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「はい。」俺は言葉少なく、1000枚のお皿を拭いていく。
「ニイちゃん、すぐ慣れるから。がんばりや。」薄暗い台所でおばちゃんがそう言った。
「はい。」俺は言葉少なく、1000枚のお皿を拭いていく。木造建ての汚らしいほったて小屋を改造してた。その台所には大きな釜や特大の鍋があった。何匹のゴキブリがいるんだろう。そこで幼稚園の子供たちの給食が作られていく。毎朝、部長とおばちゃんが二人で給食を作るのだ。俺はそのドカンと呼ばれるバケツみたいな鍋を約30個ほど1トントラックに詰め込んで、3ヶ所の幼稚園を回る。もちろん拭いたばかりのお皿も忘れてはいけない。
「もう行き方は覚えたか。」弁当配達のおじちゃんが聞いてくる。
「大丈夫やろ、若いんやから。」みんなうらびれた格好に、うらびれた雰囲気。でも負けちゃいない。しっかりと毎日を生きている。彼らを見てるとよくわかる。人生とはこういうものだ。しかし一方で、彼らと同じように年をとりたくない自分もいる。
「じゃあ行くよ。」経理をやってる茶髪のお姉さんが助手席に座る。まだ心配だからついてくるのだという。俺はうらびれた町のうらびれた道を走りながら、うらびれた風を感じている。お姉さんはタバコを吸っている。
「どうなん。」はい?
「慣れたん。」まぁなんとか。
「そんな難しい仕事ちゃうけど、子供の食べるもんやからね。」はい。
「そこ右。」とっさにハンドルを切る。トラックが揺れる。
「ちょっとゆっくり、きぃつけてね。ドカン倒れるから。」1000人の子供がお腹をすかして待っているのだ。特別な会話もないまま、道順や仕事の確認をする。そうこうしていると1つ目の幼稚園に着き、二人で運んでいく。
「じゃあ、行くよ。」この仕事の一ついいことは、風を切って走れること。二つめが、幼稚園の先生が若いセンセイだってこと。子供?別にそれはどうでもいい。邪魔で仕方ないが蹴飛ばすわけにもいかない。子供がお金なのだ。かといって子供に愛想を振りまいても仕方ない。
「おつかれさまでした。」センセイに領収書をきってもらう。そういう手はずなのだ。
「ありがとうございました。」少しの笑顔。少しの喜び。または儚さ。運転していくと次の幼稚園が見えてくる。驚いたことに、そこは俺が20年以上前に通っていた幼稚園だった。なんというか、こういうことって実際あるのだ。しかし思い出に浸っている暇もなく、お姉さんにせかされる。
「ちょっと遅れてるから、急いで。」はい。と言いつつも、俺は少しの思い出、思い出というか、遠い日の風景とこの現実の幼稚園が微妙にクロスして、うまい具合にセンタリングを上げてくる。そして俺の脳裏に飛び込んでくる。そう、幻想と感傷の海にシュートを決めようとしている。
ここで彼がどんな子供だったとか、そういうマザーファッカーなことを書いたとしても誰も興味を持ってくれないだろう。彼はみんなに注目されたいのだろうか。モテたい、だけどモテない。そんな中学生のような気持ち。それなりの努力が必要、もしくは生まれもった魅力をいかせ。などとトンマなマニュアル本やネットの戯言、またはオカンの説教に付き合う気はない。ただ深い夜の半ばに眠れない誰かが、1000匹の羊の群を追いながら。1001匹目の猿に出会うだろう。そんなことを期待している愚かものの幻影に見えるのは、はす向かいから眺めている野良猫くらいのもの。
そんなことを期待している愚かものの幻影に見えるのは、はす向かいから眺めている野良猫くらいのもの。




