第二話 第一の女帝② 騎士を堕とせ
◇◇
授業も全て終わり、帰宅の途についたり、ワイワイと騒ぎながら部室に向かう生徒で賑やかになる時間帯だ。
私はゆっくりと身支度をしてから文芸部の部室に向かう。
文芸部自体が女帝から目の敵にされているので部員は私以外に誰もいない。
部室の鍵を開けると一人、ソファーに座り入口を見つめる。すると、数分も経たないうちにドアが開いた。
「来たぜ……」
そこには松田蹴呉が息も荒く立っていた。私はすっと立ち上がると松田のすぐ横を通りドアに向かう。私を見つめる松田に振り向き吐息の温度を感じられる程の距離で向かい合った。上目遣いに見つめながら後ろ手にカチリとドアの鍵を閉めると、鍵が閉まる音のすぐ後に松田がゴクリと喉を鳴らす音が聴こえた。
そのまま私はスカートから脱ぎ放ち、自分のシャツのボタンを一つずつゆっくりと外すと躊躇無く下着姿になった。
「じっとしていてね。今日は私に全て任せて」
「えっ……あ……」
松田の制服のブレザーを脱がせると、肩や胸をそっと触りながら、ゆっくりとシャツのボタンを外す。
巡回まで三十分というところか……私のテクニックでこの男を思い通りに操れるか……いや、自信を持て、エリザベート! 『帝国の毒婦』だろ?
少しだけ怪しく微笑むとしゃがみ込みベルトを外してズボンを下げる。目の前の股間の膨らみに顔が急速に火照るのが分かるが、そこは演技を続けて冷静なフリをする。
下着姿にするとソファーに横たわらせた。
◇◇
「ハァハァ……頼む、もっと触ってくれ」
「ダメよ、もう少し興奮した貴方を見ていたいの。もう少ししたらご褒美をあげるわ」
「あぁ、我慢できない……あぁ!」
松田は全身をマッサージされて血流・血行が活発になり下半身の一部がやたらと大きくなっていた。
ねぇ、こんなに元気にされると流石に恥ずかしいわ。ちょっと……興奮しすぎじゃない? でもソファーの上で悶えさせて三十分以上。ふふふ、私のテクニック、この世界でも通用しそうね。
さぁ、もうそろそろ時間よ。
「が、我慢できない!」
「嬉しい。私で興奮してくれて本当に嬉しいわ。もう少しこのままお願い」
「あぁ、叶笑!」
親しげに私の名前を呼ぶなっ! 一気に冷めるわ。
チラッと時計を見る。よし、やっと時間ね。
突然に数歩下がり、しゃがみ込んでお尻を床につけて足を開く。
「ねぇ、また私を襲ってみるのはどう?」
「え……い、良いのか!」
途轍もない嫌悪感を無視して妖艶に呟く。
「強引に奪ってみて。んふふ、私、強引に犯されるのも好きなのよ」
「そ、そそうか! じゃあ良いんだな!」
上擦る声には狂暴さが混じり、表情に肉食獣を思わせるいやらしさが滲み出る。ソファーから起き上がり私のか細い身体を自由にしようと歩み寄る。
「ほら、お前も下着を取れよ」
何と自らの下着を脱ぎ捨てながら此方に迫ってくる。急な命令口調の最低なセリフと相まって吐き気を催すが最後の仕上げに向かう為に興奮したフリをする。
「いやよ、やめて」
「ははは、も、もう止まらないぜ!」
「んふふ、やめて、あは」
「おらおらーっ、じっとしてろよ!」
太ももを閉じて下はすぐに取れないようにする。伸し掛かられないように膝を立てる。すると、予想通りまずブラから取ろうとしてきた。
タイミングは完璧かな。
強引にブラが剥ぎ取られ胸が露わになると恥ずかしさで少し死にたくなったが、同時にガラガラとドアが開いた。
そうよ。鍵を閉めたフリをして開けっ放しにしていたの。そして中嶋先生、時間通りよ、素敵!
「先生、助けて! 襲われてるの!」
さっと起き上がり半裸姿のまま、まだ廊下にいる先生に駆け寄って抱きつく。
恐怖に怯える人は恥ずかしがる暇なんて無いわ。だから胸や下着は隠さないのよ。
そう、だから今、私はもの凄く恥ずかしいのよーっ!
でも、ここからが勝負。さぁ、涙を出せ、叫べ、狼狽えろ、私!
わざと他の部屋にも聞こえるように廊下に向かって大声で叫べ!
「助けてー! もう嫌ーっ!」
「ど、どうした南早田! お、落ち着くんだ」
四十代の文芸部顧問で几帳面が取り柄なだけのオジサン教師は半裸の女子高生に抱きつかれるなんて二度とないでしょ? さぁ、しっかり働きなさい!
ここで、周りの部室からも野次馬が集まり始める。
「助けて! 怖い!」
「えっ、いや、襲ってくれって……」
部室の中の松田が必死に自分の制服のズボンを探している。私ね、そっと部屋の四隅に脱がせた服を散らばらせていたの。策士でしょ。んふふ。
さぁ、そろそろ中嶋先生の目にも慌てふためく裸の松田が目に入る頃よね? えっ、まだ?
じゃあ追い討ちよ!
「いや、もうお嫁に行けない! 先週に続いて二度も!」
「えっ、いや、今日はお前が良いって……」
自信無さげに反論するが狼狽えながら制服のズボンを履くために床を這いつくばる姿が見える。
んふふ、説得力は皆無よね。
「怖い! 乱暴されるから黙ってたのに……」
ここで初めて中嶋先生は何が起きていたかを理解してくれた。なかなかに怖い顔をして松田を睨みつけている。
「松田! お前、何してるんだ! 犯罪だぞ!」
「いや、違うんだ! 待ってくれ」
さぁ、野次馬諸君も事態を把握したかな?
「南早田さん……だよね。大丈夫?」
「野次馬男子! こっち見んなー! ヘンターイ!」
「はい、これ着てね。安心して……」
「可哀想……さぁタオルよ。これで下着隠して」
よしよし。やっと上着を渡してくれた。タオルで下半身を隠してくれた。皆が優しいのが心底嬉しいわ。
少しだけ……騙しているようで心が痛いけどね。
その時、あまりの状況の悪さに顔を青くした松田は部室から逃げ出そうとした。焦っているのだろう。上着や制服を抱えて上半身裸のまま走り出していている。
しかし騒動に気づいて様子を見にきた体育教諭がそのまま取り押さえることに成功した。
「まずは話を聞かせてもらおうか。職員室に来い!」
「ち、違うんだ! 待ってくれー!」
ここで女帝が取り巻きの女子生徒に呼ばれて走ってきた。取り押さえられる松田蹴呉と皆に優しくされている私を見て状況が分からず焦っている。
「蹴呉! 何してるの? み、南早田! 何よ?」
ここで坂本に指を差して感情的に叫ぶ。
「先週もこの男に襲われました! 証人はこの人です」
「な……し、知らないわよ! 何かの誤解よ!」
よろける振りをして坂本に抱きつく。そっと顔を耳元に近づけて小声で囁く。
「醜いNTR女は黙れ」
私の知る限り最大限の煽りの一言。一瞬で表情が変わる。
「うるさいブス! 処女を奪ってやったのに! 生意気な口を聞くなっ!」
そのままビンタして罵詈雑言を続ける。
「一度襲われたお前の穢らわしい身体が、再度襲われようと、なんの問題もないだろ!」
「……坂本さん、知っていたの……」
その場に居合わせた女子生徒達が驚いたように蔑みの目を向ける。
「えっ? いえ、これは、コイツが色目を使って……」
「幼馴染を寝取られて頭おかしくなったんじゃないの? 私がこんなバカそうやヤツ、好きになるわけもないでしょ?」
突然に最大限に侮蔑の声色で反撃。それだけじゃない。ほら、お前の最も嫌いな『勝ち誇った表情』だぞ。ほら、怒り狂え!
「なっ! 蹴呉をバカにするな! お前なぞ性欲を発散するために使い捨てただけだ」
乗ってきた! ははは、私の勝ちだ、そら、もう一押し。
「性欲の吐け口にもなれなかったクセに。寝取られ女は頭もバカなの?」
「うるさい! 膜を破られてピーピー泣いていたブスが騒ぐな! また襲わせてハメさせるぞ!」
真剣な顔をして坂本那岐子を、女帝をじっと睨みつける。決して笑ったり、微笑んだりしない。
この戦いの勝利に浸るのはもう少しだけ後だ。
「何か言いなさいよ!」
叫ぶだけ叫んでスッキリしているバカの坂本にだけ聞こえるように小声で呟く。
「貴女は今、私に敗北したのよ」
「えっ?」
さ・よ・う・な・ら、と口だけ小さく動かすと、大袈裟に膝から崩れ落ちて泣き始める。
「ひ、ひどい……」
今、ここに『襲われ破瓜した悲劇の少女』と『か弱い少女を気紛れで男に差し出す最低な女』が完成した。
すると、周りの生徒も坂本に冷たい視線を向け始めた。私にすり寄り慰める女子生徒が集まり始める。
「坂本さん……酷い人なのね……」
「知らなかった。尊敬してたのに……」
「えっ、私が悪いの? この性悪女が悪いんじゃない!」
「サイテーね、坂本さん!」
「ま、待って……ご、誤解よ! 悪いのはコイツよ! こ、この売女め!」
坂本は向けられたことのない悪意の視線に耐えられない。カッとなって腕を振りかぶり私を平手打ちにしようとする。
やってみろ。
もう勝敗は決したのだ。平手打ちの瞬間、何故かお前の腕が千切れたとしても周りの観客は天罰が当たったくらいにしか思わないだろう。
飛んでいる蚊でも見ているような視線を坂本に向ける。そうだ。私の顔に止まったらその瞬間叩き潰すだけ。
「な、な……何よ……貴女は何なのよ!」
すると何かを察知したのか、突如怯えた顔で後退りし始めた。暫く見ていると耐えられなくなったのか、いきなり騎士を置き去りにして女帝は逃げてしまった。
「あぁ、待ってくれ、那岐子、なぎこー!」
騎士が敗北の叫びを上げて、最初の戦いは勝利で終幕した。
◇◇◇
その日は母が学校に迎えに来てくれた。
心配させたくなかったが、勝利を盤石にする為にはか弱き少女を演じ切るしかない。
「お、お母さん……」
母が駆け寄って涙ながらに抱きつく。
「この子は先週にも何かあったようなんです。教えて下さい。何があったんですか!」
怒り。純粋な怒りを感じる。
その怒りに私は嬉しさと誇りを感じる。
その怒りに愛を感じる。
叶笑、ほら、貴女には沢山の味方がいる。
ほら、死を選ばなくても他に道は沢山あったのよ。
ほら、叶笑、ほら、見てる?
これは貴女の可能性だったのよ。
だから、見ていなさい。私が駆け抜ける様を見ていなさい。貴女ができなかったこと全て私がやってあげるわ。
だから、安心して眠りなさい。
◇◇
すっかり日も暮れていた。暫くすると、私服の婦警さんによる調書も終わり帰宅して良いとなった。
色々な人から慰めの言葉を掛けられた。
ふふ、一生分は慰めてもらったわ。
先生達や警察の人達に会釈をして、母と二人、学校の裏門を出た。
久しぶりに母と二人歩いてアパートに戻る十五分。
突然母が沈黙を破った。
「二人しか居ないんだから、泣いて良いのよ」
少し驚き母の顔をじっと見る。すると、既に母の瞳からは大粒の涙が溢れていた。それを見て、少し安心する。
「しょうがないわね。今日は泣いてあげる」
強がりを言ったつもりが途中から涙声だった。昔からそうだ。好きでもない男の身体を触った後は『私は何をしているのか』と、必ず涙が止めどなく溢れた。
歩きながら二人で泣いた。
アパートに着くと、母は冷蔵庫に走り寄った。
手に缶ビールを二つ持っていた。
「今日は飲みなさい。今日の出来事が勝ちか負けか知らないけど、叶笑は頑張ったから飲みなさい!」
「親が未成年飲酒を薦めるー?」
缶ビールを受け取りニヤニヤしながら責め立てる。
「不純異性交遊の娘を持つ不良お母さん。しかも酔っ払いお母さんよ。世間には見せられないわね……」
ニヤニヤ顔で缶を開けて乾杯の姿勢で待つ波子。
それを見てぷっと吹き出す。
「お母さん……ありがとう。大好きよ!」
「私もよ、叶笑!」
その日は泣きながらビールを数本ずつ空けて、二人して着替えもせずに朝まで寝惚けていた。
◇◇
二人が酔っ払っていたその日の夜には第一の女帝、坂本那岐子と騎士、松田蹴呉のSNSのアカウントが全て削除された。そして、次の日から二人は登校することはなかった。
その数日後には勝利宣言を聞くことができた。
「坂本那岐子さんは、事情により休学されます。松田蹴呉君は不良行為により退学となりました」
――我、奇襲に成功せり、よって茨の道は続く
――そう、時間は稼いだ、だから
――お金を稼ぐのよ
★一人称バージョン 2024/1/3★