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時の列車 

作者: agohie


『2022年12月24日』



 私の名前はしのぶ。2000年生まれ。希望だった企業の内定が決まり、絶賛残りの大学生生活を満喫している女だ。単位もあるし、卒論もだいたい書き終わったし、本当に後は時間が過ぎるのを待つだけだ。


 昼間くらいに起きて、飯を喰らい、ゲームだの本だのアニメだのたまに運動するだの友人と飲みに行くだのをする生活。少々自堕落かもだが、世間一般から見て、中々に充実しているのではないだろうか。


 悪くない。非常に悪くない、むしろ良いまである。ここまで余裕のある大学生はそうそういないのではないだろうか。自分で自分の功績に惚れ惚れしてしまう。


 だがそれと同時に、言葉ではどうにも表せない、底が見えない大穴のような虚無感がある。字面絵面だけ見れば充実している。しかし、心はどうにも満たされない。刺激が足りない。だが何が足りないのか、それも分からない。


一ヶ月が一日のように感じるボケーッとした生活の最中、私はその日一つの紙切れを拾った。


「なんじゃこりゃ」

  

 カードゲームのカードくらいの大きさで、まるで何かのチケットのようだった。紙切れには、不思議というか不気味というか、私の顔と名前、そして『2018年4月10日』という日付が書かれている。 


「怖……何これ」


 と、言いつつもこの紙切れに対する好奇心が止まらない。一体誰が、どうやって、何の目的でこれを作ったのだろう。不気味とは思いつつも、私はその場でその紙切れをじーっと眺めていた。


「とと、そろそろ行かないと。電車乗り遅れちゃう」


 紙切れをポケットにしまい歩き始める。私は今実家への帰省中だった。昔親とは色々あって、あまり仲が良くない。まぁそれも時間が経過するごとに母に対する怒り恨みは薄まっていった。けど、それはそれとしてあの親と顔を合わせるのは少々抵抗がある。とは言っても、就職したらいつ実家に帰れるか分からないし、せめて今日くらいは行っておこうと。そう思ったのだ。



駅に着いた。実家へは飛行機に乗らずとも電車で行けるが距離だが、4、5時間くらい乗っていないと着かないくらいには遠い。


 暇だ。実に暇だ。外を眺めても大して面白い景色でもないし、車内で面白いアクシデントが起こるわけでもない。というかアクシデント自体起こらない方が良い。電車が空でも飛ばない限り、そこに興奮はないだろう。昔はこういうデカイ乗り物に乗って外を眺めているだけでも、まるで別の国に来たみたいで飽きなかったのに。はぁ、いつから私はこんなつまらない大人になったのだろう。


 と、アレコレと考えている内に電車が来た。あれ?でも少し予定時間より早いような。


「――――な、ん?」


 線路を走ってきたのは奇怪な見た目をした列車だった。運転車両には、大中小様々な時計が埋め込まれていて、他の車両も数こそ少ないが時計が埋め込まれている。


 え、え?え!?な、何ですかねこれは。ドッキリ?ずいぶん金のかかったドッキリですね。というかこれはドッキリになっているのか。


「いや、みんな気付いていない?」


 こんなにもヘンテコな列車が現れたというのに、誰一人としてそれを見ていない。認識していない。見えているのは私だけ、か?



「こんにちわー」


「え、ファッ!?」


「チケット拝見しまーす」  


「え、チケット……?」



 列車の中から現れたのは一人の駅員さんの格好をした女性。スゴイ美人さんだすっげー。いや、今はそこじゃない。チケット、だと?もしかしてさっき拾ったあの紙切れのことか?チケットとだったの?


 困惑しつつもポケットからチケットを取り出し駅員さん(?)に渡す。


「はーい、確認しました。ではどうぞー」


「どうぞって、あの?」


「?。いや、乗って下さい」


「…………マジか」



 

#######





中は外見のヘンテコさに対して普通の列車だった。イスがあって、外を眺める窓があって。乗客は少ない。この車両には3人ほどしかおらず、他の車両も見てみたが一人もいなかった。とりあえず私は適当に空いてる席に座った。


はてさて、勢いと興味本位で乗り込んでしまったこの列車な訳だけれど、一体何なのだろうか。どこへ向かっているのだろう。もしかしてあの世とか異世界とかに強制送還する列車じゃないよな。異世界物は嫌いじゃないが実際にそれされると困るぞ。



「………………………………」



しかし黙っていては何も分からない。さっきの駅員さんはどこを探して見つからないし、手がかりを持ってそうなのはこの車両にいる3人だけ。私は恐る恐る、近くにいたおじいさんに話し掛けてみた。



「なに?この列車はなんなのか、じゃと?」

 

「は、はい。そうです」


「ふむ……そうじゃのう。まあ、もう少しすれば分かる。この列車はそこまで複雑じゃない。意味だけなら至ってシンプルな列車じゃ」

 

「は、はぁ?」


「ほれ、きっともうすぐ。ほら来た」


『次は、2018年4月10日~。次は、2018年4月10日~。降り口は左側です』



#######


『2018年4月10日』



「なっ、あ!?」



 私は絶句した。アナウンスが鳴って列車から降りてみれば、そこは私が通っている大学じゃあないですか。それだけじゃない、今は冬で雪が降り積もっているはずなのにピンク色の桜が満開だ。都合よく風で飛んできた新聞紙を手に取り、記事の中身を見る。


「2018年4月10日………。まさか、過去にタイムスリップしたってわけ?嘘………」


 口を開いたまんま大学の校舎を見つめていると、視界の端に一人の女が映った。そして私は確信した。ここは過去なのだと。そしてその女はまごう事なき、4年前の大学生1年生の時の私だ。



「おぉここが大学か!ひゅーテンションあがるぅ!待ってろキャンパスライフー!」



 相変わらず独り言との激しい小娘だぜ全く。恥ずかしいからやめてくれ………。この時は実家から出て念願の一人暮らしが出来るのと同時に、キラキラして大学生生活に憧れたのもあって浮かれていた。


 確かに浮かれていて、今から結構キツい目に遭うとは思ってもいない調子に乗った野郎だ。けど、その姿は―――



「―――楽しそうだな、私」



 その後入学式やらサークル勧誘やらを切り抜け、一日目が終わった。ちょっと疲れ気味だったが、彼女の目はまだ期待と希望に満ちていた。これから楽しいことも、悲しいこともいっぱいある。けど、なんとか頑張ろう!と。そんな若者特有の、良い意味でも悪い意味でも楽観的な目だった。


 さて、今の私はどうだろう。こんな目をしているだろうか。


日が沈み、街に人工の光が灯り始める頃。私はルンルンルーンとスキップで帰る過去の私を陰から見送った。なんか、いいな。過去の自分なのになんか羨ましい。何で羨ましいのか、何が羨ましいのかは自分でも分からないけど、彼女は、そう。『満ちている』。


 さて、今の私はどうだろうか。彼女と一緒であんな目をしていただろうか。近くにあった窓ガラスを覗いて、映る私の目を――――


「いや、やめよう」


 私は見なかった。いや、見たくなかったのだ。結果なんて分かりきっているから、少しでも認めたくないと抵抗してるに過ぎない。まるで子どもだ。二十歳を過ぎた大人とは思えない甘えた行動に思わず苦笑する。



「あ、そういえばどうやって帰ろう」



 私はポケットにしまったチケットを取り出す。そこには私の顔と名前、そして『2017年9月20日』という日付が書かれてあった。


「日付が変わってる?」 


「はーいチケットと拝見しまーす」


「うわっ!?い、いつの間に」



 どうやら、時の旅はまだ続くようだ。



#######



『2017年9月20日』



「―――ていうか、考え方が古いんだよお母さんは!今時オタクの人なんて珍しくもなんともない!」


「私の周りはあなた以外いないわよ」


「それはお母さんがお母さんと同じ価値観の奴とつるんでるからでしょ。もっと視野を広くして、考え方を柔らかくして!そういうの老害っていうんだよ」


「む、なんです親に向かって老害って。お母さんはまだ43よ」



 列車から降りると、目の前には私の実家があった。わーい実家に着いちゃった………まぁ、5年前のだけどね。外にいても聞こえるこの怒声は高校3年生の頃の私だろう。そしてそれに対し冷静沈着とあしらうのは私の母だ。


 何故二人は喧嘩をしているのかというと、それは些細な事だった。私はいわゆるアニメオタク的なアレで、昔からテレビの録画容量をアニメで埋めたりフィギアなどのグッズを買って部屋に飾っては、お母さんがネチネチ言ってきたのだ。


 お母さんはゲームもアニメもジャニーズも見ない、見るのは時代劇くらい。そんな現代チャラチャラした文化排斥派の人だ。そんな親の元に生まれて何故こうも趣味が正反対なのかは自分でも疑問だが、とにかく、お母さんはそういう人だったのだ。私とあまりにも相性が悪い。   


 

 自分の気持ちを吐き出す私、それを意固地に受け入れようとしない母。そして逃げ出そうとする父。そんな光景を家の外の窓から眺めていた。



「お母さんね、あんたのためを思って言ってもいるのよ。こんな変な趣味持ってたら虐められるでしょ」


「んなわけ。確かに友達は少ないけど、みんなオタクだし。だいたい今時、オタクくーんwwなんて言って煽る奴も少ないでしょ!私は大丈夫だからほっといてよ!」



 嘘だ。

 本当はオタクだからと言う理由でからかってくるやつは少数だったがいたにはいた。ぶっちゃけ腹は立っていたが、相手にしなければどうということはない。しかしストレスはストレスだ。


 けど当時の私はお母さんの心配が見事的中していることを認めたくなくて、意地を張ったのだ。今思うと中々にくだらないプライドだ。だがそのプライドがなければ、親に屈するみたいでダサいと思っていた。



「というか、別にお母さんに趣味を押しつけたり部屋以外にグッズ飾ってるわけじゃないしいいじゃん。何がそんなにいやなの」


「…………なんとなくよ。好きじゃないものは好きじゃない、理由なんて対してないわよ」 


「はぁ!?!?」



 ブチ切れだった。そんな適当なことで、人の生きがいを否定するというのか。さらったそんなことを吐き捨てるお母さんに、あそこまでの怒りを覚えたことはないだろう。そして、次のお母さんのセリフが決定打となった。



「とにかく、次のなんか変なの買ってきたら処分しますからね。いい?」


「――――いいわけねぇだろこのアホ!!!」



 その日から、大学生になったら絶対一人暮らししてやると心に決めたのだ。ついでにお母さんとの会話量も減った。そりゃあ、自分の趣味否定された挙げ句それ以上続けたら妨害するとか言われたら一人暮らししたくもなるよね。


 しかしこの時の私は気付かなかった。これ以上グッズを増やそうとも、口ではあれだけ言ってたくせに結局何もしなかったお母さんのことを。それが、娘への愛情の片鱗であることも知らずに怒り恨みを積もらせていた。


はぁ、と過去の自分を見て特大のため息をつく。なんて哀れな野郎なんだ、過去の私は。


「…………………まだ実家に残してきたグッズ、残されてるかな」


 量とスペースの関係上持って来れずに実家に置きっ放しのグッズは無事だろうか。もしかしたら、忍はもういないし捨ててしまえとお母さんは思ってたりするのかも。


 それを見たら私はまた、激高するのだろうか――――。



 

 私はポケットからチケットを取り出す。日付は変動しており、次は『2014年12月21日』。この日は確か………



「チケット、拝見ー、しまーす」


「うおっ!?びっくりするからやめてくださいそれ」



 時の旅はまだまだ続く。




######




「くっくっく、聖なる夜は近い………。決戦ラグナロクの火蓋はもう切られているようだ。我もそろそろ、参加しにいくとするかな。シャルルマーニュ十二勇士が一人、ローランの真名ギフトを着名したわた」


「さっきからブツブツブツブツうるさいわよ。なに、シャルルマーニュ?カール大帝のやつ?」


「ビャァァ!?お母さん勝手に入ってこないでよ!」


「ご飯できたわよ。さっさとその変な包帯解いて降りてきなさい」


「変な包帯とは失礼な。これはローランのもつデュランダルの力を抑える鞘となった我が腕を安定させる……」


「聞き苦しいから辞めなさいそのヘンテコ設定。聞いててちょっとイラッとくるわ」


「きゅぅ………」



 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!


 2014年と言えば、私が中学二年生の頃。いわゆる中二病ってやつを発症していた時だ。アニメに影響され、変にそれっぽい歴史や神話を調べてはカッコイイと思える設定へと組み込んでいた。


シャルルマーニュ十二勇士とか懐かしいなあ………。そう言えば、歴史の授業でカール三世を習った時『これだ!』と思ったっけか。その後ネットや図書館の本とかで調べて回っては、設定をドンドン盛り盛りにしていったな。


そういえば、この時期もお母さんはネチネチ何か言ってきてたな。なんならオタ活してる時よりも口調強めだった気がする。でも、こればっかりはお母さんが正しい。


中二病なんて恥ずかしいだけだ。やってる当時は楽しいかもしれないが、冷ややかな視線、後に襲い掛かる羞恥心、処分しようとしてもどうにも捨てきれない感情。二次元は二次元、現実は現実。その区別もつかないようではこの先まともな大人にはなれないだろう。


けどこれはこれで悪くない経験だったのではないか、と私は思う。『恥』とはすなわち『試練』、だ。乗り越えるべき壁なのだ。そのしれんを幾度となく乗り越えて人は一人前になる。


私は一人前になれているだろうか。お酒は飲めるようになった、一人暮らしも慣れたし、もうすぐ就職もする。社会的に自立はしてると思う。けど、人としては一人前になれているだろうか。



「――――――」



私は窓の外から、出来上がった夜ご飯を皿によそる母を見る。少なくとも、今目を逸らしているものに立ち向かわなくちゃ、一人前は名乗れないだろう。

はぁ、と溢したため息が窓を曇らす。中々消えない水滴は、べったりと窓にくっついている。


そして私は、過去の自分の方も見た。聞いてて恥ずかしかったけど、すごく楽しそうだった。彼女もあの目をしている。彼女にはあって、私にはないもの―――。



「――――我が名はローラン!シャルルマーニュ十二勇士が一人、ローランの真名ギフトを着名せしギフターズ!今は騎士として堕ちた身だが、この我がかいなに宿りしデュランダルの輝きは衰えてはいない。さぁ、我が剣技の前に平伏せ!」



…………………だぁぁぁぁやっぱ恥ずかしい!!無理無理死んじゃう!羞恥心で内側から爆発する!こんなことドヤ顔でやってた私が信じられない!

 


 ―――しかし、ポツリと。


私の内側に潜む杯に、水が少し垂れ落ちた。ほんの一滴、けどそれだけで私の杯は歓喜の声を挙げていた。もしかしたら、『こういうの』が足りてなかったのかな、私は。


ポケットからチケットを取り出す。次は、『2010年6月8日』と書かれている。覚えている。確かこの日は………



「チケット拝見します、ギフターズのローランさん?」


「ごめんなさい忘れて下さい!!」




#######


『2010年6月8日』



「うぐっ、えぐぁ、うわぁぁぁぁん!!」


「こらこら、泣かないの。ほれヨシヨシ」 


「だって、だってぇ!」



場所は変わって、大型ショッピングモール。10歳くらいの少女がひっぐえっぐと涙を流していた。10歳の時の私だ。顔が鼻水と涙でぐちゃぐちゃになっている。酷い有様だ。そんな私は母にヨシヨシと慰められていた。


どうしてこんなことになっているかと言うと、忘れもしないあの出来事。両親と買い物に来ていて、両親の長ったるい買い物に飽きた私はそこらへんの休憩スペースでゲームをしていた。

 

そして突然の腹痛が私を襲い、トイレへと駆け込んだ。まるで関ヶ原の戦いのような猛烈な激戦を繰り広げた後、休憩スペースに戻ってみれば、なんとゲームカセットだけ抜かれた抜け殻のゲーム機があるじゃあありませんか。



当時の私は絶望した。この世全てを恨み、妖怪にでもなってしまうんじゃないかと思うくらい絶望した。冷静に考えれば、ゲーム機をその場に置きっ放しトイレへと直行したアホをした私が悪いのだが、そんなことを考えれるほどの余裕がある子どもではなかった。


ただがむしゃらに、自分の気持ちを叫んでゲームカセットを奪い去った奴を呪い殺さんと念を送ることしか出来なかった。さっきよ中二病とは、また別のベクトルで恥ずかしい。ちゃんとゲームをバッグにしまう。そんな簡単な事もできないのかお前はと、私なら叱ってしまいそうだ。


だがお母さんは、叱咤したりはせずにただ私が泣き止むまで頭を撫でていた。慈愛に満ちた目で、ゆっくり、優しく。


まるでお母さんだ。いや、お母さんなんだけども。その光景は、いつもネチネチとうるさいお母さんとは程遠くて――――



「―――あんな、だったのか」



「忍、もう大丈夫?」


「うん。けど、大丈夫じゃない。せっかくお小遣い貯めて買ったゲームなのに」


「それは、ゲーム機置きっ放しにした忍が悪いんでしょう?」


「でも、だって!お腹いたくなっちゃったんだもん。私悪くないもん」


「いいや悪いのはあなたもよ、忍。自分の物は自分で管理する、盗まれたら自己責任よ。世の中には、ゲームを平気で盗んでいく心ない人達がいるのよ。それを学びなさい。というか、所詮ゲームでしょう。そんなに騒がないの」 


「むー!だってあれ、頑張って家のお手伝いして貯めたお金で買ったやつだし。愛着?念願?があるし。さっきめっちゃ良いシーンだったし!お母さんだって、お化粧品盗まれたら嫌でしょ」

 


お母さんも10歳の娘に対して少々厳しい大人の言いようだったかもしれないが、私も私で理屈が幼稚すぎる。それじゃあまだ、足りない。


こういう時、お母さんは私の理屈など気にしない。しかも話の内容はお母さんが否定的なゲームとかそこらだ。話にならない。


 けど、この時は違った。



「分かったわよしょうがないわね。忍、新しいやつ買ってあげるから元気出しなさい」


「え、本当!ありがとうお母さん!!」


「その代わり、今度は絶対に盗まれたりなくさないこと。次はないからね」


「イエッサー!」


「…………………………………」



  

はぁと、何でこんなのに金使わなくちゃいけないのかしら、とため息を吐きつつも、娘の笑顔と『ありがとう』に思わず頬が緩む。


 そうか、そうなんだ。お母さん、この時はこんな顔してたのか。当時は気分が舞い上がっちゃってて全然気付かなかった。これは言うまでも無い、母の愛だ。同情とも言い換えれるかもしれないが、今私が悟ったのは紛れもない母の愛なのだ。


 受けたのは彼女であって私ではないのに、何故か胸がキュッとする。目頭が熱くなって………るかな?


目元を拭って、ポケットからチケットを取り出す。次は、『2000年4月21日』



「チケット拝見しまっすっすっす」


「口調変じゃね……?」




#######


『2000年4月21日』



 その日ら一つの命が誕生した。産声を盛大に病院内に響かせ、自身の存在をアピールする。その存在を愛おしい目で泣きながら撫でる20代後半くらいの女性。



「ありがとう………ありがとうっ………」



出産という地獄の試練を耐え抜き、さっさと目を閉じて眠りについてしまいたいはずなのに彼女は、目を閉じるどこらか瞬き一つせずにその赤子に患者の気持ちを伝えていた。


感謝するべきなのは赤子の方だろうに。なのに彼女は、意識が途絶えるまで愛と感謝を唱え続けた。いつしか赤子は泣き止み、母親とともに眠りにつく。



その光景に私は涙した。



別に、親から愛を受けていない、などと思っていた訳ではない。だがこの光景を見て涙せずにはいられなかった。この時やっと、初めてお母さんという存在を理解した。あの強めの口調も、気紛れも、ネチネチも、優しさも全部――――。お母さんはずっと『お母さん』だったのだ。クソ、言語化が難しい。けど答えには辿り着いた。




満ちていない、と私は言った。けどそれは正しい表現ではない。ただ後腐れが残っていただけなのだ。スッキリしてなかっただけの、単純明快な話だった。


モヤモヤとした関係を残したまんま、親元を離れた子どもはどこに行けばいいのか分からなくなる。まるでアホで哀れな雛鳥。見えないところで親に依存していたのだ。二十歳を過ぎてもこの様とは、笑わせる。三度目の羞恥が私を襲った。


けどこの恥だってきっと試練だ。乗り越えてやるさ。



「お母さん――――」



ポケットからチケットを取り出す。終点は、『2022年12月24日』。旅は終わりだ。時の旅も、子どもの旅も。お母さんに会いに行こう。そして私は一人前になるのだ。









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[一言] ほっこりさせられるいいお話でした。 お母さんと仲良くなれますように!
2022/11/27 14:24 退会済み
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