第九話 Appendix:ハイブランドに身を包め①
面倒なことになってきた……。
叶笑はピンチにかなり鈍い子だったが、エリザベートは直感が効くタイプだった。
あのミミが『助けてください』よ! 宿題が終わらないレベルじゃないことだけは分かるわ。
心の中で盛大にぶー垂れる。
「お姉様……助けて……」
ミミの様子が時々変なのはもちろん気づいていたわ。
でも、面倒だから無視しようとしていたの。
流石にお金も地位も全部あるんだから、どうにかしなさいよねー。
しかしミミは組む腕に力を込めて、私を文芸部部室に引き込んでいく。
◇◇
部室に二人きり。改めてミミの顔をまじまじと見る。あら、本気で怯えてるのね……。
押し黙っているミミが突然パンツを膝まで降ろした。
えっ? 今から?
「鍵、開いてるわよ……」
仕方ない、という感じで扉の鍵を閉める。
「ミミ、どうしちゃったのよ」と声をかけた時、徐に後ろを向いてスカートを捲ってからお尻を突き出した。
「お姉様、見て下さい……」
わーお、真っ白なお尻……に鞭の痕が一つ。
ふむふむ、これは乗馬用の短鞭かな? これはエリザベートの知識。乗馬は得意なの……決してスパンキングは得意じゃ無いわよ!
「これは?」
「鞭の痕です」
「誰に打たれたの?」
身体が震えている。
幼少期の虐待……の影響なんだろうな、この怯え方は。
「従兄弟でフィアンセのマードックという男です」
「あら、貴女、フィアンセ居たんだ」
「はい。幼い時の親同士の他愛の無い約束でしたけどね……アイツは昔から何も変わらなかった……いえ、もっと酷くなっていた」
パンツを上げながらこちらに振り向く。既に目には涙が溜まっていた。
「どういうこと?」
「従兄弟は歳が離れていて、優しかったんですけど……二人きりになると幼い私にいつも酷いことをしてきたんです」
「それが貴女の虐待経験?」
「…………はい」あら、認めちゃった。
「思い出すだけで……身体が動かなくなるの……」
震えながらの告白。多分、『誰にも言うな』と指示されていたんだろう。その約束を破ることは、ミミにとってはよっぽど勇気のいることの筈だ。
最初は小さな約束をして、破ったら苛烈な虐待をする。それより重要な約束を破ったらどうなるかを徹底的に本人に想像させる。
その約束で人をコントロールする……って感じかしらね。初代養護院長もソレが得意だった。虫唾が走るから速攻で辞めて貰ったけどね!
「恐怖で?」
「はい。鞭でお尻を何度も叩かれたの。恥ずかしかったし、痛かったし、本当に怖かった……でも決して誰にも言えなかった」
話ながら、少しずつ感情が戻ってきた。
「昨日はアイツと決別しようと思って、二人きりで話し合おうと思ったのよ……でも……」二の句が継げずに震えながら目を閉じてしまう。
「でも?」
「でも鞭を見たら……怖くて……怖くて『いいえ』が言えないの……」
瞑ったままの瞳から涙が溢れてくる。
「まだ好きなの?」
「…………いいえ。真逆よ。殺したいほど憎いわ」
「じゃあ、私が助けてあげる」
「う……う、嬉しい!」
ミミは暫く泣いていると少しだけスッキリしたようで、頬にキスだけすると明るい顔で自分の教室に戻っていった。
ポツンと一人残される。
「まぁ、守ると大口叩いた責任か……」
一人で格好つけて呟くと、プルプル震え出して崩れ落ちた。
「私の安住の地は何処なの?」
波子は無職から脱却して手取り月十八万円をゲットしてくれているわ。色々な支援制度も駆使して、まぁ以前に比べれば経済状況は格段に上がった。
でも、吹けば飛ぶような状況は変わらないし、私のお小遣いも月五百円から変わらない……。
「もう少し恩を売って稼がねば!」
ワタシは叶笑と違うの。
月五百円生活は耐えられないの。ムリよ。あの子は五百円のお小遣いから三百円を貯金して、文房具を一つだけ買って、お釣りで駄菓子を買う生活で満足する子なのよ!
何それ?
あの子、サムライか何かなの?
華の女子高生よ、私。『武士は食わねど高楊枝』じゃないわよ!
私はスイーツも食べたいのよ!
だから、まずは作戦会議と称してミミにたかるわよ。
◇◇◇ 放課後のイ○ンのフードコート
ここは『憩いの聖地』、フードコートよ。WiFi無料の無敵の兵站基地。水だって飲み放題!
やっぱりいつ来てもサイコーよ。
「へー、初めて来たわ。なんかゴチャゴチャしてるわねぇ……まるで台湾の夜市みたいね」
ミミは物珍しいのか、ずっとキョロキョロしている。
「ねぇ、先ずは食べましょうよ。溶けちゃうわ」
二人の座るテーブルにはソフトクリームが二つ置かれていた。これが今回の手付金となる。
「あ、ゴメンね。どうぞお納め下さい」
ミミもソフトクリームを手に取りスプーンですくって食べ始めた。
「思ったより甘さ控えめなのね。美味しいわ」
「そ、ソフトクリーム……」
白く冷たい甘美な存在に釘付けよ!
あぁ、私はここで意識が遠のく……。
◇◇
「はっ!」
呆れ顔のミミが目の前にいる。
「ねぇ、叶笑……食べ方エロくない?」
「えっ? あっ!」
ヤバい……やっちゃった……やっちゃったーー!
私の右手には十五センチほどの棒状に成形されたソフトクリームが握られている。それを舌先で下から上に舐め上げているところで我に返った。
「あ、あの……いつものクセで。この食べ方が一番長持ちするの」
「ぷっ、どういう癖よ」
消え入りそうな小声しか出てこない。
だって、なんかミミの背後に他校の男子四、五人がこちらを見ながら往復している。『早く舐めろ』って視線が痛い。
「私……スーパーの格安ソフトクリーム型アイスを買ってきて貰って家で一人食べるのが数ヶ月に一度のお楽しみなの」
「ん? ソフトクリーム型ってこれと違うの?」
うぐっ、屈辱の告白は続くのね。
「あのね……スーパーのはカチカチのアイスで全然美味しさが違うの。本物のソフトクリームなんて数年は食べてないわ。まだ覚えてる……五歳くらいに初めて食べたソフトクリームの美味しさ。舌の上で儚く溶けていく冷たいクリーム……うへへっ……はぁはぁ」
「ちょっと、叶笑」
「はっ! ダメ……見てると正気を失っちゃう……」
男どもの視線を感じて頬が火照っていくのが分かる。私、エロネタにはめっぽう弱いのよ。
「あぁん、あぁ、溶けちゃう。見られてる。美味しそう! ダメ、もう分かんない!」
徐に白いアレっぽいものを口にスポッと全部含んで隠した。
「うぅっ、ぷはぁ、冷たあまーいっ!」
目がトロンとしちゃう。舌を口の中でチロチロ動かして、棒の先だけをゆっくり舐める。口を窄めて口で柔らかにしごき上げると、棒状のソフトクリームがそのままの形で出てきた。
「んはっ! 最高よ。美味しい〜」
「叶笑……エローい」
唇の端に白いクリームを付けたまま、もう一度下の方からソフトクリームを舌で舐め上げる。また口に全部含んでから目を瞑ってソフトクリームで出来たアレを唇で数回擦り上げる。
スイーツの甘味を大量に摂取すると私酔っちゃうの。
「はっ!」
「ねぇ叶笑、ちょっと落ち着いて」
「……また持っていかれた。ごめーん」
ダメよ。ホントにエロいことに弱いの。何といっても襲われて逆上して相手の男の首を文字通り落として『帝国の毒婦』よ。
「小学生高学年の時に男子から見せて貰ったエッチな動画を観て気付いてはいるのよ。コレは恥ずかしい食べ方なんだって……」
声が恥ずかしさで消え入りそうになる。
「だから、アパートで一人きりの時以外は封印してたのよ。でも、でもね……本物のソフトクリームなんて久々過ぎて……いつもの食べ方しちゃった……ぁあ、もったいなーい」
もうソフトクリームしか目に入らない。
いえ、私の恥ずかしい舐め方を見て。もっと見て辱めてー!
また口に含んでモゴモゴすると、男の子達が真剣にミミの背後から覗いているのが見えた。私の動きに合わせて椅子をガタガタしてる。
かーわーいーいー!
「口の中が全てクリームでいっぱいよ! んふふっ、幸せ〜」
「叶笑……だから襲われるんじゃないの?」
「ん? 何で? あぁ、溶けちゃう!」
口の端の白いのを舌だけ出してペロっと舐めながら、またソフトクリームを机に固定して、上からパクッと口に含んで上下に唇で擦り上げる。
「ちょっと、流石にその食べ方、やらしいわよ……」
「あー美味しい。私ね、絶対に噛まないのよ。全部舐め上げるの。ごくっ。その方が長持ちするし美味しいのよ! んふふっ」
周りを気にすることも無く、時々チロチロと舌で形を整形し直すのよ。これは職人芸。極太のアレの長さを変えず徐々に細くするのがコツよ。
「パクッ、もごもご……ぷはぁ、ペロペロ、おいしー!」
遠くから見ている男の子達は、誰も席を立てなくなっていた。仕方なく立ち上がる子達は軒並み何故か股間を手で押さえて前屈みになっている。
「はぁーん、満足した。さて、もう一度話を聞かせて!」
口の周りも指も甘くて美味しい!
あぁ、幸せよ。
「叶笑、私の家に行きましょう……流石にここじゃ話せないわ」
「あら、そう?」
「あと大事なこと……ソフトクリームあげるからって知らない男についていっちゃダメだからね」
「えっ? 何で?」
◇◇
場所を変えてミミの自室で作戦会議。
お茶とお煎餅が出てきた。「甘味は控えなさい」と何故かミミから怒られる。
なんでよっ!
しょうがないので真面目に今回のあらましを聞く。
今週末に従兄弟が主催のパーティーがあるとかで、絶対に出るように鞭で叩かれ約束させられたらしい。では、決戦の場はパーティー会場ね。それなら社交界デビューではないけど、こちらの世界でも社交界に殴り込みよ!
「じゃあ着ていく衣装を選びましょう」
「えっ? ドレスなんか持ってないわよ?」
「私が中学生の時に来ていたのを貸したげるわ」
クローゼットから引っ張り出したドレスを二人でお淑やかに選んでいると、突然ドアがバーンと開いた。手に手に衣装を持って乱入するメイドさん達。
あれ? 皆さん鼻息荒いですけど……獲物はワタシ?
「うふふ、線の細い少女をどこまで艶やかにできるか……腕が鳴ります」
「そうですよ。メイクもしがいのある白い肌!」
「ミミ様、叶笑様を一流のレディーにしてみせますわ!」
せっせとドレスやら帽子やらを床に並べると、それを着せ替え人形よろしく次々と私に着せていく。
いやいや、ロココ調のドレスは今どき着ないでしょ。花柄フリフリでレース満載のウエストをキュッ、じゃなくてっ!
地味なのにして下さい。これはスパイ活動よ!
ベッドの上に下着姿の叶笑を放っておいてきゃーきゃーと騒ぐメイドさんとミミ。八着目を着せられているところで、またもドアがバーンと開いた。
そこには息の荒い奥様が居た。
「私に黙ってこんな大事なこと……私にも参加させなさい」
手に山ほどの布やら箱を抱えて部屋に入ってくる奥様。とっておきの衣装を手当たり次第に合わせ始める。
セクシードレス! やめて、この身体では特定の殿方以外は興味を持って貰えません! だからってキッズサイズは……えっ、ジュニアサイズ? うわっ、プリンセスライン、大きなリボン……叶笑の趣味にどストライクよ! か、可愛すぎる! うひゃあ?
花柄ノースリーブのシックなドレス、す、素敵!
だ、ダメよ、私には諜報という任務があるの。目立っちゃダメなの!
「これはどう?」
「あら奥様、お目が高い!」
えっ? ア○マーニ・ジュニア? ○&Gキッズ! ぎゃーっ、バ○ンシアガのキッズ向けカワイイ!
くっ、無駄に知識があるばかりに……小説の資料にとハイブランドを調べていたのが仇になったか……可愛い!
「これいいわね。叶笑ちゃんの身体の線に合ってるわね」
「ホント。お母様、見立ても上手なのね」
「ミミ、褒めても何も出てこないわよ。さぁ、叶笑ちゃん、覚悟しなさい」
あぁ、奥様、ミミ、ダメよ、紺色のフィッシュテール、小さな腰リボン、こ、これでお願いしますぅ(敗北)。えーっ? く、靴までも? いやーーっ! ルブタ○、ジ○ーチュウ、シャ○ルも……フェ……フェ○ガモまで……選べないわーん。
◇◇
お肌ツヤツヤの奥様とミミとメイドさん。ハイブランドに塗れたベッドにぐったりと倒れ込んでる叶笑。
「お、恐ろしい。月収以上の靴に年収相当のドレスなんてまるで麻薬よ! し……幸せで死ぬ〜」
◇◇◇ 週末
郊外の大きなお屋敷にハイヤーで乗り付ける三人。メイド数名は後続車に、ミミの父親は既に会場入りして商談中らしい。
バ○ンシアガの紺色ドレスに身を包んだ私は無意味に片手を腰にモデル立ちを決めている。
髪型はアップにセットしてもらい、ハート型のミニバッグもバ○ンシアガ、足元はミュ○ミュ○のピンヒールという重装歩兵も真っ青になる重装備なの。
こんなの神の装備よ。高揚感が止まらないわ!
ふーん、ここも、まぁまぁの大きさの敷地と邸宅ね。
前世の私の邸宅と引き分けに……えっ、この裏の森も全て敷地?
くっ、もう殺せっ!
勝手にダメージを受けている私を心配そうに見つめるミミ。右小指には私とお揃いのリングが輝いている。
あの時の指輪かって?
違うわよ!
そうよ。先週、高級ジュエリーショップに連れ込まれたのよ。
『叶笑に貰ったアレだけど……あの……び、貧乏臭いと思います。あ、気持ちは嬉しかったよ。でも、新しいの買いたいです』
ほんの少しだけ寂しくて、物凄く恥ずかしかった。ミミも言いづらそうで、丁寧な言葉遣いが余計に恥ずかしくて恥ずかしくて……顔真っ赤になったわ!
でも、三千円がディ○ールに早替わり。波子の月収三ヶ月分。わらしべ長者真っ青よ。ぐすん。
ちなみにミミと奥様はアシンメトリーなシャ○ルのドレスをセクシーに着こなしているわ。
三人並べば、もはやファランクスよ!
「叶笑、大丈夫?」
「……色々と大丈夫では無いけど大丈夫よ!」
逆にミミの様子を伺うと気丈に振る舞っているが暑くもないのに首筋には汗が浮いている。
「ミミ、必ず私と行動しなさいよ」
「……うん、分かった」
パーティーが近づくにつれて落ち着きがなくなってきた。何か洗脳のトリガーがある筈。やっぱり鞭かな? それを目の前で打ち壊したいわね……。
「ねぇ……」
「……えっ、何?」
ばっと両頬を持って顔を目の前に無理矢理下げる。まるでキスをせがんでいるよう。
「えっ……」
真剣な目つきでミミの目を見つめる。ミミの瞳の中に自分が見える。
「エリザベートは必ずお前を守る。それだけを覚えておけ」
少し目がトロンとなるミミ。
「はい……」
そのままキスに移行するミミ。周りがギョッとする。
「むーっ!」
「あら、ごめんなさい」
全く……まぁ、これなら洗脳に勝てるか?
ため息を吐きつつ、明るく他の来賓に挨拶するミミを眺めていた。すると、突然、ミミの健気な明るさに影が落ちたように見えた。
――そこには『マードック』と呼ばれる男が居た
――一瞬、汚物を見るような視線をミミに向ける
「さぁ、我がフィアンセ殿、準備は整いましたかな?」
――戦慄のパーティーが始まる
女帝が一人堕ち、そして一人は叶笑の元に下った。
お財布事情以外は回復の兆しを見せる南早田家。
だが、危機は迫る。社交界の闇が叶笑とミミに迫る。
★一人称バージョン 2024/1/3★