「おっ、いいねぇ! じゃあ兄貴の所に行こうか」
世間の世知辛さに軽い絶望を味わっていたし、手持ち無沙汰もあったので、ひょいひょい付いて行くことにした。
あっ、決してチョコレートに釣られたわけじゃないからね!
◇◇
先ほど『ふろあれでぃ』募集にほいほい出かけてお断りになった店のある通りから裏路地に入ったボロビルの六階に連れて行かれた。
部屋の中には如何にもヤンチャそうな男が四、五人座っていた。
「で、どんな仕事があるというのだ?」
開口一番本題を問いかけるが、無視して身内で会話している。
「こんな貧相な身体、どうするんだ!」
「いや、俺はロリコンだから良い趣味だなって思ったぜ?」
「ははは、最悪だな。ほれ、これで遊んでこい」
「へい、ありがとうございます!」
二、三万を手渡すと、何も言わずに三人は部屋から出て行ってしまった。
「じゃあ裸になって貰おうか」
「何で……」
「うるせーーーっ! ほら、早く裸になりやがれ!」
ぬぬぬ、チョコも無い。一番悪いのを引いたということか。興醒めも良い所だな……。
「一応聞こう。バイトを紹介するつもりはないのか?」
男達は互いに見回すと、大笑いを始めた。
「ぎゃはは! 仕方ねーなー。お前の裸をムービー撮って売り捌いてやるよ。金はオレ達が貰ってやるけどな」
「サイコーだな、オレ達が! ぎゃははははっ!」
口を開くのが急に面倒になり、暫く黙っていた。
「ほら、怖いか? まぁ、諦めて貰わないとな!」
「そうそう、ほれ、ソファーにでも座れよ!」
下品なソファーを見て、松田蹴呉との行為を少し思い出す。
「興醒めしたな。帰るとしよう……」
特に怯えるでもなく、独り言を呟き振り返ってドアに向かった。
「おいおい、帰すわけねーだろよ!」
慌ててドアの前に立ちはだかるガタイの良い男。腰を下品に振りながら両手で肩を押さえ込もうとする。
男の手が肩に触れた瞬間、いや、肩に触れようとした瞬間、男の両腕が後ろに弾け飛んだ。両腕が変な方向を向いている。両肩が外れているようだ。
男はそのまま意識を失い糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた。
「何しやがる!」
「てめぇ、マサトに何しやがった!」
大声を出しながら取り囲む男達。
私は顔を上げる。
風も無いのに長い艶めいた髪が微かになびく。
――そう、あたかも怒りが風に顕現したかのように
★一人称バージョン 2024/1/3★