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第十五話 第三の女帝⑤ 脆弱な女神

南早田(みなみはやた)、ソフトクリームは家でしか食べるなよ。いいな、気をつけてくれよ!」

「五月蝿いなぁ、子供か私は!」

「中途半端に大人だから言うんだ!」


 柏原(かしわばら)はプリプリと怒りっぱなし。カルシウムが足りないらしい。あと、何故か雷灯(らいと)は私と目を合わせてくれない。視線が合うとすぐにプイっと横を向いてしまう。

 うぅ、お姉さん少し悲しいぞ。

 そんな訳でスマホの調子が悪い事を言い出せなかった。まぁ良い。バイト先(第二ベースキャンプ)で確認しよう。

 そそくさとバイトに向かうことにした。


◇◇


「何でじゃ……無敵のWi-Fi(うぃーふぃー)が……」


 SNSや動画サイトなどリッチコンテンツ(豪華な見た目)のサイトは殆どまともに動かなかった。


「ダメだー! 店長、スマホが動かんぞ、福利厚生に問題あり、異議申し立てだ!」


 調理場の扉からスマホがぬっと現れた。高画質の調理動画が滑らかに動いている。


「スマホの故障では?」

「んぎゃーーー!」


 机に突っ伏してから、不貞腐れたまま品出しする。

 修理代を稼ぐしかないか。その一心で業務に励むことにする。数種類の品出しを終えてから、諦め悪くもう一度スマホを見てみる。すると、小説サイトは画面が更新されていた。


「な、何と! 動いている……」


 ここで店長がスマホに『スピードテスト』と入力。実行してみると、『非常に低速』と表示された。


「故障だな。流石に遅すぎる……」


 去っていく店長。

 この状況、どう受け取れば良いのか。『天使の分け前』を辛うじて貰えていると感謝すべきか、『悪魔に盗まれた』とこの身の上を恨むべきか。

 がっくし。

 取り敢えず、完全に壊れた訳では無いらしいが。


「ははは……スマホの中でも貧乏とはな……」


 こうなれば恨み辛みは小説にぶつけるしかない。

 執筆中の物語の中で活躍する露出狂な主人公を酷い目に合わせて溜飲を下げることにする。

 エロいこともさせずに屈辱ばかり与えてやる! ふはは、創造主の機嫌が悪いことを恨むが良い。


「それ、思い知れ!」


 書き殴ってスマホをタップするが遅々として進まないアップロード。ここ最近の学校での上手くいかない感じと合わさって焦燥感が襲う。


「むしゃくしゃする……もー!」


 叫びながら拳を振り上げるが、物に当たる訳にもいかない。諦めてレジ締め作業を開始した。


◇◇


 一晩経てば直るかと期待したが余計に酷くなっていた。起きるや否や布団の中で昨日教えてもらったテストをしてみると『とてもとても遅い』に表示が変わっていた。


「ば、バカにしてっ!」


 爽やかな朝を迎えても気分は最悪だった。

 しかし……エリザベート的には『便利な通信手段の一つ』が無くなりそうなだけ。特に気にもしない。

 問題はもう一人の自分、叶笑の精神は完全に崩壊寸前だ。

 自己表現と日々の娯楽の殆どをスマホに依存しているので、薬物の禁断症状のようにイライラする。

 仕方なくスマホのメモ帳に小説の続きを執筆するが、それをアップしようとすると、やたら時間がかかり思うようにいかない。


 焦燥感と無力感。食欲も無くなっていく。半身(叶笑)は気力をほぼ失っていた。


 六畳間で仰向けになってブー垂れていたら登校の時間になってしまう。

 スーツ姿の波子がヒールを履きながら笑っている。


「何やってんのよ、早く学校行きなさい。先に行くわね」


 返事をする前にさっさとアパートを出て行ってしまう。それなりに充実した生活を送れているらしい。

 それに比べてこちらの有り様は惨憺(さんたん)たるものだ。


「面白く無い……」


 退学して働く事を夢想する。

 どうしても夜の街に立つ姿しか思い浮かばない。

 いや、叶笑に幸せな学生生活を見せてやると誓ったのだ。気安く諦めるのは矜持に反する。


 という訳で、腹いせに再度、主役の露出狂を酷い目に遭わせる。


「さて、少し気分も晴れた……かな。あっ、もうこんな時間なの?」


 スマホに表示される時計を見ると、少し慌ててアパートの階段を駆け降りることになった。


「ミャー子、おはよう!」


 反応無し。


「愛想の無い猫は三味線よ! 気を付けなさい!」


 老猫に当たる叶笑だが、何も反応がないので余計にイライラしてしまう。


「もーっ! どっか行きなさい!」


 勿論、老猫はピクリとも動かなかった。


◇◇


 憂鬱な顔でトボトボ歩いていると、少し前まで一緒にダンスを踊っていた女子生徒三人に囲まれる。


「南早田さん……あなたのクラスに柏原様は在籍されてるの?」


 不機嫌に『気になるなら見に来るが良い』と口に出しそうになるが、この女達に当たっても気分は晴れないだろうと思い直す。


「そうだ。アイツも然程裕福では無いからな……」

「やっぱり……どうして……」


 興味本位というより心配の方が強い声色に少し興味を惹かれる。


「何が不思議な――」

「――()の方はランクSに行くのを辞退したと噂を聞いたんです。普通に考えたらSランクでしょ、国際数学オリンピックの選手候補よ。国の宝みたいなものですもの!」

「んっ! そ、そうなのか?」


 雷灯も何かそんな事を言っていた。言われてみれば、学校を有名にするためにも有用な存在のはず。比良理が見逃すはずはない。


「制服だって与えられているらしいわ」

「な、何だと? では、何故ランクDなどに居るのだ?」

「そうなのよ。ねぇ、柏原様に似合うのはランクSよ。南早田さんからも変な意地を張らずにランクSに行ってください、と伝えてあげて!」

「お願い。その方が彼の為よ」

「…………」


 叶笑はここで旧校舎に行く為、別の方向に歩いていった。返事もできずにボーッとしているように見える。


「お願いよー」声を揃えて念押しする女子生徒達。


 ふと気付く叶笑。



――何故、こんなにショックを受けているんだ?



――何故、焦りを、恐怖を感じているんだ?



◇◇


「おはよう、南早田」

「お、おはよう……柏原」


 椅子に座りながら挨拶を返す叶笑。分かりやすく動揺するが伊吹はあまり空気を読めないタイプだ。何も聞いてはこなかったので少し安心する。

 思わず顔をじっと見つめる。口を開きかけるが『何故ランクSに行かない?』とは聞けなかった。


「どうした?」

「いや、な、何でもない……」

「そうか」


 素っ気ない態度の柏原。見ていると心の安らぎを感じた。横顔を見ているだけで、頬が火照るのを感じる。

 ここで、この男が自分の元を去るのが怖いのだと気付いた。


 無言で憤慨して身体を震わす。


 私はコイツに依存しているとでも?

 この『帝国の毒婦』とまで呼ばれたエリザベートが、か弱い事を考えるようになったものだ。自分で自分を恥じる。思わず顔も赤くなるわ!


「ふんっ!」


 心の中のもう一つの感情に蓋をするように、鼻息荒く気合いを入れ直すのだった。


◇◇


 授業が始まるが、また自習だった。

 日に一回は自習がある。その分、高ランクのクラスに手厚く授業をするのだ、とテレビで第三の女帝の比良理(ひらり)麻衣(まい)が自慢げに喋っていた姿を思い出す。

 ここ最近は昼休みにテレビから『システム・マリア』と呼ばれる制度の説明が流れていた。比良理が流暢に話すセリフに洗脳されてか、次第にカースト制度に生徒が慣れていく。自らのランクに沿って人付き合いをするようになり、下位のランクに辛く当たるようになっていった。

 正しくカースト制度そのものだった。


 テープで修理されたシャーペンをクルクル回す叶笑。ペンケースは汚れており、消しゴムも(いびつ)な形になっている。席を外すと、その間に文房具が壊され捨てられる。これは……同じクラスの誰かが犯人か? いや、考えるのはやめよう。


「お手洗いに行ってくる」


 自習なので小声で隣の柏原にだけ声を掛けて席を立つ。柏原はお茶目にも無言で手を小さく振ると、すぐに参考書に目を向けていた。


 たったそれだけで……手を振られるだけで動揺するな、エリザベート!


「ふんっ!」


 怒肩に大股歩きでトイレに向かった。


◇◇


「はぁ……どうしたいんだ、お前は……」


 顔を洗いながら目の前の鏡に映る自分に問いかける。

 勿論何も答えてはくれない。思わず溜息を吐いてから、顔を勢い良く水で洗う。顔を上げてハンカチで顔を拭くと、鏡の中に見知らぬ男子生徒数名が居ることに気付いた。慌てて後ろを振り返り叫んだ。


「貴様ら、華の乙女の聖域に勝手に立ち入るとは何事!」

「そうだな……なら、こっちに来い!」


 腕を強引に取ると女子トイレから引っ張っていく。誤って生徒を傷つけないように、校内では魔導防御を切っていた。そのままだったら、男子生徒の右腕は肩から外れていただろう。

 どうするか思案する内に、そのまま隣の男子トイレの奥の方に押し込まれた。


「ランク(奴隷)の女はご奉仕しろよ!」


 息も荒く興奮する男子生徒はランクBの制服に身を包んでいる。その背後にはランクCが二人ほどニヤニヤとしていた。

 手下を前に威勢の良いところを見せているつもりなのか?


 叫び声も上げずに顔をじっと見ていると、反撃する気はないと思ったのか胸を鷲掴みにしてきた。


「何をする!」


 身体を(よじ)って手で男の腕を払う。ここで状況を改めて理解する。


 あら? 私、また襲われてるの?


 その瞬間、この生徒達を魔導でバラバラにする映像が目に浮かぶ。いや、ダメだ。明らかな過剰防衛だ。純潔を守って刑に処されるのなら舌を噛んで死ぬ方が……そうか……純潔は既に守られていなかったか。


 急に色々とやる気を失う。


「今は気分が乗らないので……」


 そう呟くと三人を無視してトイレを出ようとする。しかし一人の生徒がスタンガンを出して脅してくる。


「そ、そのまま帰れると思うなよ! へへへ、やっちまおうぜ!」


 下衆なセリフで立ち塞がる男を見ながら思案に耽る。


 おお、これも魔導のようだな。バチバチと音を立てて火花が飛び散っている。以前見た『けんじゅう』という魔導より派手だ。


 感心してると背後から羽交締めにされた。それに合わせてランクBの生徒が一気に制服と中のシャツをたくし上げた。

 スポーツブラに覆われた(小さな)胸が露わになった。


「ぎゃーー! 何をするか!」


 もう仕方ない、魔導防御でコイツらの腕を叩き折るしか策はあるまい。あまりの恥ずかしさと嫌悪感で上手く魔導が制御できない。言葉通りに生徒二人を木っ端微塵にしそうで悶えながら狼狽まくるが力の差は致し方なく逃げれない。『もう、此奴らの五体がバラバラになっても仕方ない』とよぎるが頭を数回振って思い直す。


「は、離れろ! 死にたいのかー! 殺すぞー!」

「へへへ、離すわけないだろ! しかし小さいなぁ」

「ホントだ、揉み応え無さそうだな、ぎゃははは」

「き、貴様ら! んぬぅ、力加減を間違えると……んもーっ!」


 ブラに手をかけて下ろそうとする男子生徒。目の前の男子生徒の興奮する息が顔にかかったところで『閃いた! 骨まで燃やして証拠隠滅しよう』と決意する。

 その瞬間、ドドドっと足音が響いた。

 男子トイレに颯爽と入ってくる柏原(王子様)


「お前ら、何をしている!」

「あら、柏原きゅんっ……」


 息を切らした柏原が現れた。予想していなかった登場に少し噛んで乙女のような言葉が飛び出る。


「お前も最下層の……」


 セリフを言い終わる前に三人をボコボコにしてしまった。流石は新聞配達勤労学生。中々に実践的な筋肉だ。


「お、お覚えていろよ!」


 おお、捨て台詞とは分かっているな……。

 しかし、展開の早さに少し混乱中。ボーッと見つめてしまう。


「だ、大丈夫か……って!」


 乱れた叶笑の姿に動揺しまくりの伊吹。


「ま、ま、ままず服を直せ、妹とは違うんだぞ!」

「あら、見たことないのか?」

「あるわけ無かろう!」


 少しだけイジワル顔になる叶笑。とはいえ、このまま柏原にしなだれかかるのは癪に障る。

 というより、何故かこの男には私の本心を知られるのが怖い。


「あらあら。何ならお礼に触っても良いぞ?」


 服を直さず逆にスポーツブラを少しだけ上にずらす真似をする。しかし、柏原はこちらを見ようともせず横を向いている。


「女は貞淑に在るべきだ……いや、同じ男だ。乱暴してすまない」

「ん? 柏原が謝る必要はあるまい」


 物言いに少しイライラしてしまう。こちらは殺さないように手加減に苦慮していたというのに!


「叶笑、お前の様な弱い存在は周りから護られるべきなのだ。それが……それが、虐げられるとは、同じ男として不甲斐無い!」


 チクリと現世には無い胸の傷が疼く。前世では全ての行動に自ら責任を負い、全ての結果を受け入れてきた。その為なのか最後の場面ではエリザベートを信じる男は一人もいなかった。故にその末路は自らの胸にナイフを突き立てることだった。


「はっ、虐げられるなど弱い存在では無いぞ。この男達など蝿のように叩き潰すこともできたのだ!」

「……俺といる時は強がらなくていい。ミミ様といいお前といい強い女ほど心根は脆弱だ。強がるな、見てられん」


 何故だ、この男には全てを話してしまいたくなる。『私は前世で自殺したのだ』と、『信頼できる男は一人も居なかったからだ』と。

 しかし……もう……この会話の流れは、どちらかが告白する前ではないのか?

 頬が火照るのを無視して強がる。


「柏原、この私を弱いなどと決めつけるな! そういう男が一番嫌いなのだ、このエリザ……叶笑に同情などするな!」

「いや、お前は護る」


 うぐぅっ! 柏原にキラキラの特殊効果がついて見え始めた。あぁ背景(バック)には豪奢な花も見える。


「何故だ……何故そこまで……」

「お前が襲われているのを止められなかった。贖罪の意味もある」


 刹那に頭に()ぎるのは『贖罪』という言葉のみ。そうか、哀れみか……ただの同情か!

 途端に柏原への感情は羞恥と怒りに変わる。その怒りは叶笑(エリザベート)の身も心も焼き尽くさんばかりだった。


「柏原……お前など、ランクSにでも早く行け。顔も見たくない! 大体からして新しい制服も支給されていると聞くぞ」

「南早田……なぜそれを……」


 キッと柏原を睨み付ける。しかし瞳は潤んでしまっていた。無理矢理ニコッと微笑み震える声で優しい声色を作る。


「気にするな、お前の将来をこんな事で無駄にする必要はない」


 制服を整えると柏原の横を通ってトイレを出ていく。すれ違い様に一声だけ添える。


「今日はありがとう」


 私の声には拒絶の色が多分に混じっていた。



◇◇◇ ある大雨の日


 その日は熱帯低気圧が全国を覆っているとかで、朝から大雨だった。一人、『まるごとのソーセージ』が乗ったパンに齧り付く。ふと隣の席を見る。誰も座っていない。その時、五月蝿いテレビから伊吹が席に座っていない理由を比良理が声を張り上げ説明していた。


「本日より柏原君は国際オリンピック開催場所のルーマニアへ旅立ちます。ヒラリー・システムズと本校の絶大な支援の元、国家の威信の為、本校の名誉の為に……」


 予定では今日の午後に出国して滞在先で一週間ほどセレモニー、本戦、視察など忙しく過ごすらしい。その為、ここ数日は大学の数学講師を招いて特別に一人授業を受けていた。

 昨日からその準備で登校はしていない、と御丁寧にメッセージを飛ばしてくれていた。前回のレイプ騒動から柏原とは紛争状態(一方的に私が口を聞かないようにしている)だが、逆に柏原は色々と話しかけてくるし、以前よりも頻繁にメッセージを入れてくれるようになっていた。


「意地っ張りめが……」


 思い出すとニヤけてしまう。数日前にも制服で比良理と揉めていた。ランクDの制服で数学オリンピックにも参加すると聞かない柏原に比良理はどうにか(なだ)めてランクSの制服を着せていた。

 昨日、独り言のようにその辺りの顛末を教えてくれた。渡航費などの諸経費は学校とヒラリー・システムズが持つらしく、スポンサーの広告塔として制服を着用することになった、と如何にも仕方なかったと自己弁護していた。


「そんなこと、どうでも良かろう」


 どんな服に身を包もうと、自らの力で敵を打ち破ってくれれば良い。例え負けたとしても、悔いがなければ重畳だろう。

 それを直接言えばいいのに……と一人自分に突っ込む。柏原と自分の間には目に見えない大きな壁ができたような気がして、また少し落ち込む。

 その時、柏原の肉声がテレビから聞こえてきた。


「はい、今までの学習の成果を全力で……」


 思わずテレビ画面を見るとインタビューの音声と共に、柏原が膝をつき比良理の掌にキスするような静止画像がテレビ画面に現れた。


「んーっ? な、何だこの不快な絵面は!」


 小声で憤慨すると、嫌味な声が聞こえてきた。


「ほーっほっほ。柏原君ったら、私の騎士にしてくれと聞かないのよね……」


 取り巻き数人と共に比良理がクラスに入ってきた。他の生徒は音も無く廊下に逃げ出す。関わって良いことなどあるはずがない。


「比良理か。世迷言を語るな!」

「あら、あの画像見なさいよ。今回の数学オリンピック参加に伴って流石に気付いたんじゃないかしら? どちらが自分の将来に有益かをね。判断が遅いくらいよ!」


 それは自らが本人に語ったことそのものだ。二の句を出せずに言葉に詰まる。それを見て盛大に口元を(ほころ)ばせる比良理。


「ほーほっほっほ、南早田、退学しなさい。そうすれば柏原の未来に(かげ)りは生まれぬ。柏原の弱点は『お前が()()()()()()そのものに歯向かうこと』と理解しているか? お前が柏原の弱点なのだぞ!」

「何だと……」

「柏原を競技に参加させぬことなど容易だ。分かるか?」

「人質とでも言うのか?」

「ははっ、そう思うのは勝手だが、結果は容易に想像できる。なぁ南早田」

「貴様……」

「お前の行動が柏原にも塁を及ぼすこと忘れるな! そして、それはこのクラスの生徒全員の待遇にも同様だ。ぎゃははは!」


 私の肩をドンと押し退けて教室から出て行った。比良理が去ると、クラスの他の生徒の冷たい視線が私を貫いているのに気付いた。

 その視線に対して口に出せる言葉を今は持っていない。無視して静かに椅子に座る。


「私が皆を不幸にする原因なのか……」


◇◇ 


 部室で一人ノートパソコンに向かう。小説サイトは学校でも開くことができたので、スマホで書いてメールで送って部室でアップロードがルーティン化していた。


「ダメだな……前世の方がピンチは多かったのに。弱くなったのか、弱い半身がいけないのか……」


 既にキーボードには落涙の跡が幾つか残っている。

 画面には連載中の露出狂の小説。淫靡な雰囲気は影を潜めコミカルな雰囲気の物語に変化していた。しかし明るいストーリーを考えるのが苦痛になってきていた。


「もう、潮時か。快楽の極みも味わっただろ。そうだな……死ぬのは読者が湿っぽくなるから、うむ、追放してやろう」


 最後に主人公へ語りかける。こうして辺境の屋敷に追放と決まった。


『森の動物を相手に露出プレイをして末永く幸せに暮らしましたとさ』


 割と適当な結末に自分で呆れながらアップロードのボタンをクリックする。スマホだと遅々として進まないが部室のパソコンからは一瞬で完了する。

 椅子の背もたれにもたれ掛かり天井を眺める。


「私が居なくなれば皆が幸せになる……だと?」


 呪いのような台詞を口にすると全身から気力が抜け落ちていく。暫くすると、スライムのようにズルズルと椅子からずり落ちていった。机の下から床をゴロゴロと転がりながら這い出てくる。


「うああぁぁぁ……」


 呻きながら部室の真ん中でゴロゴロする。

 すると数名の男子生徒がノックも無しに部室に入ってきた。


 狼藉者!

 ここで昔見たアクション映画を思い出した。脚の反動で起き上がる『跳ね起き』が頭に浮かぶ。

 仰向けの態勢から両足を頭の方に上げて一気に振り下ろす。しかし反動など然程起きずパンツを見せるだけでまた仰向けの態勢に戻ってしまった。


 これは恥ずかしい。何も言わずにそっと立ち上がる。


「何ヤツ!」


 顔はかなり赤い。


「入るなりパンツ見せつけるのは欲求不満か? ははは、淫乱女! じゃあ俺達が相手してやるぜ!」

「五月蝿い! 用がないなら帰れっ! 性懲りも無くまた来たのか」


 入ってきたのは以前襲ってきた三人。にじり寄って来る。胸を掴まれた嫌悪感を思い出して身震いする。しかし既に柏原は空の人……。思わず空を駆ける白馬の上から手を振る姿を想像してしまう。

 あらイヤだ、思ったより似合ってるわよ!


「柏原は居ないぜ」

「それともアイツの邪魔でもするか?」

「ほら、電話して呼び出せよ」


 一人が扉の前に立ち、二人が左右から迫ってくる。


「白馬……」

「何だよっ?」

「……はっ! 何でもない!」


 白昼夢を見ている場合ではない。柏原(白馬の騎士)が居ないなら、この私が自ら反撃してやろう! 面倒だから『脱げ爆炎魔導』で撃退するかな。腕を三人に向ける。


「貴様達……死ぬ覚悟は――」

「――騒げば柏原がどうなるか、比良理様からも聞いているだろ?」

「なっ!」


 どうする? 怪我をさせれば柏原を帰国させる位、あの女ならやりかねんぞ。

 どうする、どうするエリザベート!


「ははは、静かにしていろよ!」

「そらよっ!」


 焦っている内に一人が背後に回り、また羽交締めにされてしまう。


「は、離せっ!」


 背後に意識が向いたところで、もう一人にスカートを上げられパンツを見られてしまう。


「こ、このっ! 狼藉を働くとは――」


 ふと、既に柏原とは道を違えたではないか。

 彼奴の栄光の光の道、そこに私が関われば不幸になるだけ。

 そんな想いがよぎった瞬間に涙が零れ落ちてくる


 そうか……私は皇太子妃を目指しているわけでもない。この身体は貞操も失っている穢れた身体。そんなモノを守って柏原に泥水を吸わせるわけにはいかない。


 全身の力が抜けていく。


「好きにせい……」


 その言葉に目の前の男子生徒が私の下着を一気に引き下した。


「おお、興奮するぜー」

「たまんねー」


 嘲笑の声に耐えられないほどの羞恥が襲う。もはや万策尽きた。私は恥ずかしさを我慢して横を向いて耐えるしかない。スマホのカメラで撮影しようとするのをじっと横目で見ながら黙っていると、部室の扉が弾け飛ぶ勢いで開いた。


「叶笑! 貴様らがーーっ!」

「おま……なん……」


 喋らせても貰えない三人。前回と同じ以上に一瞬でボコボコにされ這々(ほうほう)の体で逃げていく三人。


「お、覚えてろよーー!」


 今度の捨て台詞は誰も聞いていなかった。私も柏原もそれどころではなかった。


 柏原……何故? 出発したはずでは……。

 夢でも見ているようだった。嬉しさに涙を流しながら抱きつこうとした時、比良理の言葉が思い浮かぶ。


『お前の行動が柏原にも塁を及ぼすこと忘れるな』


 指先がピクリと動いただけで身体が動かなくなる。


「迂闊だぞ!」


 柏原の本気の怒り。私のことを本気で心配するからこその怒り。その心地良い怒りを無視して問い掛ける。


「柏原……何故ここに居る?」

「比良理の動きが不穏だったからな。心配するな、一日出国を遅らせただけだ。開会式などどうでも良い」

「だからって――」

「――俺はお前が……」


 私の言葉を遮る柏原の言葉。その先の言葉を聞いたら、私はもう想いを止められない。


「柏原、お前が先に抱いてくれ」


 ワザと嫌われそうな台詞で柏原の言葉を打ち消す。

 驚いた表情でこちらを見ている柏原にスカートを両手で捲って下半身を見せた。下着は剥ぎ取られて足首に引っかかっているので隠すものは何もない。

 一瞬見てしまった柏原は真っ赤になって横を向いた。


「うわっ! い、いや、抱かん! 俺は幸せな女しか抱き締めないと決めている。だからミミ様からの誘いも断った! だからこそ、今のお前は抱けん!」


 そうか。ミミのあの優しい顔。ミミもこの男には素顔を見せることができたのだな……。


 ポトポトと落涙する。

 優しさか。その優しさに甘えていたい。それではこの男もダメにしてしまう。輝かしい将来を棒に振らせてしまう。


「柏原、ランクSでお前は活躍するべきだ」

「数学も大事だ。しかし、南早田、お前も大事だ」


 言葉一つ一つが心に突き刺さり激しく動揺させる。それを隠すように語気を強める。


「私に関わるな! 元々は敵だ!」

「南早田……」


 私は何を言っているんだ……。


「そろそろ(つる)むのにも飽きてきた。お前はお前の世界で生きろ。私になど関わる暇は無いはずだ」

「何でそんな事を言う――」

「――うるさーい! お前など嫌いだ、もう知らん、早く行け!」


 私は何を叫んでいる! やめろ、やめろ……。


「南早田……何かあれば必ず連絡しろ」


 寂しそうに去っていく柏原。扉がカチリと閉まったところで膝から崩れ落ちた。


 これで良かった……のよね。私は……どうしたら……どうしたかったんだろう。

 でも……。


 柏原が立ち去った方向に涙が零れ落ち続ける瞳を向けるが何も見えない。


 もう言葉は戻らない……もう今の選択を戻すこともできない、もう……遅いのよ。


 エリザベートの最後の矜持が声を上げて泣くことを許さなかった。押し殺した泣き声だけが一人だけの部室にいつまでも響いていた。


◇◇


 教室に戻ると私の机に『死ね』、『出ていけ』と落書きをしている長倉。もはや机には書く場所が無くなるほどだ。


「長倉、何をしている! 今日という今日は許さんぞ!」


 激しく問い詰めるが、涙を目に溜めた長倉が大声で叫び返してきた。


「お前が悪いのよ! 女帝に逆らって何ができるのよ! 逆らってどうなるのよ!」


 逃げるように立ち去る長倉。

 もはや追いかける気力や叫び返す気力は残っていなかった。



――私の行動が周りを不幸にするのか



――私はここで何がしたいのか



――私は柏原を……柏原と……柏原……

叶笑エリザベートと伊吹に柔らかな温かい何かが生まれる。しかし、急激な変化は時に生まれたモノを歪な形に変えてしまう。

悲しい選択をせざる得ない叶笑。

ショタで変態で底意地悪く下品だけど狡賢い比良理ひらりの魔の手は叶笑を追い詰める。


★一人称バージョン 2024/1/3★

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