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アイスクリームが溶けて、亡くなる前に彼はその後ろ髪をつかもうと手をのばす。
その夏、再び暑さが戻ってきているようだった。風は止み、一時金を返しに来たみたいだった。アイスクリームが溶けて、亡くなる前に彼はその後ろ髪をつかもうと手をのばす。まだ間に合う。そう思う瞬間がある。しかしあと一歩のところで「それ」をつかみそこねる。スルリとすり抜けて笑ってやがる。プールサイドを走っていくドブネズミよりすばしっこい。
「へいへいほー。」ヨウコがサングラスをとって歌う。
「なんじゃその歌。」俺は運転しながら言う。
「メグも来れたらよかったのにね。」後ろでは奈津美さんが夏みかんをむいている。
「ほんと。就活ってのも大変でんな。」その横で満足そうな顔、ボンボンのノブオ。
「ちゃんとメグに連絡してあげてや。」とヨウコ。
「あれから連絡ないって、落ち込んでたよ。やり逃げ?」アホか。
「まぁ大人やから。お互い。」大人な意見の奈津美さん。夏みかんの香りが車に漂う。
「うまい。」ノブは夏みかんを一口食べる。
「なんか言ってやってススム。この人、あれから週一回は店に来てるから。」ヨウコはまたサングラスをかけて、ノブオを見た。
「そんなこといっても、金持ちの道楽ちゃうの。」俺はガムをかむ。
「まぁお金あるならいいけどさ。」とヨウコはタバコに火をつける。
「でも言っとくけど、奈津美さん、バツイチの子持ちやから。」え?
「ちょっと、ヨウコ。」ノブが一瞬止まるのがわかる。
「いや、言っといたほうがええんちゃうかなって。」俺はため息をつく。
「それはそうやけど。」沈黙が車内を駆け抜ける。
「へいへいほー。」ヨウコは歌う。
プールサイドを走っていくドブネズミよりすばしっこい。




