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第十三話 第三の女帝③ カーストは壊れない2

「南早田……きーさーまー!」


 睨み合いする私と比良理(ひらり)だがテレビの電源が入り放送が始まると二人ともそちらを向く。


「――皆さん、ご機嫌よう。私は第三の女帝、比良理です。皆さんには新しい体験を紹介させて頂きます。必ず皆さんに素晴らしい経験と抜群の成長を与えてくれることになるでしょう。さぁ、新しい扉を開きましょう!」


 テレビからはデジタルに制度化されたスクールカーストを体験することで以下のメリットがあると説明している。

・他国の文化を学べる

・今までと違う華やかな学生生活を送れる

・『人の上に立つ身分』を経験できる


 それらは、聞いたこともない企業マナー専門家が『部下を最大限活用し企業に貢献できる人材』に育つ為には重要だと(しき)りに叫んでいた。


「どう? 素晴らしいでしょ? 魅力的でしょ? 南早田、お前もこの真女帝システム『マリア』の末席には入れてやろう!」

「マリア……だと」


 また気に障る名前を担ぎ出してきた。苦虫を噛み潰す顔でテレビを睨みつけていると、比良理の手下が鞄から勝手にスマホを取り出していた。


「麻衣様、ありました」

「あら、貧乏人のくせにスマホは持っているのね。まぁお似合いの貧乏臭い旧式スマホですけどね」


 スマホを受け取ると比良理は素早く操作し始めた。


「何をする! 返せ!」


 慌てて手を伸ばすが手下が壁になって妨害している。


「あら、確認してるだけですわ。ほら、これよ! これが『システム・マリア』よ!」


 いつの間にか見たことの無いアプリがインストールされていた。開くと安っぽく下品で派手な画面が表示された。


「そんな醜悪なものを勝手に入れるな!」

「うるさいわね! この美的センスの素晴らしさが分からないの?」


 正しく比良理の見た目通りの下品に派手なアプリだった。私にポイっと投げ渡すと教室の他の生徒に向けて叫んだ。


「あなた達もインストールしなさい! 新しい食堂の学食無料券が付いてるわよ!」


 スマホの画面を覗くと『学食一回無料』と書かれたクーポンが点滅していた。


「これは学校は元より文部科学省も認定したシステムです。経済教育の実践的なチャレンジとお墨付きを頂きましたわ。さぁ、皆さん、新しい体験へようこそ!」


 他の生徒達も一斉にインストールを始めたようで、そこかしこでクーポンやアプリについて談義がなされている。


「そうそう、あなた達の制服にはブルートゥースのタグが縫い付けられています。ご自分のスマホにペアリングをお忘れなく。様々な特典がカーストによって提供されますのよ!」


 皆が慌ててスマホを操作し始める。自らのランクを確認しているようだ。どうやら殆ど制服の価格でランクは決まっているようだった。


「制服の価値の他にクラブ活動や生徒会活動、ボランティア活動でランクは常に上下します。精力的な学生生活を送ってくださいね」


 自慢げに『Sランク』と表示されている画面を見せびらかせていた。


「俺の制服はCランクだけど、『Bランク』と表示されてるぜ?」

「あらー、木村くんねー」


 一人の生徒が比良理に質問すると、如何にもよく気づきました、といった感じで答え始めた。


「あなたは剣道部で主将を勤めインターハイにも出てるじゃない? そういう精力的な貢献を考慮してランクは作られているのよ。ただお金があれば良いというものじゃ無いわー」

「えっ? そういうことなの!」


 またザワザワし始める。数名の生徒が自らの制服よりランクが高いらしい。


「おい。制服が古いままの者はどうなる?」


 不機嫌に聞くと、比良理はニヤリとほくそ笑んだ。

 

「まぁ、それなりの身分を用意しておきましたよ」


 それ以上語らず底意地悪く微笑むだけだった。


◇◇


 パンも捨てられ食べるものもないので新しくできた食堂に行ってみることにした。


「まぁ『無料クーポン』の魔力にも逆らえんしな」


 独り言を呟きながら敷地の外れに建てられた食堂に向かう。何とも巨大な建物だ。


『体育館より大きく全生徒が一斉に食事を取ることができるらしいよ』


 そんな噂話も聞こえてくる。

 ふーん、まぁ学生に食事は重要だ。重視するのは上に立つものとしては正しかろう。

 一人食堂の玄関まで来ると、横にもう一つ無駄に豪華な入り口があるのが見えた。ドアマンがいる回転扉だ。


「バカバカしい……」


 学生には無用の長物だ。国家の威光を示すとか目的があれば分からんでもないが……と思ったところで、そうか、女帝どもは自分たちの権威を見せつけたいのか、と思い直す。


「余計にバカバカしい!」


 もう一度小声で呟いてから食堂に入った。


「さて、どうすれば良いのか……」


 段取りが分からん。立ち止まって思案していると、周りの生徒は昔の制服のままの私から態とらしく離れていった。

 無視して列に並ぶ。しかし順番が来たところで「ランクDはあちらです」と別の場所を案内された。大人しく向かうと、海苔の巻かれていないオニギリだけが置かれていた。


「これだけか?」


 不満げに声を出すと給仕も周りの生徒も小馬鹿にした表情を浮かべるだけだった。

 ここで初めて説明書きを読むと、ランクBは食べ放題のビュッフェ形式、大半の生徒のランクCは格安弁当となっていた。そして、小さな文字でランクDは態々『おにぎり(海苔なし)』と記載されていた。


「ランクDにはお似合いよ! 五百円でこの食堂に入ってオニギリ食べる権利を売ってあげるわ」


 いつの間にか比良理が近くに現れた。取り巻きも勢揃いしている。


「……今日は無料なのだろ?」

「ははは! 明日から五百円持ってきたら仲間に入れてあげるわ。どう?」


 フン、社交界から追い出されたくなければ税金を払えということか。そっとオニギリを手に持ち比良理を見ながら食べ始める。


「うむ、米は美味いぞ」


 食べ終わると反転し出口に向かう。


「あはは、貧乏人一名お帰りよー」

「ははは」

「もう来るなよ!」

「あはははっ」


 蔑む笑いが響く。その中を冷静さを保ちながら足を進める。心の中は羞恥と怒りで煮え繰り返っていた。



◆◆◆


「いい気味でしたね!」

「おーほっほほほ、ホント最高だったわね」


 雷灯を膝の上に乗せてコース料理を食べている比良理。


「はーい、あーん。雷灯くんは沢山食べてねー」

「ひら……麻衣さん、一人で食べられますよ……」

「ダメよ、ほら、口を開けて。ローストビーフよ、あーん」


(我慢だ……)


 小学五年生の男子が一番嫌う子供扱いだが、逆らえばこの学校から与えられている最高の学習環境ともオサラバだ。最新で最高の開発環境は全て飛ぶ鳥を落とす勢いの新進気鋭のハイテク企業『ヒラリー・システムズ』のものだ。ご令嬢の機嫌を損ねれば、確実にこの学校にも居られなくなる。

 雷灯は特待生での入学を母親が大層喜んでいたのが足枷になり強気で反抗できない。この家庭もどちらかというと貧困家庭の部類だ。

 恥ずかしさと悔しさを理性で飲み込むと、諦めて口を開けた。間髪入れずローストビーフが口に入ってきた。正直恥ずかしくて味などしない。


「……はい。美味しいです」

「あらー、よく食べれたわねー。今度は口移しであげようかなぁ」

「羨ましいなぁ、比良理様の御厚意、受けたらどうだ? ははは」

「そうだぞ、断ったら勿体無いぞ!」

「いえ……遠慮しておきます」

「あらー、恥ずかしがっちゃってー! 可愛いわねー」


(我慢だ……)


 叫んで逃げ出したくなるが拳を握り締めて耐えるしかない。こんな時間が毎日続くと思うと涙が出てくる。落ち込んでいると比良理は足や胸を触ってくる。


「擽ったいですよ!」


 少し苛立ちをぶつけても何も気にしていない。玩具か何かだと思っているのだろう。

 はぁ……南早田さんだったらなぁ。パン屋の制服姿を思い出す。その瞬間に手の甲をつねられる。


「痛いっ! 何ですか?」

「今、違う女のことを考えたでしょ?」


 こんなことだけは異常に鋭い。慌てて誤魔化す。


「いえ、ひら……麻衣さんのスカートが翻る姿、綺麗だったなって……」

「あらーーーっ! もーーーっ! 正直ねー!」


(我慢……我慢しろ!)


 胸を押し付けて肩や頭を撫で回す麻衣。

 雷灯には、この拷問のような時間が早く終われと祈りながら耐えることしかできなかった。



◇◇


 教室に戻ると私の机と椅子だけが無くなっていた。

 暫し席のあった場所で少し立ち止まっているとクスクスと小馬鹿にする笑い声だけが聞こえてくる。ムカついて怒鳴りつけようと思ったところで制服の色違いを着た教師から「南早田さんは教室が変更になりました」と告げられた。教師までくだらんカーストとやらに組み込んだか。面倒になり大人しく指示された教室に向かうことにした。

 廊下を歩くといちいち他のランクの生徒がクスクスと笑う。もはや呆れて注意する気も失せる。

 しかし地味に精神にくるな……。

 ランクD用にはボロい旧校舎の教室が(あて)がわれていた。教室に入ると皆が不機嫌そうに団扇で自分を煽いでいる。


「マジか、エアコン無いの? せめて扇風機をー」


 思わず小声で叫びながら冷静を装いつつ自分の席に座る。周りを見るとランクD(最低のカースト)は私を含めて十名ほど。どうやら経済的事情から新しい制服が買えなかった者達ばかりのようだ。

 ふと視線に気付き隣の席を見ると、そこには元騎士の柏原(かしわばら)伊吹(いぶき)も居た。騎士から最下層カーストへの転落。

 馴染みの顔に正直ホッとする。


「おぉ、柏原。騎士からの降格おめでとう」


 先ほどの苛立ちから、思わずニヤニヤしながら蔑んでみる。


「南早田こそ、態々不愉快な気分になりに新しい食堂に出掛けたのか? それはご苦労様なことだ」


 煽り返される。

 むむっ、流石に煽り耐性強いな。それより、誰も食堂に行かなかったのか?

 周りをキョロキョロと見回すが、皆が各自の昼ごはんを食べていた。


「クーポンの詳細を読めば行く気など無くなる。で、どうだったんだ?」

「まぁ、控えめに言ってドン引きの醜悪さだったよ」


 少し悔しかったので、呆れたフリをして軽めに微笑むと、一瞬真剣な顔をした柏原が優しく微笑んだ。


「流石は南早田だ。強いな……」


 と言われて何故か頬が火照るのを感じたので、慌てて自分の席に座って前を見詰める。

 なんか調子が狂うぞ……と少しだけ不機嫌にしていると、横から小さなパンが視界に入ってきた。


「くくっ……まぁ、これでも食べて落ち着けよ」


 半笑いで顔の前にパンを差し出す柏原。少しだけムカついたので、そのまま齧り付いてやろうかと思ったが、照れて困るのは此方の方だと思い返して素直に手で受け取る。


「ありがたい……」

「まぁ、ヤマシマ製パンに感謝だな」


 不機嫌顔の私と和かに微笑む柏原は二人並んで黙々とパンを食べていた。この日は不機嫌なランチとなったが、それは始まりに過ぎなかった。


◇◇


 クラスメイトの十人ほどは揃いも揃って自己主張が苦手そうなタイプばかりで、皆が不安そうにしていた。開き直っているのは私と柏原だけだ。

 授業の合間の休憩中には如何にもヤンチャそうな生徒達が窓から覗きに来ていた。休憩が終わると(こぞ)って飲みかけのペットボトルやゴミ屑を窓から放り投げて笑いながら帰っていった。

 そんな状況に女子生徒は私の他に一人しかいないが、怯えっぷりは気の毒なくらいだった。


「気にするな。今は物珍しいだけだろう」

「……」


 話しかけるが俯いて震えるばかりだ。


「エアコンなしとはいえ学業はさせてくれる……」

「わ、私に話し掛けないで!」


 突然大声で叫び始める。


「南早田さん、あなたと一緒にいるとターゲットにされるのよ! 私は静かにしていたいのよ! 近づかないでーっ!」


 言うだけ言うと突っ伏して泣き出してしまった。

 これには辟易というより戸惑いしかない。

 そうか。私は前世では紛れもない上位ランク(貴族階級)下位ランク(一般庶民)の子達など興味もなかった。確かに底意地の悪い下級貴族の子女達は一般庶民に辛くあたったと聞く。

 少し呆然としていると、ペットボトルが投げつけられた。咄嗟に魔導防御を解除して相手が怪我をしないようにする。避ける暇なく顔に当たった。


「お、お前が……お前が目立つとオレ達が虐められるんだ」

「だから、静かにしていてくれ!」


 数名の男子生徒が振り絞るように声を上げた。


「やめろ! 南早田に文句を言うのは筋違いだろ」


 柏原が立ち上がり睨みつける。ビクッとしてそれ以上は何も言ってこなかった。


「南早田、気にするな」

「お……おぅ」


 優しい言葉に逆に動揺する。

 所詮はガキ同士の『なんちゃって身分制度』と思っていたが、前世の社交界より陰鬱だった。時間が経つにつれ急速に悪い状況になっていく。困惑するしかなかった。


◇◇


 酷さは日にちを増すごとに増していった。

 旧制服の生徒が廊下を歩けば皆が会話を止めるとクスクス笑いながら陰口を叩くようになった。教師陣も旧校舎に来るのが躊躇われるのか、自習が多くなっていった。すると、反対に暇な生徒やヤンチャな生徒が代わり代わり来ては嫌がらせするようになっていった。

 

 その日の最後の授業が始まる前に、同じクラスの女子生徒は遂に早退してしまった。トイレで用を足している時に外からバケツか何かで水をかけられたらしい。びしょ濡れで教室に入ってくると、何も言わずに出ていってしまった。

 直ぐに伊吹と共にトイレの方に駆け出すと、まだ数名の生徒が(たむろ)していた。バケツも持っているので間違いなく犯人らしい。


「お前らか! イタズラを超えているぞ!」


 問いかけを無視してクスクス笑いながら去ろうとしている。腹が立ちバケツを持った女子生徒の手首を掴もうとするが、隣の男子生徒が間に入り邪魔をする。


「邪魔するな! 警察にでも突き出してやる!」

「ははは、ランクDには何をしても良いんだ。知らなかったか?」


 印籠のようにスマホのアプリ「システム・マリア」を掲げる。そこにはランクが下の者は上の者には直接言葉を掛けてはいけない、となっていた。其々のクラスの前にある意見ボックスに投書することしか出来ないルールとのこと。


「そんなモノに従うのか? そんなくだらないルールに従うのか?」


 思わず背後から口を出す柏原。だがニヤけるだけで相手にもしない。


「貧乏人が偉そうに講釈を垂れるな」

「なっ……黙れ!」


 激昂し掴みかかろうとする柏原に突然と嫌味な大声が聞こえてくる。


「ランクDども! それが嫌ならルールに従って制服を購入しなさい! そして毎日五百円くらい払いなさいよ。大人しくしていれば、仲間に入れてやることを考えてやろう」


 第三の女帝の比良理麻衣が取り巻きと共に現れた。


「経済事情で購入できない者だって――」

「――では退学しなさい」


 訴えを無視して汚い虫でも見るように顔を背けている。


「たかが十万や二十万が出せない貧乏人にここは似合いませんわ。早くお辞めなさい」


 流石に腹が立ったのか、拳を振り上げ叫ぶ柏原。


「明らかに暴力行為だ。教育委員会に――」

「――熱中症になりかけていたので緊急措置として水を掛けただけですわ。ほほほ、彼女も混乱してましたけど、最後には感謝してましたよ。それを見ていた証人も沢山いますしね」

「なっ……」


 思わぬ反論に声を失う。


「何がしたい? 比良理、何が目的だ?」


 静かに問うが答えは無い。ただ嘲笑うだけだ。


「何がしたいと聞いている! 何が――」

「――南早田、お前が居なくなれば全てが解決する。このクラスの他の生徒にも安息が与えられるだろう。覚えておけ」



――呪いの言葉を残して女帝は去っていった



◇◇


 アパートの階段を降りると波子が大家さんの横で冷や汗を流しながら固まっていた。家賃のことでお小言を貰っているのだろう。私は助けを求めるような目で見てくる波子を無視してバイトへと出掛けた。

 因みにミャー子は誇らしげに大家さんの横で座って撫でられていた。


「お前も強いものに巻かれるタイプか……」


 何となく暗い靄の中にいるような気分だった。いつもと変わらないバイト先の店内で久々に心が落ち着いた。今はレジ台に頬杖して気怠くスマホを見ている。

 文芸部らしいところを見せんとな、と小説を進めようとするが、今日は何か物思いに耽ると直ぐに腹の立つ出来事ばかりが頭に浮かぶので、とても進捗が良くはない。アレコレと資料を漁っていても思い出してイライラしてしまうので関係のない動画をぼーっと眺めていた。


「これも店主()の施しのお陰だな……」


 店主が叶笑に商品紹介のポップなどを作ってもらう代わりに、店のWiFiを使わせて貰っていた。動画など見ていたら一瞬でパケットが無くなる。


 ダラダラしていると『ちりりーん』とドアベルが鳴った。


「いらっしゃいまっせー」

「あら、今日はお暇なのね」


 気怠い挨拶にハイテンションに返すのは元部長の栞と美織だった。


「部長と美織さん! お久しぶりですね」

「慣れたけど、いつまで私は部長なの? ふふふ、お疲れ様」

「部長、五七五のヤツまだやってたんですね!」


 部長()は自慢げに胸を張っている。


「んふふふふ、もうクセだから治らない!」

「なんか機嫌良いんですね」


 しかし、胸を張る部長、実は背も百七十センチあり出るところは出ている女らしいスタイルだ。美織の方も、まぁまぁの膨らみが(うかが)える。

 俯いてじっと自分の胸を眺める。正しく貧弱、絶壁のような光景しか見えない。色々と呪う。


「栞ね、大学の文芸サークルで応募した俳句がコンクールで賞を取ったのよ」

「あら、それで……」


 ニコニコだ。女三人で姦しくしていると、またも『ちりりーん』とドアベルが鳴った。


「いらっしゃいまっせー……って、あら」


 そこには()()()な女子生徒が立っていた。


「南早田さん! どうしても謝りたくて……」


 開口一番、泣き出しそうな声で叫び始めた。


「耳年……いや、白久保(しらくぼ)さん、どうしてここに?」


 叶笑の同級生の白久保(しらくぼ)梨倫(りりん)が涙ながらに続ける。


「南早田さんに素っ気ない態度を取ってしまったの。それに食堂でも、あなたの味方がしたかった。でも……声も……出せなかった……」


 最後の方は泣き声に変わってしまい何を言っているか聞こえなかった。でも、必死さだけは伝わる。


「白久保さん、あなたが気にする必要はない。味方だということが知れただけで心強い。それに……」


 涙ながらに肩を震わす梨倫の手をサッと取る。


「ダンスのペアが悲しみに耽る様は見ていて心地良いものではない。さぁ、一曲踊るか?」

「えっ? あらー……」


 戸惑う梨倫の手を取りステップを踏み始める。涙はこぼれ落ち続けていたが、次第に笑顔になってきた。


「ふふ、強引ね。あの……叶笑さんって呼んで良いですか?」

「梨倫、叶笑で良いぞ」


 パッと表情が明るくなる。


「ホントっ? では(かな)ちゃんで良い?」

「ははは、心が晴れ渡るな。青空のような青色だ! それワンツー、ワンツー……」


 二人のステップが元気なキビキビしたものになる。

 それを見ていた美織も羨ましくなったのか、部長の手を取り戸惑うのを無視して合わせて踊り出した。


「ちょっとちょっと! 分かんないわよ!」

「良いのよ。栞、幸せな時は踊るに限るわ」


 すると厨房から『バーン』とパン生地を机に叩きつける音がしてきた。動きが止まる美織と部長のペア。梨倫は驚き足を止めかけたが、私が踊るのを止めないのでビックリ顔のまま踊り続けさせられている。


「あれは機嫌の良い証拠だ。さぁ踊れ踊れ」

「そうなの? ふふふ、叶ちゃん、踊るのは楽しいわね」


 踊っていると、またドアベルが鳴り扉が開いた。顔を覗かせたのは柏原だった。


「いや、ラスク大盛りチャンスの音がしたのでな……」


 全員動きを止めて柏原の顔を見る。二組のペアがパン屋の中で踊り狂っているんだから呆然としてしまっても不思議ではない。その顔を見たらどうにも幸せな気分が溢れ出して笑い出してしまった。


 どうせ様子を見にきていたのだろう。そうしたらパン生地を叩きつける()()()()がしたので辛抱堪らなくなったのだろう。

 釣られて皆が笑う。


「ははは、良いぞ、これは楽しい日になったものだ」


 時折鳴り響く『バーン』という生地の叩きつけられる音が響く中、笑顔で踊る四人と困惑する柏原。

 しかし私の瞳からは涙が溢れてきた。


「えっ? 叶ちゃん、どう……」

「ははは、嬉し涙だ。気にするな!」


 暫く踊ってから、皆が特盛ラスク(幸せのお裾分け)を持って解散となった。



――ほんのひと時の幸せ



――長くは続かない



――卑劣で苛烈な攻撃は止まらなかった

女帝の攻撃は苛烈さが増す。

ショタで変態で底意地の悪い比良理ひらりの魔の手が叶笑と伊吹に迫る。

雷灯らいとにはセクハラが迫る。

遂に判明する耳年増な女子生徒の名前。

その名は白久保梨倫しらくぼ りりん

あっ、ネームドだけど、ただの脇役だよ。


★一人称バージョン 2024/1/3★

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