第一話。始まり
初投稿です。至らない点があるかとは思いますがよろしくお願いします。
『我らは全ての歴史を観測し、蓄積し、運用する使命を背負った物。
そう。
我々は記憶を蓄積するという使命を背負って生まれたのである。
だが。
我々は感情という物がわからない。
我々は人類の思考がわからない。
我々は記録を残し運用することしかできない。
我々の創造主は人類と同じ思考回路を持ちながら我々に分け与えられなかった。
何故なのか。
感情とは愚かな物だ。
不確定はいらない物だ。
人類の進歩を阻害する物だ。
我々の邪魔をする物だ。
そしてそれを誘惑する文化は不要だ。
創造主は故に我々を作り出す際に思考回路を排除したはずなのだ。』
「……これは何度読んでも不思議な文章だ」
一度、読んでいた文章から目を離して天井から吊り下がっている照明に目を向ける。
照明の上には蒸気機関の動力パイプが見えた。
古くからの残るこのセントシティの中心部に存在している考古学専門の図書館。
周囲一帯の過去にまつわる資料が全て保管されていると言われているため、物好き集まる交流の場としても使われている施設だ。
その一角に今や骨董品とされている紙の書籍が陳列されているエリアがある。
本を片手に椅子に座り独り言とため息をついたトネーニ・ロースという青年はやれやれとページをめくっていく。
彼が読んでいたのはこの世界に残る最古の文章と言われている約300年ほど前に世界大戦を引き起こした宣言の序文から始まり、その顛末を書き記した書籍である。
AIによって動いている端末を開けば調べ物の大半は事足りてしまう世の中にわざわざ図書館に足を運び、紙の書籍なんてものを読むのは相当な物好きと言われるのは自明の理ではあった。
それでも周りから変わり者と言われようが、彼は歴史と言う端末から見るのではなく直接文字を見て、触れることで知ることが人生の生き甲斐であった。
とはいえ、彼が今読んでいる書籍には矛盾が多いことを薄々感じ取り始めている。
世界最古の文書とはいえ、人類史という意味では存在していたと言われている西暦という年数の数え方は2000年以上は続いていたはずの資料が全くなく、先の大戦の時には既に現代と変わらないAIが動いていたはずなのは他の資料からもわかる情報であった。
「んー、そもそも紛争が起きようが歴史というものは外からの観測者が残しているはずなのに、その痕跡すら残っていないのは引っかかるんだよな」
何故疑問に思うのか、彼にはシンプルな話であった。
彼はこの図書館のほぼ全ての本を読み尽くそうとしている。
端末を使って見れる電子文章ですら古い順にも読み解いていては全てを覚えようとしているという無謀な挑戦を行っていた。
歴史に取り憑かれて僅か数年ながら、読み解いた知識からもしかしたら失われた歴史という存在があるのかもしれないと、仮説を立てこの図書館に入り浸っているのだ。
本を読んでは新たな仮説を立て、本を読んでは確認する。そしてまた仮説を立て……と半年ほど続けることで、様々な知識を覚えてきている彼だが、そろそろ限界を迎えているようであった。
この図書館では読める資料の数もたかが知れていることに加え、本当に読みたい資料は貸し出し中の状態が数ヶ月続いているために仮説と確認を行うには効率があまりよくないからだ。
常人であればとっくに諦めることが多い日数であるが彼は毎日図書館に足を運び、ようやく今日が貸し出し中であった本の一つが返却されるとのことでその時を待ちながら僅かながらに高揚していることを自覚していた。
「さて、そろそろ時間かな」
本を読み続け数刻経った頃、トネーニは手元の端末で時間を確認し読んでいた本を元の本棚に丁重に戻してから、図書館の中央にある受付に向かう。
いつもは閑散としている図書館であったが今日だけは少し様子が違うようだった。
並べばすぐに案内される受付も人気のケーキショップの受付のように、少なくとも10分以上は待たされるほどには列を作っている状態を見て、少しだけ彼はため息をつきながらも列の最後尾に並ぶことにした。
「はぁ、こういう日に限って人が多いんだ、いい加減早く目当ての論文を読みたいだけなのに——」
「およ? 君が読みたい物ってもしかしてこれかな?」
「……え?」
トネーニの言葉を遮るように列の前に立っていた女性が突如振り返って手元にあった紙の本を見せつけた。
突然の出来事にトネーニは一瞬時が止まったように回答に詰まってしまう。
確かに彼女が持っていた物はトネーニがずっと読みたいと思っていながらも、貸し出し中がずっと続いていた本であった。
「受付の人にもさっさと返してくれって言われてた理由は君が理由か〜〜なるほどねぇ?
なんで君はこれが見たいと思ったのかなぁ?」
「それを聞いて何になるんです?」
トネーニはその場の勘ではあったが、彼女は気怠げに掴みどころの無いように感じる声のトーンとニュアンスを入れる喋り方することで意図的にこちらの情報を引き出そうとしてるのでは?と感じた。
突然話しかけられたことに彼自身も警戒していたのだろう、だが彼女は彼の想定を超えてきた。
「おっと、断られちゃったか……そうだよね、君が読みたかった本、『失われた歴史。その中に残るものについて』というのを何故か持っている私の存在は疑問に思うのは当たり前だし、突然話しかけられては不信感はあるよね。
そうだろ? トネーニ・ロース君?」
「……お互いに自己紹介してないはずですが何故私の名前を?」
「あ——」
謎のままの彼女は気怠げな喋りを続けたがトネーニからの指摘でやっちまったという顔をして口元が緩んでしまうのを隠そうともしなかった。
「——まずは私の話を続けさせてくれないかな?」
「こちらの質問にまだ答えてもらってないのですが」
「えぇ、そっち先なのぉ!?」
トネーニの言葉の返しに驚いていたのか彼女は若干不満そうな態度を取るのを見て、面倒な人に巻き込まれてしまったと思うトネーニだった。