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線香花火がジーっと音をたてる。
夜風に波音が聞こえてくる。こうしていると、いつになく過去も未来も消え去り、闇の中の現在が希望の明かりのように点滅しているみたい。有紀も大樹も見れなかった風景が見えてくる。日本の田舎町の静けさが、胃の中まで染み渡る。線香花火がジーっと音をたてる。彼は耳をすませる。いつまでも、音はすれども姿は見えない。たとえ暗闇であっても感じることはできるはずなのに。
「もう我慢できへん。」妹の危険信号。
「そりゃシンジも疲れてるから。」俺は自分で土産のまんじゅうを食べながら言う。
「そんなこといっても。」なにが。
「少しはあたしのことも気にかけてくれないと。」だからそれはわがままやって。
「あたしはまだいいけど、あたしが言いたいのは空のこと。」
「だからくうちゃんが何。」ミユは椅子に腰かける。
「だからさこれから大変なわけやから、協力していかんといかんのちゃう。」そりゃそうや。妹は不安なのだ。
「なのに仕事が忙しい忙しいって、あたしだって忙しいのに。」わかりますよ。
「あーもうどうにか言ってや、おにい。」じゃあ言いますが。
「なによ。」お前覚えてるか知らんけど。
「だから、なに。」
「兄ちゃんのこと。」俺がそう言うと、今までプリプリしていたミユは静かになった。
「一緒に海に行ったんよね。お前はまだ、今のくうちゃんくらいの年やったかな。」俺は静かに息を吐いた。
「写真で見たことあるかも。」そう、それ。
「で、なんなん。」
「だからさ、子供って大変やんか。」
「はい。」
「波で溺れたんよね、お前が。」
「え、そうやっけ。」
「そんとき助けたんよ、兄ちゃんが。」黙っているミユ。
「両親とも、目をはなしててさ。口論してたんよ。」俺はその場面を思い浮かべる。あの波を。あの風景を。
「そうなんや。」
「そのすきにお前は波に飲み込まれて。」妹が息を止めるのがわかった。
「…。」波の音が聞こえる。
「だから、お前にはもっとさ。くうちゃんのことは大変やろうけど。」妹は黙り込む。
妹は黙り込む。




