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「やっぱり、あたしには無理かな。」そんなことないよ。
「ねぇ、もうすぐ寒くなるよ。」そうやな。
「じゃあもう、バイク乗れなくなる?」メット越しにナホが聞く。
「乗ろうと思ったら乗れるよ。ジャケット着こんで。」俺は叫び返す。
「めっちゃ寒いんちゃうん?」二人でいたら大丈夫。覚悟を決めたら。
「そっか。ミドリも乗りたいみたい。」じゃあ三人で。
「ハハハ、あたしも春になったら免許とろうかな。」え?
「なんかさ、コウイチくんがバイクあげるよって。」クソッタレ晃一、東京なんて行ってどうすんねん。
「やっぱり、あたしには無理かな。」そんなことないよ。
「あ、くうちゃんにお土産買お。」ああ、そうやな。
「なにがいいやろ。」ナホの髪がミラー越しになびく。
「いやもちろん決まってる。」俺はハンドルを町のほうへときる。
「あ、そっか。ミスタードーナツ。」Yes, I am Mr. Doughnut.
「あたしの分、食べたらあかんよ。」ああ、ああ。
「うっそー。あたしの分も半分あげるって。」そう言うとナホは風に向かって笑った。
風が吹き、一瞬姿を見せた「それ」は再び姿を隠した。いつものようにそこはかとなく、誰にも気づかれないように。灰色の犬と一緒に、空き缶だけがカンコロコンとこの町を去っていく。これから何人分のドーナツが必要なんだろう。「あたし、いっぱい食べるよ。」とナホが言う。そしてドーナツで遊ぶくうちゃんの存在。車椅子でも力強いミドリちゃん。オレは、みんなの分を食べてやる。間に合うかぎり、いないみんなの分も。罪悪感を捨て去って。そしてバイクで走っていく。ユウツさを蹴飛ばし。バイバイ、ユキ。バイバイ、タイキ。そしてバイバイ、兄ちゃん。
ユウツさを蹴飛ばし。




